過去のコラム

ペット問題

2018年12月
富坂 聰

勤労感謝の連休中、中国のネットを一人の若い女性の動画ニュースが騒がせた。

動画のなかの女性は若くて美人。最先端のファッションに身を包み、愛玩犬を連れて散歩する姿は、さながらアッパーな暮らしを謳歌しているかのごとくであった。

だが、場面は一転。動画を撮っていた人に女性が近づいてくると、いきなり顔をゆがめて平手打ちをくらわしたのである。

この動画、リードをつけずに犬を散歩させていたことを注意した人が、聞く耳を持たない飼い主を撮影し始めた直後に起きた暴行をとらえたものだ。

もちろん女性はその後、警察の世話になったのだが、その際、女性がペットを飼育するために必要な正式な許可証を取っていなかったことも判明したという。

いま、中国では犬にリードをつけないで散歩をさせる飼い主が多く、社会問題になっている。

というのも、それを不快と思う人々との間で深刻なトラブルが発生しているからだ。

今年8月、上海市でリードをつけずに散歩させていた犬の飼い主に注意した親子が、逆切れした飼い主から暴行を受け、父親が子供の目の前で殴り殺されるという悲惨な事件も起きた。

杭州市では6歳と3歳の子供と散歩中、遭遇した犬に子供たちが追いかけまわされ、恐怖を覚えた母親が足で犬を蹴って防戦したところ、やはり飼い主から暴行され、指の骨を折るけがを負うという事件も起きている。

広州市でも、大型犬を連れていた女性が、その犬に吠え掛かられた小型犬の飼い主の男性から暴行を受けるという事件が起きているという具合だ。

こうした事態を受けて、広州市では2009年に飼育が禁止された「人間に危害を加える可能性のある危険な30数種の犬種」の取り締まりを徹底し、街で見つけ次第、飼い犬であろうとなかろうと捕獲するという動きを見せている。

リードをつけない飼い主が共通してする主張は「怖がらないで、この子は咬まない」というもの。

同じ理屈で「この子は病気にならない」と狂犬病の予防もしない飼い主も多く、中国では大きな問題となっている。

今年7月には21歳の大学生が狂犬病で死亡し、同じ月に4歳の児童も犠牲になっている。

隣国での事件だが、しょっちゅう取材に訪れる筆者は他人事ではない。なんといっても日本では狂犬病は絶滅宣言されていて、予防接種を受けようにもできないのだ。

やがて中国のせいで予防接種が身近になるなんてことのないよう取り組んでほしいものだ。

マルクス生誕200年で「幽霊」が徘徊

2018年11月
名越健郎

丹羽文生氏のコラムによれば、今年5月4日は田中角栄生誕100周年だったそうですが、翌5月5日はカール・マルクス生誕200周年でした。

ユダヤ系ドイツ人のマルクスが1848年、30歳の時に盟友のフリードリヒ・エンゲルスと発表した『共産党宣言』は、史的唯物論の立場から、社会が資本主義、社会主義を経て共産主義に向かうという「歴史の法則」を予告し、階級闘争を呼び掛けたものでした。

しかし、ソ連・東欧型社会主義の破綻もあり、19世紀のマルクス思想は21世紀にはすっかり色褪せてしまいました。「万国の労働者よ、団結せよ」は『共産党宣言』の最も有名なフレーズですが、ソ連崩壊のころのモスクワでは、あの世のマルクスが地上に蘇り、ソ連国民を前に、「万国の労働者よ、私を許してくれ」と叫んだ-というアネクドート(小話)が流れていました。

もっとも、日本の老舗国立大学ではいまだにマルクス経済学が幅を効かせています。「マルクス経済学を専攻した学生が就職すると、組合活動ばかりやって困る」という苦情を企業幹部から聞いたことがありました。

一方で、英国の若手評論家、ユセフ・エルギンギー氏は英紙「インディペンデント」(5月8日)のコラムで、資本主義が冷戦後のグローバル化によって行き着く所まで暴走し、重大な転換点に到達しているとし、「世界は遂にマルクスを受容するかもしれない」と書いていました。

同氏によれば、現在、世界の最高富裕層8人の資産は、世界の人口の約半数に当たる貧困層約35億人の総資産とほぼ同じ。2010年は最富裕層300人、2016年は最富裕層60人の資産と35億人の資産がほぼ同じだったそうで、年々トップ富裕層への富の集中が進み、超格差社会が進行しています。

同氏は、「マルクス主義の評価は社会主義国の失敗によって地に落ちたが、歴史は共産主義が不可避ではないことをまだ証明できていない」と書いています。近年は、ウエブスターのオンライン百科事典で「社会主義」が最も多い検索用語の一つになっており、富の偏在に不満を持つ若者の間で社会主義への関心が高まっているそうです。

「社会主義市場経済」の中国もいまや空前の格差社会ですが、ロシア共産党を支持するロシア人学者はロシア革命100周年の昨年、プーチン大統領周辺の新興財閥への富の偏在を批判し、「ロシアは革命前夜だ」と皮肉っていました。

『共産党宣言』の冒頭に出てくる「共産主義という幽霊」が再び徘徊するかもしれません。

北朝鮮のタブー

2018年10月
荒木和博

金正恩・朝鮮労働党委員長の誕生日は公にされていません。祖父金日成の誕生日は1912(大正元)年4月15日、父金正日の誕生日は1941(昭和16)年2月16日です。ちなみに金正日の生年は公式には1942年になっていますが、これは父親と下一ケタを合わせたことによります。

金正恩の誕生日は1月8日のようですが、誕生年については1982(昭和57)年、83年、84年と諸説があります。誕生日がよく分からない指導者というのは世界中でもあまり聞いたことがありません。

誕生日を表に出せない最大の理由は母親が在日朝鮮人だからです。北朝鮮では在日出身者は差別の対象で、重要な役職に就くことは絶対にできません。金正恩の母親は高容姫と言い(高英姫との説もあり、カタカナで書けばどちらも「ヨンヒ」)大阪鶴橋出身の在日朝鮮人です。踊り子で、北朝鮮に行ったときに金正恩の父金正日が見初めて妻にしました。ちなみに高容姫の前の妻が女優だった成恵琳でその息子が昨年殺された金正男です。

「在日出身で踊り子だった女の息子なのか」という話が北朝鮮の中で伝わればカリスマは全くなくなります。さらに金正恩の祖父にあたる高容姫の父親高ギョンテクは戦前陸軍管理下で軍服を縫製していたと思われる廣田縫工所という軍需工場に勤務していたと言われています。11月号「月刊Hanada」に李英和・関西大教授が寄稿した論文「金正恩最大のタブー『母は在日朝鮮人』」はそのあたりのことを詳しく書いており非常に興味深い内容でした。こうなるととても血筋を公にできるものではありません。

金正恩の誕生日を祝おうとすれば当然「母親は誰だ」ということになります。かくて自分の誕生日すら明らかにできないのです。これまでも何度かストーリーを作って高容姫とその家族を聖家族化しようとの試みがあったようですが、さすがにそれは難しかったのでしょう。

米朝首脳会談とか南北首脳会談とか、もっともらしい顔で臨んでいる金正恩ですが、こんなアンバランスは決してファミリーの問題にとどまらず、国としての矛盾を象徴していると言わざるを得ません。北朝鮮の中は経済もさることながら人口の1パーセントが入れられているという政治犯収容所の存在とか、公開処刑などの人権侵害は何も改善されていません。その矛盾を一所懸命に「仲人口(なこうどぐち)」で取り繕っているのが韓国文在寅政権ですが、遠からずこの矛盾は破綻するでしょう。

「鎖国」の認識と評価

2018年9月
遠藤哲也

一時期、「鎖国」の語が歴史教科書から消えるという報道が流れた事がありました。「鎖国」の語は、17世紀当時は用いられておらず、維新前後からの使用であるし、また、日本は完全に対外的に閉鎖していた訳ではないという主旨からだったようです。時代の政治的都合による大きな歪曲が含まれているようなら修正も必要でしょうが、百%閉鎖していないから鎖国ではないというのは少し無理のある議論のようにも思えます。

また、反対意見には、今でさえ日本は閉鎖的なのに、過去の「鎖国」を無かった事にするなんて、といったものもあるようです。実は以前、「鎖国」という語に付着した否定的イメージが「島国根性」や「出遅れ」の発想の源となり、自分達は世界について無知で非常識であり、だから国際化せねばならないのだと思い込む「強迫」心理を日本人に与えて来た事を論じる一稿を著した事があります。実際には、西洋由来の国際儀礼は在っても、日本人が「外界の人々は皆知っている」と思い込んできたような公共性・共通常識など見当たらず、各国・各民族が自己本位の原理に基づいて、信じる価値や利益を、時に美辞麗句に包み、時に臆面もなく主張しあっているという方が世界の実相に近いでしょう。

今日でも、「第三の開国」などという言葉が政治的スローガンとして採用されるほどに、国内のメディアや各種の言説を通じて摺り込まれる歴史観は、「鎖国」=悪、「開国」=善のイメージであるようです。ですが、欧州列強による非欧州世界の植民地化が拡大した17~19世紀にかけて鎖国政策を採らずに、「おもてなし」の感覚で到来外国船を歓迎、自由居住・移動や、日本人の教化を放置していたら、植民地化はされないまでも、九州は大きく不安定化したに違いなく、後代に及ぶ不安定要素が生じたかもしれません。当時の政権としては、鎖国しないよりはする方が正しい判断だったと思います。鎖国・海禁は国家の対外政策の一選択肢であって、それ自体に善悪の価値は無いのですから。

日々是闘争でなく「調和」が基本的世界観である島国人は、寧ろ他民族に対して鷹揚で受容的な傾向があるようですが、日本においては源平以来、戦士階級政権が続き、太平の江戸期にも、闘争的緊張感を解する層が存続したことが、帝国主義の暴風を凌ぎ得た理由の一つだと思っています。鎖国で外界に無知だった江戸幕府は黒船到来で大慌て、というイメージがありますが実際にはそんな事はありません。幕府は、ペリー到来より以前から、清朝の対英戦争敗北も知って列強への警戒感を抱いていましたし、武士階級は元より庶民の間にさえこうした情報は需要されていました。到来したペリーは、実は開戦権限を米政府から与えられていなかったのですが、精一杯の強面で交渉に臨んだに違いない彼らと会談した幕府側には見抜かれ、「戦意が感じられない」と記録されています。こういう眼力~明敏な文学的洞察力の方が、他言語の流暢や、海外渡航の多回数よりも重要な国際対応力だとも言えます。また、上陸したペリー艦隊の海兵たちを前に、民衆が臆する所も媚びる所もなく、親切かつ対等に接する態度も記録に残っています。こうした態度を自然に持てる人が多いことも国際関係には大切です。

日本人の対外態度に、恐らく鎖国自体の影響はあまり無さそうです。ただ、今日の時代に鎖国の意味を、価値判断を前提せずに再考してみることはきっと無駄ではなかろうと思います。

オホーツク海の流氷と水産資源

2018年8月
鈴木祐二

オホーツク海は、地球表面の海の面積の0.4%にあたる約152.8㎢を有する「縁海」(大陸、半島、列島に囲まれた海域)です。平均水深は838mですが、中央部は1000~1600m、南部の千島列島や日本の国後・択捉両島の北側には千島海盆が広がり、最深部は3658mです。数字的には富士山の剣ヶ峰(標高3776m)に近い「深海」となっています。

新聞報道(2008/7/6)によると、日本・台湾・韓国・ロシア・米国・カナダ・中国・バヌアツの8カ国からなる北太平洋漁業委員会(NPFC)の年次会合で、北太平洋の公海部分におけるサンマ漁に関する漁獲規制(資源管理のため地域全体の総漁獲量に上限を設けようという日本提案)が、中国・バヌアツ(人口約25万人の南太平洋南西部の島嶼国家)両国の反対で見送られました。4分の3以上にあたる6カ国が賛成していますので、規制導入の条件は満たしていますが、全会一致による規制の実効性確保を重視するため、導入は先送りされました。気になるのは「中国の立場を支持する」というバヌアツの反対理由です。南太平洋から、反対要員として参加したに違いありません。

サンマの不漁は北海道東方沖の公海での中国や台湾による「先取り」の影響が大きいとの見方が有力で、特に中国はこの5年で漁獲量を20倍超に拡大し、台湾の水揚げ量は2013年以降日本を追い抜き1017年は10.7万tに達しています(なお、台湾は中国と違い今年の日本案に賛成票を投じました)。この年、日本は8.5万tで約50年ぶりの不漁に見舞われました。今年も同様に不漁が予想され、関連業界は痛手を覚悟しなくてはならないでしょう。

サンマ不漁の原因として幾つかの理由が挙げられますが、オホーツク海の流氷減少もそのひとつだと考えられます。気象庁によれば、1970年以降オホーツク海の海氷は10年毎に約4.4%ずつ減少しているそうです。別の資料では、北極海の氷も10年毎に約2.7%ずつ減少しているそうですが、オホーツク海は北極海以上のペースで、これに伴い流氷も減少しています。海水が凍るとき、塩分の大部分は海水中に排出され、海の中層に沈み込み、北太平洋の広範囲で循環します。

この中層域の重い海水は、光合成を行う植物プランクトンの栄養分となる鉄分やリン、窒素など様々な栄養素を運んで北太平洋へ流れ出て、表層にある海水と混ざり合います。鉄分に代表されるこれらの栄養分は大陸から川を通ってオホーツク海へと流れ出したものです。植物プランクトンはオキアミなどの動物プランクトンに補食され、動物プランクトンがサンマなどの餌になり、それを人が食べるという食物連鎖の土台を支えているのです。このオホーツク海の鉄分は2000㎞以上離れた北太平洋中部海域まで運ばれ、各種の水産資源を養っています。オホーツク海の海氷面積の減少により海洋生態系が変化し、結果的にサンマなど回遊魚の漁獲量が減るのです。

この問題でも中国の存在が目につきます。傍迷惑を無視して、常に自己利益追求を怠らない姿には、いつもながら辟易します。

議員立法の鬼

2018年7月
丹羽文生

今年5月4日、田中角栄生誕100年を迎えました。この日、新潟県柏崎市にある田中角栄記念館前では記念式典が盛大に行われ、併せて、生家の一般公開も始まりました。

絵に描いたような立身出世の王道を歩んだ田中は、まさに100年に1人出るか否かと言われるほどの不世出の人物でした。僅か15歳で上京して住み込みで働きながら、中央工学校に学び、その後、満州出征を経て田中土建工業を興し、28歳にして国政入り。39歳の若さで郵政大臣となり、大蔵大臣、通産大臣、自民党幹事長といった数々の要職を務め、54歳の時に戦後最年少、初の大正生まれの首相となりました。当時、世間は田中を「今太閤」と持ち上げ、内閣発足当初の支持率も70%前後という驚異的な数字を誇りました。

この間、大規模な財政出動で公共事業を推し進め、高速道路と新幹線をメインとする交通ネットワークを敷き、地方の工業化を促進し、外交面でも最大課題だった日中国交正常化を内閣発足から僅か2ヵ月足らずで処理してしまいました。

「コンピューター付きブルドーザー」と評されるように頭の回転と度胸は抜群で、同時に肌理細かな心配りと人情味で、高学歴の役人を手足のように操り、政敵をも虜にするほど人間的魅力に溢れていました。

最後はロッキード事件で失脚・・・。「金権腐敗の象徴」という見方もありますが、一方で、エリートとは言えない出自でありながら徒手空拳で権力の頂点を極めた「上り列車の英雄」として、未だ「角栄人気」の勢いは衰えません。今でも書店に行けば「角栄本」が山積みになっています。

田中と言えば、無名の新人議員だった頃、数多くの議員立法に取り組んだことは余り知られていません。公営住宅法、道路法、水資源開発法、電源開発促進法、国土総合開発法、高速道路連絡促進法、新幹線建設促進法・・・。実に33本もの議員立法を作っており、「議員立法の鬼」とまで評されました。

アメリカでは連邦議会議員のことを「ローメーカー(Lawmaker)」と呼びます。日本でも憲法第41条に国会は「国の唯一の立法機関である」と記されています。まさに、その国会を構成する国会議員の第一義的使命は「法律(ロー)」を「作る(メイク)」ことなのです。

ところが実際はどうでしょうか。国会に提出される法律案のうち、議員立法は全体の約3分の1程度で、霞が関によって作られた内閣提出の閣法が大半を占めています。成立する議員立法も僅か1~2割程度で、しかも議員立法であっても、その多くは役人のサポートに依拠している状態です。かつて、田中は若手議員に向かって、こう言い放ちました。

「自らの手で立法することにより、政治や政策の方向性を示すことこそ、政治家本来の姿だ。政策を作れんヤツは政治家を辞めた方がいい」

昨今の国会議員にとっては何とも耳の痛い指摘ではないでしょうか。

『我々の共通の将来を安全にするために:軍縮のアジェンダ(Securing Our Common Future: An Agenda for Disarmament)』について

2018年6月
佐藤丙午

5月24日にアントニオ・グテーレス国連事務総長は、国連軍縮部より軍縮を再強化することを目的とする新たな報告書(『我々の共通の将来を安全にするために:軍縮のアジェンダ(Securing Our Common Future: An Agenda for Disarmament)』)を発表しました。この報告書は、国際の平和と安定をめぐる環境が大きく変化し、新たな冷戦と呼べるような国家関係が生じていること、国内および地域的な紛争が頻発し、都市部での戦闘などによる文民の死傷者が増加していることなどを背景に、軍縮の役割を再強化する必要を強調しています。

報告書では、軍縮を通じて21世紀に非軍事化を通じた安全保障を実現する必要があるとしています。その上で、「人道性を救う軍縮」、「命を救う軍縮」、「将来の世代のための軍縮」そして「軍縮のパートナーの強化」に分けて提言しています。軍縮の政策手段の道具箱(toolbox)には、破棄、禁止、不拡散、規制、削減・制約、透明性・信頼醸成、修復などが存在します。国家間並びに国内存在する対立点が、軍事衝突に至らないよう、また不幸にして衝突に発展した場合でも、被害を最小にするよう軍事のレベルを下げることが重要です。報告書では、その上で先に挙げた四つのアジェンダの推進につき、具体的内容があげられています。

「人道性を救う軍縮」では、核兵器と生物化学兵器が取り上げられています。2017年は核兵器禁止条約交渉が成功したことで、国際社会は逆に核軍縮への展望が見え難くなってしまいました。報告書では、既存の核兵器に関連する国際条約の規範の意義の再確認を求めています。

「命を救う軍縮」では、近年多発している都市における戦闘を念頭に置き、IEDの規制や、武装ドローンなどの新技術の使用が既存の国際法の再解釈へと向かわないことの重要性を強調しています。同時に、小型武器の過剰蓄積や違法流通の問題に取り組む意義を主張しています。

「将来の世代のための軍縮」では、無人兵器システムなど、新たに出現する兵器が、既存の国際法の規範を損なわないよう、産業界などに責任ある開発を求めています。さらに、「軍縮のパートナーの強化」では、これまで軍縮分野で進められていた、市民社会との協力に加え、既存の地域機構や女性など多様なアクターとの連携を深めることを求めています。

報告書は、以上のアジェンダを進めることで、国際対話や交渉を再活性化し、新たな刺激を得ることで、軍縮に向けたモメンタムを創造する意義を強調しているのです。ここで述べられたアジェンダは、必ずしも革新的なものではありませんが、古典的な国際政治に戻りつつあるように見える国際社会において、国家間の協調の結果である軍縮を通じた平和の可能性を再確認することを求めている点に、重要な意義があるのです。

朝鮮半島で起きていること

2018年5月
武貞秀士

2月、北朝鮮がピョンチャン五輪に参加したあと、4月27日、南北首脳会談が開かれ朝鮮半島の流れが変わりました。2回の中朝首脳会談と5月の南北首脳会談のあと、6月の米朝首脳会談に向けて米朝が協議を続けています。昨年とは違って、いまは終戦宣言をどう行うか、休戦協定を平和協定に転換すること、体制保証の方法、北朝鮮が非核化をどう受け入れるかに注目が集まっています。

米国は米朝首脳会談の場所をシンガポールに決定して、北朝鮮問題で米国が主導権を握る姿勢を鮮明にしました。トランプ大統領が首脳会談のキャンセルを表明したのに対して、北朝鮮の対米政策責任者が間髪入れず会談の再調整を呼びかけました。北朝鮮も首脳会談実現を最優先にしています。

北朝鮮にとり非核化とは、米国の韓国に対する核の傘を撤廃することを意味するので、体制保証とは米国の韓国への軍事支援の解消を含むと解釈しています。ただ南北関係が急ピッチで改善されてきて米朝の違いは埋まりつつあります。北朝鮮は大陸間弾道ミサイルを保有すれば米国が軍事介入を諦めて、南北だけで半島統一ができると考えてきました。北朝鮮の体制を維持したまま、朝鮮半島統一に向けて南北が歩み始めると核兵器の使い道はなくなります。文在寅政権との首脳会談で「自主統一」をうたった宣言に署名したあと北朝鮮は、南北の市場統合を進めながら緊張緩和ムードが拡散して米国が韓国への防衛義務を段階的に縮小することになれば、核兵器の段階的放棄が可能になると判断したのでしょう。それは、「アメリカ・ファースト」を追求するトランプ大統領と対立するものではありません。

北朝鮮は2020年までの「国家経済発展5カ年戦略」に基づき、経済成長率3パーセント台から脱却した経済成長を求めて、外国の投資誘致策と外貨獲得策を強化しています。そのためにも対外関係の改善が不可避になっています。

この朝鮮半島情勢の急速な変化で日本には大きなチャンスが生まれました。強固な日米同盟を維持しつつ、日韓間の信頼を醸成し、日朝協議を実行することができるのです。北朝鮮との直接協議で拉致、核、ミサイルと国交正常化の交渉を進めることができるのです。

中朝接近

2018年4月
富坂 聡

3月末、北朝鮮の金正恩委員長が電撃的に中国を訪問したことは、朝鮮半島を取り囲む情勢を一変させました。

情報が明らかになり始めた26日、日本のメディアは「厳戒態勢」、「金正恩と検索してもできない」と大騒ぎでした。

中朝関係において相互の訪問は非公式が基本です。金正日時代にも中国政府はいつも、トップの乗った列車が鴨緑江を渡るころ、「訪問していた」と公表していました。

これが変わったのは、北朝鮮トップの訪中が中国のネチズンたちの攻撃対象になってからのことです。国内でのスケジュールが非公開とは「ふざけるな!」ということで、鉄道関係者や歓迎宴の準備をしているホテルの従業員が、ネットに情報を流し、ついには金正日委員長の姿が先回りしたメディアによってとらえられるまでになってしまったのです。

ですから今回も「金正恩」で検索してもほとんど情報には行き当たりません。正しくは「三代目のデブ」という三位の中国語、「三胖子」で入力しなければならないのです。

三胖子下午到北京――。

情報が世界を駆け巡って以降、日本には厳しい環境ができあがりつつあります。欧米メディアの多くは、安倍政権が「蚊帳の外」におかれたと報じました。

この期に及んで、「日米の圧力が効いたから北朝鮮が中国にすり寄った」という解説が聞かれるのはあまりに情けないと思いますが、内心では誰もが北朝鮮の外交能力をみとめたのではないでしょうか。

私は早くからお隣の文在寅大統領も外交巧者であると指摘してきましたが、朝鮮半島の人々はなかなか侮れません。

では、北朝鮮は再び中国に体重を預けたのでしょうか。

ありえないことです。

考えても見てください。北朝鮮、いや金正恩政権が国民に対し自らの成果を誇りたいと思えば、米軍の影響力を朝鮮半島から退け、統一に向けて筋道をつけることです。いずれも米国に接近した方が早道なことは明らかでしょう。

つまり、どういうことか。今回の訪中は、北朝鮮がもし思い切った対米シフトをしたとしても中国が妨害できないような環境をつくるためだったと考えられるのです。

訪中の直前、中国は米朝会談で蚊帳の外に置かれるとの危機感を抱いていました。そこに手を差し伸べたのが北朝鮮なのです。

私は今回の動きは、2014年とそっくりだと書いてきました。その経緯は拙著『中国は腹の底で日本をどう思っているのか』(PHP新書)を見ていただきたいのですが、その中で「突然の米朝国交正常化も視野に」と警告してきました。

バンコクのチャイナタウン、リノベで変身中

2018年4月
玉置充子

タイの首都バンコクの中央駅「フアランポーン」の西側には、世界でも有数規模のチャイナタウン「ヤワラー」があります。ヤワラーは、この地区を東西に走る大通りの名前です。ヤワラー地区は、18世紀末にバンコクが新たな王都となった頃から華人が集住し、かつてはバンコクの商業・経済の中心地でしたが、市街地が東に広がるにつれて開発から取り残され、商業地としての地位を徐々に失いました。今でも、ヤワラー通りには金を売る「金行」やフカヒレなどの中華料理レストランが立ち並び、観光地としては昼夜を問わず賑わっていますが、大通りをはずれて裏通りに入ると、古い建物が残る、時が止まったかのようなくすんだ街並みが現れます。建物の多くは、東南アジアのチャイナタウンによく見られるショップハウス(上層階が住居になっている店舗)で、古ぼけているとは言え、よく見ると凝った意匠のものも少なくありません。

このヤワラーに今、変化が生まれています。古い建物をリノベーションしたおしゃれなカフェやギャラリーが裏通りに次々とオープンし、新たな人気スポットとなっているのです。筆者が今年の2月に半年ぶりにヤワラーを訪れた時には、駅に近い通りの角にある3階建ての建物がコロニアル風のカフェになっていました。何度も通っていた場所にもかかわらず、以前どんな様子だったのか印象がなく、元々こんな立派な建物だったのかと驚きました。ほかにも、ショップハウスをレトロモダンにリノベーションしたゲストハウスもオープンしていて、今後ますますリノベ物件は増えそうです。

古い建物を商業施設や文化施設にリノベーションするのは、もちろんタイに限ったことではありません。日本でも古民家カフェが全国的に増えていますし、お隣の台湾では、日本時代の建物のリノベーション・ブームが起きています。こうしたブームの背景には、画一的な都市開発に対抗して、その土地の伝統や文化が持つ「物語」に目を向けようとする人々の意識の変化があるのでしょう。ヤワラーのリノベ物件のオーナーは外国人や海外留学帰りのタイ人が多いそうです。あるいは外からタイを見たからこそ、この街が持つ潜在的な魅力が発掘できたのかもしれません。

目下、バンコクの地下鉄は、終点のフアランポーン駅から西側に延伸工事中で、ヤワラーにも駅ができる予定です。地下鉄が開通すれば、再開発が進み街並みは変わることでしょう。願わくは、リノベーションが古い通りに新たな価値を生み出したように、この地区の特色を生かした開発であってほしいと思います。

「習近平思想」とは何か?

2018年3月
澁谷 司

今年(2018年)1月19日、第19期中央委員会第2回全体会議(2中全会)が閉幕しました。そして、その会議で「習近平思想」の憲法入りが決定されたのです。3月初旬の「両会」(全国人民代表大会と政治協商会議)で、それが承認されるでしょう。

はたして「習近平思想」は「毛沢東思想」と同格なのでしょうか。「習近平思想」は「鄧小平理論」を超越し、「毛沢東思想」に匹敵するといいます。ましてや、江沢民の「3つの代表」や胡錦濤の「科学的発展観」を凌駕するというのです。

しかし、「3つの代表」・「科学的発展観」・「習近平思想」は、すべて王滬寧(復旦大学教授。昨年10月に政治局常務委員入り)が考案したモノです。

したがって「3つの代表」・「科学的発展観」・「習近平思想」が同列ならばわかります。だが、なぜ「習近平思想」だけが突出しているのか不思議です。

元来「毛沢東思想」(例:農村から都市を包囲する)や「鄧小平理論」(例:白猫でも黒猫でも、ネズミを取る猫は良い猫だ)は毛沢東と鄧小平のオリジナルの思想・理論です。

前者は、毛沢東がマルクス主義の「都市が農村を包囲する」という理論を中国の実情に合わせてひっくり返し、見事、「中国社会主義革命」を成就させました。

後者は、“現実主義者”の鄧小平が、「4人組」の社会主義政策では、中国の未来はないとして、「改革・開放」を掲げて資本主義を導入しました。その後、中国の急速な経済発展は世界中を驚嘆させています。

繰り返しになりますが、「習近平思想」とは3代にわたり国家主席に仕えたブレーンの王滬寧による“創作”です。習近平主席が自らオリジナルな思想を創造したのではありません。

さて、この「習近平思想」とは、「(習近平)新時代の中国の特色ある社会主義」を指します。具体的には、「偉大なる中華民族の復興」を目指し、「2つの100周年」―2021年の中国共産党結党100周年と2049年の中華人民共和国建国100周年―を盛大に祝うのでしょう。

しかし、これらは“思想”とは名ばかりで、単なる“スローガン”に過ぎないのではないでしょうか。

そもそも、習近平主席に特別立派な業績があるのでしょうか。

以前から我達がたびたび主張しているように、「反腐敗運動」は、主に「上海閥」をターゲットにした“恣意的”な政治運動に過ぎません(重慶市トップだった薄熙来が行った政策の“全国版”)。超法規的な「双規」(共産党のルール)で政敵を追い落とします。これが、本当に習主席の業績と言えるのでしょうか。

ラクダ主は石油王よりお金持ち?

2018年2月
野村明史

2018年1月1日から2月1日まで、サウジアラビアでは「アブドゥルアズィーズ国王のラクダ・ビューティーコンテスト」が開かれています。このコンテストは、2000年から始まり、その名の通りラクダの美しさを競うコンテストやラクダレース、しつけ具合など様々な競技も同時に開かれ、サウジの一大イベントになっています。今年は国内外から30万人以上が来場しています。

日本ではあまり馴染みのないラクダですが、その美しさは目と鼻と唇の大きさ、耳の形、身長、こぶの形や位置、肉付きなどによって決まり、主な審査対象となります。アル=アラビーヤ紙によると、今年の優勝者にはなんと約35億円もの賞金が贈られ、そのほかの競技も合わせると、賞金総額は約62億円にも上ると伝えられています。

このような高額賞金を獲得するため、出場者の中にはラクダにボトックスの注入や、整形を施すなどの不正行為を行う者もいるようで、今回のコンテストではすでに12頭のラクダが失格となりました。しかし、参加したラクダは3万頭を越えており、今回の不正発覚も氷山の一角にすぎないでしょう。

一般的なラクダは一頭約170万円、血統付きのラクダだと一頭約3000万円は下らないといわれています。ラクダの高級化が進む中、コンテストではラクダ自慢がエスカレートし、所有者同士の部族自慢にまで飛び火することもあるようです。中には、部族の名誉を傷つけたと激高し、傷害事件にまで発展するなど社会問題にもなっています。

華やかな一方、ラクダは古くからアラブ社会で荷運びや移動手段、食料としても用いられ、アラブ社会の生活に密着した伝統的な一面を担っていました。一般庶民の間でラクダは今でも食用として親しまれています。ラクダのミルクは独特の味がしますが、整腸作用があるといわれ、薬として飲まれることもあります。ドバイなどではお土産用にラクダのミルク入りチョコレートなども売られています。また、ラクダ肉はコレステロールが低く健康食として重宝されています。ラクダの肉質は固いのでミンチにするか、強力な圧力鍋で6時間くらいかけてじっくり調理されます。そのため、一般家庭での調理は難しく、多くの人は専門のレストランなどにオーダーし、接待や集まりなど特別な時によく食べられます。

このように今でもアラブで親しまれているラクダですが、コンテストや観光客相手のラクダ遊覧など娯楽の対象へと変化し、争いの火種となりつつあることが懸念されています。度を越した現状にそろそろ歯止めをかけていかなければならないでしょう。

2018年のアメリカの外交政策は再び混迷

2018年元旦
川上高司

1月1日、ようやく混乱の2017年が過ぎ、新たな希望を持って新年を迎えたのもつかの間、トランプ大統領は早々に外交政策を混乱の闇に突き落としました。

トランプ大統領はツイッターで、パキスタンがアメリカのアフガニスタンでの対テロ政策に全く貢献していないばかりか「うそばかりつく」と非難し援助を打ち切ることを示唆し、「過去15年間に330億ドルを超える支援をしたのに、パキスタンはテロリストの天国を作り出しているだけ」とこきおろしました。

アメリカとパキスタンの関係はトランプ政権になってから険悪になっています。トランプ大統領はアフガニスタン情勢が一向に改善しない原因はパキスタンにあるとして、もっと犠牲を払うように圧力をかけてきました。パキスタンは、そもそもテロとの闘いを始めたのはアメリカであり、パキスタンはこれまで1230億ドルをつぎ込み6万人の殉職者を出してきた、これほどの多大な犠牲を払ってきてこれ以上なにをしろというのか、と不信感と怒りを募らせています。

パキスタンの不信感を払拭しようとテラーソン国務長官やマティス国防長官がパキスタンを訪問して、前向きな関係を確認したばかりだったその矢先のトランプ大統領の発言は、長年の同盟国との関係を損なうには十分だったようです。

アメリカは2億5500万ドルの支援を中止すると脅しをかけてきましたが、パキスタン側は援助の中止に対しては冷静です。アメリカが手を引いても経済的なダメージはそれほど大きくないと考えているからです。ここ近年、パキスタンは中国への経済依存が大きくなっています。中国からパキスタンのグワダールへと続くカラコルムハイウェイは中国の投資で整備され、物資の往来は盛んになっています。アメリカがいなくても、いまや中国が代わって支援してくれるので困ることはないのです。

実際、12月末には北京で中国、パキスタン、アフガニスタンの外相が集まり、会合を開きました。議題は現在の中国が行っているパキスタンへの経済支援をアフガニスタンまで伸ばすということでした。「地政学的にこれら3カ国は共通の利害をもち、トリプルウインで発展していく」と中国は本気です。

アメリカの外交政策は再び混乱の闇に陥りつつあり、アメリカの国益はますます損なわれつつあります。アメリカが脅しをかければ小国がひれ伏す時代はとうに終わっているのです。棍棒外交はいったい誰のための外交政策なのか、2018年を迎えるにあたり、ぜひトランプ大統領に尋ねてみたいものです。

SF小説『北京折叠』

2017年12月15日
澁谷 司

2012年に発表された郝景芳(当時、清華大学女子大学院生)のSF小説『北京折叠』(英語のタイトルは“Folding Beijing”)は興味深いと思われます。同作品は、昨2016年、第74回ヒューゴ・アワード(Hugo Award)中短編小説最優秀賞を受賞しました。

未来の北京六環路内には、3つの空間が存在し、2日48時間サイクルで回っています。特権階層500万人は、住みやすい第1空間で、48時間の半分の24時間(朝6時から翌朝6時まで)を享受できます。

そのあと、2500万人の中間層は、第2空間で16時間(次の日の朝6時から夜10時まで)16時間を使用できます。残りの5000万人の下層は、ごみごみした第3空間で、48時間中、たったの8時間しか持っていません。

第3空間に住む下層のうち、3000万人が洋服・食料品・燃料・保険等を販売し、残りの2000万人はゴミ作業員です。

刀という姓の主人公(48歳独身)は、第3空間のゴミ作業員でした(彼には幼い養女がいます)。刀は第2空間の大学院生である秦天のために、危険を冒して第1空間へ行こうとします。

各空間の異動は厳しく制限され、捕まると刑務所に入れられてしまいます。

第1空間には、秦天が、実習の際、偶然出会った3歳年上の女性、依言がいたのです。その時、依言は秦天に優しく接しています。そこで、秦天は彼女に恋をしました。

刀は、秦天のラブレターを届けようとして、第1空間にいる依言に会います。しかし、すでに依言は別の男性(呉聞)と結婚していました。秦天が依言と会った時には、依言は婚約していたのです。

依言は刀に対し、自分は秦天が好きだと伝え欲しいと言います。ただし、秦天には彼女が結婚していると言わないで、と頼みました。依言は秦天に嫌われたくなかったのです。

依言はバッグの中から、1万元(約17万円)札5枚を出しました。刀には見たこともないおカネです。刀は秦天に対し嘘をつきたくなかったので、渋っていると、依言は更に1万元札を5枚出しました。結局、刀はカネの魅力に負け、依言から秦天への伝言を預かりました。

刀は依言と別れてまもなく、第1空間の巡邏部隊に取り押さえられてしまいます。ところが、幸運にも、その中に第3空間から第1空間に這い上がった年長の人物(葛大平)がいて、刀を釈放してくれました。

刀が第2空間にいる秦天に会って、依言から預かった伝言を告げ、第3空間へ戻ります。

郝景芳はSFという手法を使って、現代の北京の状況をリアルに描写しているのではないでしょうか。

特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の政府専門家会合(GGE)について

2017年12月1日
佐藤丙午

特定通常兵器使用禁止制限条約の締約国会議(CCW)では、自律型致死性無人兵器システム(LAWS)について、2017年11月13-17日に政府専門家会合(GGE)、そしてその翌週に開催された締約国会議にGGEの報告書が提出されました。

GGEは、過去3回開催された非公式専門家会議の結果を受け、CCWでLAWSの規制を進める上で、政府専門家がその規制の是非と、その内容を検討するものです。GGEは2017年から3年間連続して開催される予定です。第1回GGEでは、各国政府の代表討論の後、技術、軍事、そして道徳と法の三つの観点から、各国の専門家による報告が行われています。

AIが搭載されるLAWSの危険性は、国際社会で広く認識されており、兵器の運用において、「human in/on the loop」をどのように担保するかが議論の焦点になっています。LAWSの議論では、兵器が攻撃をする瞬間の決定を常に人間が行うように規制すべき、という議論と、LAWSの開発自体を規制すべき、という議論が先行して話し合われてきました。しかし、後者の議論は、兵器開発自体に制約を課すもので、現実的ではないとの意見が強く、国際社会のコンセンサスを得ることは難しいのがわかってきました。前者の議論も、兵器が攻撃をする、という定義が明確にできず、尚且つ戦闘管理システムがAIによって制御されるようになると、どこからが攻撃なのかということも明確に規定できないことも明らかになりました。

このため、2017年のGGEでは、LAWSの特徴を再確認すると共に、AIを搭載した自律兵器の軍事的特質、そして、その法的及び道徳的な問題を、基本に立ち返って再検討したのです。その際には、非公式専門家会議で行われた、論点を包括的に提示して認識を共有するのではなく、最終的な「落としどころ」を模索しながら現実的な対話が行われました。同時に、参加国の中には、自国もしくは国家グループが必要と考える規制措置を提案した国もありました。その中には、フランスとドイツが提案した、LAWSの製造から使用までを、多国間機関に監視や査察を行わせる、兵器再検証プロセス(weapon review process)の設立を提案するものもあり、より具体的な議論が行われました。

CCWでの結論が、第6議定書になるのか、NPTのような軍備管理軍縮を目的とした多国間条約になるのか、それとも一部の市民社会団体が求めるような禁止条約になるのか、議論の行方は分かりません。しかし、次の世代の主要兵器になると予想されるLAWSが、人間社会の手に負えないものにならないようにどうするか、議論に注目する必要があります。

トランプ大統領のアジア歴訪

2017年11月15日
川上高司

トランプ大統領はアジアを10日間にわたり歴訪しました。アメリカの大統領がこれほど長期にわたりアジア各国を訪れるのは1991年末から1992年初めにかけてのジョージ・H・W・ブッシュ大統領による歴訪以来であした。トランプはハワイに立ち寄った後、日本(11/5-7)を皮切りに韓国(11/7-8)、中国(11/8-10)、ベトナム(11/1--12)、フィリピン(11/12-13) とアジアを回りました。

長期間にわたる米大統領のアジア歴訪だっただけに注目されました、そこでのメッセージは一貫して北朝鮮および中国に関するものでした。そのキーワードを拾ってみるならば、日本では朝鮮半島と中国を踏まえた「同盟の確認」、韓国では北朝鮮に対する強硬な「宣言」、中国では二国間の経済と北朝鮮問題をめぐる「交渉」、フィリピンとベトナムでは中国との「仲裁者」、ベトナムでは自由で開かれた「インド太平洋」と言えましょう。

トランプ政権下では「経済ナショナリズム」とも呼ばれるアメリカン・ファースト(米国第一主義)が闊歩していて、今回のトランプ大統領のアジア歴訪でもそれが全面に押し出されました。

トランプ大統領のアジア歴訪は北朝鮮包囲網を築くことを建前上の目的としながらも、その脅威に対抗するために日本と韓国には米国製の武器購入を確約させました。トランプ大統領のアジア歴訪の中でも最大の焦点はいうまでもなく中国であり、いかに「取引(ディール)」を行うかにあった。そして中国と取引を行うにあたっての「手段」として北朝鮮がありました。

さらに、トランプ大統領はアジア歴訪にあわせて米空母を3隻投入しました。空母3隻を朝鮮半島付近に派遣することは朝鮮戦争以来のことで軍事的には正に戦争前夜でした。これは、ローズベルト大統領が得意とした「棍棒外交」(棍棒を持って静かに話す)を展開したことになります。棍棒は3隻の空母であり北朝鮮に向かって振り上げましたが、話した相手は中国でした。

その結果、トランプ大統領は中国から2500億ドル(約28兆円)の商談を得、そして北朝鮮問題で中国との調整を行ったと考えられます。また、今回の米中取引の後、トランプ大統領はベトナムとフィリピンでは南シナ海における米国の関与に関しては極めて消極的であったことから、トランプ大統領は南シナ海問題についても中国と取引をした可能性があります。このように米中が取引を行った結果、中国のアジアにおける影響力が増すとすれならば日本は益々難しい舵取りを迫られることになるでしょう。

対話と圧力

2017年11月1日
武貞秀士

2017年春以降も北朝鮮のミサイル発射が続きました。8月と9月、日本上空を通過したミサイル「火星12型」は日本社会を震撼させました。北朝鮮が9月3日の核実験を水爆実験だったと発表したあと、国際社会は北朝鮮への圧力を強化し、11月はトランプ大統領が日本、韓国、中国を歴訪して対北圧力を要請しました。

米国は軍事的解決という選択肢を排除していませんが、それは日本、米国、韓国の足並みが揃うことが前提です。10月末、文在寅政権は中国に対して米国のミサイル防衛には組み込まれないこと、日米韓関係は同盟関係にはならないことを約束しました。日米韓の安保分野の協力体制は余談を許しません。経済的に苦境にある韓国が米国、中国の間でバランス外交を鮮明にしつつあるからです。韓国経済にとり最大の貿易相手国である中国との関係修復は死活問題ですが、トランプ政権は韓国が米韓同盟を薄めてでも中韓関係修復に向かうことに対し、不満を抱いています。

中国とロシアも日米が主導する北朝鮮に対する圧力主体の政策に距離を置いています。国連制裁のもとでロシアと中国は北朝鮮経済を支えてきました。北朝鮮の羅津港を活用しシベリア鉄道と朝鮮半島鉄道を連結することで沿海州経済を建て直そうとするプーチン政権にとっては、北朝鮮核問題解決は二の次です。北朝鮮の地下資源が中国の工場に必要だとする中国は、北朝鮮に対する制裁を続けることができるのかどうか疑問です。

北朝鮮の政策は核戦略に基づいています。すなわち、統一に際して米国の軍事介入を阻止するために、米国の首都を破壊することができる大陸間弾道ミサイルを完成する。非対称的な核戦力であっても、相互に確実に首都を破壊できる能力をもてば、米国が朝鮮半島の警察官の役割を放棄すると見ているのです。「核開発は最終段階に到達した」という北朝鮮の次の一手は米朝関係正常化提案でしょう。最近の北朝鮮の沈黙、米朝間の水面下のやりとり、トランプ大統領が北朝鮮に送る「秋波」は、北朝鮮の核戦略と関係がありそうです。日本の北朝鮮政策の原則は、圧力だけではなく「対話と圧力」であったことを思い出しました。

プーチン大統領の意外な4選戦略

2017年10月15日
名越健郎

来年3月18日に実施されるロシアの大統領選で、本命のプーチン大統領が近く4選に向け出馬表明する見通しです。当選は確実で、2000年に就任した大統領が6年間勤めるなら、計24年の長期政権となります。20世紀以降のロシアの歴史では、スターリンに次ぐ長期政権。戦後の主要国でも異例の長さとなります。

反政府活動家で若者の人気が高いアレクセイ・ナバリニー氏が10月7日の大統領の65歳の誕生日に反政府デモを呼び掛け、80都市で集会が行われましたが、あまり盛り上がらなかったようです。現状では、選挙は大統領への信任投票となりそうです。

ロシア紙「ガゼータ」(9月18日)によれば、プーチン陣営は4選戦略として、医療改革、教育、年金、給与増、汚職対策などを目玉とする方針で、関係機関と諸提案を検討中です。安全保障や外交も再選戦略に含まれますが、国民の関心が高い民生分野を中核に据えるとのことです。

しかし、医療、教育、年金なら、どこかの国の政治家と変わりません。プーチン大統領の真骨頂はなんといっても、地政学的な野望や愛国主義的外交であり、ウクライナ領クリミアを併合したり、シリアの反政府勢力を空爆して国際社会を驚かせ、国民の愛国主義を高めてきました。

国際秩序に挑戦し、米国を出し抜くマッチョな戦略が国民に受け、米誌フォーブスから4年連続で「世界で最も影響力ある人物」に認定されています。それが、医療や年金重視では並みの「三流政治家」にすぎません。

もっとも、ロシア経済はそれほど追い詰められているようです。昨年まで2年間マイナス成長で、国民消費も5年連続で低下しました。国内総生産(GDP)に占める国防予算は4・7%まで上昇し、遂に今年から国防費を減額しました。閉塞感に国民の不満が高まりつつあるようで、プーチン大統領も「苦手」の教育・医療・年金に取り組まざるを得ないようです。

プーチン大統領にとって、最後の6年は茨の道になるかもしれません。米国のシェール石油生産や世界的な省エネの進化で、原油価格がかつてのように上昇するとは思えません。次の6年も欧米の厳しい経済制裁が継続され、ロシアは世界的に孤立しそうです。国民の関心が財布の中身にあることは古今東西同じことで、プーチン大統領の真価が問われるのはむしろこれからかもしれません。

どうにもとまらない若大将

2017年10月1日
荒木和博

山本リンダの「どうにもとまらない」、大ヒットした歌ですが、ご存じの方は歳が分かります。その歌詞の中にこんな部分があります。

うわさを信じちゃいけないよ 私の心はうぶなのさ
いつでも楽しい夢を見て 生きているのが好きなのさ

今の北朝鮮の状況を見ていると、彼の地の若大将が一番やりたいのは米国と直接交渉して体制の存続を認めさせることでしょう。本当に攻撃するなんて「うわさを信じちゃいけないよ」と思っているかも知れません(うぶなのかどうかはなんとも言えませんが)。あるいは核やミサイル開発は国内を押さえるために強い姿勢でいなければならないという理由もあるのかも知れません。

しかし「いつでも楽しい夢を見て 生きているのが好きなのさ」ということになると核大国として米中と渡り合うという夢を見ているのかも知れません。少なくとも国民にはそう宣伝しています。山本リンダが45年前に北朝鮮がこうなると思って隠喩を込めて歌ったとは思えませんが、それなりに意味深です。

ついでに言えばこの歌には「はじけた花火にあおられて 恋する気分が燃えてくる」なんて一節もあります。花火大会で使う四尺玉という一番大きい花火を1発打ち上げるのに260万円位かかるそうです。20発打てば花火でも5000万円余り。弾道ミサイルでいくらにかかるのでしょう。これだけ乱発しておいて、今から「米国と恋する気分で撃っていた」では収まりません。行き着くところまで行くのでしょう。

この下に掲示されている富坂教授のコラムでは中朝関係が非常に厳しい状態になっていることが分かります。「もうどうにもとまらない」で、歌の終わりが見えてきたようです。

北京アラート

2017年9月15日
富坂 聡

怯えたり、慌てたりしないでください。土曜日に防空警報の訓練を行います。もし三種類のアラートを耳にしても、怖がらないように――。

上海出張中の9月11日、私のスマートフォンが突然、物騒なお知らせメールを受信しました。発信者は『鳳凰新聞(フェニックスニュース)』で、信頼できる情報源です。

私は、すぐに北京の友人に電話をかけました。中国の首都でコンサルタント業を営むその友人は、「こんなことは滅多にあることじゃない。さすがにみな緊張している」と驚いていました。

そりゃ、そうでしょう。防空警報が出される――たとえ訓練でも――など、若者には記憶が無く、中年以上の人々には文化大革命期以来の体験です。

中国がこの時期、警報を鳴らす目的は一つだけです。北朝鮮を意識した行動であり、金正恩政権からの予測不可能なプレッシャーにさらされ、ある種の緊張状態に入ったサインです。すなわち、中国から見た北朝鮮が、もはや未知の段階に突入したということです。

どうやら朝鮮半島の「危機」は、新たなフェーズを迎えたようです。

従来、朝鮮半島の危機といえば一義的にアメリカと北朝鮮の武力衝突を意味しました。しかし、ここに来て中国と北朝鮮の間で何らかの深刻な問題が発生する可能性が指摘されるのです。
国連の制裁など、北朝鮮の核開発問題では中国の出方が世界の注目を集めてきました。一方、北朝鮮は中国が問題解決のキャスティングボードを握るような状況を愉快に思っていませんでした。

その不満がいま、アメリカにも増して中国を敵視するまでに高まったようなのです。少なくとも中国は、独自で喫緊のシグナルを発しなければならないほど切迫した事態を意識したはずです。

中国がなぜ、そんな危機感を抱くのでしょう。それは中国にはもう金正恩政権の意図がまったく読めないからです。北朝鮮が中国に向ける、「そこまでアメリカにすり寄るのか」という怒りが、予測不可能な反応にエスカレートすることを懸念しているとすれば事態は深刻です。

中国は北朝鮮に国際社会との協調を促す目的でアメリカに寄り添い制裁を強めてきていました。そして金正男殺害後には、中国の太い対北朝鮮窓口であった党中央対外連絡部(中連部)のルートも閉じました。いま、こうしたことがボディブローのように2国間に作用しているのです。互いの意図を誤解したままブレーキが効かなくなる状況は、決して非現実的なものではないのです。

死文化した法律

2017年9月1日
丹羽文生

日本には一体、何本の法律があるか知っていますか。アメリカでは連邦議会議員のことを「ローメーカー(Lawmaker)」と呼びます。日本でも憲法第41条に「国の唯一の立法機関である」と記されている通り、法律を制定できるのは国会に限られており、それを構成する国会議員は、「法律(ロー)」を「作る(メイク)」ことこそが第1義的任務なのです。しかし、国会議員であっても、法律数を答えられる人は、そうはいないと思います。

国会図書館の「日本法令牽引」データベースに登載されている法律数は最高法規たる憲法を含め、8月1日現在で2,238本です。条約や政令といったものも加えると現行法令は2万7,696本にも上ります。

ただし、役目を果たして死文化してしまったものも数多く存在しています。少し古くなりますが、今から3年前に出された「いわゆる『実効性を喪失』していると考えられる法律は何本あるか」との質問主意書に対し、国は答弁書の中で「法務省の集計」として、2014年2月28日現在で「実効性を喪失した法律の件数は155件である」と回答しています。代表的な法律としては「昭和天皇の大喪の礼の行われる日を休日とする法律」が挙げられるでしょう。

中には帝国議会の頃に設けられた法律もあります。例えば大日本帝国憲法が公布された年の1889年12月にできた全6条足らずの「決闘罪ニ関スル件」という法律です。そこには、決闘すれば2年以上5年以下の重禁錮、20円以上200円以下の罰金を科すといったことが定められています。明治の半ばにできた法律が今でも生きているのです。

用済みとなった法律を精査する大規模な法令整理は、過去に2回実施されました。1回目は1954年5月、「法令整備本部」を設置して、いらなくなったものを洗い出し、400本近い法律を廃止しました。

2回目は28年後の1982年7月で、「行政事務の簡素合理化に伴う関係法律の整理及び適用対象の消滅等による法律の廃止に関する法律」という何とも長ったらしい法律を新たに設けて300本ほどの法律を廃止しています。その中には戦前の名残から「満州」や「樺太」、「台湾」といった名称を冠したものもありました。

ただ、法律を廃止するのは、そう簡単なことではありません。法律を廃止するための法律を新たに設けなければならず、相当な時間とマンパワーが必要なのです。自民党では今から10年ほど前に行財政改革の一環として党内に「法律廃止検討委員会」(仮称)を設置する動きが見られました。国政選挙における「政権公約」にまで明記されたのですが、結局、かけ声倒れに終わっています。

現段階では、法令整理に関する動きは全く見られません。しかし、このまま放っておけば増殖する一方です。法令整理は、行政のスリム化、経費削減にもなります。2回目の法令整理から35年が経過しました。そろそろ3回目の大鉈を振るう時機が来ているのではないでしょうか。

設立50周年を祝うASEAN

2017年8月15日
吉野文雄

この8月8日、東南アジア諸国連合(ASEAN)は、設立50周年を迎えました。ASEANは、1967年8月8日に、バンコク宣言を発して設立されたのです。

当日はネットで祝賀式典の模様が中継され、参席した人々だけでなく、視聴したわれわれもなにか晴れ晴れとした気分を味わえました。また、ASEAN事務局のウエブサイト上には、祝賀行事に関連するリソースがいくつもアップロードされており、祝賀ムードはいやがおうにも高まりました。

しかし、ジャーナリズムの中には辛口のコメントもありました。毎度のことですが、「同床異夢」というのです。とくに、加盟10カ国の中国との距離の取り方が異なっていることから、足並みが乱れているのです。カンボジアやラオスはもっとも中国に近く、インドネシアは距離をとろうとしているようです。

私にとって、ASEANを一言で表す四字熟語は、「美辞麗句」、「自画自賛」といったものです。

祝賀式典に先立って開催された閣僚会議の共同声明は、2015年に設立されたものの、2025年を目標としてその実を挙げようとしているASEAN共同体が中心的なアジェンダとなっていました。段落数を数えると、全部で217段落のうち、88段落がASEAN共同体に関する内容です。

さらにその内訳を見ると、政治安保共同体に関するものが31段落(全体の14%)、経済共同体に関するものが16段落(同じく7%)、社会文化共同体に関するものが41段落(同じく19%)でした。

この内訳がASEANの置かれている状況を象徴しているように思われます。政治安保共同体については、人権を含むし対中関係も関わるので、重要ではあるが触れにくいところがあります。経済共同体については、ASEAN自由貿易地域という目に見えた成果をあげているがさらなる統合には大きな障害があり、具体的には触れにくいのです。社会文化共同体は保健や教育と幅が広く、優先順位さえつけがたいのですべてのアジェンダを並べてみたというところでしょう。

ASEANが統合を進めるにあたって課題は山積していますし、求心力も強くありません。ただ、幸いにして域外国はさまざまな思惑からASEANには好意的です。その好意を統合に活用できるかどうかはASEAN自体にかかっているといってよいでしょう。

南極大陸の現状と権利「放棄国」日本

2017年8月1日
鈴木祐二

英国スウォンジー大学研究チームは、南極半島北側にある「ラーセンC」棚氷の一部が7月10~12日に約5800㎢にわたって分離し、三重県や茨城県に匹敵する広さの氷山(厚さ200m以上)になったと発表しました。棚氷(ice shelf)とは、南極大陸上の氷河や氷床が海に押し出され、それが陸上の氷と連結したまま海上にあるものです。氷山形成の原因は、棚氷融解のいつも通りのメカニズムで、海面が直ちに上昇する恐れはありません。

大西洋に面した北を上に「象の横顔」を想像した時、大きな耳の部分にあたるのが東南極大陸、目や口や鼻が西南極大陸です。南極横断山脈(約3000㎞)によって東西に二分されています。今回分離したラーセンCは長い鼻(南極半島)中央部付近の上側(北側)にあり、ここの棚氷が分離し、平たいテーブル型の氷山となったのです。南極大陸は他の大陸から切り離され独立した唯一の大陸で、最高峰ビンソン・マシフ山は海抜4897mです。大陸の約95%が氷の下にあり、その氷の全体積は約3000万㎦で、地球上にある氷全体の約90%を占めています。この氷がすべて溶ければ海面が少なくとも57.5m上昇すると予測されています。

南極大陸には、12ヵ国によって採択され1961年に発効した「南極条約」という特殊な条約(南緯60度以南に適用)があります。現在の締約国は53ヵ国で①平和利用に限定(軍事基地の建設、軍事演習の実施等の禁止)、②領土権主張の凍結、などを決めています。日本は原締約国で、南極条約協議国(29ヵ国)の一員として責務を果たしています。同条約第1条の平和利用は今のところ遵守されていますが、第4条の領土権主張の凍結については原署名国の中で意見の相違があります。自国の領土権を主張しているクレイマント7ヵ国(イギリス、フランス、オーストラリア、チリ、アルゼンチン、ノルウエー、ニュージーランド)と、自国の領土権を主張せず、他国の主張も否認するノン・クレイマント5ヵ国(日本、ベルギー、ドイツ、デンマーク、オランダ)があり、アメリカとロシアは一応、後者の立場をとりつつも、過去の活動を特別の権益として領土権を留保しています。

国連海洋法条約に基づく排他的経済水域や大陸棚等が、南緯60度以南の南極条約地域に適用されるか否かについては専門家の間で意見が別れ「法的真空状態」です。南極大陸には豊富な資源が埋蔵されています。平均約2000mの氷に覆われているため採掘が難しいのですが、技術的に可能になれば領有権を主張し続けることに重要な意味が出てきます。アルゼンチンは民間人を越冬させ、現地で出生させるなど既成事実づくりに熱心です。旅客機を国内線として運航するオーストラリアが領土権を主張している地域内に、中国は長城基地と中山基地(滑走路つき)を有し、海抜約4000mの内陸部に崑崙基地を新たに設営しました。南極大陸での資源争奪戦に備えた布石でしょう。

日本は、明治時代の白瀬隊の実績により米露同様「特別の権益」を有しますが、サンフランシスコでの対日平和条約第2条(e)項によって南極の領土に関する一切の権原・権利を放棄させられた「放棄国」という独特の地位です。将来の資源開発競争において不利な立場を余儀なくされます。特殊な原締約国としての発言力をより高めるため、何らかの手を打つべきだと思います。

人格としての母語、道具としての外国語

2017年7月15日
遠藤哲也

以前、『海外事情』誌上で、日本人全体が長らく「国際化強迫」に捉われてきたと書きました。「ことば」についての国内での言説にも同様のものを感じます。「ことば」そのものの言語学的意味や人間にとっての重要性に注意が向けられることは少なく、国語と外国語を同列に置いて語るような教育論も見られるようです。

「第一言語」という言葉がありますが、多くの日本人にとって、日本語は「第一」「第二」と並べるようなものではないでしょう。通常、「母語」とそれ以外の言葉は決定的に異なるからです。母語とはそれを使う人間の人格の重要な一部です。人間はことばが無くては、思考したり、抽象的な事柄を認識したりできず、通常、人の思考は母語に圧倒的に依存しています。

言葉には、その言葉が直接表す意味(語義)以外に、その語が纏う言外のイメージ、それを使うに適正な文脈、また、文脈による語義変化などの要素がありますが、辞書はその語の代表的語義を示してくれるだけです。人間は、母語に関するこうした複雑な知識を、能動的な学習によってでなく、乳幼児期からの生活の中で、ごく自然に身に付けていく驚異的な力があります。ですから「私が」と「私は」の違いを述べよ、と言われても多くの人は言語化することができません。そして、このような自然な言語習得能力は小学高学年頃から低下してしまうようです。

一方、人間が能動的に学習する非母語・外国語は全く意味が異なり、それは基本的に「道具」でしかありません。そして、母語の語彙と外国語での対応翻訳語は普通、イコールではないので、無数にある語彙について、母語との差異を把握しつつ、語義の多重性、言外イメージなどの正確な語法・語感までを完全に習得するなどということは、母語を媒介にした能動学習によってでは、およそ不可能と思えます。初歩の記号論を学んで、言葉に伴うこうした事実に意識が向いたなら、慎重で非楽天的な性格の人は、外国語の使用に逐語的に戸惑いを覚えてしまうかもしれません。

ただ、道具は道具に過ぎません。毎日、のこぎりが必要な人もいますが、一生、使わない人も居ます。また、弓の達人だが、刀槍はからっきしという武士が居たであろうように、人間には適性というものもあります。聴解力に関しては、通常の知識と論理の学習と異なり、耳と脳による音声認識の問題ですから、通常の勉強の学力が高い者が、これも得意とは限らないのは、高学歴の人なら歌唱や聴音も得意だとは言えないのと同様でしょう。つまり、努力して一定の時間をかけて勉強すれば、誰でも外国語が流暢に「話せる」と思うのは神話と言うべきです。そして言語学習は多大な時間と労力のコストを伴うので、当然に費用対効果の斟酌も行われるべきです。道具は必要な人、適性のある人が使えばよく、皆に同種の道具に熟達させようとするのは、個々の才を伸ばし活かす機会を奪います。

しかも、本来、人間の言語能力において、「読み書き」と「聞く・話す」のどちらがより知的な営みに通じているかは、「識字率」という語の存在を想起すればわかることですが、なぜか日本では、正書法に基づく「読み書き」を劣位視して、実用英語力の低さを嘆いてみせるような言説が繰り返されてきました。日本はその間も一貫して世界中とちゃんと取引して、繁栄をし続けてきましたし、ネットによる輸入や交信が一般化した今時では、寧ろ読み書きの方が実用的ではないかとも思うのですが。

前記のように、一般的には、能動学習による他言語の完全な習得はまず不可能なものですから、母語で九割程度は口頭表現できる事柄でも、非母語で語れば多くの人は、より低い精度で語ることになります。これは話者本人に認識が無くても、時に大きな不利・不利益であり、母語の使用の可不可がしばしば民族対立の遠因になる所以でもあります。まして学問などある種の社会分野では、そもそも平易ではない論理を最高精度の言葉で表現することが要されますから、非母語への変換は相当高度な能力を要すものとなり、そう安直に為し得るものではありません。何となく通じればいいというのは旅行会話の話です。

前述のように外国語の会話力は音感と同様、かなり適性や生育環境に依存したものなのですが、道具としての外国語を高みに置いて格付けの指標にするのは、旧植民地諸国の一部エリートが宗主国言語に関して見せるような態度で「言語帝国主義」と呼ばれます。今日の日本でもそれに類した言説が時折見られるほか、「コンプライアンス」など、日本語で平易に言えることをわざわざ難しい外国語で述べて見せるような母語の蔑ろ化も官民で見られるようです。初歩の言語学・記号論を、高等教育の中で必修化すべきであろうと常々思う所です。

王家の慣例を覆したサウジ国王

2017年7月1日
野村明史

6月21日、サウジアラビアのサルマーン国王がムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子の全職務を解き、新たに息子のムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子を皇太子へ昇格させました。あまりにも突然の交代とそのような予兆もなかったことから、当初はフェイクニュースではないかと疑われるほどでした。

これで、サルマーン国王在位中に皇太子が2度も交代となりました。前回は、2015年、ムクリン元皇太子(サルマーン国王の異母弟)が、ナーイフ元皇太子(サルマーン国王同母兄、国王即位前に死去)の息子でサルマーン国王にとって甥にあたるムハンマド・ビン・ナーイフに皇太子位を譲るという形での交代でした。しかし、今回のムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子の更迭は、特段の理由のない突然の解任劇であったため、自身の息子に王位を継承させるためではないかという憶測が流れました。そのためか、内務大臣を筆頭にその他のポストも初代国王から数えて第4世代を中心とする若き王族へと人事の入れ替えが続き、政権の若返りを強く印象付けました。

しかし、今回の人事刷新で注目すべきことは単なる自身の息子への王位継承準備や政権の若返りだけではありません。サルマーン国王は長年のサウード家の慣習を大きく覆したのです。これまで、王位は初代国王の息子である第2世代が年齢順に継承してきました。時の流れとともに、第2世代の高齢化が進み、アブドッラー前国王(サルマーン国王異母兄)の在位中には2度も皇太子が死去しました。そのような背景から、サルマーン国王が2015年に即位した時、初めて第3世代から内務大臣を務めるムハンマド・ビン・ナーイフが副皇太子に選出されました。その後、前述のようにムクリンから皇太子位を譲られ、これまでの彼の実績と年齢も57歳ということから妥当な後継者とみなされていました。しかし、今回の更迭でさらに若い31歳のムハンマド・ビン・サルマーンが第1王位継承者となったことは、これまで「年齢」を重視していたサウード家の慣習を大きく覆すこととなりました。

この力任せともいえる継承と王家の慣習の打破が、これから保守的なサウジにどのような影響を与えていくのでしょうか。

2006年に設立された次期国王を選定する忠誠委員会において、34人中31人が今回の交代を支持したと発表されました。全会一致でなかったので、政権の不安定さを危惧する声も聞こえましたが、このような一定の反対派の容認と公表は独裁政権のイメージが強いサウジアラビアにとって、新たな門出を演出する良い材料ともなりうるかもしれません。

今後も新しいサウジの出発に注目が集まることでしょう。

低迷する中国経済と「一帯一路」国際サミット

2017年6月15日
澁谷 司

今年(2017年)1月17日、遼寧省長が、2011年~14年まで、同省のGDPは20%以上、水増しされていたと初めて公表しました。

さらに、同省長は、昨2016年1月~9月までの遼寧省のGDPはマイナス2.2%だったことを明らかにしたのです。

これから類推すると、中国経済の厳しい現状が垣間見られます。

昨年、中国のGDPは6.7%で、6.6%のインドを抜き、世界1の経済成長を達成したと中国政府は主張しています。けれども、これはブラックジョークに過ぎないのではないでしょうか。

中国政府が公表した①発電量の推移、②貨物輸送量の推移、③固定資産投資、④中国の輸出入の推移等を見れば、2015年と16年の両年、中国経済が2008年の「リーマン・ショック」時よりも悪いことは火を見るより明らかです。

また、「中国一辺倒」を掲げる馬英九政権の下、中国経済の悪影響を受けた台湾のGDPが一時マイナスになりました。他方、中国富裕層に依存するマカオ経済(GDPの約60%がカジノが占める)が激しく落ち込んだりしました。これらも中国経済低迷の傍証となるのではないでしょうか。

北京政府としては、財政出動をするのが景気回復には1番効果的です。けれども、中央の財政赤字が大きく(最低でもGDPの150%程度と言われています)、それも難しくなっています。

そこで、習近平政権は、どうしても(高速鉄道以外の)外需を求める必要があります。

今年5月14、15日、北京で「一帯一路」国際サミットが華々しく開催されました。ロシアのプーチン大統領をはじめ、29の国家元首・首脳、約130ヶ国の政府官員および世界の富豪やビジネスマン約1500人以上が参加しています。

実は、2013年に「一帯一路」構想が持ち上がって以来、すでに5兆人民元(約75兆円)あまりが投じられています。けれども、過去3年来、「一帯一路」では、全部で5つのプロジェクトしか完成していません。①サウジアラビアの石油精錬所、②バングラデシュの橋、③パキスタンの道路、④トルコで埠頭を購入、⑤中国国内で、天然ガスダクトの補修だけです。

おそらく北京政府は、「一帯一路」で国内の過剰生産を消費し、中国経済の衰退危機やリスクを転嫁しようとしているのではないでしょうか。また、対外投資によって、国内企業、とりわけ国有企業の発展を促すつもりではないでしょうか。

一方、習近平政権は、中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)の活用を促す狙いがあると思われます。

トランプ政権の国防予算

2017年6月1日
佐藤丙午

トランプ政権は、政権発足100日を過ぎたものの、各行政機構の主要なポストに空席が目立ち、政策の方向性を展望するには不十分な状況にあります。ポストが未確定なのは、国務省や国防総省も同じ状況にありますが、その中で2018年連邦年度(2017年10月より)の政府要求が5月23日に発表されました。米国の予算は議会(立法府)が授権法と歳出法で決定する仕組みで、行政府は議会に予算を要求する立場になります。

政権の予算要求の内容は、オバマ政権の2016年度の予算と比較して約10%の増加の5745億ドルで、2011年予算管理法の下で議会が2017年度に規定した額よりも約9%の増加になります。国防予算としては、イラクとアフガニスタンでの作戦継続のために646億ドル要求されています。トランプ大統領は、選挙中に軍備増強方針を表明しており、今回の予算要求もその方針に沿ったものになっていますが、要求内容を精査すると、少なくとも来年度は抑制されたものになっています。

たとえば、空軍ではF-35、F/A-18、KC-46などの要求数はオバマ政権で予定された通りでしたし、海軍でも、トランプ大統領がかねてより主張してきた350隻体制が、2018年予算で実現するようにはなっていません。2018年の予算要求では、各軍の教育訓練、装備の維持整備及び更新(イラクとアフガニスタンで使用した武器弾薬や装備の補充)に重点がおかれ、いわゆる新たな兵器システムの調達計画が明確に打ち出されていません。トランプ大統領が主張していた、兵員の待遇改善(給与)も重視されていますが、全体的にみると、オバマ政権が提示してた2018年度予算と比較しても、約3%(約190億ドル)の上昇になっているにすぎません。

この予算については、国防タカ派からは「失望」が表明され、そしてこの予算が国務省の対外援助計画や国内政策の予算を転用することを想定していることなどから、国際派からは「反発」が、そしてこの予算自体を「悪夢」と呼ぶ議員も現れました。もちろん、トランプ政権は、単年度での予算大幅増額を意図しておらず、数年間にわたるプロセスを想定しているし、予算の決定権限は議会にあるので、政権の要求通り認可される保証はないので、現時点での評価は妥当ではないかもしれません。今回の予算要求では見送られた重点領域も、今後明確になってくるでしょう。

ただし、トランプ政権の下で、今後国防費の上昇が予見される段階にあることは明らかですし、その増加は単なる兵器の数に留まるものではなく、米国の戦略に構造的な変化をもたらし、その影響が長期に及ぶ可能性が高いことも考えておく必要があります。2017年G7直後にドイツのメルケル首相が欧州の独自路線の追求に言及するなど、米欧関係に軋轢が生じたこともあり、米国の国防予算の上昇が米国の世界戦略や同盟政策にどのような影響を与えるか、慎重に見据えていく必要があるのです。

漂流するアメリカ-トランプ政権の100日を問う-

2017年5月15日
川上高司

トランプ政権が発足し100日ほどが経ちましたが話題が大きい割にはその成果はそれほどなく、進歩よりも停滞がみられる今日この頃です。トランプ大統領は政権発足時から矢継ぎ早に大統領令を出しオバマケアを廃止、TPPの不参加といったオバマ大統領の政策を否定しトランプらしさを強調しました。しかし実際には議会や国民の反対にあい実行はできず、支持率は低迷しています。

そんな中、5月10日、突然コーミーFBI長官をトランプは解任しました。あまりにも唐突な解任だったため、さまざまな憶測が流れました。

ホワイトハウス報道官とセッションズ長官は、コーミー長官の解任はローゼンスタイン司法副長官の進言によると発表しました。解任までの流れを追ってみます。3月20日、コーミー長官は議会の公聴会でFBIは昨年の大統領選挙へのロシアへの関与を調査していると証言しました。

5月8日、トランプ大統領はセッションズ司法長官とローゼンスタイン副長官と会合を持ち、そこではセッションズ長官とローゼンスタイン副長官はFBIのロシア疑惑の調査報告を行い、コーミーの解任を進言したと推測されます。そして報道発表です。

ところが11日、トランプ大統領はコーミーの解任は進言以前から決めていたことであり自分の判断だとコメントしました。大統領によるとコーミーは目立ちたがり屋でそのためFBIは大混乱に陥っている、その責任を取らせたということです。

この解任は政府の干渉である、売られた喧嘩は買ってやるとばかりに同日開かれた公聴会でマックケイブFBI長官代行は「コーミー氏のFBI当局内の職員の支持は厚かった。誰もが、もちろん私も彼へは絶大な信頼と尊敬を寄せていた」と真っ向からトランプ大統領に反論しました。そしてロシア疑惑の調査は継続しその報告はホワイトハウスには今後上げることはしないと宣言しました。

コーミーは2013年オバマ大統領によって指名されFBI長官に就任しました。長官の任期は10年です。大統領には解任の権限があるので今回の解任は違法ではありません。しかしFBIは独立した捜査機関であり、その長官が任期途中で解任されるのは権力による捜査機関への干渉ととらえられかねません。そのため歴代大統領は解任には慎重でしたがトランプ大統領は型破りで前例にとらわれないようです。

コーミーの解任の真相はどこにあるのでしょうか。コーミーを就任させたのがオバマであったことが最も大きな動機だったのではないでしょうか。オバマ時代をあまねく否定することがトランプ大統領の思考の大きな柱だとしたらこの政権はどこへ向かうのでしょうか。アメリカ大統領が世界に与える影響は計り知れません。トランプ大統領の思考の行き先を慎重に考察していく必要があります。

緊張する朝鮮半島

2017年5月1日
武貞秀士

軍事圧力で説得

朝鮮半島が緊張しています。米国の空母打撃群が東シナ海に到着し、トマホークミサイルを装備した原子力潜水艦が釜山の岸壁に着きました。軍事力を背景に北朝鮮の核実験、ミサイル発射を阻止する構えです。これに反発する北朝鮮は大規模火力演習を公開しました。1994年の核危機以降では最大の危機です。

米国の当面の目標は何でしょうか。4月26日、ティラーソン国務長官、マティス国防長官、ダンフォード統合参謀本部議長らが出席して、北朝鮮情勢について上院議員全員にブリーフィングを行いました。「トランプ大統領の北朝鮮問題に対するアプローチは、経済制裁の強化と同盟国・域内パートナーとの外交的措置であり、北朝鮮が核・ミサイルを解体するよう圧力を加えるのが目標」と伝えました。軍事圧力を加えながら交渉で解決をめざすという意味です。

北朝鮮は4月15日の軍事パレードで大陸間弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイル、特殊部隊を行進させて、軍事力を誇示しましたが、パレードには多数の外国メディアを前にして金正恩委員長が背広姿で登場して世界を驚かせました。

ロシアの役割

北朝鮮を説得する上で中国の役割は大きいのですが、ロシアの役割も小さくありません。プーチン大統領は沿海州経済の発展と北朝鮮の地理的条件を結びつけたいと考えて、2014年には北朝鮮の対ロ債務を大幅軽減しました。ロシアは北朝鮮の鉄道改修事業、送電線の設置、天然ガスパイプライン敷設構想などに深く関わっています。羅津港の第3埠頭はロシアが49年間、租借しています。「万景峰92」を定期船としてウラジオストクと羅津港間で運行する話がまとまりました。ロシアは金正恩体制が存続してロシアとの契約を履行してほしいと考えているでしょう。ロシアは北朝鮮に影響力を持っています。

5月以降の展開は

5月以降、朝鮮半島はどうなるでしょうか。北朝鮮は核兵器開発が最終段階に入り、核実験とミサイル発射を続けるでしょう。トランプ政権は核実験を阻止する構えですから、緊張状態が続きます。昨年は米韓軍事演習が4月末に終わり、5月中旬、朝鮮人民軍が支援をする「春期田植え戦闘」が始まりました。人民軍が農業支援をしなければ、北朝鮮の稲作は成り立ちません。昨年とは違い、ワシントンにはトランプ政権、北朝鮮の核開発は最終段階ですが、5月、米朝双方はどう動くのでしょうか。

トランプ大統領の「核の不安」

2017年4月15日
名越健郎

核戦争の危険度に継承を鳴らす米科学雑誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」が1月末、地球最後の日を示す「終末時計」を30秒進めて残り2分半とし、時計の針は冷戦終結後、最も「終末」に近づきました。

同誌は針を進めた理由として、トランプ米大統領の核に関する不穏な発言、米露の核軍拡、北朝鮮の核・ミサイル実験などを挙げていますが、確かに核のボタンを握るトランプ大統領の対応はヒヤヒヤさせられます。

2月に安倍晋三首相とフロリダ州の別荘でゴルフをした際、「フットボール」と呼ばれるブラックボックスが別荘内に無造作に置かれ、運搬役の武官も別荘内のレストランで一般客と写真を撮っていたことが、SNSに投稿されました。

1月末にプーチン大統領が電話協議で、新戦略兵器削減条約(START)の更新問題をただしたのに対し、トランプ大統領は新STARTを知らずに動揺し、側近に尋ねた後、「オバマによる悪い条約だ」と答えたそうです。

選挙戦中、米軍が日韓防衛への関与を減らす代わりに、両国の核武装を容認すると述べ、日本にショックを与えました。過激派組織「イスラム国」による対米攻撃には「核で反撃する」と発言したり、外交顧問に「核があるのになぜ使わないのか」と質問したこともあります。

共和党候補による討論会で、「戦略核三本柱」について尋ねられた際、これを知らずに動揺し、支離滅裂な発言をしたことがあります。就任前、核軍縮を唱えながら、就任後は一転して国防予算大幅増や核戦力近代化を指示しました。

公職や軍務の経験がなく、核兵器の認識に乏しい最高司令官が核のボタンを握ることはやはり不安です。

米議会でもそうした不安が強いようで、大統領の核先制使用を制限する法案が1月末、上下両院に提出されました。提案者の1人、エドワード・マーキー上院議員(民主)は、「トランプ大統領はテロ組織に対して核攻撃の検討を示唆している」と述べ、議会の同意なしに大統領には核兵器を使用させないと説明しました。

米国による北朝鮮への先制攻撃説も流れる中、北の若大将と同様、こちらの大将も危うい限りです。(了)

選挙予測

2017年4月1日
荒木和博

朴槿恵大統領の解任によって5月9日に大統領選挙が行われることになった韓国。現時点では第1野党「共に民主党」の文在寅候補が最有力とされています。

私の選挙予測はほとんど当たったことがないのですが、現状では保守系は適当な候補すらいない状態で、当選するのは少し左か、左か、もっと左かという程度の差になる可能性が高いでしょう。

ところで私がもっとも見事に選挙予測をはずしたのは盧武鉉の当選した2002年12月の大統領選挙でした。盧武鉉は金大中政権の与党の中でもダークホースで、大統領どころか候補者にすらなれないだろうと思われていました。私は「絶対に盧武鉉が当選することはない」と言い続けていました。実際当時は野党だったハンナラ党の李會昌候補が圧倒的に強いとみられていました。韓国ウォッチャーでもその見方が有力でした(負け惜しみになりますが)。

盧武鉉が勝ったのは、後付けの理由ですが例えばこんなことではなかったかと思います。

①圧倒的優勢と言われた李會昌はもともと検事で、頭を下げるのが苦手であり、反感を買うことが少なくなかった。息子の兵役逃れ疑惑もマイナスに作用した。
②盧武鉉はダークホースで、派閥を作らない一匹狼の政治家だった。クリーンなイメージがあり圧倒的に強いとみられていた李會昌陣営からすると非対称戦のようになってしまい攻撃しにくかった(この点は昨年の米国大統領選挙と似た構図です)。
③この年6月13日、在韓米軍の装甲車が交通事故を起こし女子中学生2人が死亡した。盧武鉉支持派は反米運動と相まってこれを最大限利用した。選挙も大詰めの11月20日から22日、米軍の軍事法廷で起訴されていた2人に無罪判決が言い渡されると運動はさらに熱を帯び、盧武鉉当選の原動力となった。

私はこのとき「米国は反米の盧武鉉を当選させて、韓国の世論を理由に在韓米軍の撤退を図るのではないか」とすら思ったものです。何はともあれそのような流れの中、僅差で盧武鉉は当選し、金大中・盧武鉉の左翼政権10年で親北勢力は力を付けました。今回の朴槿恵弾劾→罷免に至る流れもそれがあったからこそできたことです。

「北朝鮮の脅威」も昔なら選挙のとき一定の歯止めになったのですが、朝鮮戦争の記憶を持たない世代が大部分になった今の韓国ではほとんど効果がありません(大多数の国民は北朝鮮に関心すら持っていません)。現時点でも保守の集会は中高年、左翼の集会は若者が中心ですから、このままで行けばやはり野党の勝利は濃厚でしょう。

と、やはり選挙予測をしてしまいました。このときの盧武鉉にあたる候補者が与党側で出てくれば意外に面白い闘いになるかもしれませんが、現状では時間切れといった感じです。

それでも、やはり何が起きるかわからない。例えば北朝鮮が武力挑発するとか、米国が業を煮やして「斬首作戦」をやるとかすれば状況はまた一変します。そう言っておけばまあどうにでもとれるかなと思っているのですが。

以上、「晴れときどき曇り、ところによって雨か雪でしょう」的な選挙予測でした。

日中外交

2017年3月15日
富坂 聰

全国人民代表大会の真っ最中である3月8日、記者会見に応じた王毅外相は、今年が日中国交正常化45周年に当たることを訊かれると、歴史認識問題で日本に釘を刺し、「日本には歴史の逆行をたくらむ者もいる。我々は日本と関係改善したいが、日本はまず自らの心の病を治す必要がある」と発現し、記者を驚かせました。

心の病――。

発言の意味は、日本が中国の発展をどうしても受け入れられないことを指したものだといわれます。

王毅外相といえば、とにかく日本に対する態度が厳しいことで知られる人物です。

中国の外交官の中でもジャパンスクールと呼ばれる人々の特徴は、日中関係が悪化した時に、とにかく先頭に立って日本を非難することで自分を守らなければならないというものがあります。日本でもそうですが、中国と日常的に接していればチャイナスクールとレッテルを貼られ、「中国寄り」との誹りを受けてしまいます。ときにはスパイ扱いなのですから、仕事をする気はなくなるでしょう。

その体質が染みついたという以上に利用して出世したのが王毅という人です。

外交という意味では中国が圧倒的に重視するのは米国です。それに比べて対日外交など豆粒のような存在です。しかし、その日本語グループから外相が続いたのですから驚くべきことでしょう。

まさに王毅が出世して、日中外交は最悪になったという状況です。

しかし、それは日本も同じことです。中国に足を運び苦労して人脈を築き、中国を分析しても、自分が気に入らない結論であればスパイとレッテルを貼られてしまうのです。それよりもネットで集めた情報で、「中国が大変だ」と書いた本が売れるのですから、真面目な人ほどやる気をなくしています。

気が付けば日本には中国の上層部とまともに話すことができるルートがなくなり、情報も全く入らなくなっています。

2月13日、北朝鮮が発射したミサイルの情報は米軍も十分に把握できていなかったようです。これを受けて日本の永田町では中国の存在がクローブアップされる動きがありましたが、そのルートは全くないのです。

その一人は、今後、北朝鮮問題において米中が2国しか知らない情報を共有して日本には伝えてこないことが起きるかもしれないと心配していました。

心の病と日本を貶す王毅の人間の小ささは笑うしかありませんが、経済における日中の本格的な逆転は避けられないのは確かです。おそらく日本の技術を「中国がパクる」という言葉は今年を境に無くなるでしょう。その現実を1秒でも早く直視することが、本来であれば日本再生の最も重要な道なのでしょう。

台湾にある世界遺産の候補地

2017年3月1日
丹羽文生

アメリカのグランド・キャニオン国立公園、中国の万里の長城、日本の原爆ドーム・・・。世界には1000ヵ所を超える遺跡や自然環境が「世界遺産」として登録されています。

ところが、「顕著な普遍的価値」がある美しい自然景観、歴史的価値の高い文化史跡を数多く有しながら、台湾からは1ヵ所も登録がありません。中国による妨害でユネスコ(国連教育科学文化機関)から門前払いを食らわされているためです。ユネスコに加盟しているのは2017年1月1日段階で195ヵ国、準加盟地域10地域で、このうち、1972年11月に採択された世界遺産条約の締結国数は192ヵ国に及びます。

1971年10月、中国大陸にある「中華人民共和国」の加盟により、台湾にある「中華民国」は国連から脱退してしまいました。これにより、ユネスコだけでなく、国連と連携関係にある「専門機関」からも中国の圧力で追い出されてしまいます。世界遺産条約には「顕著な普遍的価値を有する文化及び自然の遺産を共同で保護するための効果的な体制を確立」し、「無類のかけがえのない物件を保護することが世界のすべての国民のために重要である」と謳われています。

したがって、政治的ファクターが介入してはならないことが原則であることは言うまでもありません。もし、介入すれば、それこそ世界遺産そのものの価値が薄らいでしまいます。

台湾文化部文化資産局ではユネスコの登録基準に従いながら審査をした上で、世界遺産の候補地として太魯閣国家公園、棲蘭山ヒノキ林、卑南遺跡及び都蘭山、阿里山森林鉄道、金門の戦地文化、馬祖の戦地文化、大屯火山群、蘭嶼島の集落及びその自然景観、淡水紅毛城及び周辺の歴史建築群、金瓜石集落、澎湖玄武岩自然保護区、台湾鉄道旧山線、玉山国家公園、楽生療養院、桃園台地の埤塘、烏山頭ダム及び嘉南大用水路、屏東パイワン族の石板屋集落、澎湖石滬群の全18ヵ所を挙げています。しかも、そのうち半分の9ヵ所が日本と深い係りがあります。

もちろん、台湾のユネスコへの加盟は容易なことではありません。しかし、パレスチナのように国連に未加盟ながら、例外的にユネスコに加盟し、2件の世界遺産への登録が実現した例もあります。純粋に世界遺産に相応しい候補地が政治的妨害によって無視され続けている状況を見過ごすことはできません。

東日本大震災、昨年4月の熊本地震で台湾の人々は、「親日」という言葉だけでは言い尽くせないほどの深い友情、絆を示してくれました。登録に向けて、少しでも前進するよう応援していくことが日本としての恩返しにもなるのではないでしょうか。

東南アジアは親日か

2017年2月15日
吉野文雄

膨張する中国は南シナ海で東南アジア諸国と対峙、東シナ海では日本に対して領土を要求しています。日本と東南アジアは共通の敵に対しているわけで、日本では東南アジアを盟友とみなす雰囲気が醸成されているようです。しかし、ほんとうに敵の敵は味方でしょうか。

昨年夏マレー半島を這うように旅したことは前回書かせていただきました。そのさい、プラチュアップキリカンという長い名前のタイ南部の町に1泊しました。そこにはウィング・ファイブというタイ空軍の基地がありました。空軍基地といってものどかなもので、基地内に海水浴場があり、誰でも入ってのんびりできます。

基地の歴史などを示す博物館があって、その前に大きな石碑が建っていました。かなりの人数がレリーフのように描かれています。その場にいた軍人さんにきくと、1941年にその地に上陸した日本軍のようすだということです。日本軍はパールハーバーを奇襲する前後にマレー半島に上陸したのです。

日本の軍人が地元住民を抑圧し、その日本軍をタイ国軍が追い詰めるような図柄でした。日本人としてあまり愉快ではありませんでしたが、抑制の効いたタッチで冷静に史実を活写しているように見えました。

このような日本軍の遺産は東南アジアのあちこちにあります。インドネシアの西の果てウェー島にはいまだにインド洋に向かって日本軍の残した大砲がありますし、各地の華僑・華人が抗日闘争を記憶に残す碑を建てています。

東南アジアで、町行く人に「日本は好きですか?」と問うと、多くの人が「大好きです。トヨタ、パナソニック、ナルト。日本製品がなければ暮らしが成り立ちません。」というような答えが返ってくるでしょう。しかし、同じ質問を中国人や韓国人が発するとどうでしょうか。おそらく「祖父は日本軍に殺されました。あまりよくは思いません。」というような回答も出てくるでしょう。

東南アジアの人々はしたたかです。それが証拠に、インドネシアの高速鉄道プロジェクトでは日本は中国を前に辛酸をなめました。ミャンマーでも日本は8000億円に及ぶ債務を放棄しましたが、携帯電話網を受注できませんでした。

日本は中国などと天秤にかけられているのであり、日中関係が冷え切っているのは東南アジアにとって願ってもない状況なのです。日本人には、これといった根拠もないのに東南アジアは親日だなどと思い込まず、現実と歴史を直視してほしいものです。

中国:  南シナ海の戦略的地位

2017年2月1日
鈴木祐二

中国人民解放軍の「南部戦区」司令員に海軍北海艦隊司令員だった袁誉柏提督が就任しました。戦区クラスの司令員に陸軍出身者以外が就くのは初めてです。南海艦隊(南シナ海での海洋主権やシーレーン確保が主要任務)指令員だった沈金竜提督が海軍司令員に昇格し、その後任に海軍副司令員の王海提督が就任しました。同提督は空母・遼寧を率いる空母部隊司令員だったことから、初の国産空母の南シナ海配備を見据えた人事で、これで北海・東海・南海の3艦隊司令員全員が入れ替わりました。

習政権は今年末までに兵力30万人削減の方針を掲げていますが、海軍については逆に増員するとの見方が強まっています。2016年2月1日、陸軍中心の七大軍区制を廃止、東・西・南・北・中部の五大戦区へと改編し、陸・海・空・ロケットの4軍を統合的に運用する体制としました。他にも従来の四総部を廃止し、中央軍事委員会隷下15の職能部門へと大規模な改革がなされました。中国は中央軍事委員会(習近平主席)による集中的で統一的な統制を可能にし、同主席による直接指導体制の強化を目指しているようです。

こうした人民解放軍内の体制改革と海軍重視の傾向に、中国にとっての南シナ海の戦略的地位が高まりつつあるのを感じます。日米の戦略的計算をより複雑なものにし、自らの戦略的選択肢を増やすことを目指す考え方は、「諸力の相関関係(corelation of forces)」を重視した冷戦時代のソ連邦の戦略思考を彷彿とさせます。

南シナ海における中国の領有権と資源に関する主張(海外事情HP 2016年8月1日参照)を、ハーグの仲裁裁判所は2016年7月、国連海洋法条約に基づく権利を超えて行使する法的根拠はないと全面的に斥けました。南沙諸島における7つの地物(人工島)建設は、海洋環境保護義務に違反するが、今のところ軍事活動には当たらないとしつつ、ミスチーフ礁など3カ所を「低潮高地」、ファイアリークロス礁など4カ所を岩だとしました。海洋法条約の加盟国である中国はこの判断に従う義務があるが、仲裁裁判の法的拘束力を無視するとして、逆に東シナ海を含めた南シナ海周辺海域での海軍艦艇や海警局の公船による活動を活発化させ、空母・遼寧の訓練航海に象徴的意味を持たせています。

米国防総省『中国の軍事・安全保障の進展に関する年次報告書(2016)』によれば、南沙諸島7つの地物埋め立ては2015年末までに3200エーカー超に達したとされ、これは東京都豊島区の面積に匹敵する広さです。7つのうち3つの地物には3000m級の滑走路を建設し、フィリピンの米軍基地に近いスカボロー礁への地物建造を匂わせています。これが完成すれば東シナ海同様に中国は南シナ海にも防空識別区の設定が可能となります。南シナ海北部海域を核の報復力(第二撃能力)たる戦略原潜(SLBM/SSBN)の海洋要塞とし、さらに南沙諸島周辺海域では、日米の重要なシーレーンを扼する態勢も採れます。とはいえ日・米・豪の海上兵力との全面衝突となれば、双方の戦力比から判断して、中国の海軍力と7つの地物(不沈空母)を即座に無力化することはそれほど難しくありません。

マハンの地政学にいう「現存艦隊(fleet in being)」主義を採って構えるよりも、公海自由の原則(自由海論)の恩恵を受ける方が、中国の国際政治上の地位向上のためには賢明な選択です。しかし、全国人民代表大会開催を控える習近平共産党政権にとっては、むしろ国内政治上の観点の方がより重要なのかも知れません。

歴史の言説の中の脱落箇所

2017年1月15日
遠藤哲也

年が変わって二〇一七年となり、日華事変の開始から八〇周年となる年を迎えました。この年月を経ても巷で語られる戦争のストーリーの中で、最も要所というべき事柄がぽっかりと脱落して述べられていることが時折あるようです。

例えば、第二次上海事変は最たるものでしょう。一九三〇年代の対華関係の資料や年表などで、この出来事が見事に無視されていることは少なくありません。一九三七年七月七日に発生した盧溝橋事件で、日本軍と小競り合いを行った相手は、蒋介石と対立して度々、交戦し、中原大戦でついに敗れて引退した軍閥・馮玉祥配下で、かつて「五虎将」の一人と言われ、塘沽協定で定められた非武装地帯内に出来た半自治政権である冀察政務委員会の長であった、宋哲元の軍隊(言わば、蒋政権に半従している地方軍閥軍)との間のものであり、発生の四日後には現地で停戦協定が成立しました。これ以降、色々の目論見を持った人々が拡大あるいは不拡大のための様々の動きを続けていましたが、盧溝橋事件から一ヵ月以上を経た第二次上海事変で初めて、上海国際共同租界の日本人地区を包囲した蒋介石直率の国民革命軍中央軍と日本海軍陸戦隊とが本格戦闘に入りました。この直後に国民党政府は全国総動員令を発し、戦争指揮のための大本営を設立したのですから、外形的に見てもこの時が日本と中華民国の戦争の始まりと考えるべきであり、この出来事を無視して、日中間の戦争を語るなど有り得ないはずなのですが。

もう一つの例として一九一八年からのドイツ革命が挙げられます。NSDAP(ナチス党)政権の登場について一般的に知られるストーリーとは、第一次大戦敗戦後、フランスらによる過酷な対独制裁や世界恐慌などによる経済悪化に苦しんだドイツ人の間に極右ナショナリズムが広がり、そこから勃興したナチスが政権獲得、といったものでしょうが、それは事実の一部であるとともに、「ナショナリズム=全体主義」という価値観を導いているストーリーであるとも言えます。

第一次大戦終戦の前年にロシア革命が起きて世界初の共産主義国家ソ連が誕生しました。当然、欧州の共産主義者達は勢いづきました。一九世紀の戦争のように数カ月で終わると思われていた一次戦は大量死を引き起こしながら四年が経ち、ドイツ国内も物資不足に喘いでいたことは労働者や下級軍人を急進左派に誘う環境となったでしょう。出撃拒否した海兵が起こしたキール暴動をきっかけとして蜂起は拡大し、北ドイツ各都市に急進左派のソビエト(レーテ)政府が樹立されました。この状況の中でドイツ皇帝は退位を強いられ、ドイツは敗戦しますが、以後も、急進左派の暴動は継続しました。中道左派政権のワイマール政府の依頼により、この革命運動を鎮定したのが、戦場からの帰還軍人達による義勇兵団(フライコーア)でした。しかし、同政府がヴェルサイユ条約において、連合国側によるドイツ国軍の大幅縮小要求を受け入れたことは、復員軍人達の不満や憤りを高め、更にフライコーアが非合法化されたことで、その中の少なからぬ者は反政府性を持つ急進右派的な政治運動団体に参加していきました。その中から現れた政党の一つがNSDAPです。ドイツでは、少なくとも1923年まで、コミンテルンの支援による共産主義革命を目指す暴動が発生しており、急進右派勢力は、上記のような左派暴動による国内の無秩序化無くして登場し得なかったはずですが、そのことが語られることはあまり多く無いようです。

*当・海外事情研究所では、毎月、月刊『海外事情』誌を発行しています。世界情勢を知るための各種の論稿が掲載されていますので、是非、そちらの掲載論文、コラム、後記にも目をお通し下さい。

今年の7大国際紛争予想

2017年1月1日
野村明史

新年を迎え、2016年を振り返るとオバマ大統領の外交政策に代表されるように、世界情勢はまさに中東地域に踊らされた1年だったと言えるでしょう。シリア内戦、それに伴う大量の難民、ISによる世界規模でのテロ活動、ロシアのシリアへの関与など、今年も中東地域は安定どころかさらに混迷が深まっていきそうです。

そのような先行き不透明な中、アルアラビーヤ紙はアメリカのシンクタンク外交問題評議会が発表した2017年に起きる世界7大紛争の予想を報じました。

1つ目はロシア、イランによる武力介入など、紛争当事者への外部支援の増加によるシリア内戦の深刻化です。2つ目は国内または海外からによるテロ活動の継続、3つ目はトルコまたはトルコ周辺地域においてトルコとクルド人武装勢力による衝突の激化、そして4つ目はロシアの東欧における行動からロシアとNATO加盟国の間で意図的または意図しない軍事対立の勃発です。これら4つは国際社会に多大な影響を及ぼすと予想しています。

また、5つ目は北朝鮮の核弾道ミサイル実験と大量破壊兵器所有による危機の深刻化、6つ目はアメリカのインフラへのサイバー攻撃、そして最後にアフガニスタンでの混乱と不安定さの激化が挙げられています。これら3つは国際社会に中規模の影響を及ぼすと予想しています。これら紛争の予想の多くは中東に起因していると言えるでしょう。

さらに同紙は、昨年の外交問題評議会の予想にあったシリアからの大量の難民流入によるEU諸国の政治的不安定、ISや宗派対立によるイラクの崩壊、パレスチナとイスラエルの対立の激化、リビアの政治的崩壊危機の4つが影を潜め、今年度予想されるこれらの紛争はシリア内戦について謳っているにもかかわらず昨年のシリア内戦などと比べ、アメリカの国益にあまり影響を及ぼすことはないだろうと結論付けています。トランプ次期大統領のロシアへの急接近や石油禁輸政策実行の可能性を見越しているのかもしれません。

しかし、中東の不安定要因はこれだけではありません。サウジとイランの断絶、湾岸諸国とエジプトの不和、解決の糸口が見えないサウジを主力とするイエメンのフーシー派との戦争など中東地域の懸念材料は山積しています。これらの政治的不安定や力の空洞はさらなる紛争やテロを誘発するでしょう。そのような中、トランプ次期大統領はイスラエルと急接近し、またイランとの核合意破棄を宣言しています。中東地域は安定どころかさらなる不安定化が加速しそうです。

元日未明、トルコのイスタンブールでは何者かによる銃乱射によって39人を殺害するテロが発生しました。今年の暗雲立ち込める中東不安定化の序章なのでしょうか。ますます中東から目が離せない1年になりそうです。

深刻な中国の児童労働者問題

2016年12月15日
澁谷 司

中国には深刻な若年層の労働問題が存在します。同国では、16歳未満を児童労働者と呼び、満16歳から満18歳までを未成年労働者と呼びます。

中国の法律では、満16歳以上でなければ、原則、会社や工場は雇用する事ができません(特殊な演芸・スポーツの場合には、保護者の同意の下、働くことが可能です)。

満14歳以上16歳未満の児童労働者を雇用し、法律に抵触した会社や工場は、雇用者数1人あたり、月5000元の罰金が科せられます。

満14歳以上16歳未満の児童労働者が、仕事中、けがをする、あるいは、死亡した場合、その保護者に対し、賠償金を支払わねばなりません。

同様に、14歳未満の児童労働者が仕事中にけがをする、あるいは、死亡した場合には、まず、その保護者に対し、賠償金を支払います。同時に、雇主には刑事罰が科せられます。

児童労働者は貧困家庭に育ち、学校へ行きたくても行けません。もともと、家庭が苦しいので、彼らは会社や工場へ働きに行きます。

両親は共働きで、遠くの都市や町で働いていることもあります。そのため、両親と子供が一緒に暮らしていない場合もあります。

一般に、児童労働者は朝7時から夜10時まで働きます。しばしば真夜中の2時、3時まで働くこともあります。

1ヶ月最低でも28日働かねばなりません。ですから、「出勤はあっても退社はない」と言われるほど劣悪な労働環境下にいます。

給料は、月1000元から2000元(約1万6000円〜約3万2000円)しかもらえません。ただ、普通、年1度、会社や工場からボーナスが出ます。

雇主は、児童労働者の給料を差し押さえたり、彼らの身分証や銀行カードを預かったりして、彼らが逃げないよう小細工しています。

今年(2016年)4月10日、広東省仏山市南海区の下着工場で約1ヶ月アルバイトをしていた男子児童が、夜、宿舎で睡眠中、突然、意識不明となり、翌朝、亡くなりました。

その児童は、母親と一緒に湖南省から広東省へやって来ました。男の子は家庭を助けようとして、母親と共に同じ工場で働いていたのです。母親の証言では、児童は、工場で1日11〜12時間も働かせられたといいます。

児童は、2001年6月生まれだったので、死亡時、まだ満14歳でした。したがって、同工場は2016年3月5日から2016年 4月10日まで、児童労働者を使用していたので、罰金1万元が科されました。

同月21日、工場と死亡した児童の遺族との間で、15万元(約240万円)の賠償金で和解が成立しています。

2016年米国大統領選挙について

2016年12月1日
佐藤丙午

2016年の米国大統領選挙の結果、共和党のドナルド・トランプ候補が選挙人の過半数を制し、新大統領になることになりました。

トランプ氏の勝利は、多くのメディアや研究者の予想を覆すものでありました。選挙前はトランプ氏個人の資質や、共和党主流派からの距離、さらにはオバマ大統領が固めた民主党の支持基盤の強固さなどの要因から、トランプ氏の劣勢が予想されていました。

実は、共和党は過去数回の大統領選挙において、一般投票数を伸ばすことができていません。このため、共和党は従来の支持基盤を固めた上で、民主党が優勢な州を獲得する必要がありました。選挙戦を戦う上で、これは二正面作戦を意味します。共和党支持層をターゲットにすると、全米規模の評価は得られず、競合州でも優位を獲得できません。しかも、民主党優勢州を標的にしてリベラルな政策を打ち出しても、特に都市部で共和党の支持が拡大する保証もないのです。

このような背景の下、トランプは幾つかの要因が重なり、勝利を得ることになります。

一つには、クリントンの大統領としての資質問題があったのは確実です。ヒラリー・クリントン氏個人には、大統領になる資質が十分に備わっていたのは言うまでもありません。しかし、クリントン氏はビル・クリントン元大統領の時代より政治の中心に居続けたことで、クリントンという名前が「ワシントン」や「エスタブリッシュメント」の象徴とみなされるようになったことがマイナスに作用しました。また、米国の中産階級の危機が進む中で、クリントン氏が政治的嗅覚を最大限に生かして、中産階級から抜け出した「成功者」であることへの感情的な反発もあったと思います。

もう一つの要因は、グローバリゼーションと米国社会の変革に対する、社会の広範な懸念の存在だと思います。しばしば、2016年の選挙でトランプを支持したのは「白人貧困層」であるとか、「グローバリゼーションの敗者」であるなど評価されています。しかし、様々な調査分析を見る限り、トランプは中間層以上の支持が高く、場合によってはグローバリゼーションの担い手層からの支持も高いように思えます。つまり、現状に絶望した有権者ではなく、今後さらに変化が進んだ場合の米国社会への影響を懸念する、現在の社会の中核層からの支持が高かったようです。トランプの主張の「荒々しさ」に懸念を抱きつつ、選挙前は支持を明確にしないまま、選挙当日はトランプに投票した有権者が多かった、ということなのかもしれません。

2016年選挙の結果に従って、今後4年間の政権運営がなされます。選挙期間中のトランプの主張が、必ずしも米国の利益になるものではないのは明白ですが、選挙結果を尊重しなければならいのも事実です。2017年は米国社会や米国と世界の関係に関心を持つ者にとって、忙しい年になりそうです。

トランプ大統領の誕生

2016年11月15日
川上高司

異例ずくめの米大統領選が終わり、まさかの「トランプ大統領」が誕生し、まさに、「トランプ・ショック」の激震が世界中を走りました。世界は米国民の選択を驚愕をもって受け入れるしかありません。

トランプ氏は、白人労働者層の圧倒的な支持を得て当選しました。彼は「一握りのエリート支配を破壊する」代表であり、忘れ去られた「普通の白人」の立場を代弁し、愛国主義に立ったポピュリストです(2016年4月、フォーリン・アフェアーズ)。時計の針は8年前に戻り、白人優位社会が返ってきます。

選挙結果を見てみると、オハイオ州やフロリダ州などの激戦州でトランプ氏は進撃しました。中でも、オハイオ州(選挙人18)で勝利したあたりから潮目が変わりました。その後、ペンシルベニア(同20)、ノースカロライナ(同15)と次々とトランプ氏がとり、「フロリダを制するものは選挙を制する」と言われていたフロリダ州(同29)を押さえ、勝利を確実にしたのです。

CNNの出口調査では、トランプ氏は有権者の70%を占める白人票の58%を獲得しており、男性の53%に加え、女性の42%がトランプ氏に投票しました。黒人の88%はクリントン氏に投票しましたが、白人以外の人種(イタリア系含む)のうち、21%はトランプ氏に投票しています。

これに加え、トランプ支持を公言しないが、選挙ではトランプ氏に入れる「隠れ支持票」が選挙を左右したとも言われます。

トランプ氏が勝利したことで、白人の不満はある程度は消えるかもしれません。しかし、クリントン氏を支持した黒人やヒスパニック系の非白人、イスラム教徒、女性たちの不満は残ります。

さらに、深刻なのは党の分裂でしょう。ワシントン・エスタブリッシュメントたちが、どこまで「トランプ大統領」に協力するのでしょうか。彼らのトランプ嫌いは激しく、議会は上下両院とも共和党が維持しましたが、トランプ氏は関係修復ができるかが問われます。修復ができなければ、トランプ氏は内政でも外交でも政策を思うように展開できません。

トランプ氏は勝利演説で「分断で広がった傷を修復するときだ」「1つに団結した国民として一緒になるときだ」「米国を再び偉大な国にする」と約束しました。今後、米国がどうなっていくかは予測がつかないところです。

ただ言えるのは、トランプ氏は損得勘定で物事を考え、「アメリカンファースト(米国第一)」で外交政策を展開することです。オバマ政権の敷いた路線にはとらわれず、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)や、地球温暖化対策の新枠組み「パリ協定」、イランとの核合意などが、軒並みひっくり返る可能性があります。

特に懸念されるのが日米同盟でしょう。トランプ氏は日本にさらなる安全保障のコスト負担を求め、「応じなければ在日米軍の撤収を検討する」とまで言っています。日本外交には、シビアにビジネスライクに徹するタフさが必要とされます。その意味では、日本にとって厳しい4年間になりそうです。

朝鮮半島動向について

2016年11月1日
武貞秀士

今年、北朝鮮は核実験と弾道ミサイル発射を続けており、日本への脅威が増大しています。北朝鮮が国際社会からの制裁を覚悟のうえでミサイル発射を繰りかえし、核開発を続けているのは、なぜでしょうか。

北朝鮮は1948年の建国以来、一貫して「北朝鮮主導の朝鮮半島統一」を目標としてきました。1953年7月の朝鮮戦争休戦後は、対米戦争回避が課題となりました。そして、北朝鮮が行きついたのが核兵器を保有することです。途中で迎撃されることなく、米国の首都を攻撃する能力を持つとき、米国は北朝鮮との相討ちを避けるために、韓国の安全は韓国にまかせる決断をするだろうという計算が北朝鮮の軍事戦略のエッセンスです。

北朝鮮が米国の東部を破壊する能力を持てば、米国は本土の安全を考えて朝鮮半島での警察官の役割を果たすべきかどうかという問題に直面する可能性があります。双方が首都に向けて核兵器を打ち合うのは、米国にとって計算があわない話ですから、米国は大きなジレンマに直面します。もちろん同盟国の日本や韓国は、そのシナリオを望んでいません。

北朝鮮は、2016年、大陸間弾道弾のテポドンとムスダンの実験を集中的に行いました。ムスダンは旧ソ連から導入した潜水艦発射弾道弾を大きくした構造であるため、複雑な構造で技術的な課題を抱えています。ただ移動式で発射前に探知しにくく、米国の戦略爆撃機の基地であるグアム島まで届くミサイルですから、北朝鮮は完成するまで発射実験を続けるでしょう。

ムスダン実験と並行して北朝鮮は究極の核戦力である潜水艦発射弾道弾を強化しています。いよいよ北朝鮮主導の統一を目標とした核戦略があることが明らかになってきました。

このようなとき、突如、韓国で朴槿恵(パク・クネ)大統領への批判が噴出しました。友人の女性実業家、崔順実(チェ・スンシル)氏に機密資料を渡していたことが明らかになり、同氏が大統領府の人事に介入した疑惑や、関係する財団の基金運用に違反行為があったとの疑惑が出てきました。いままで「不通」とよばれ、周囲との意思疎通を嫌う朴槿恵大統領の政策決定過程には批判がありましたが、朴槿恵大統領の背後にひとりの民間人の存在があったこと明らかになったわけです。韓国政治の不安定な状態は続くでしょう。朴槿恵大統領の任期はまだ1年4カ月あるのですが、外交と統一政策で強力なリーダーシップを発揮できなくなりました。北朝鮮の核開発に対処するための国際協力と南北対話が必要な時期なのですが。

祖父は保守、父はリベラル

2016年10月15日
名越健郎

永田町を席巻する二世、三世、四世政治家の中で、安倍晋三首相ほどファミリーの絆を重視する政治家はいないでしょう。

2006年の第一次政権発足に合わせて出版した『美しい国へ』(文春新書)では、「祖父(岸信介元首相)は国の将来をどうすべきか、そればかり考えていた真摯な政治家。身内ながら誇らしく思う」と書き、父・安倍晋太郎元外相についても、「政治家は自らの目標を達成するためには淡泊であってはならない。父から学んだ大切な教訓である」と記しています。

一期目に失敗した後、再チャレンジし、二期目を成功させたのも、ファミリーのレガシー(伝統)を守る強烈な使命感があったと思われます。

安倍首相にとって、昨年の安保法制採択や集団的自衛権の憲法解釈変更は、日米安保改定を進めた祖父・岸元首相の路線に沿うものでした。プーチン・ロシア大統領と首脳外交を進め、北方領土問題を解決して平和条約を締結しようとするのは、父・安倍元外相の政治的遺言です。

ここで気になるのは、岸元首相が保守本流だったのに対し、安倍元外相は竹下元首相と連携するなど内外政策でリベラルな政治家だったことです。

1980年代、中曽根首相が派手な首脳外交を展開する陰で、安倍元外相は「創造的外交」を掲げて日ソ交渉再開やカンボジア問題で独自性を出そうとしました。「日中友好」の時代、虐殺で悪名高いポル・ポト派を含む三派連合政府を支持し、同派の後ろ盾の中国外相と笑顔で握手するシーンを、筆者は記者としてバンコクで目撃したものでした。

晩年に病を押してモスクワを訪れ、ゴルバチョフ・ソ連大統領と握手するのも現場で目撃しました。この時、安倍、ゴルバチョフ両氏は、「自民党とソ連共産党の公式関係樹立」というややグロテスクな合意を結び、安倍氏はペレストロイカ支援のための「8項目提案」を行いました。

安倍首相の対露経済支援も「8項目」で、首相は5月にソチでプーチン大統領に経済協力構想を表明した時、「父の提案も8項目だった」と想起しました。領土交渉の決戦となる12月の日露首脳会談の舞台を地元の山口県にしたのも、ファミリーへの帰属意識と思われます。

安倍首相は日米同盟強化や対中、対北朝鮮政策では祖父の保守強硬路線を踏襲し、対露政策では父のリベラル路線を継承しているかにみえます。このあたりに、安倍外交の微妙な陥穽があるかもしれません。

花火大会

2016年10月1日
荒木和博

北朝鮮の若大将は今年に入って次から次へと弾道ミサイルを発射しています。9月までで21発。1発いくらかかるのか知りませんが四尺玉の花火が260万円とのことなので、21発で5460万円。これが弾道ミサイルなら天文学的な金額でしょう。今北朝鮮は大水害で大変な被害が出ているのに「そんなの関係ない」と言わんばかりの大盤振る舞いです。

若大将はそれに留まらず核実験だ、ロケットエンジンの燃焼実験だと、次から次へと刺激的なことをやってくれています。各国共に色々非難はしており、安倍総理も「許し難い暴挙」とか言っていますが、ではどうするのかと言えば何もできません。事実上は「許さざるをえない暴挙」ということなのでしょう。

それにしても日本では「破壊措置命令」常時発令で対処することのようですが、迎撃ミサイルで全てのミサイルを撃ち落とせるのでしょうか。1発でも撃ち漏らせば領土に着弾して何らかの被害が出るはずです。それにどう対処するのでしょう。また、領土の上空で撃ち落としたとしてもその破片は蒸発するわけではありません。迎撃ミサイルの破片とともにバラバラになって落ちてくるわけで、これまた相当の被害が出るはずです。

最初からこけおどしと思っているなら破壊措置命令を出す必要もなく、本当に「許し難い暴挙」で、脅威だと思っているなら国民や自治体に対して緊急時対処のガイドラインでも示すべきでしょう。とりあえず都市には地下街があるのですし、被害ゼロにはできなくても、早急な通知によって少なくすることはできるでしょう。それをやろうとする雰囲気は全くありません。

あらためて考えるとこの国の安全保障というのは結局米国任せで、自分で考えることを止めてきたのではないか。何か方針があったとすれば次第に退こうとしているアメリカの袖を掴んで「残っていただく」ということだったのではないかと思います。あるいは左翼の側も米国がいることを前提とした反米なのかもしれません。

米国の関心があることは安全保障問題、そうでなければ安全保障問題にならないというのは、『防衛白書』に北朝鮮による日本人拉致問題がほとんど触れられていないことでも明らかです。

米国の次期大統領があのどちらかになるという現実を前にして、そろそろ自分の頭で国防について考えるべきではないかと思います。政府も私たちも。

海上民兵

2016年9月15日
富坂 聰

オリンピックの報道が過熱するなか、日本の海は一つの試練を迎えました。5日午後1時30分ごろ、一隻の中国籍漁船が尖閣諸島周辺の領海に侵入し、続いて中国海警局の船も領海に入りました。日本側を驚かせたのは同海域に押し寄せた中国漁船の数です。200隻とも300隻ともいわれました。もちろん漁船の周囲には中国の公船(海警、海監、漁政)もいて、同月下旬までに最大で15隻が日本の接続水域や領海に入りました。

日本として十分警戒すべき事態でしょう。ただ「いよいよ『海上民兵』が正体を現した」などと大騒ぎする日本のメディアには首をかしげざるを得ませんでした。

日本で喧伝された「海上民兵」とは、おそらく普段は漁民を装いながら、軍人としての任務を遂行したり、いざというときには兵士として戦闘に加わる隠れた兵士というイメージなのでしょう。しかしそんな先入観を抱き中国の漁村に行けば、きっと「海上民兵」の姿に拍子抜けすることでしょう。

第一に彼らは隠れた兵士ではなく法律上も正規兵だという点です。所属する組織は各末端政府の人民武装部というだけで、それ以外はただの漁民です。

この制度が確立したのは毛沢東時代です。もともとは台湾海峡有事を想定した組織で、当時の任務は不足する軍の輸送力を補うことでした。また当時の中国では「全民皆兵」が当たり前で、18歳から50歳までの男性は自動的に組織に組み入れられることになっていました。それが時代の変化にともない財政的にも負担となり18歳から35歳までの男性と縮小されたのです。組織自体は現在も存続していますが、定期的な訓練などはありません。

話を日本の海に戻せば、やはり問題は海警局や人民解放軍海軍であって、スパイごっこではありません。それは韓国の近海から南シナ海に至るまで、もう10年近くも熾烈な海の対立を続けてきたのに「海上民兵」が機能したケースなどあるのでしょうか。

中国漁船には正規と非正規があり、正規の魚船は100%政府の管理下にあります。これは捕らえた船の通信設備を比較すれば一目瞭然なのですが、日本では赤サンゴ事件で日本の海を荒らした漁船と正規の漁船が混同されています。

それにしても日本は今回の騒動で大騒ぎでしたが、南シナ海の問題をめぐり東シナ海で何らかの報復に出ることは中国のメディアを見ているだけで十分予測できたんじゃないでしょうか。「海上民兵」などという前に、すべきことをきちんとすべではないでしょうか。

傘寿を迎える国会議事堂

2016年9月1日
丹羽文生

東京都千代田区永田町1丁目7番1号・・・。そこに堂々と聳え立つ国会議事堂は、まさに日本政治を象徴する建物と言えるでしょう。しかし、実際に足を踏み入れたことのある人は、それほど多くはないと思います。大半は小中学校の社会科見学か修学旅行で訪れ、赤絨毯を踏んだという微かな記憶がある程度ではないでしょうか。

正面に向かって右に参議院、左に衆議院が配置されており、ピラミッド型の屋根の中央塔は、法隆寺の五重塔が収まるほどの高さと広さがあります。この中央塔の真下にある広間の4隅には、自由民権運動のリーダーたる板垣退助、政党内閣初の首相である大隈重信、初代首相の伊藤博文の銅像が立っています。

ところが、なぜか4つ目の台座には銅像がありません。彼らに並ぶ大物が見当たらない、あるいは「政治なるもの」に完成はない、すなわち「未完の象徴」という意味が込められているとも言われています。

議事堂は、議会開設以来の悲願でしたが、完成するまでの半世紀の間、ずっと仮建築のままでした。最初に建てられた第1次仮議事堂は、第1回帝国議会召集日前日の1890年11月に竣工しました。

ところが、それから僅か2ヵ月後、漏電によって出火し全焼してしまいます。当時、貴族院議長だった伊藤、首相の山縣有朋は自ら現場に向かって消火に当たったそうです。その後、貴族院は華族会館(旧鹿鳴館)を経て帝国ホテルに、衆議院は東京女学館(旧工部大学校)に移転しました。1891年10月、ようやく第2次仮議事堂が建てられますが、1925年9月、再び火の不始末で消失し、それから3ヵ月後、作業員の不眠不休の努力により、短期間で第3次仮議事堂が完成しました。

日清戦争中の1894年10月には、大本営が広島城内に移されたため広島臨時仮議事堂が設けられ、ここで第7回帝国議会が8日間、開かれたこともありました。一説によると、この広島臨時仮議事堂の跡地は、半年前まで軍用馬の馬小屋があったためか、蠅の音が煩く、議員勢は一刻も早く東京に戻るべく審議を急いだそうです。

今の議事堂は、大正デモクラシー期の1920年1月に地鎮祭、6月に鍬入れが行われ、19年の歳月を経て、1936年11月7日、竣工式が催されました。「オール国産」を基本方針に建てられたため、中も外もドアノブ(アメリカ製)、郵便投函筒(アメリカ製)、ステンドグラス(イギリス製)以外は全て日本で調達されました。総大理石造り故、柱や壁にはアンモナイトの化石まで埋まっています。

議事堂の竣工式には、約3,000人もの人々が参列しました。中央玄関前に特設ステージが設けられ、貴族院議長の近衛文麿、衆議院議長の富田幸次郎に続き、首相の広田弘毅がスピーチに立ちました。ところが、広田が壇上で祝辞の稿を広げた瞬間、突然、雨が落ち、その後、本降りとなり、竣工式後に行われた祝賀会は、土砂降りの中で開かれました。

折しも竣工式の8ヵ月前に2・26事件が発生し、永田町一帯が血で染まりました。竣工式での大雨は、まさに激動と波乱に満ちた日本政治の幕開けを象徴するものとなったのです。

余り大きな話題にはなっていませんが、今年は議事堂が完成して、ちょうど80年です。「白亜の御殿」は今日の日本政治の状況を、どんな思いで見詰めているのでしょうか。

不機嫌な東南アジアの人々

2016年8月15日
吉野文雄

この夏、マレー半島を這うように旅しました。国でいうと、タイ、ミャンマー、マレーシア、シンガポールです。鉄道、バス、船、タクシーなどを乗り継いで、人々の顔を見、声を聞くことを心がけました。

タイやマレーシアでは、現地の人々に笑顔がないのが気にかかりました。タイ南部のラノンという町で、創業まもないおしゃれなホテルに泊まりました。予約もなくたどり着いた私に対して、受付の男性は笑顔などまったく見せません。まるで罪人に対するがごとく睨みつけ、私のクレジットカードをもてあそぶのです。

シンガポールには、マレーシア最南端のジョホールバルからバスで入国しました。マレーシア側で出入国管理の方法が分からなかったので、案内の人に尋ねました。自分のスマホに熱中していた彼女は、それを遮られたのに腹を立てたのか、「自分で行け(You go.)」と一喝したのでした。

シンガポールに入ると事情は一変しました。中国系であれ、マレー系であれ、こちらから声をかけると、とりあえずは笑顔です。私は、本当に日本に帰国したかのような気になったのでした。

他にもいろいろな経験をしたのですが、タイやマレーシアではホスピタリティが欠けているし、職業倫理もシンガポールとは異なっているように感じられます。それが、経済発展段階の差なのか、エスニック・グループによる特性なのか、国柄なのか、明言はできません。しかし、私の乏しい経験からいうと、経済発展段階の差の影響が大きいのではないでしょうか。

日本でも、たとえばバスの運転手さん。私が子どもの頃は、乗客を無視したり、しかりつけたりするようなタイプの人もいたように記憶しています。今、少なくとも東京にそんな運転手さんはいないでしょう。

1980年代、中国の北京の友誼飯店のフロントで怒鳴りつけられたり無視されたりした日本人は多いのではないでしょうか。笑顔などありません。鍵やパスポートを放り投げるように渡すのも普通だったのではないでしょうか。今、まだ友誼飯店があるかどうか知りませんが、もしあれば、30年前のようなことはしていないでしょう。

日本や中国の経験から演繹すると、タイやマレーシアの不機嫌な人々が真に腹を立てているのは、経済発展水準の低さではなく、国内の経済格差かもしれないのです。自分の仕事が社会に認められていないとか、能力相応の報酬が得られないとかです。そうであれば、外国人につらく当たるのはやめてほしいですね。

国際法と中国の歴史的「九段線」

2016年8月1日
鈴木祐二

7月12日、ハーグの仲裁裁判所は南シナ海の南沙諸島問題に関し、フィリピンの主張をほぼ全面的に認める仲裁判断を下しました。この問題は国連海洋法条約の下で判断されるべきであり、独自の「九段線」の存在をもって歴史的権利を云々する中国の主張に根拠はなく、南シナ海に排他的権利や管轄権は及ばない。中国はこの水域で犯している数々の国際法違反を直ちに止めるべきだ、としています。この仲裁裁判所の判断は法的拘束力を有し、かつ最終的なもので上訴はできません。提訴に応じなかった中国も、この仲裁判断に従う義務がありますが、自国にとって不利益な判断なので無視する構えです。

仲裁裁判に限らず、国際海洋法裁判所や国際司法裁判所などの国際法による裁判には、その判決を強制的に執行する仕組みがありません。その上、国際法や国際条約から脱退するか、もともと批准していない国家には適用されません。国際法に基づく安定した国際秩序の形成を追求する国家群と、自国の利益追求を最優先し、大義名分としてのみ国際法を利用しようとする中露のような国家群が並存するのが現実です。

2009年マレーシアとベトナムが大陸棚延長申請を行った際、中国側が国連事務総長宛に送った口上書に添付された地図には「九段線(南シナ海のほぼ全域を覆うようにU字形をした9本の破断線)」が描かれていました。2011年にフィリピンへ向けた口上書の中では、1982年の国連海洋法条約の関連規定、1992年の領海及び接続水域に関する国内法、1998年のEEZ及び大陸棚に関する国内法で中国の南沙諸島は明確に定義されており、領海、EEZ及び大陸棚を完全に有するとしていますが、肝心要の「九段線」の内容や法的意義についての具体的な言及は慎重に避けています。

中国は欧米主導で形成された国際体系と国際法の被害者であり、南シナ海の領有権問題にまで遡及できないと主張しています。ある水域が歴史的水域として認められるための国際慣習法上の要件としては「歴史的権利」を主張する国家による継続的な権限の行使と、その権限行使を容認するか反対しない外国国家の態度が挙げられます。南シナ海の領有権問題に関わる島礁占拠の時期と手段を見ると、上記の3要件を満たさず、1970年代から90年にかけての米ソの軍事力撤退という「力の空白」に乗じた側面が強いのです。その上で、南沙諸島の7つの岩や低潮高地は、各種の施設が建てられ膨大な面積の埋め立てが成されており、国連海洋法条約上の「島」にあたると主張しています。

こうした既成事実を積み重ね、仲裁裁判に応じなかった中国も非公式に見解を伝えるなど、仲裁裁判の手続きを完全には無視できなかったようです。強制措置が採れない以上、無駄とは知りつつも、外交的な手段を尽くす努力は必要です。今後注目すべきは、マニラの米軍事拠点に最も近いスカボロー礁の埋め立て工事を継続し軍事施設を築くのか、南シナ海全域に防空識別区を設定するのか、という点でしょう。いずれにせよ、来年の共産党大会で二期目に入る習近平政権にとって最も重要なのは、内政問題への対応です。当分の間、今まで以上に気を配らなくてはなりません。国際政治面では、ロシアとの連携強化にも注意を要します。

聖地でのテロが部族社会に与える影響

2016年7月15日
野村明史

7月4日、ラマダーン(イスラーム断食月)最終日の前日にサウジアラビア(以下、サウジ)で、聖地マディーナの預言者モスクを狙った自爆テロが起きました。預言者ムハンマドの墓も隣接してあることから多くのイスラーム教徒が、本当に?と首をかしげる、まさに驚天動地の事件となりました。

それから3日後、サウジ内務省が、犯人はタブーク出身のサウジ国籍ナーイル・アル=ナジーディー、26歳で、背後にイスラム国(IS)が関与している可能性が非常に強いと発表しました。ナーイルの父親ムスリム(人名を指す。ムスリムという言葉はイスラーム教徒の意味として使われるだけでなく、人名としても使われる)氏はサービク紙のインタビューで、苦しい胸の内を語り、犯罪者となった息子は非常に気難しい子だったと振り返りました。ムスリム氏は内務省管轄の国境警備隊として働き、現在は退官しています。もう一人の息子も、現在、父親と同じく国境警備隊として働いており、事件当初は、聖地マッカ(メッカ)にて巡礼者の警備を担っていました。このようなことから、ムスリム氏は自分の家族はナーイル以外、今回の犯罪とは無関係であると主張し、犠牲となった4人に向けて哀悼の意を示しました。

アル=ナジーディーという家族はアル=ブルーウィーともいわれるバリー族出身で大きな部族の一つです。今回の事件を受け、メディアやSNS上で多くのバリー族出身者が、「わが祖国よ、バリー族のすべての人々はあなたの盾となります」などと訴えました。また、ツイッター上には「バリー族はナーイル(の犯罪)から身の潔白を証明する」というハッシュタグが広まりました。このような行動は、部族社会の根強さを表していると言えるでしょう。

サウジ国内にはそれぞれの部族にシェイフと言われる部族長がおり、政府と密着な関係を保っています。大きな事件が起こった場合は、その関係者や地元部族の年配者がシェイフと、もしくは彼らのみで、政府を訪問し、潔白や謝罪をするのが慣例となっています。今回、ムスリム氏は親族や息子を伴って、タブーク州知事を訪問しました。彼らは、一族の身の潔白を証明し、政府もそれを受け入れました。こうした寛大な姿勢は、大きな美徳の一つとされ、アラブ社会では普通に見られることです。

また、国民の間では、ナーイルを厳しく断罪するとともにその家族に対して同情の声が上がっています。事件当初、SNS上で犯人探しが始まりましたが、犯人が明らかになった後、その残された家族への誹謗中傷などはあまり見られません。これは、罪はその個人に帰するというイスラームの教えが、名誉や家を重んじる部族社会で強く浸透したと考えられます。

今回、いち早く家族やその部族の潔白を主張することによって、この悲惨なテロが部族によるものではなく、個人の犯行であることが証明されました。このような特徴的社会構造が、サウジそのものであり、今後中東地域を理解する大きな鍵といえるでしょう。

『人民日報』に掲載された習主席批判記事

2016年7月1日
澁谷 司

今年6月13日付『人民日報』に、侯立虹の「最高指導者はどのように名実ともに成りうるか」という一文が掲載されました。以下がその概要です。

現在、1人の最高責任者が政治・経済・外交・改革の深化等のすべてを仕切っています。けれども、1人の人間がすべてを掌握するには限界があるでしょう。

もし、自分が1番だと思い込み、自分の講話を政策にすれば、傲慢かつ尊大です。そして、唯我独尊となり、往々にして天寿をまっとうできません。

この文章は、李克強首相周辺が面と向かって習主席を批判したのです。

実は、先月5月9日付『人民日報』では、習近平主席側近の「権威人士」(政府中枢要人)による中国経済を診断した記事が掲載されました。

その「権威人士」の分析によれば、今後、中国経済の「U字回復」は難しく、数年は「L字型」状況が続くと言います。これは、習主席周辺による露骨な李克強首相批判です。今回は、その李批判に対する反論でしょう。

よく知られているように、『人民日報』は新華社とCCTV(中央電視台)共に、中国共産党の宣伝を担います。

今年2月19日、習近平主席が突然、これら3つのメディアを訪問し、党への“絶対的忠誠”を求めました。

これ以降、相次いで、党内や一部の中国メディアから習主席への反発が見られました。ただし、それらは、ネット上であったり、(香港を含む)地方新聞だったりしたのです。

今年3月、少なくとも2度、習近平主席に対し、ストレートな辞任要求が行われています。1度目は、ネット上の『無界新聞』(新疆ウイグル地方政府系サイト)であり、2度目は、『明鏡新聞網』(米国ニューヨークに本部)上でした。

また、今年3月の全人代期間中、新華社が習近平主席の肩書きを“最高の指導者”とすべきところを、“故意”に“最後の指導者”としました。

他方、馬雲のアリババ集団傘下にある香港『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』紙が、今年3月末、本来、2015年に徐才厚が“死亡”したとすべきところを、“わざと”習近平主席が“死亡”したという誤報を流しました。

しかし、今回、党内闘争の主戦場がついに『人民日報』へと移ったのです。

「太子党」の習近平主席と「共青団」の李克強首相が真正面から戦っている公算が大きいと思います(「上海閥」は「共青団」を応援している可能性があります)。共産党内闘争のゆくえは予断を許さない局面に突入しました。

ヒラリー・クリントンの外交政策演説

2016年6月15日
佐藤丙午

2016年11月の米国の大統領選挙に向け、民主党と共和党の大統領候補者が決まってきました。両党ともに、7月に開催されるそれぞれの党大会で候補者が正式に決まりますが、民主党ではヒラリー・クリントン元国務長官(以下クリントン)が、米国の歴史上初めて女性が党の大統領候補者となり、共和党の候補者のドナルド・トランプ氏と大統領の座を争うことになるようです。

大統領選挙は、米国内の政治状況を知る機会であると共に、政策論議を通じて次期政権の政策を予想することができます。政策議論の先陣を切り、6月2日にクリントンはサンディエゴで外交・安全保障政策を発表しています。クリントンは、演説の大部分を自らの主張をトランプと対比させることに割き、自身の方が大統領(軍の最高司令官)として適任であると主張しています。この手法は、上院議員、国務長官、そしてファースト・レディーであったクリントンの実績を考えると、さすがに少々「大人げない」印象を受けます。ただし、それだけトランプとは明確な違いが存在するという、彼女の主張がストレートに反映されているものなのかもしれません。

そのような観点から演説を読むと、クリントンはこれまでのトランプの主張を完全に否定することに力点を置いていることに気付きます。またクリントンの主張は、現実主義的なオバマ大統領とも大きく異なり、「米国を例外的な国家」と位置づけ、その外交・安全保障政策に特別な責任を自ら付託するなど、国際主義と国際制度主義の結合を主張しています。トランプが(場合によってはオバマ大統領も)、国益を重視した実際的な外交(彼は極端な表現も好みますが)を好むのとは対照的な姿勢であるといえます。

その上でクリントンは、6つの重点分野を明確にしています。それらは、米国社会の基盤強化(強い経済と貧富の差の縮小)、同盟国との協力関係の維持(メキシコとの関係も強調)、米国外交の多角化(外交や開発などの手段の重視)、ライバルとの関係(強固な姿勢を保ちつつ合意を実現)、テロとの対決(ムスリム社会との関係を重視した策)、米国の価値の重視(道義を反映した軍事作戦等)となっています。このように、クリントンの政策演説は、彼女自身の主張に加え、トランプがなぜ大統領に「危険で不適任」であるかを浮かび上がらせるものになっています。

ただし、クリントンはオバマ政権でも問題となった「人道的介入」のタイミングや根拠、また軍事作戦の在り方に関する議論を避けています。また、トランプが同盟関係の再交渉を主張するのに対し、クリントンは同盟関係の意義を主張しつつ、具体的な役割分担については明言していません。つまり、クリントンは積極的な外交政策を主張して、ともすれば孤立主義的なトランプの主張との対比を明確にしようとしていますが、そこで彼女が踏み込まざるを得ない争点は、冷戦後の米国の各政権を苦しめてきた問題でもあるということです。クリントンの主張には賛成できる部分は多いのですが、それがそのまま実現できないことが分かるだけに、今回の演説の意義が明確になります。

次期政権の政策論議は始まったばかりです。今後の展開にも注目していきたいと思います。

オバマ大統領の広島訪問

2016年6月1日
川上高司

オバマ大統領は5月27日午後、現職のアメリカ大統領として初めて被爆地・広島を訪問しましました。オバマ大統領は安倍総理とともに平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に献花した後、スピーチを行いました。そして、原爆で亡くなった被爆者を追悼するとともに、「核のない世界」を将来にわたって追求していく必要性を世界に訴えました。

オバマ大統領のスピーチは、思ったより長く、力の入った壮大なものでした。「核なき世界」を訴えた2009年のプラハ演説からすでに広島でのスピーチを考え抜いてきたかのような内容でした。そもそもオバマ大統領は「核のない世界」を訴えたプラハ演説でノーベル平和賞を受賞しました。

その後、オバマ大統領はすぐに「核軍縮」と「核の不拡散」の両方を行っていきました。前者に関しては米露間でモスクワ条約を締結し核弾頭数とその運搬手段の削減に合意しました。ただ、その後ウクライナ問題で進展が見られていないのでストップしています。また、後者に関しては、去年のイラン核合意がありました。これは画期的なことです。さらには核セキュリティサミットを開催し「核のない世界」へ向けての世界的な取り組みを率先して提案しています。ただ、北朝鮮の核開発などが今後の大きな課題として残っています。オバマ政権には、達成できたこと、そして達成できなかったことが両方があるといっていいでしょう。

しかし、今回、広島で被爆国日本と核を投下した米国が手を取り合って「核のない世界」を実現していくことをうたい、オバマ政権の8年間を締めくくりにふさわしいものとなりました。それは同時に日米間の戦後政治の幕引きにもなったと言えましょう。

昨年、安倍総理は米上下両院での演説を行い、先の大戦で戦った日米を名実ともに和解させ、米国に対する「戦後政治の総決算」を行ったことが大きいと考えられます。オバマ大統領の広島訪問およびそこでの演説は、真に安倍総理の昨年の行動に対する答礼ともいえましょう。

また、昨年策定された、新たな日米防衛協力のための指針(ガイドライン)と安全保障関連法の施行などを行い日本が対等な同盟としてグローバルに活動していく環境を整えていました。こうした日米同盟の深化がオバマ氏の広島訪問につながったのでしょう。

オバマ氏の広島訪問により、世界は日米同盟の強固さを目の当たりにすることとなりました。中国などが日米関係につけいる隙を減らすことにもなります。今後は、いかに米国を巻き込みながら、東シナ海、南シナ海での抑止力を強化していくかが課題となるでしょう。

朝鮮労働党大会について

2016年5月15日
武貞秀士

北朝鮮では5月6日から朝鮮労働党大会第7回大会がおこなわれました。36年ぶりの党大会です。金正恩体制は「科学技術強国」を目標に掲げ、核実験とミサイル開発を続けながらも経済状況に改善があり、体制の基盤が固まったとの自信を持ったのでしょう。

金正恩第一書記は労働党委員長という新しいポストにつきました。党中央委員会政治局常務委員として崔竜海党書記と朴奉珠首相が新たに選出され、5人体制になりました。軍、党、経済、外交の責任者をバランスよく常務委員にしたわけです。党中央委員の129人の一人に、金正恩氏の実妹である金与正・党副部長を選出しました。金与正氏はこれまで以上に重要な行事や会議を取り仕切ることになるでしょう。

活動総括報告の内容で注目すべきことがいくつかあります。「わが国は、侵略的な敵対勢力が核で自主権を侵害しないかぎり、先に核兵器を使用しないだろう」と述べました。相手が核兵器を使用しなければ北朝鮮は核兵器を使用しないという宣言です。3月、北朝鮮は韓国で始まる米韓合同軍事演習について「実施するなら米韓両国に無差別の核攻撃を実施する」との談話を発表しました。核の先制使用を発表して2カ月で、核兵器の先制不使用を明らかにしたわけです。ただし、「自主権が侵害されないかぎり」という前提があります。北朝鮮は在韓米軍が韓国に駐留したり、米韓同盟が存続していたり、米韓軍事演習が行われることは、自主権の侵害になると非難してきました。ですから核政策の基本は変わっていませんが、世界に向けて宥和姿勢をアピールしたのでしょう。

米国に対しては、「制裁を中止し、敵対政策を撤回し、朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に転換し、在韓米軍を撤収させる」と従来の要求を繰り返しました。ただ「責任ある核保有国として核拡散防止の義務を忠実に履行し、世界の非核化実現に努力する」と米国に秋波を送っています。「核兵器のない世界」を強調してきたオバマ大統領に対して、伊勢志摩でのG7会議を前に、米朝は共通の目標を持っているとアピールした部分です。

韓国に対しては、「民族自主、民族大団結、平和保障、連邦制実現が祖国統一の道を開くための方針だ」と対話姿勢を明確にしました。1980年の第6回労働党大会のときに、金日成主席が提案した高麗民主連邦共和国の構想を繰り返した部分です。日本に対しては「朝鮮の統一を妨害してはならない」と述べています。

権力基盤を固めた金正恩体制が、米朝協議を呼びかけ、統一に向けての対話攻勢の準備をはじめたことを示唆する党大会でした。

プーチン大統領と色丹島

2016年5月1日
名越健郎

プーチン・ロシア大統領の毎年恒例の「国民とのテレビ対話」が4月14日に行われ、今回は500万件の質問から80をピックアップして回答しました。芝居じみたところもあるこの奇妙なショーは、最高指導者の意識や内外政策の方向、優先順位が暗に示されるので重要です。

一つ気になったのは、過去14回の対話で初めて北方領土から質問が飛び出したことでした。色丹島のオストロブノイという缶詰工場で働く女性の季節労働者が大統領に、「私たちは昨年夏からここで働いていますが、給与が一切支払われません。労働条件、生活条件は恐ろしいほどです。帰ろうにも、船の切符を買う金がありません」と直訴しました。プーチン大統領はやや顔をしかめながら、やりとりしました。

「この問題を当局に提起したかね」

「はい。サハリン州の検察局に提起しました」

「それで回答は」

「何もありません」

「遺憾なことだ。検察局や労働基準局が適切に対処せねばならない。検事総長がこの番組を見ていたら、直ちにサハリン州検察局がきちんと仕事をしているか調査してほしい。労働省もだ。あとで私に報告してくれ。私からも謝罪したい。問題を必ず解決すると約束する」

一時間後、検察が缶詰工場の捜査を開始したと発表しました。サハリン州知事らの一団が翌日、色丹を訪れるなど、大統領の鶴の一声は地方指導者を震え上がらせます。

地元が処理すべき労働争議に最高指導者が臆面もなく口を挟むのはいつものパターンで、国民に寄り添う大統領をアピールする演出です。問題は、経済危機のロシアではこの種の給与未払いがあちこちで起きているのに、なぜあえて色丹を取り上げたかです。

質問に先立ち、テレビのリポーターは色丹の出稼ぎ労働者について、「彼らは囚人や奴隷のような扱いを受けています」と伝え、北方領土は問題の多い地域という印象を与えました。

今年は旧ソ連が歯舞、色丹の引き渡しを約束した1956年の日ソ共同声明から60周年ですが、北方領土問題でプーチン大統領は共同声明の履行を示唆しています。

5月6日のソチでの日露首脳会談を前に、急に対日積極姿勢を見せる大統領は、色丹の惨状を国民に示すことで、島の印象を悪くさせ、引き渡しの環境整備を図ったのでは-と深読みしたくなりました。

韓国総選挙で与党大敗

2016年4月15日
荒木和博

4月13日に投票が行われた韓国の総選挙は当初与党セヌリ党が圧倒的に有利と見られていました。300議席のうち180くらい取るのではないかとも言われていましたがそれが逆に禍いしたのか、公認をめぐるごたごたなどもあり支持が離れて122議席。第1野党のトブロ民主党に1議席及ばない大惨敗になりました。ちなみに「トブロ」とは「共に」という意味で、略称「ドミンジュ」。日本人には「ど民主」と聞こえます。

そのトブロ民主党は勝ったものの野党も割れており、本来野党の金城湯池だった全羅道はかなり第2野党の国民の党に取られていますから、今後どうなるか分かりません。

韓国は大統領に圧倒的な権限がありますから日本の国政選挙ほど政局への影響はありません。敗北で与党がある程度固まれば逆に大統領選挙に有利になるかも知れず、そうなれば与党全体とすればプラスに働いたということになります。しかし選挙というのは負ければ責任のなすり合いが起きるのが常で、逆に修復不可能になるかも知れません。

いずれにしても今後政局の関心は来年12月の大統領選挙に移り、それは同時に朴槿恵大統領のレイムダック化を促進します。大統領の権限の強い国で大統領のリーダーシップが低下するのは最悪の状態で、ますますものが決まりにくくなるはずです。昨年末の日韓合意もおそらく政局のネタにされるでしょう。まとも履行される可能性はますます低くなり、少なくとも大使館前の慰安婦像は当分撤去されないでしょう。ちなみに次の大統領選挙の候補者としては潘基文・国連事務総長が有力視されており、何党から出ても当選しそうな勢いですが、ご本人の雰囲気からすると大統領としてリーダーシップを振るうタイプではないように思います。

野党勝利で対北政策も変化が予想されます。北朝鮮核問題やミサイル問題に対する国際的強調、あるいは日韓の協力にもブレーキがかかる可能性があります。

その意味ではこの選挙結果は北朝鮮にとってプラスなのですが、北朝鮮は北朝鮮で金正恩の恣意的な命令により混乱を来しています。5月に行われる予定の労働党大会は実に36年ぶりなのですが、それだけに大会で誇示する成果をあげなければなりません。しかしミサイルの発射や核実験で新たな援助を得ることは難しく、さらに強く出てリーダーシップを維持せざるを得ないでしょう。

北朝鮮の強硬姿勢は中国への当てつけとも言われます。その中国と南北の関係などもからんで複雑な状況は予想し難いのですが、日本としては常に何かが起きるということに備えておく必要があると思います。(了)

全人代2016

2016年4月1日
富坂 聰

三月に行われた全国人民代表大会(全人代)が閉幕して間もなく、例によって中国の携帯電話には作者不明のブラックジョークが送信されてきましたので、一つ紹介しましょう。

今回の全人代で最も話題となったのは陸昊黒竜江省省長の失言でした。失言の中身は、全国でいま問題になっている炭鉱労働者の給料の遅配についてです。この問題で質問を受けた陸省長は、黒竜江省の傘下で省内に最大の炭鉱を有する国有企業、龍煤集団では、「一カ月の遅配もない」と実態とは違うにもかかわらず断言してしまったことで、遅配に苦しむ龍煤集団の現地労働者たちが抗議に立ち上がり、その様子が動画に投稿されてしまったというものでした。

全人代そのものはつつがなく閉幕を迎えたものの、その裏では高速道路を二十四時間体制で見張り、労働者たちの状況を徹底的に取り締まるという厳戒態勢で臨まなくてはならなくなったのです。

さて、この事態を受けて発せられたジョークは、仕事にあぶれた炭鉱労働者たちが国有の大農場に再雇用され、騒ぎが収まったという設定でした。このことに満足した習近平が農民となった元労働者を訪ねます。

習近平 仕事が見つかって良かったね。
労働者 はい、主席。党に感謝しています。
習近平 では、その感謝をどう表現しますか。
労働者 何でもします。
習近平 もし、土地を半分等に寄付してほしいといったら?
労働者 喜んで寄付します。
習近平 では、車が二台あれば一台寄付する?
労働者 もちろん。
習近平 では、牛が二頭いれば一頭を寄付してもだいじょうぶだね。
労働者 いや、それは絶対ダメです。
習近平 えっ? 土地も車も寄付できるのに、なぜ牛はできないの?
労働者 だって、牛だけは本当に持ってますから……。

このジョークは党と労働者の微妙な関係、党が躍起になる経済対策としての流動性確保の難しさ、そして党の宣伝とその背後の空気感といった要素を強烈に皮肉っているのが特徴です。

実は、今回の全人代を通じて最も伝わってきたのは、国民の間に蔓延する不思議な疲労感とも言うべき空気でした。習近平の政策も危機感も、そして対策もすべてが的確であることは理解できる。理解できるが、何となくつかれてしまっているという空気です。

習近平の中国がスタートしたのは二〇一二年一一月。たった三年半弱でこんなに疲れてしまった中国は、これから六年半も続く習近平指導部の下で、果たしてこの空気に耐えて行けるのでしょうか。ちょっと心配になりました。

あるべき参議院像を考える機会に

2016年3月15日
丹羽文生

今年は3年に1度の「参院選イヤー」です。安倍再登板から3年が過ぎました。過去2回の国政選挙で連勝し、「1強多弱」の状態が続く中、永田町では夏の決戦は「衆参ダブル選」になるのではないかという噂も広がっています。

そんな中、相変わらず低調傾向にあるのが参議院改革に関する議論です。毎回そうですが、本来、参院選だからこそ論じられるべき課題であるにも関わらず、どうも、このテーマに真正面から切り込もうとする政党が見当たりません。

そもそも、参議院改革なる言葉が出てくる所以は、その存在意味の曖昧さにあります。参議院創設時、憲法学の泰斗としても知られた国務大臣の金森徳次郎は、2院制採用の理由について「1院制の場合、誤った議決も、そのまま確定的となり、仮にそれを改めれば、議会の権威を損ねることになりかねず、第1院の犯した過誤と欠陥を修正するという作用を第2院に求める」と説明し、続けて参議院に期待されることとして、第1に「1院では十分に捉えきれない民意を代表し1院の偏向を補完することができる」、第2に「第1院の陥る過ちを批判し、専制化の危険を抑制し、調整する機能を営むことができる」、第3に「長期の視野に立つ政策立案、慎重で成熟した立法作業を営むことが可能である」と述べました。

参議院改革が必要なのは結局、今日の参議院は、この金森の答弁とは随分と懸け離れたものになっているからではないでしょうか。これまでも参議院は、衆議院に追随し、衆議院に対する抑制・均衡・補完の機能を果たさず、政策論議も二番煎じになっていることから「ミニ衆議院」、「衆議院のカーボンコピー」と揶揄されてきました。さらに、有名スポーツ選手やタレントといった著名人が多いことから「芸能院」、衆院選で落選した前議員が返り咲くための「救済院」とも言われています。与野党勢力が逆転し、いわゆる「ねじれ現象」が生じた時は、国会運営が停滞し、その結果、有害との批判に曝されました。

「そもそも第2院は必要であろうか。もし第1院に一致するならば、それは無用であり、一致しないなら害悪である」とはフランス革命のイデオローグであるアベ・シェイエスの残した名言です。確かに理想的で完璧な第1院が存在するのであれば、第2院は不要であり、両院の機能が一致するのであれば、その価値はないと言えます。

「参院無用論」まで囁かれる以上、参議院そのもの廃止も含め、抜本的改革に向けて再検討していく必要があるのではないでしょうか。参院選まで半年を切りました。あるべき参議院像を考える機会にしたいものです。

初めてのインド

2016年3月1日
吉野文雄

アジア経済論専攻と言いながら、インドには行ったことがありませんでした。そのインドのチェンナイに、2016年2月初めて訪れました。

私は1980年代にバックパッカーとしてアジアに深く関わるようになりました。当時のアジアを旅するバックパッカーにはインドを目指す人とそうでない人と2通りいたのではないでしょうか。当時、中国には現実的には入国できませんでした。

私がインドを目指さなかったことには、タイのバンコクにおける私的な経験が大きく影響しています。1983年春、2度目の東南アジア貧乏旅行をしていたときと記憶しています。バンコクのシロム・ロード奥にあった両替屋でトラベラーズ・チェックをタイ・バーツに両替したのです。

その両替屋の主人は白ひげにターバンを巻いた老人でした。国籍はタイだったかもしれないし、インド系だというのは思い込みにすぎないかもしれません。誤解の可能性があることを先に申し述べておきます。

その両替屋では何度か両替しており、どうも金額をごまかしているように疑っていました。そこで、お札をポケットにしまう前に、彼の目の前で確認しました。明らかに少ないので、「足りない」というと、そのインド系と思しき両替屋は、これ以上できないというくらいに顔をゆがめ、無言でいくばくかの札を私に向けて投げつけたのでした。

今の言葉で言うと逆ギレでしょう。貧乏な旅行者からわずかな金を巻き上げようとする(おそらく)インド系の両替屋に私も怒りました。そんな両替屋に頼らざるを得ない自分のみじめさもはっきりと認識しました。さらには、それほど大した金額ではないにもかかわらず両替屋を怒らせた自分の浅慮への後悔もありました。

その複雑な気持ちが、私をインドから遠ざけたのです。そのインドに初めて行ってきました。結論としては、チェンナイは東南アジアの町と大きくは変わらないということでした。チェンナイ在住の日本人にその感想を漏らすと、即座にデリーなど北部は全く違うよと教えられました。いずれにしても、もっと早くにインドに行っていれば、私の研究も少しは変わっていたかもしれないなどと思いました。

若いときの経験というのは、ことほどさようにその後の生活に影響するのだということも教訓とすべきでしょう。駅などで訪日旅行者を目にするたびに、日本で嫌な目に遭わないで帰ってくれればいいなと願っています。

日本の「資源」としての「完全主義」

2016年2月15日
遠藤哲也

先日、来日した「帝国以後」などの著作で著名なフランスの文化人類学者エマニュエル・トッドが、ある番組に出演しているのを目にしました。その中で、正確な表現は記憶していないのですが、おおまかには「日本人は完全主義的だが、それは良い所でも悪い所でもある。移民を導入すると社会の秩序は崩れるが、日本人はもう少し完全主義を弱めた方がいい」といった主旨の発言が耳に残りました。トッドのその主張の明確な論拠は示されませんでした。私は西洋知識人の御託宣的発言にも、それを好んで聞きたがる、少なからぬ日本人インテリの態度にも、あまり好意的な印象は持てないのですが、局側の編集もあり得るので、トッド個人の主張についてはこれ以上論じません。面白く感じたのは、トッドも移民の受け入れが既存の社会秩序を崩す方向に作用するという認識を持ってはいるのだなということでした。

日本人は完全主義的というのは、昨今の来日観光客にもしばしば見られる認識のように思いますが、個人差はあるにせよ平均的には確かに、日本人の仕事は(論理ではない)多くの点できちきちして配慮が行き届いていると言ってよいでしょうし(例えば、訪日外国人は、安価な大衆店に入っても高級店のようにきちきちした接客があることにしばしば驚きます)、それを「完全主義」と外国人が評すのはわからぬでもありません。この「完全主義」を裏打ちしている自己抑制性は、人間以外の生物にはできない所作であって、文化としての成熟を示す一つの指標であろうと思うので、このきちきちを非人間的なものであるかのように見なす主張には賛同できません。

そして、もっと大事なことは、時に窮屈ではあったとしてもきちきちとして生きる日本人の態度が、この国の現在の豊かさの礎となっているということです(予定調和など、独特の問題もあるのですが、それは別問題として過去に論じてあります)。一例を挙げれば、ネットを見れば日本の宅配業者への様々の苦言が個人ブログなどに書かれていたりしますが、それらの非難は基本的に日本国内の基準に基づいて行われています。ところが、海外在住の日本人が在住先国の宅配業者について悲鳴にも似たクレームを発しているのもまた多々見られるのですが、その苦情のレベルは日本国内で批判を受けるような業者の仕事も「グローバルな基準」から見ればトップ水準のサービスを提供しているのだと理解できるようなものです。週末だろうと酷暑だろうと、一日のほんの二、三時間程度の幅の指定時間のうちに、かなり高い確度で業者がちゃんと集配にやってきてくれる―それは働く側のマインドが、所与できちきちしているのは無論ですが、受け取る側も指定した時間には概ねの人がきちんと家で待っており、また、交通ルールも守られ、比較的路上駐車も少ないという背景があるのであり、ひいては秩序に基づく物流の効率性がまた日本の様々なビジネスの礎になっているのだ、ということに私たちは思いを致すべきでしょう。その意味で秩序は日本の「資源」だと言えます。「グローバル化推進」や「欧米のようになること」は、かつて拙稿で論じた「国際化強迫」にかられてきた少なからぬ戦後日本人には、所与で、より良き方向への展開だと思えているかもしれませんが、本当は「劣化」であるのではないという保障は何も無いと私は思っています。少なくとも、今ある秩序をわざわざ崩したほうがいいなどという言説は注意深く聞く必要があるでしょう。

追伸:私はこちらのコラムに書く機会は少ないのですが、宜しければ毎月の『海外事情』誌の編集後記もご覧ください。

「一つの中国」と「台湾独立」という言葉への疑問

2016年2月1日
澁谷 司

台湾を語る時、必ず出てくるのが「一つの中国」と「台湾独立」という2つの言葉です。2016年1月16日の台湾総統選挙・立法委員選挙の結果を受け、日本のマスメディアは盛んに「一つの中国」の原則、(蔡英文新総統の)「台湾独立」志向などと使用しています。でも、これらの言葉を検証なしに使うのは問題ではないでしょうか。

まず、「一つの中国」ですが、1949年に中台は“分裂”し、爾来、中国共産党は中国大陸(中華人民共和国)を、国民党は台湾(=中華民国、以下、同様)をそれぞれ統治するようになりました。

共産党も国民党も、お互い相手の領土(前者は台湾、後者は中国大陸)を統治していないにもかかわらず、「一つの中国」(大陸プラス台湾)を主張してきたのです。ただし、それは「虚構」にすぎません。

そして、世界の大半の国々が国共の主張する「一つの中国」を認め、今なお、この「虚構」に “お付き合い”しているのです。

しかし、国際法上はともかく、実態として、どこに「一つの中国」が存在するというのでしょうか。この地球上には、「二つの中国」(蔣介石父子が台湾を統治していた時代)ないしは、「一つの中国、一つの台湾」(台湾が民主化されてから)が存在しています。もともと、1971年に台湾が国連を脱退するまで(一部はその後も)、欧米日本は台湾を「国家」として承認していたのではないでしょうか。

さて、李登輝時代・陳水扁時代(両総統共に本省人)に、台湾は中国とは違う、別の「国家」と位置付けました。前者は「二国論」(中国と台湾は特殊な国と国との関係)、後者は「一辺一国」(両岸は別の国)を唱えたのです。

しかし、2008年、国民党の馬英九(外省人)が総統に就任後、再び「一つの中国」を持ち出してきました。

もう一つ、「台湾独立」という言葉にも問題があるのではないでしょうか。その本来の意味は、(反国民党人士による)「中華民国体制からの独立」でした。それがいつの間にか、「中華人民共和国からの独立」という意味にすり替えられたのです。

言うまでもなく、現在の台湾は、中華人民共和国の統治下にはありません。支配されていない国から「独立」することは論理的にあり得ないでしょう。

今後、台湾が真の「独立」を達成するためには、中国国内が大混乱した時、台湾は国名を変更(例えば「台湾共和国」)し、大国から国家承認される必要があるでしょう。

2015年の安全保障法制をめぐる議論と2016年の展望

2016年1月15日
佐藤丙午

大きな喧騒の中で、2015年9月に平和安全法制関連2法が成立しました。この法制は非常に複雑な構造を持つと共に、自衛隊が可能となる行動の幅が拡大するため、国民は様々な政治的な思惑の下に繰り広げられる言説に翻弄されたように思います。90年代以降の安全保障論議を振り返ると、第二次安倍政権の進めた一連の改革は慎重かつ穏健なものであり、その意味で今回の安全保障法制を「戦争法」と命名するのは、反対派による政治的な得点稼ぎに見え、あまり知性的な行動ではなかったように思います。

しかし、集団的自衛権の限定容認から自衛隊の活動の幅の拡大、さらには日米安保の強化に至る一連の流れは、秘密保護法や防衛装備移転三原則の施行を含めて、20世紀後半以降の日本の防衛政策の基本構造を変更するものであり、現状維持を好む日本の国民性を揺さぶるものであったのは間違いないでしょう。重要な問題は、これら改革を終着点にすることなく、変化する国際情勢の中で、必要に応じた調整を連続して実施できるか、ということにあります。

今日の国際情勢を説明するものとして、2016年のオバマ大統領の一般教書演説があります。オバマ大統領は演説の中で、「今日の世界において、我々は悪の帝国よりも失敗国家の脅威に直面している」とし、これに効果的に対処するために「国家のすべての構成要素を活用する」ことが必要と述べました。現実に、国家間対立、テロリズム、気候変動、非合法な拡散、国際的な貧困などが連動する状況の中で、課題を軍事力で解決することは不可能であり、外交(対話)、援助、軍事、国際法、規範構築など、国家が保有する能力をシステマティックに運用していく必要があります。

しかし、国家のコンセンサスとして対処する脅威が見えにくいということは、政策を遂行する上で、各種手段を統合した政策を構成する政府の能力に依存する(したがって視野が広く「強い」政治指導者が必要になる)ことになります。また、それぞれの国内では、外交や安全保障とは無関係の国内事情が外交政策を侵食するリスクが高まります。脅威に対するコンセンサスがあった時代は、各勢力の間に国内対立を外交政策まで昇華させないとの見識も共有されていましたが、そうする必要が無くなった時代では、「止め」が機能しなくなっていくのです。

一方で政治指導者の主導性が求められ、しかし反面、国内政治の重力が高まる傾向の中で、各国は様々な安全保障問題に対応する必要があります。2015年の日本は、政策選択肢を増やすことで、秩序形成に能動的に関与する道を拓きました。その過程で、国内政治に大きな亀裂が生じたことは否定できません。これが2016年の日本の政策遂行力にどのような影響を及ぼすのか、注視していく必要があります。オバマ大統領は、国内の団結の重要性を強調しました。この発言の背景には、共和党の大統領候補者のラディカルな主張に対するアンチテーゼを示す必要があったのでしょう。今後、安倍首相がどのように言説と論理で国内を統一していくのか注目されるところです。

シリア問題と難民危機の年

2016年1月1日
川上高司

2016年となり去年を振り返ると、2015年はシリア問題と難民危機で世界が大きく揺れた年でした。ISISの台頭でイラク、シリア情勢が悪化、シリア国民は難民となって国外脱出を図りました。その行き先は主にヨーロッパで、特に9月に3才の幼児の遺体がエーゲ海の海岸で発見されると一気に国際問題となりました。

しかし、あまりのその数の多さに第2次世界大戦以後最大の難民危機と言われるようになり、ヨーロッパ各国は混乱に陥いりました。

難民たちはドイツやスウェーデンを目指しましたが、その経由国であるハンガリーは早々に国境を封鎖し難民をシャットアウトして自衛に走ったのです。しかしながら、難民は別のルートを作るだけでその勢いはさらに増し、ドイツのメルケル首相が難民受け入れを表明したため、さらに混乱を招きました。

オーストリアも国境を制限、デンマークはそもそも難民受け入れに消極的というように、ヨーロッパ各国、対応がばらばらでした。シュンゲン協定により、EU域内の国境は開放されて往来が自由なはずでしたが、各国が国境を封鎖するにつれて、その理想も揺らぎました。それでも、ドイツとスウェーデンは人道的見地から、難民の受け入れに積極的だったのです。

しかし、終わりのない難民の流入と11月に起こったパリ同時多発テロの影響で、スウェーデンが政策を一転させます。スウェーデンからノルウェーやフィンランドへ抜ける国境はすでに封鎖されていましたが、デンマークからの難民を制限し、ともするとデンマークへ送り返すという強硬策に転換したのです。

ヨーロッパの中でも人道支援に手厚い国との評判が高いスウェーデンのこの転換は、ますますヨーロッパの亀裂を明確にし、ドイツの孤立が際立ってしまいました。ドイツも、もはやこれまでのように難民に寛容ではいられないでしょう。2016年はシリア難民にとっては厳しい年になりそうです。

それでも、彼らはシリアを出たことを後悔していません。それほどに祖国は荒れているのです。今月末には、いよいよシリア政府と反政府勢力が交渉のテーブルに着く和平会議が開かれる予定です。一刻も早いシリアの政治的安定こそが難民危機の解決策であることは論を待たないところです。米露だけでなく、ヨーロッパ、トルコや湾岸諸国など世界が取り組むべき最優先課題です。2016年が「シリアの年」と言えるようにアメリカの外交政策に期待したいものです。

韓国の庶民と「反日」

2015年12月15日
武貞秀士

先日、海外での国際会議に出席し、韓国の航空会社の便で帰国したとき、機内で韓国映画「国際市場」を見ました。韓国の映画館で見たので二度目です。

国際市場は釜山にある市場の名前で、闇市として始まりました。1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発して、韓国では家族たちが手を握りしめながら逃げまどい、南の釜山をめざしました。突如、北朝鮮軍が南下してきたのですから、逃げる途中で家族がバラバラになりますが、後日、劇的に再会します。この場面は、離散家族の問題が韓国社会に落とした影を描いていて、儒教文化の香りが漂ってきます。苦労をしてきたお父さんの世代と、苦労に感謝をしない豊かな孫の世代のギャップを浮き彫りにするラストシーンからは、世代間のギャップという韓国社会が抱えている問題を思い出しました。

朝鮮戦争でなにもかも失った韓国庶民は、ゼロから出発しました。いまは苦しいけれど、いまにみていろと、一生懸命働きました。当時の西ドイツの危険な炭鉱に出かけて、外貨を韓国の送金した男性たち。やはり西ドイツで看護士として働いた女性たち。その炭鉱夫と看護士は結婚します。1950年代から韓国の庶民が経験した苦しくて質素だけれども、未来を信じて働いたたくましい生活が描かれています。仲間たちが助け合う場面がふんだんに出てきます。

韓国は国策として右肩あがりの経済成長のために、労働者をドイツや中東に送り、韓国軍を紛争の地、ベトナムに送り、外貨をかせぎました。豊かさを追求した国家と庶民の60年代、70年代の足跡がそのまま再現された映画です。

興味深いのは、韓国人が戦後を語るとき、反日を描くのが普通ですが、この映画は「戦後」を描いているのに最初から最後まで「反日」がありません。「日本が35年間、搾取したあと独立した韓国は、苦労の連続だった」といういつもの話がないのです。ただひたすらに、昨日よりも今日、今日よりも明日は楽な生活がしたいと努力してきた韓国の庶民の物語です。韓国ではこの映画が「戦後を描いているのに日本統治時代の責任に触れていない」という批判があるそうです。

しかし、この映画が描こうとした庶民の生活は、韓国社会の実態に近いと思います。自分が1977年に初めて韓国の地を踏んだとき、韓国人の間では、日本人の生活、新幹線、自動車、電化製品への関心が強かったのを覚えています。戦後韓国の歴史を貫くものは現実主義です。庶民も国家も右肩あがりの生活と経済発展を夢見て利用できるものはすべて利用するという発想です。現実主義に立っているので、この3年間、韓国は破竹の勢いの中国に賭けたのです。

韓国で1千4百万人の観客を動員したこの映画は、韓国の繁栄を支えてきた旧世代の苦労と反日イデオロギー抜きの戦後韓国を描きました。ユン・ジェギュン監督の手法は見事です。

プーチン大統領と東映ヤクザ映画

2015年12月1日
名越健郎

「背中を刺されたようなものだ」「トルコはテロの共犯者だ」ー。トルコ軍戦闘機によるロシア機撃墜で、プーチン・ロシア大統領はこう言い放ちましたが、さすがに暴力装置・旧ソ連国家保安委員会(KGB)の将校出身とあって、言い回しが違います。往年の東映ヤクザ映画を彷彿とさせるドスの効いた発言で、新聞の見出しになります。

プーチン大統領はスラングを多用する粗野な発言が多く、「テロリストをネズミのように殲滅してやる」「糞ツボでぶっ殺してやる」と述べたこともあります。ぶっきらぼうな暴言・妄言が、保守派やブルーカラーにうけ、支持率が9割近い理由の一つです。

一方で、知性も高く、2000年の沖縄サミットの時、当時の森喜朗首相が源氏物語をイメージした2000円札を各国首脳に披露すると、「日本は不倫や近親相姦を題材にした小説を紙幣に取り入れるほど社会が堕落したのか」と述べたこともあります。古今東西の古典に精通している証拠です。

評論家のピオントコフスキー氏は以前、粗野なプーチン語録について、KGB体験よりも「育ちから来る本性だ」と語っていました。

本性と言えば、10月末に各国のロシア専門家を集めたバルダイ会議の講演で、プーチン大統領は「50年前、私はレニングラード(現サンクトペテルブルク)の路上で、一つの鉄則を学んだ。闘いが避けられない時、先制攻撃することだ」と漏らしました。

9月末に始まったシリア空爆についての発言ですが、大統領は自伝で、子供のころはガキ大将で、ケンカばかりしていたと告白しています。「その後、柔道と知り合って救われた。礼節を尊ぶようになった」とも述べていますが、「路上の鉄則」は、第二次チェチェン戦争、グルジア戦争、ウクライナ介入、シリア空爆と続くプーチン時代の軍事介入にも表れています。

先制攻撃を鉄則とする大統領にとって、トルコ軍機が「背中から刺した」ことは屈辱的で、このままでは引き下がらないでしょう。今後の展開は、東映ヤクザ映画の方が参考になるかもしれません。

それにしても、近年のロシアは安易な軍事介入が目立ちます。冷戦時代、旧ソ連は地域紛争で米国よりも自制を貫いていましたが、現在はオバマ米大統領が「抑制ドクトリン」(ニューヨーク・タイムズ紙)だけに、米露のバランスがおかしくなっています。

米経済誌フォーブスが11月、プーチン大統領を3年連続で「世界で最も影響力ある人物」に認定し、オバマ大統領をメルケル独首相に続いて3位に転落させたのも、言葉の重みが影響しているかもしれません。

拉致問題と安全保障

2015年11月15日
荒木和博

拉致問題が国民的課題になるきっかけは平成9(1997)年2月3日、衆議院予算委で西村眞悟議員(当時新進党)が横田めぐみさん拉致について質問し、同日産経新聞と「AERA」が実名写真入りで報じたことでした。

私はこの前年秋から拉致問題に関わるようになりました。当時は海外事情研究所の客員講師で、この西村質問の2か月後、平成9年4月から専任教員になっています。大学の仕事と拉致問題の活動は関係ないのですが勤続年数と同じ18年間関わってきたことになります。

しかし、この間拉致被害者は蓮池薫さんら5人が13年前に帰国しただけで、残りは皆置き去りの状態です。安倍総理は拉致問題を解決すると何度も宣言してきましたが、結果は他の総理の時代とほとんど変わりません。

さて、何も進まない理由は何なのでしょう。実は非常に不思議なことながら、拉致問題は日本の安全保障からすっぽりと抜け落ちています。そのためこの国には拉致被害者救出に責任を負う国家機関がないのです。

例えばどこかの町で火事が起きたとき、消防署が放置していれば署長の責任が問われます。先日のペルー人の埼玉での連続殺人事件でも逃亡を許した警察の責任が追及されています。

しかし拉致問題になると、不思議なことに安保法制であれだけ安倍政権を批判した野党やマスコミも、救出できないでいることには批判はほとんどしていません。

救出できない責任はどの機関・部署にあるのでしょうか。外務省なのか、警察なのか、防衛省・自衛隊なのか、官邸なのか。少なくとも農水省や文科省ではないわけで、責任のない役所をはずしていけばどこに責任があるか明確になるはずです。しかし現実にはたまねぎの皮をむくように、最後は何も残らないのではないでしょうか。

ISの人質事件のときの政府の対応などと比べても政府の拉致問題への対応は不思議です。救出したくない、帰ってこない方が良いと思っているのではないかとすら思えます。あるいは拉致問題に手を付けてはいけないというのが日本の安全保障政策の根本にあるのではないか。そうでも考えないとこれだけ不作為が続いている理由が説明できません。その意味では拉致問題というのは国際問題である以上に国内問題なのだと思います。

爆買いへの反応

2015年11月1日
富坂 聰

先ごろ『人民日報』は紙面のなかで、日本に爆買いに行く中国人に触れて、ネット上で高まる攻撃を批判。日本で見られる爆買い現象を擁護する言論を展開しました。

今年の国慶節休み、「40万人の中国人観光客が日本で爆買い 1000億元を消費」とメディアが報じると、中国国内には早速「売国奴」、「漢奸」、「走狗」といった言葉があふれました。なかには、「日本で買い物した金は、将来、戦車や銃弾を造る資金となって、巡り巡って我が同胞らを殺すことになるのだろう」といった書き込みも多く見られました。

こんな話を聞くと、日本人の多くは「あー、やっぱり最後はこうなってしまうのか」と、2012年の反日デモを思い出してしまうかもしれません。

爆買いする中国人の姿を見て、日本では「実は中国人は心の中では日本が好きなんだ」という解説があふれましたが、ことはそう単純ではないことも、この現象は物語っています。

「本当は日本が好き」という中国人は、ほとんどいないでしょうが、「見直した」とか「意外に良かった」という感想は、帰国時に中国人が抱く感想のなかでも多いものでしょう。もともとのイメージが悪いほど、実際に目にする日本の街のきれいさや日本人の親切さ、そして接客態度の良さには強く感激するとききます。

しかし、「中国人」という主語で語るのであれば、やはりまだ圧倒的多数の中国人が〝反日〟だと言わざるを得ません。そもそも日本に爆買いに来られる人口などしれています。

嫉妬も背景に反日が広がりそうな雰囲気に対して、『人民日報』が一石を投じたというのが、ことの顛末でしょう。

しかし今回起きた〝反日〟騒動は、これまでの反日の動きとはどこか少し違っていたようです。日本や日本に買い物に行く人々を激しく攻撃する書き込みが目立った一方では、日本を攻撃することを批判する書き込みも目立っていたからです。

「爆買いに怒っている者たちよ。君たちの家にある冷蔵庫やテレビ、デジカメ、炊飯器、それ、日本製品じゃないの?」「国内旅行では人込みで圧死。日本で爆買いすれば罵り殺される。ならば休みは家でテレビを観るしかないってこと?」「(国民感情ではなく)市場がすべてを決定するんだよ!」「安くて良い物を買うことと、愛国は無関係なんじゃない?」「外国に旅行に行っているのに、観光もしないで買い物ばっかり。問題はむしろそっちなんじゃないの?」

多様な意見を拾うことができるのです。ここ数年間で、ずい分、冷静な議論になっているのではないでしょうか。少しホッとしました。

党名あれこれ

2015年10月15日
丹羽文生

大阪市の橋下徹市長が新しい国政政党を結成しました。党名は自らが代表を務める政治団体「大阪維新の会」の「大阪」を平仮名にした「おおさか維新の会」。「大阪」の漢字を使わないことで、できるだけ地域色を薄め、門戸を広げる狙いがあるようです。

今、国会に議席を有する政党は12あります。中でも「生活の党と山本太郎となかまたち」は、日本憲政史上稀に見る珍名と言われています。

昨年(2014年)12月の衆院選で、政党助成法で定められた「衆議院議員又は参議院議員を5人以上有するもの」との政党要件を失い4人となった小沢一郎代表率いる生活の党が、無所属の山本太郎参議院議員を引き摺り込んで結成された政党で、当初、山本議員は「無所属の会」を提案。ところが「生活」の名前を残したい小沢代表との間で意見が分かれ、結局、妥協案として浮上した「生活の党と山本太郎となかまたち」という長ったらしい党名になったとか・・・。

日本には、これまで「生活の党と山本太郎となかまたち」に勝るとも劣らないユニークな名前の政党が存在しました。「サラリーマン新党」に「スポーツ平和党」、政界進出は叶わなかったものの「UFO党」や「モーター新党」、さらには酢製造会社のオーナーが立ち上げた「日本愛酢党」なる政党(政治団体)も一時期、注目を集めました。

今から60年前の1955年11月15日、日本民主党と自由党との保守合同で「自由民主党」が誕生しました。このネーミングは日本民主党の「民主」、自由党の「自由」を採って合せたものですが、党名決定には随分と苦労したようです。

結成前の10月31日、「新党準備会」の「党名委員会」は「広く国民の協力を得る」として党名を公募で決める方針を固め、11月8日、全国紙に「新党党名募集」の広告を出します。その結果、何と全国から2,000通を超える応募ハガキが集まりました。「日本保守党」や「日本国民党」といったシンプルなものから、皮肉を込めた「民自結託党」、さらには「国連党」や「原子党」なる一風変わったものまでありました。

初めは「日本自由党」が有力視されていました。ところが、これに日本民主党のメンバーが反発。結局、対等合併の建前から「自由民主党」に・・・。

新党を旗揚げする場合、その政党が掲げるポリシーやミッションを、そのまま党名にするのが一般的ですが、余りにオーソドックスな名前では新鮮味に欠けます。逆に聞き慣れない文言を使用すれば世間に馴染みません。党名決定は実に難しいものです。

インドネシアの変貌

2015年10月1日
吉野文雄

夏休みに学生を引率して2週間ジャカルタに滞在しました。インドネシア訪問は1982年以来おそらく50回をこえますし、今年も1月に1度訪問しました。今回は、改めてインドネシアのこれまでの経済成長の成果と、今後経済大国に変貌する兆しを如実に感じるとなりました。

郵便局にもっとも驚きました。私は、バックパッカーとして東南アジアに足を踏み入れましたし、今も気持の上ではバックパックを担いでいますので、郵便局で局留めの郵便を受け取ったりするのが好きなのです。

今回足を運んだのはジャカルタ・ティムール(東ジャカルタ)の集配局です。なんと窓口の前に行列ができていたのです。行列をつくらせるために、日本でも使われているパーテーションポールにロープが張られています。それに沿って、郵便物や振込用紙を手にして、おとなしく並んでいるのです。

このような光景をインドネシアで見たのは初めてです。これまでは、封書や用紙をわれ先に職員に受け取ってもらおうと、人々が手を伸ばして窓口に殺到していました。混沌としたインドネシアの社会にとうとう秩序が生まれたかと少し感銘を受けました。

私もおとなしく並んだのですが、行列になじまない人もいるんですね。身なりのよいご婦人が一人で入ってきて、行列を見てぎょっとしていました。彼女は並んでいる人々を一瞥した後、迷わず窓口に歩を進め、手に持った書類を差し出しました。しかし、警備員がそれをとがめ、行列の最後尾に着くように指示し、事なきを得ました。

それでも、彼女の苛立ちは収まらないようで、ほんとうに身をよじるようにして、焦燥感をあらわにしていました。自分はこんな下々の人間と一緒に行列に並ぶような身分ではないのだ、本来はこんな書類は家事手伝いの者に持たせるのだ、という彼女の気持ちがはっきりと顔に表れていました。

経済発展というのはこのようなものなのだなと納得した次第です。家の主人から振り込みを命じられた家事手伝いの者には、時間価値はありません。郵便局で30分かかろうが、1時間かかろうが、使命を果たせばそれでいいのです。そこで、窓口に手を伸ばして自分の差し出した書類を職員が受け取ってくれるまで気長に待つわけです。そこには、職員がどの書類から処理するかという不確実性はありますが、機会は均等です。

行列もまた機会は均等ですが、不確実性は大いに減じられます。私の並んだ行列でも、時計を見ながら電話をしている人がいました。あと何分くらいで用事が終わりそうだと言っているのでしょう。

経済が発展し、所得が増えると、人々は時間の価値を認識し、不確実性を減らそうとするのです。さらに、市場にいおいては身分や資産に左右されない公平性が実現するわけです。このようなインドネシアの変貌に深い感銘を受けました。

アメリカ大統領選挙と日米同盟

2015年9月1日
川上高司 海外事情研究所所長

来年11月に行われるアメリカの大統領選挙が幕を開け始めました。現在、共和党の候補者ではドナルド・トランプがトップを走り、威勢のよいことを好き勝手に叫んでいます。トランプはバブルたけなわの1980年代に不動産王として名を轟かせました。トランプは2011年の大統領選挙の共和党候補に立候補しミット・ロムニーに次いで2位となっています。

そのトランプ候補ですが、8月25日のアイオワ州での集会で「日本が攻撃されれば、米国は助けに行かなければならないが、米国が攻撃を受けても日本は助ける必要はない。日米安保条約は不公平だ」と発言しました。日本が集団的自衛権の行使容認を行ったことを全く知らないようです。また、「米国は、中国と日本に雇用を奪われている。雇用を取り戻そう」と、まるで、1980年代に逆戻りしたような古いことを訴えています。

なぜ、トランプのような候補者が米国で人気を博すのでしょうか。米国では2009年にバラク・オバマが黒人として初めて大統領に就任してから白人は危機感を持ち始めました。非白人が米国社会の実権を握ることに嫌悪感を持つ白人層がティーパーティーを結成したり、白人の警察官が黒人を射殺する事件が続いて起こったりしています。そういった白人の不満をトランプが代弁し人気を得ていると考えられます。

現在、アメリカ社会は人口構成上の大変化が起こっています。2050年には非白人の数が白人の数を上回わりこれまでの白人を中心としてきた、いわゆるWASP(White, Anglo-Saxon, Protestant)社会が崩壊します。黒人大統領の誕生はその前兆戦でありましたし、現に、これまでのアメリカの大統領とは全く違う価値観を持つオバマ大統領は「世界の警察官を放棄する」と宣言し、米国の国益を優先する「アメリカン・ファースト」の外交政策を展開しました。オバマ政権はアメリカの経済を立て直すという理由で、10年間で5千億ドルの軍事費削減を宣言し、米軍の前方展開兵力の予算を削減したために日本はアジア地域で「力の真空」が起きないように防衛力を強化せねばならなくなりました。日本は東シナ海だけでなく南シナ海での守りを行う必要がでてきたわけです。その状況下で安倍政権が集団的自衛権の行使容認を認めた「ガイドライン」の改定を行うきっかけとなったと考えられます。そう考えるならば、来年のアメリカの大統領選挙のゆくえは、再び日本の安全保障に大きく影響を及ぼすことになるでしょう。

「ファシズム」とは何だろうか?

2015年8月1日
遠藤哲也

この2015年、中国は、「抗日戦争及び世界反ファシズム戦争勝利七〇周年」の語を幾度も用いて、「第二次大戦戦勝国」を称する国の「かつての縁」の想起と日本の疎外を図っているようです。

ジョージ・オーウェルは戦中の1944年、「ファシズムとは何か?」との文章を著して、当時でも既に、単なる「罵り言葉」のレベルに堕して、語義が見えなくなっていた「ファシズム」という語の使われようを戒めましたが、今日の欧米のジャーナリストなどの知識人にも、この語義を考慮してみぬまま、第二次大戦を民主主義対ファシズムの間のイデオロギー戦争と前提し、勝者の善という正戦観に帰結させる、という戦中の連合国側プロパガンダそのままの解釈をしている人は少なくなさそうです。

ファシズム研究においては、ファシズムの語定義が困難で、定説がなかなか定まらないということは大前提です。ファシズム=権威主義的政府・軍人による強権支配ではありません。時代劇にはその手の話が満ちているように、野卑な権力は古代から現代まで無数に見られます。全体主義との混用も多いですが、「個に対する全体の優越」という原義において、ファシズム体制とロシア革命爾来の共産主義体制の間に明瞭な差異は見出せません。上記のような二項対立式の正戦観では、「民主主義陣営」内の全体主義のことは忘却されているようです。

なぜ、ファシズムが定義し難いかと言うと、それは、19世紀になってようやく国家統一を果たし、気を抜けばいつまた分解するともしれない危惧が常にあったのに、一次大戦後に、西の自由民主主義国からは個人主義的「腐敗」や自由放任経済に起因する経済被害を、東からは国際共産主義の浸透や間接侵略を受けて、強い危機感を抱いた独伊両国と、それを囲む当時の欧州に独特な環境から生じた思想もどきの「現象」であって、思想体系などではないからだと私は考えています。

当時の日本には独伊的な国際環境も独裁者も、国家分解の危機感もありませんでした。戦時下の集団統制はどこの国でも見られることで、ファシズムと混同してはいけませんし、ある規範の合理性を超えて自粛したり、過剰に他者に押し付けていくことがある日本人の傾向は、時に今日でも見られる文化ではあっても思想や体制ではありません。いずれにせよ「大部分の西洋の研究者たちは日本をファシズム以外のものであったと考える」(R・パクストン)のが学術的事実であるのに、「日本型ファシズム」などという無理押しの用語が日本国内で創出されてきました。

当時の東アジア地域において、中国の蒋介石ほどファシズムに対する共感を隠そうとしなかった国家指導者は無いでしょう。蒋介石お抱えのナチス・ドイツ軍事顧問団は対日攻勢を訴え、それはドイツ軍の兵器や鉄帽で装備した国民党中央軍によって上海で具現化しました。言うまでも無く、かの国は第二次大戦戦勝国に名を連ねています……。

中国経済の実態を示す「中国版公定歩合」

2015年7月15日
澁谷 司

よく知られていますが、中国政府が発表する経済関係の数字はあまり信用できません。政府がしばしば数字を改竄するからです。

李克強首相が遼寧省のトップだった時代(2007年)、中国の経済数値で信頼できるのは、①電力消費量、②貨物輸送量、③銀行の貸付額ぐらいで、あとの数字はほとんどが“人工的”だと言っています。

一般に、中国経済を考える際、①不動産価格の変動、②輸出入総額、③海外からの対中投資額、④鉱工業生産高、⑤電力消費量、⑥消費者物価指数、⑦自動車の売上台数など、様々な指標から景気動向を探ります。

かつて我が国では、日本銀行の金融政策により、景気が良ければ“公定歩合”は引き上げられ、逆に、景気が悪ければ“公定歩合”が引き下げられました(現在ではそのタームは使用されていません)。

中国の経済規模は米国に次ぐ世界第2位ですが、同国は未だ発展途上国とも言えます。日本の“公定歩合”に相当する「中国版公定歩合」=「預金・貸出金利」を見れば、景気の良し悪しが容易に判断できるでしょう。

ここで、(1996年5月から)2015年6月までの中国人民銀行(中央銀行)による「預金・貸出金利」(特に「貸出金利」)の推移を一瞥したいと思います。

2008年9月15日、米有名企業リーマン・ブラザーズが経営破綻したのを契機に、世界中に不景気の波が拡がりました。当然、中国にもその影響が及びます。

「リーマン・ショック」後、中国政府は、同年9月(16日)、10月(2回)、11月、12月(23日)と矢継ぎ早に5回も利下げを行いました。

わずか3ヶ月あまりで、「1年~3年モノ貸出金利」が、7.29→7.02→6.75→5.67→5.40%と立て続けに引き下げられています。緊迫した状況が読み取れるでしょう。

08年12月の《預金金利2.25%、貸出金利5.40%》は、その後、10年秋まで続きます。この間、中国経済は明らかに良くなかったのです。

10年10月、「中国版公定歩合」は再び上昇(《預金金利2.50%・貸出金利5.6%》)に転じました。景気が回復してきたのです。しかし、11年7月の《預金金利3.50%・貸出金利6.65%》をピークに、12年6月から再び景気が減速(《預金金利3.50%・貸出金利6.40%》)し始めました。

最近では、4度(昨年11月、今年3月・5月・6月)、利下げが行われています。「1年~5年モノ貸出金利」が、6.00→5.75→5.50→5.25%と下落しました。

今年6月の《預金金利2.25%・貸出金利5.25%》ですが、「貸出金利」はここ約20年間で最低です。つまり、中国経済はこの期間で“最悪”と言っても過言ではないでしょう。

秋田犬はなぜロシアで人気か

2015年7月1日
名越健郎

今年は忠犬ハチ公没後80周年で、東京・渋谷や秋田県大館市などゆかりの地で様々な関連イベントが行われました。東大農学部キャンパスには、ハチ公と飼い主の上野英三郎博士の像が新たに建立されました。

とはいえ、1970年代には国内に25万匹いた秋田犬は今日、1万匹前後まで激減しています。国内で飼われる犬は推定1400万匹とされ、空前のペットブームですが、小型洋犬が大半で、大型犬は敬遠されるようです。飼い主の高齢化もあり、現状では、大型犬唯一の天然記念物である秋田犬が絶滅しかねません。

対照的に、海外ではちょっとした秋田犬ブームで、秋田犬保存会(大館市)の海外支部が近年、ロシア、ウクライナ、イタリアなどに発足し、9カ所に置かれています。毎年、各海外支部で秋田犬らしさを競う品評会が実施され、日本から審査員が招かれています。海外の秋田犬人気は、2009年に公開されたリチャード・ギア主演のハリウッド映画「ハチ-約束の犬」が愛犬家の涙を誘ったことが大きいようです。
松竹映画のリメイクですが、ハリウッド版の方が感動的です。

ロシアの動物市場では秋田犬が一匹15万円前後で売られ、人気上昇中です。「秋田犬は賢く、耐久力があり、主人に忠誠を尽くす」(保存会ロシア支部サイト)ことが魅力のようです。日本以上のペット大国であるロシアでは、郊外に別荘を持つ人が多く、寒さに強い秋田犬が雪の中を疾走する姿は絵になります。

2012年に佐竹秋田県知事が東日本大震災での支援への感謝の印として、プーチン大統領に秋田犬の子犬を贈ったことも、秋田犬人気を高めました。大統領は日本語で「ゆめ」と名付け、猫好きの佐竹知事にシベリア猫をプレゼントし、「ペット外交」としてロシアで大きく報じられました。「忠誠心」はプーチン政治のキーワードでもあります。

中央アジア・キルギスの次期大統領を目指す野党共和党のババエフ党首も秋田犬の大ファンで、二匹飼っています。秋田犬を飼う二人目の国家元首になるかもしれません。

日本の秋田犬ブリーダーによれば、中東や中南米、中国などからも引き合いが増え、中国の四カ所とアルゼンチンにも保存会支部ができるそうです。海外の秋田犬人気は、日本のソフトブランド・ブームの一環と思われます。日本固有の文化や伝統が、国内で敬遠されても、海外で受け入れられることが時々あります。

21世紀の国際関係を理解するために必要な視点

2015年6月15日
佐藤丙午

冷戦が終焉して10年以上経過する中で、21世紀の国際関係を規定する構造が明確になってきたように思います。特に、米国が国際秩序形成と維持に利益と関心を失う中で、国際関係がますます分極化し、新たなアクターやダイナミズムが国際関係を規定するようになってきました。

21世紀の国際関係が、20世紀の国際社会と質的に大きく異なる点は、核兵器による人類の消滅の危険を回避することをインセンティブとした、紛争回避の動機及びメカニズムが共有されなくなったことです。米ソの二極構造の下で、核兵器は「冷たい平和」を維持する役割を果たしました。冷戦後に行われた、多極構造の下で一定の国への核兵器拡散が国際社会の安定装置足り得るかという議論は、知的刺激に満ちたものでしたが、現実的ではありませんでした。しかし、21世紀の国際社会が多極構造に向かう中で、大国間の紛争回避及び、国際社会全般の安定化装置は何か、またそこに核兵器はどのような役割を果たすか、現実的に考察する必要があります。

19世紀の欧州の経験を参考にすると、多極構造の国際社会を安定させるためには、国家間関係の合従連衡を柔軟に実施し、秩序を破壊する行為は連携して管理する必要があります。二極構造は、二大国間の利害損失の構図が可視化されるため、本質的に不安定であることを考えると、核兵器による均衡が十分に機能しない二極構造は避ける必要があります。逆に、核兵器国間が二極構造の当事者である場合、戦略的安定性による効果を期待することができるため、各国が核兵器を保有する(もしくは拡大抑止を求めて同盟関係を強化する)インセンティブが高まります。

つまり、21世紀初頭の国際社会は、パワーが分散して多極構造に向かう素地は存在するのですが、その構造の不安定化ゆえに、核兵器を基盤とした二極構造の安定性を求める動きも同時に進行しているのです。二極構造を維持する政治的な動機が希薄なため、米国は中国やロシアを含めた多極構造を志向していますが、米国の安全保障上の保護を求める国は、安全保障の確証を求め、同盟関係の深化を期待します。結果的に大国間の対立構造が出現したとしても、それは小国にとっては必要な関係なのです。つまり、多極構造の下での小国の悲劇の歴史を回顧する時、その安全保障をどのように担保するかという問題が、21世紀の国際社会の最大の問題になっているのです。

国際法や国連が、各国の安全の保証者になることが理想なのでしょうが、その理想が実現するにはまだ道のりが遠いと感じます。その上で、各国は理想と現実の間を彷徨ことを選択せざるを得なくなっているのではないでしょうか。

日韓関係を考える

2015年6月1日
武貞秀士

日韓関係がギクシャクしています。韓国は「加害者として日本人は反省が足りない」と言い、日本は「十分に反省し、補償したのに」と言います。しかし、加害者と被害者の関係を明確にしても日韓関係改善は始まりません。13世紀以降の日本と朝鮮半島の歴史は、攻めたり攻められたりの歴史です。1236年にモンゴルが高麗に侵攻したあと、高麗は再建のために1251年、高麗8万大蔵経を完成し、高麗再興の支柱にしました。それは世界文化遺産に登録されました。勢いを得た高麗軍が、壱岐・対馬・博多に上陸しました。この文永・弘安の役で日本には「日本に危機が迫るのは朝鮮半島から」という意識が定着して、その後、1592年と1598年、豊臣秀吉の軍が朝鮮半島に向かうという文禄・慶長の役が起きました。19世紀の国際社会は、「朝鮮半島を制するものは東アジアを制する」という時代です。日本は清国とロシアに勝利して1910年、日韓併合条約に調印し、朝鮮半島の発展に責任を負いましたが、1945年に戦争に敗北しました。

日韓関係を考えるとき、日本統治時代の1919年に起きた「3・1運動」は重要です。独立をかかげたデモが制止されたこの日は、朝鮮半島の人々にとり「独立を勝ち取る」という意識の原点となりました。1948年の大韓民国建国のキーワードは「3・1運動の精神」です。独立運動を規制された経験が建国の精神となり、日本に勝ったという印を求めることは、韓国人のイデオロギーとなったのです。

その後「戦勝国の地位」を要求する韓国には、二度のチャンスがありました。李承晩大統領時代の1951年、サンフランシスコ講和会議のとき、韓国は戦勝国としての地位を求めて対馬と竹島を韓国領とすることを米国に要求しました。次は1965年の日韓基本条約締結のときです。朴正煕大統領は、日本から8億ドル(有償・無償・民間)を導入して国家建設を始めましたが、このときも、韓国では戦敗国の日本からの経済支援としては不足であるという反対運動が起きました。

いま、日本と韓国は、教科書記述、靖国参拝、竹島領有、慰安婦問題、世界遺産登録問題で対立したままです。韓国が妥協できないのは、朴槿恵政権には「日本に勝つ」という三度目の機会が到来したと見えたからです。そこには中国との戦略的パートナーシップ関係の発展、電子工業分野では日本に勝ったという経験からくる高揚した気持ちがあります。

北朝鮮の対日政策に「日本に勝たねば」という要素が見えないのは、抗日革命闘争を対日勝利と位置づけて1948年に建国したからです。「日本に勝った」という北朝鮮の民族主義と、「日本に勝たねば」という韓国の民族主義の違いは明白です。

金大中大統領の時代に日韓関係は大幅に改善されました。1998年10月、金大統領は国賓として日本を訪問し、日韓防衛交流の推進を約束しました。日本社会と日本人を知り尽くし、日本に知己が多かった金大中大統領の時代が日韓蜜月の時代であったのは偶然ではないでしょう。そこに日韓関係改善のヒントがあるように思います。

デモクラシーの死

2015年5月15日
丹羽文生

4年に1度の統一地方選が終わりました。毎度のことですが、今回も盛り上がりに欠けました。その象徴が投票率の低下です。特に近年の落ち込み具合は異常です。

投票率が低くなっている原因としては、投票日当日の天候、あるいは人々の価値観やライフスタイルの変化に伴って、レジャーやビジネスを優先する有権者が多くなっていることが考えられます。しかし、それ以上に、やはり有権者の政治不信、不満が根底にあるのではないでしょうか。

統一地方選前、全国の地方議会で不祥事、スキャンダルが続出しました。号泣会見、セクハラ野次、謎の政務活動費・・・。これでは投票意欲すら沸きません。

もちろん、選挙権には、「投票の自由」だけでなく「投票しない自由」も含まれます。棄権したとしても誰かに文句を言われる筋合いはありません。ですが、投票率の低下は民主政治の空洞化を生む危険性があります。

有名な政治学の世界的権威であるロバート・M・ハッチンスは「デモクラシーの死は、やみ討ちによる暗殺から起こることはまずない。デモクラシーの死は、無関心、しらけ、栄養不良などによって徐々に進行する消滅である」と警告しました。棄権をするのは決して利口とは言えません。

せめて「白票」を投ずるべきではないでしょうか。確かに白票は「無効票」として扱われてしまいますが、投票するに値する候補者がいないことを意味します。これも立派な一票です。

それでも不服あらば、自ら立候補するのが筋でしょう。投票せずして政治家を批判する、愚痴を漏らすのは言語道断です。

では、投票率をアップさせるための処方箋はあるのでしょうか。例えば、韓国大統領選のように、投票日を平日に充て、その日を「国民の休日」に設定する。エストニアで行われているインターネットを介した投票を実施する。郵便投票の対象者を拡大させる。棄権者にペナルティーを科した義務投票制(強制投票制)を設ける・・・。いろんな方法が考えられます。

ただし、これらは全て技術論で、そこまで無理をしなければ、投票率が上がらないというのは恥ずかしい話です。

今、日本では、かつてのように財産、性別関係なく、ある一定の年齢に達せば誰でも選挙に立候補でき、20歳以上の日本国民なら特殊な例を除いて誰でも投票できます。こうした権利を得るまでには、多くの紆余曲折がありました。私たちの先人が、それこそ血の汗流しながら、ようやく獲得したのです。

アメリカの第16代大統領であるエイブラハム・リンカーンは「人民の人民による人民のための政治」と述べましたが、まさに選挙は国民にとって唯一の政治介入と言えるのではないでしょうか。日本という民主社会に生まれたことの意味を、もう一度、しっかりと噛み締めてもらいたいものです。

メディアが見逃した中国の対日融和

2015年5月1日
富坂 聰

4月22日、バンドン会議出席のためにインドネシアを訪れた安倍首相は、約半年ぶりとなる中国との首脳会談を行ないました。出発直前まで首脳会談が実現するか否かはっきりせずメディアをやきもきさせましたが、フタを開けて見れば会談はすんなりと実現、しかも習主席はAPECでの硬い表情とは打って変わって笑顔でした。

冒頭のやり取りでも、「最近、(政府)双方と両国民の共同努力のもとで中日関係はある程度、改善できた」と柔和な表情でこう切り出した中国の習近平国家主席に対し、安倍首相も、「日中関係が改善しつつあることを評価したい」と応じるなど和やかな雰囲気が伝えられました。

実は中国が対日宥和の姿勢を示すことは、昨年11月末に開かれた中央外事工作会議と今年3月の全国人民代表大会により予測されていたことでした。中国はたくさんのサインを発していましたが、日本のメディアがこれをスルーしてきたのです。結果、バンドンでの中国の対応が〝サプライズ〟となったのです。

中国の変化は常に微小です。とくに政治分析ではこの見分け方が重要です。「整理する」と「整頓する」とでは天と地ほど意味が違い、日本語と同じ意味の整理に対し、整頓には必ず「粛清」や「切り捨て」の意味が伴います。

日中関係では「日本が過去の歴史を正視し……」という言葉の次に来る言葉の微小な変化を見逃せないのですがね、今回に限って変化は大胆でした。日本のメディアがスルーしただけです。

そんなわけで予測された対日宥和は、日本では〝サプライズ〟となったわけですが、その後の日本の分析にも首をかしげざるをえません。

その一つが中国の変化を「日本からの投資が激減し中国経済も失速している」からと説明したことです。しかし対中投資の減少は世界規模で起きていて中国自身も経済の構造転換を進めているのですから理由になりません。経営者の視点からすれば単に有望な投資対象ではなくなっただけです。

それ以前に、そもそも中国は変わったのでしょうか。中国にはいまも党内左派と貧困層に反日勢力は健在です。爆買いに来る中国人はもともと対日感情は悪くありません。

本来日本が目指すべきは、政府や理性的な中国人が日本を肯定的にとらえられる環境の整備でした。現状、反腐敗で人心をつかんだ習近平がその環境を創出したのです。これは日本にとってまたとないチャンスなのですが、日本はそれに気づくことはできるのでしょうか。心配です。

韓国映画は面白いか

2015年4月15日
荒木和博

前の吉野教授のコラムを読んで、「さて、韓国映画はどうだろう」と思いました。それ程沢山観たわけではないので評論家気取りはできませんが、最近のものは少なくともあまり面白いと感じたことはありません。

韓国は映画のクオーター制度というのがあり、年間一定日数は韓国映画を上映しなければなりません。かつてはそうしないと洋画に席巻されてしまうため、韓国映画保護を目的に設定されたものでした。今は観客動員からいっても韓国映画は洋画に遜色ないのですが制度はそのまま続いています。

ところで、面白くないと言ったのは特に戦争映画です。日本で最初に韓国映画としてヒットした「シュリ」はもともと完全な作り話ですから良いのですが、私の観た範囲で言えば「砲火の中へ」「高地戦」「シルミド」「JSA共同警備区域」あたり、どれも実際の話を題材にしてあり、戦闘シーンはやたらに派手なのに一番大事なところが事実と全く変えられていて興醒めします。

ちなみに「砲火の中へ」は朝鮮戦争中の学徒兵、「高地戦」は朝鮮戦争休戦間際の南北軍人の話です。

「シルミド」は1968(昭和43)年1月21日の北朝鮮特殊部隊による韓国大統領官邸襲撃事件をきっかけに組織された韓国軍の特殊部隊の話、「JSA」は板門店の共同警備区域での南北軍人の交流を描いたもの(設定された時代の順番に並べたので封切り順ではありません)。

それ以外にも朝鮮戦争を題材にした映画は何作かあるのですが、左翼臭が強く、そもそも観る気がしません。上に挙げた映画も例えば「高地戦」の場合、休戦が発表されて最前線で向き合っていた南北の兵士たちが安堵の中交流するのですが、「休戦期限までは作戦を続ける」と伝えられ再び戦ってほとんどが戦死するという「悲劇」です。実際は休戦の発表後には戦闘は行われていませんでした。そもそも休戦ラインが決まったから休戦になったわけで、それ以後戦闘しても仕方なかったのです。

少しは誉めておいた方が良いでしょう。1980(昭和55)年の映画で「風吹く良き日」というのがありました。1970年代、変貌するソウルを舞台に地方から上がってきた3人の青年たちの話で、今は大御所であるアン・ソンギがその1人として出演しています。様々な矛盾を抱えながら前向きに進んでいた70年代の韓国は、わずか3か月ですがソウルで過ごした自分の青春時代ともオーバーラップし、今でも想い出に残る作品です。

もう一つ、2008(平成20)年の映画で「クロッシング」というのがあります。これは日本でもDVDが売られているので手軽に観られると思います。脱北者の家族の悲劇を描いたもので、実際に証言を集め忠実に再現した作品。このあたりはぜひお勧めです。

好き嫌いを別にして韓国映画で羨ましいのは熱気が感じられること。史実に基づいた良い映画をぜひ作ってもらいたいと思う次第です。(了)

東南アジア映画がおもしろい、か?

2015年4月1日
吉野文雄

東南アジアでつくられた映画や東南アジアを舞台にした映画があれば、なるべく足を運ぶようにしています。楽しめるのもありますが、失望する方が圧倒的に多いですね。フィルムではなく、ヴィデオで撮影する人が多くなって、映画づくりが安上がりになったため、製作本数が全世界的に増えています。一般的に駄作が増えたわけで、東南アジア関連の映画もその例にもれません。

日本映画では、堤真一の出た 「神様はバリにいる」と斎藤工と三津谷葉子が出た「欲動」はどちらもバリを舞台にした映画です。駄作でした。バリ3泊4日〇万円なんていう安いチケットがありますから、観客はバリへの憧れなんて持ってないでしょう。かつて、小林旭が出た「波涛を越える渡り鳥」(1961年)に登場するカンボジアなんか、今でいうと金星とか土星みたいなものです。東南アジアがずいぶん身近になったわけです。

東南アジアでの映画製作は前世紀末に向けて減っていったようですが、上に書いたような事情から、増加に転じたようです。インドネシアでつくられたアクション映画「ザ・レイド GOKUDO」、シンガポールを舞台にしたフィリピン人の出稼ぎメイドを描いた「イロイロ ぬくもりの記憶」なんかは、一定の水準を越えた快作でした。が、「ザ・レイド~」の中心的なスタッフはイギリスとか米国の生まれです。外資系企業頼みの経済成長を続けて、中心国の罠に陥っている東南アジア経済の現状を彷彿させます。

インドネシアの9・30事件を題材とした「アクト・オブ・キリング」、カンボジアのポル・ポト政権下の虐殺を題材とした「消えた画 クメール・ルージュの真実」などという重い作品もあります。個人的な好みですが、深刻な映画っていうのはちょっと腰が引けますね。今年は9・30事件50周年で、研究者はいろいろな催しなどをやっているようですが、映画でやる必要はないんじゃないでしょうか。東南アジア研究者としてはおもしろい二作でしたが、一般の観客に勧められるようなものではありません。

暇にまかせて劇場に足を運ぶことが多いのですが、やはり映画は米国、ハリウッドの感を深くしています。オリジナル脚本の構想力、撮影の技術力、製作の資金力、どれをとっても東南アジアはかないません。しかし、映画というのは標準化された工業製品ではありません。差別化された芸術ですから、ひとがんばりしてほしいものです。私の好きなイギリス生まれで米国で成功したスタンリー・キューブリック監督は、大作「2001年宇宙の旅」で名を残していますが、初期のモノクロ作品なんか、資金はない、スタッフは集められないという状況でも実に凝った佳作を撮っています。東南アジアの映画人には、もっともっと知恵を絞ってほしいと願っています。

2015年の世界的リスクは中国経済か

2015年3月18日
澁谷 司

昨2014年、中国のGDPは7.4%へ下落し、経済の減速が明らかになっています。

第1に、中国国内の不動産価格は、9ヶ月連続で下落(2014年5月~2015年1月)しました。これが単なる価格調整であれば良いのですが、“不動産バブルの崩壊”とも考えられます。

第2に、中国貿易総額の伸長が鈍化しています。2014年は、4兆3030億米ドル(約516兆円)で、前年比3.4%の伸びにとどまり、政府が掲げた7.5%の伸びを大きく下回ったのです。世界的な経済減速、特にEU経済低迷の影響を受けていると思われます。

第3に、昨今、中国からキャピタルフライト(外資逃避)が起きています。例えば、2014年、日本からの対中投資(265億7000万元<約5083億円>)が前年比38.8%減と大きく落ち込んでいます。

日系企業では、パナソニック・ホンダ・シチズン等が生産の一部を中国から日本国内へ回帰しています。中国国内の賃金上昇で生産コストが増大したことに加え、「チャイナ・リスク」を避ける意味合いがあるのでしょう。

第4に、中国はエネルギー消費量が減少しています。同国は、エネルギーを石炭に約7割も依存しているので、当然、石炭生産量も落ちています。同様に、工業生産に必要な銅の消費量も減っているのです。

第5に、近頃、中国では消費者物価指数がほとんど上昇せず、デフレ傾向にあります。習近平政権の行っている「贅沢禁止令」の影響が見て取れます。もし、成長を優先させるならば、党・政府の役人等は、“贅沢三昧”にカネを使った方が良いのではないでしょうか。

今年の旧正月(春節)、中国人旅行客が訪日し、その“爆買”ぶりが話題になりました。中国国内の製品は信用ならないし、日本で大枚をはたくなら、問題がないからでしょう。

第6に、中国政府は環境汚染対策にようやく重い腰をあげました。例えば、当局は、20年間で大気汚染を一掃し、空をクリーンする政策を打ち出したのです。しかし、それには、莫大な対策費用がかかります。すると、すでにGDPの200%を超すと目される財政赤字が、一段と拡大するかもしれません。

第7に、地方政府の融資平台(地方政府傘下にある投資会社。資金調達とデベロッパーの機能兼備)には、約7兆元(約140兆円)の負債があると見積もられています。経済減速で、更なる負債が顕在化する可能性もあります。

ギリシア経済危機とウクライナ問題と並んで、中国経済の低迷は世界的なリスクの一つに間違いないでしょう。

残り2年のオバマ政権の行く先

2015年3月1日
川上高司

オバマ政権はイラクへ第82空挺部隊から1000人をイラクへ派遣する予定です。主な任務は「イラク軍の養成」であるとされているので、すでに250人がイラクに派兵されているのでオバマ政権は「増派」したことになります。

この1000人は、実は昨年12月にオバマ大統領が1500人をイラクへ派遣すると発表したその一部です。ISISはイラクやシリアで勢力を強め、カナダ軍とは実際に衝突しています。こうして少しずつ米軍の派兵が増えていけばやがてISISと米軍が衝突する可能性は高まり、そうなれば米軍が再び泥沼の戦争へと足をとられていくことは容易に予測できるわけです。

2001年以降、主にイラクとアフガニスタンで使われた予算は総額で1.7兆ドルとなりました。支出が突出したのは2008年でそれ以降は段階的に減少傾向にあります。全体は減少したにもかかわらず急激に伸びているのが、帰還兵に関わる支出です。退役軍人局ではイラク、アフガニスタンでの退役軍人に関する支出は2007年から発生し、当初は10億ドルだったのが2014年には40億ドルにはねあがっています。

昨年12月31日をもってアフガニスタンでの米軍の任務か完了しました。国防総省が負担するコストは確実に減少していますが、前線に行った者にとっては戦争は終わりません。この先何年もその負の遺産をアメリカは背負っていかなければならないのです。

1月のピューリサーチセンターの世論調査では、国民の関心事のトップにテロが、経済問題に取って代わりました。オバマ大統領就任以来初めてのことです。国民が内向きになり内政重視の世論が強く2012年には81%、外交を重視すべきと考えたのはわずか9%でした。それがいまでは内政重視は67%まで下がり、外交に力を入れるべきだと考える国民は20%にも激増しまし。アメリカの復活を予感させる世論だが、再びアメリカは世界に関与を強めるのか、そうであるならば「世界の警察官」から降りたオバマ大統領の国際協調主義と孤立主義はどこへ向かうのでしょうか。残り2年の任期から目が離せません。

健さんびっくり、「北方領土番外地」

2015年2月15日
名越健郎

3年前に北方領土のビザなし渡航で国後、択捉両島を訪れた際、島のロシア人記者に接触し、両島で発行されている地元紙を添付ファイルのメールで有料で送ってもらっています。国後で発行されている地元紙は「ナ・ルベジェー」(国境で、発行部数715部)、択捉紙は「クラスヌイ・マヤーク」(赤い灯台、同562部)といい、いずれも週二回発行のタブロイド版4ページ。地元のニュースが中心のコミュニティーペーパーですが、発刊はソ連軍が島を占領して2年後の1947年で、それなりに歴史があります。

ロシア本土の大方の新聞と同様、政権べったりであまり面白くはありませんが、時々載る社会ネタは断片的ながら、島の世相を反映して興味をそそられます。島では、殺人事件もしばしば起きており、たとえば、2012年11月択捉島のロシア軍基地で兵士が同僚をスコップで殴り殺す事件がありました。徴兵で配属された兵士がいじめに反発し、先輩兵士を殺し、逮捕されたそうです。

同年9月には、択捉島でサケの密猟を監視していた警備員が猟銃で撃たれて負傷し、3人の容疑者が逮捕されたそうです。13年6月には、択捉の最高指導者、アベニャン地区長が公金横領のため、解任されています。実際に存在しない建物の取り壊しに入札を公示し、日本円で3000万円を着服したとか。

択捉島では、麻薬の吸引者が増加していることも社会問題になっています。漁期に本土から来る季節労働者が持ち込むようです。島にはエンタテイメントがないだけに、麻薬に手を出すのかもしれません。

国後島でも13年、本土の請負業者が飲料水貯蔵施設を実際には建設せず、2100万円を横領していたことが発覚しました。14年2月には、国後沖合に拘留された外国船舶の検査に向かっていた国境警備隊のゴムボートが高波で転覆、隊員5人が死亡、5人が行方不明という事故も起きています。島は強風が吹き、気候が過酷だけに、特に冬場の事故や火災が多いようです。

殺人威嚇、酔っぱらいの喧嘩、交通違反、住居不法侵入、強盗といった犯罪も報道されています。両紙ともに、「島の犯罪発生率はロシア平均より低い」と書いていますが、ロシア自体が凶悪犯罪の多い国で、殺人事件は日本の約25倍です。

往年の高倉健顔負けの暴力と任侠の世界が、北方領土にありそうです。

「古い戦争」の終了と「新たな戦争」の始まり

2015年2月1日
川上高司

ブッシュ大統領時代に始まった「テロとの戦争」がようやく終結した。2014年12月31日をもって、アフガニスタンでの米軍の軍事行動が終了した。それに伴いISAFの活動も終了し、アフガニスタンの治安維持はすべてアフガニスタン軍が担うこととなった。

だが、アフガニスタンにとってはこれからが再建の厳しい道が待ち受けているのである。それを象徴するかのように、1月1日、結婚式が予定されていたヘルマンド州の民家にロケット弾が打ち込まれた。新婦の到着を待つ親戚や近所の人々が集まっていた民家に着弾したロケット弾は少なくとも28人の命を奪った。負傷者の数はもっと多い。しかし問題は犠牲者の数ではなく、そのほとんどが女性やこどもだったこと、打ち込んだのがアフガニスタン軍であったことだ。

ヘルマンド州はけしの栽培が盛んでタリバンにとっては重要な資金源となっている。米軍の撤退が進むにつれてタリバンと政府側との衝突は増えつつあった。これからはそのすべてをアフガニスタンの国民自らが背負っていかなくてはならない。アフガニスタンの大統領は国民に対して自国軍への支持と支援を求めたが、軍が国民の信頼を得るには長い時間がかかりそうである。そしてそれはまさにアフガニスタンの再建の道の険しさを物語っている。国際社会はアフガニスタンへの支援を怠ってはいけない。

10年を超えるアフガニスタンへの介入の終了はアメリカにとっては朗報に違いない。一方でシリア内戦で台頭したイスラム国(ISIS)はイラクでも勢力を強め、そう簡単には消滅しない。アメリカはそのISISと闘う新たな戦争へとはじめの一歩を踏み出しつつある。ISIS対策のオバマ大統領のジョン・アレン特使は「数十年かかるだろう」と覚悟を決めている。アレンは、アフガニスタンでも駐留部隊の副司令官を務めたベテランである。

新たな戦争を始めるのはたやすい。だが戦闘は終わっても国の再建にはさらに時間がかかることは古い戦争でアメリカは学んだはずである。古い戦争の終わりと新たな戦争の始まりに立って 2015年を迎えたオバマ大統領は、残りの2年の任期を戦争で費やすのか否か。その分かれ道に立っている。

政界酒豪列伝

2015年1月15日
丹羽文生

忘年会に新年会、送別会に歓迎会・・・。アルコールが苦手な筆者にとっては少々辛い季節でもあります。学生時代に随分と修行したのですが、どうもアルコール分解酵素が少ないようで、直ぐ顔が真っ赤になります。

永田町の住人たちも昨年末の「師走決戦」が終わって、ようやく一段落したかと思いきや、宴会ラッシュが続いているようです。一晩に5件、6件の梯子は当たり前。国会議員の中には、次の会場に向かう前にトイレに入り、喉に指を突っ込んで胃袋に溜まった酒を吐き出すという荒業を遣って退ける者、酒好きの知り合いをアルバイトとして雇い、「秘書」の名刺を持たせて宴会回りをさせる者もいます。

それにしても、政治家と酒に関する名珍エピソードは枚挙に遑がありません。「酒は呑め呑め呑むならば」の黒田節を引き合いに出すまでもなく、立身出世した人物には実に多くの「アルコール武勇伝」が残っています。

有名なのが初代首相の伊藤博文です。1909年10月26日、伊藤は、中国のハルピン駅で、韓国の民族運動家である安重根が放った銃弾を受けて倒れますが、息を引き取る直前にもブランデーを口にしています。愛酒家の伊藤らしい最期でした。

伊藤に次いで第2代首相になった黒田清隆も、相当な酒豪で知られました。伊藤が宮内大臣を辞めた際、自らの後継に黒田を推薦するも、明治天皇は酒癖が悪いことを理由に黒田の就任を許可しなかったという笑うに笑えないエピソードが残っています。何しろ黒田の酒乱は桁外れ。誰彼構わず喧嘩を売り、時に腰に挟んでいたピストルを抜いて打ちまくるほどでした。

酒が原因で大臣ポストを棒に振ったのは「大トラ大臣」と渾名された民主自由党の泉山三六でした。1948年12月13日、当時、大蔵大臣だった泉山は、衆議院大蔵委員会のメンバーを招いて開かれた国会内の食堂での会食中、あろうことか泥酔して隣に座っていた民主党の山下春江を廊下に連れ出しキスを強要。当然、国会は大騒ぎとなり、泉山は大蔵大臣を辞任、挙句の果てに議員辞職に追い込まれました。

政治家の場合、酒が弱いのであれば、最初から呑めないと宣言しておいた方が無難です。呑めると言っても中途半端ではいけません。仮に100人の宴会で「お流れちょうだい」中にダウンしたら赤っ恥を掻くどころか顰蹙を買います。酒は「百薬の長」と言われますが、時に「百毒の長」になることも肝に銘じておくべきでしょう。皆様も節度ある飲酒を・・・。

防衛装備移転三原則の活用に向けた措置について

2015年1月1日
佐藤丙午

2014年12月18日に、防衛省で「防衛装備・技術移転に係る諸課題に関する検討会」が開催されました。防衛装備移転に関する環境は、大きく変化しつつあります。

政府は2013年12月に国家安全保障戦略を発表し、それに基づいて2014年4月に防衛装備移転三原則を策定、そして2014年6月には防衛生産・技術基盤戦略を策定しました。検討会はこれら一連の流れを受け、防衛省として防衛装備移転に関し「政府の関与と管理の下、円滑に協力を進めるための体制・仕組みについての検討」及び、企業による防衛装備品の海外移転に対する支援策の検討を行うことを目的に開催されたものです。

一般的に、防衛装備品の移転は国家間関係において大きな意味を持ちます。これまで日本は、米国を含め複数の国との間で防衛技術及び防衛装備の移転の取り決めを設けています。14年4月の防衛装備移転三原則が策定された後も、英国、フランス、豪州などと防衛装備協力に関する合意が成立すると共に、インドや東南アジア諸国との防衛装備協力について話し合いを進めています。これまで日本は武器輸出には慎重な姿勢を保ってきました。しかし、今日の国際情勢の下で、武器輸出を含めた防衛装備移転は、安全保障政策を推進する上で避けて通れないものになっているのです。

変化の一例をあげると、まず、主要国の防衛装備品の技術集約性が高まると共に、製造に必要な技術を一国で独占的に保有できなくなりました。この結果、技術を保有する国同士が防衛開発協力を行い、共同生産及び調達を進める必要が生まれました。さらに、防衛装備が汎用技術でまかなえるようになり、より高度な汎用技術を防衛開発・生産に組み込む競争も進んでいます。今日、軍事力の優越性は技術によって決まる部分が多く、各国はそれぞれの管理障壁を戦略的に下げ、必要な技術の入手可能性を高めようとしています。さらに、自国の防衛市場の規模と防衛生産能力のギャップから海外市場を必要とするケースや、移転が安全保障政策上重要な意味を持つケースなども増加しています。

しかし国内には、日本が防衛装備移転を進めることに反対意見も多く見られます。反対論の多くは、1930年代の「死の商人」論のイメージを現代に投射し、「日本の武器で人が殺される」と巧妙に我々の良心に訴えかけてきます。もちろん、武器に係る規範的な問題を無視することは出来ないのですが、たとえば安全のために防衛装備を必要としている国に移転すると、平和と繁栄を維持発展することができます。

つまり必要なのは、防衛装備移転のリスクとコストのバランスのとり方なのです。

APEC北京首脳会議の裏話

2014年12月15日
富坂 聰

日中首脳会談の報道に終始した日本のメディアに比し、国際社会における自国の地位の向上をきっちりアピールした中国メディア。その差は歴然でした。11月上旬に北京・雁栖湖で行われたAPEC報道における、それが正当な評価というべきでしょう。

会議を終えた後、話をした多くの中国人は、「かつて日本は中国にとって独立した一つの大切な国であった。しかし、今回のAPECで日本が〝アジアのなかの一つの国〟でしかないことが明らかになった」と口をそろえ、それが印象的でした。

もっとも北京の共産党や政府の関係者の見解は、それほど短絡的なものではありません。経済的な結びつきなど日本の重要性は十分に理解されているはずです。

ただ、APECの場でも日本に関係することしか報じない日本のメディアの姿勢は、やはり特異な印象を免れませんでした。会議開催前、駐日本中国大使館の報道官が、首脳会談の開催の可否についてのみ興味を示す日本のメディアに対し、「会談をして何をしたいのですか?」と逆に質問する場面があったのも、中国側の本音を表していたのでしょう。

結果、APEC全体の雰囲気は日本のメディアでは伝わらないことが明らかでした。ロシアのプーチン大統領、インドネシアのジョコ大統領との関係の強調。対米外交重視など中国が「日中首脳会談」以上に大きく報じた問題は多く、そこに中国側の意図も表れていました。

APECでは中国が国内問題を反映させた動きを見せていました。それが「キツネ狩り」の問題です。

習近平政権下で進められてきた反腐敗キャンペーンは今夏を境に新たな段階に入りました。反腐敗キャンペーンのスローガンも変化し、従来の「トラもハエも叩く」――つまりどんな大物にも大ナタを振るい、どんな小物も取り逃がさないという意味――から、現在はこう変わってきています。

トラは叩いた。ハエも払った。だが、キツネが残っていることを忘れるな――。

キツネとは、家族を先に海外に移住させ、財産を移した後に、本人が手ぶらで逃げ出す「裸官」、そして政治家に取り入って不当に莫大な利益を得た政商のことです。APECでは、このキツネ狩りのためにオーストラリアと犯罪者引き渡し協定に合意がなったことを最初に大々的に報じることから始めました。そしてキツネの最大の逃亡先であるアメリカやカナダとの間にも口頭ながら合意ができたと強調しました。

習の海外でのキツネ狩りは、今後さらに加速するのでしょう。

ヘーゲル国防長官の辞任の余波-オバマ外交の行き詰まり

2014年12月1日
川上高司

11月24日、ヘーゲル国防長官の辞任が発表された。ISISとの闘いやエボラ出血熱問題、まもなく終了するアフガニスタンからの撤退など難問が山積みの最中の辞任に動揺は隠せない。しかも中間選挙で民主党が大敗を喫した直後である。民主党政権にあって唯一の共和党であるヘーゲル国防長官の辞任は憶測を呼んでる。

チャック・ヘーゲル氏が国防長官に就任したとき、国防費の削減とそのための議会工作、外交政策の立て直しが期待されていた。特に外交政策では、外交優先で国務長官が外交を主導するという立場を明確にするため、ヘーゲル長官自身が「ケリーの時代だ」と言い切り国防総省は舞台裏にまわり予算削減と改革に取り組んでいた。

だがウクライナ問題でロシアとの関係が悪化し、さらにいまやISISの勢力が拡大しアメリカは派兵をするかどうかの決断を迫られている。デンプシー統合参謀本部議長が11月初旬の下院での公聴会では派兵に前向きな姿勢を示す一方で、ヘーゲル長官は「派兵はありえない」と否定し、軍部との不協和音も表面化している。

ヘーゲル長官は前ブッシュ大統領がイラク戦争を始める時、強硬に反対した。そのヘーゲル長官が再びイラクへと派兵をし「戦時長官」となることは、信念を曲げることになる。信念は曲げられない。戦争は二度としないとの強い思いをもつベトナム帰還兵である彼は、10月下旬には辞任を大統領に申し入れていた。

おそらく自身の信条に近いヘーゲル長官の辞任を受け入れることはオバマ大統領にとっても、厳しいことだったに違いない。オバマ大統領は米軍は派兵をしないという方針を貫こうとしているが、ヘーゲル長官の辞任でその外交政策の転換は不可避となる可能性がある。

すでに次期長官候補が取り沙汰されている。初の女性長官となるかもしれないと期待されているミッシェル・フロノイ氏は早々に就任の可能性を否定し、他の候補も「関心がない」とつれない。オバマ政権の対ISIS政策は転換が求められておりより強硬になれば派兵し再び泥沼の戦争へと行き着きかねない。要するに誰もババを引きたくない、というのが本音であろう。それほどにオバマの外交政策は行き詰まっている。

原油価格が左右する「新冷戦」の帰趨

2014年11月20日
名越健郎

原油価格が下がり続けており、1バレル=70ドル台と4年ぶりの安値圏にあります。国際エネルギー機関(IEA)は最近、中国経済の減速、米国産シェールオイルの増産などで来年前半にかけて、原油価格はさらに下落すると予測しています。エネルギーを輸入に依存する日本や欧州連合(EU)にとっては朗報ですが、ロシアやイラン、ベネズエラなど資源依存の産油国には痛烈な打撃となっています。ロシアは輸出の7割、政府歳入の半分が石油・ガスというエネルギー依存経済体制で、原油価格下落とともに、通貨安、インフレ、資金逃避が進んでいます。ロシアでは、原油価格が下落するたびに、陰謀論がささやかれますが、今回も、「米国とサウジアラビアが仕掛けた秘密工作」(コメルサント紙)とする見方が出ています。プーチン大統領自身、「原油価格には常に政治的要素がある。価格が変動すると、してやったりと思う勢力がいる」と特定は避けながらも、米国が背後にいることを示唆しました。

これには理由があり、1980年代中盤以降の原油価格下落は米国が仕掛けた経緯があります。レーガン政権はアフガニスタンに侵攻した旧ソ連に打撃を与えるため、サウジと組んで石油価格下落を画策。サウジが大増産し、1バレル=30ドル台だった石油価格は10ドル台に低迷し、「ソ連崩壊の真の理由」(プラウダ紙)といわれています。1998年には原油価格が一時同9ドル台の安値を付け、ロシアはその年、デフォルト(債務不履行)に陥りました。当時のエリツィン大統領は「親友」のクリントン大統領に価格引き上げを懇願した経緯があります。

2000年代に入って、原油価格は中国など新興国の需要増や地政学リスクで急上昇しましたが、その最大の恩恵を受けたのがプーチン大統領でした。エネルギー企業の国家統制を強め、オイルマネーを国庫に還流させてバラマキ政策や膨張政策を進め、遂にウクライナに介入した形です。

オバマ大統領は今年9月の国連演説で、「人類が直面する3大脅威」として、「エボラ出血熱、イスラム国、ロシアの欧州侵略」を挙げましたが、
原油価格引き下げで、原油売却を活動資金とするイスラム国とロシアに打撃を与えようとする思惑が透けてみえます。80年代と現在では、巨額の投機マネーの存在など状況は異なりますが、米国がロシアを経済苦境に陥らせ、「新冷戦」に勝利しようとする思惑は変わらないようで、原油価格の行方には目が離せません。

連合艦隊の幻影

2014年11月1日
荒木和博

10月末、さんざん批判を浴びながら日本政府の代表団が平壌を訪問しました。結果はやはりさんざんだったようですが、おそらく行ったメンバーも、政府首脳もそうは認識していないでしょう。「調査委員会」のトップが出てきたということで面子が立ったとして胸をなで下ろしているのかも知れません。

国民の中にも「安倍政権だから拉致問題で進展があるのでは」という意識があるのですが、これまで見てきた限りではパフォーマンスはともかく現実にはほとんど前に進んでいません。そもそも、拉致問題は安全保障問題であって外交問題ではないという本質的なことから目を逸らしているように思います。誰が出てこようと、何とリップサービスをしようと、向こうが加害者でこちらが被害者であることに変わりはありません。その本質を忘れて交渉をすることは危険です。

この流れは、戦略的に無意味とも言えるミッドウェー海戦で大敗した後、その大敗を陸軍にも政府にも天皇にも隠した海軍とダブって見えます。国民は連合艦隊が健在であると思い続け、国は亡びていくというような。付け加えれば最後にソ連に和平の仲介を依頼するということまでやってしまったあの戦争指導をしたのは当時日本で一番頭の良い人たちでした。

朝鮮戦争ですら南から仕掛けたと言っている北朝鮮が拉致を認めたのはブッシュ政権の米国が最も強硬で、なおかつ中朝関係が悪化していたからでした。20年前、北朝鮮核危機で米国が戦争を覚悟したとき、金日成は金正日を押しのけてカーター元大統領と会談し戦争を回避しました。

おそらくそれが、米国が北朝鮮核問題で戦争できた最後のときだったと思います。以後20年間、米国もまた北朝鮮に騙され続けてきました。北朝鮮との交渉は力を背景にやる以外にないということをそろそろ学んでも良いころではないでしょうか。

ところで今回の北朝鮮側の対応で、意外だったのは北朝鮮が日本の世論をかなり気にしていることでした。会談の冒頭で委員長である徐大河が「皆さんの訪朝について、日本でいろいろと食い違った主張が提起されていると承知している」「政府間の合意を履行しようとする日本政府の意志の表れとして正しい選択だ」と言ったのは、日本の世論が厳しく、交渉が打ち切られることを恐れたからでしょう。これが分かったことが今回の代表団の最大の収穫だったように思います。(了)

政治家の英語力

2014年10月1日
丹羽文生

普段は弁舌巧みな政治家たち・・・。ところが、いざ英語となるとシドロモドロになる人が多く、永田町では横文字に関する珍談奇談が事欠きません。

東京佐川急便事件で失脚した金丸信元自民党副総裁は、丸っきり英語が苦手でした。「あの法案の『タイム・メリット』(タイム・リミット)はいつだ」、「福永(健司)議長は開会式の『リサイタル』(リハーサル)をやったのか」と怪しげな英語を連発。周囲を笑わせました。

鈴木善幸元首相は、1982年4月、大統領になる前のアメリカのジョージ・H・W・ブッシュ副大統領から晩餐会の席で「お互い政党人として選挙には苦労していますが、パーティー・ストラテジー(政党戦略)ではどんなことに苦心していますか」と聞かれ、「パーティー」を「宴会」と誤解してしまい、「毎晩のように宴会続きで糖尿病になりはしないかと心配です」と返答。さすがのブッシュ副大統領も、これには苦笑い。途中で通訳が慌てて割って入るも、鈴木元首相は延々と自らの「宴会戦略」を語り、通訳を困らせたそうです。

就任以来、世界中を飛び回っている安倍晋三首相。上手いかどうかは別として、南カリフォルニア大学に留学しただけあって、英語力は、そこそこのようです。2020年のオリンピック開催地を決める2013年9月7日のIOC(国際オリンピック委員会)総会の最終プレゼンテーションにおける英語によるスピーチは記憶に新しいことと思います。

今年7月には日本の首相として初めてオーストラリアの連邦議会で演説。約25分間に亘って英語で行い拍手喝采を浴びました。外遊先でも通訳なしで外国の要人と話し込む姿が目撃されています。

大臣クラスが外国の要人と会談する場合、発言の正確さを期すために通訳を介して全て日本語で話すケースが一般的です。しかし、たとえ拙い英語であっても簡単な自己紹介、場を和ませるジョークの一言でもあれば、相手に好印象を与えることができるのではないでしょうか。

北朝鮮を訪問して

2014年9月17日
武貞秀士

8月末、北朝鮮で開催された「国際プロレスフェスティバル・イン平壌」の観戦ツアーに参加しました。初めて行く平壌は、驚きの連続でした。地下鉄は5つの駅を移動しましたが、通勤客と日本からの50名余りのツアー仲間が同じ車両です。2年前は地下鉄での移動は1、2駅のみで平壌市民と一緒に乗ることはなかったそうです。仲間がお婆さんに席を譲ろうとすると、お婆さんが丁寧に辞退したので、私が「そうおっしゃらずに」と肩をポンと叩くと、お婆さんは「ありがとう」と言って座りました。小さな「日朝交流」でした。

平壌から板門店、開城を経由して平壌に戻るツアーでは、往復5時間、トウモロコシ、稲、じゃがいも畑の中を走りました。河川の水は不足していますが、作物は立ち枯れしているわけではありません。稲の作柄はやや不作の状態だとガイドは説明しました。高速道路の休憩所には、みやげ物売り場が開設されています。中朝関係悪化報道が世界で盛んですが、北朝鮮みやげの定番の切手帳は、なぜか「中朝友好記念」のものだけが並んでいます。「中国が原油輸出停止してガソリン価格が高騰」という話がありますが、この1年、ガソリン価格は上昇していないそうです。

ホテル、板門店、人民学習堂など、どこに行っても中国人観光客が目立ちますが、日本人観光客が増えてほしいとガイドは言います。久しぶりの日本からのツアー客を迎えて、北朝鮮側は力がはいっていました。モランボン楽団の練習の声を聞きながら、平壌市街を360度、見渡すことができる場所で写真をとり続けた日本からのツアー客は、4日間の観光を満喫して帰国の途につきました。

プロレス大会の休憩時間にアントニオ猪木・共同実行委員長から貴賓室に呼ばれました。このイベントの北朝鮮側代表である張雄(チャン・ウン)・共同実行委員長らが懇談をしているところでした。張雄委員は北朝鮮IOC委員でもあり、2020年東京五輪実現に向けて尽力した人物です。「武貞さんの朝鮮語はソウルの訛りがないですね」と張委員。その次の言葉に驚きました。「武貞さん。共和国を支持する文章を書いていただく必要はありません。ただ客観的に書いていただければよいのです」。未来指向の日朝関係への期待を静かに語る張委員の目は真剣でした。貴賓室での北朝鮮幹部との懇談は20分ほど続きました。

経済、対外関係、観光事業の現場など、いま北朝鮮は急速に変化しつつあります。北東アジアで不足しているのは、変化しつつあり改革を実行しつつある北朝鮮とどう関わるかという姿勢ではないでしょうか。拉致問題協議が進行しているときに、ミサイル発射は穏やかではないという批判があります。北朝鮮は2013年3月に核兵器と経済再建を同時に追求するという決定を下しましたが、その北朝鮮との協議を開始して、拉致問題を解決する方針を定めたのが日本でした。日朝間には拉致問題、経済交流、国交正常化など課題が山積しています。「木を見て森を見ず」という姿勢に戻っては、「木」も「森」も枯らしてしまうことにならないでしょうか。

東南アジアで映画を観る

2014年9月1日
吉野文雄

先ごろ『週イチ映画館主義』というエッセイ集を上梓しました。週に1回くらい映画館に足を運ぼうという趣旨です。しかし、さまざまなメディアの発達で、映画館に足を運ぶ人は減りつつあるようです。私が研究対象とする東南アジアでも事情は同じです。

2010年にラオスのプランバナンを訪れた際、閉館した映画館を改装したレストランを見つけました。観光客であふれていましたが、映画館ファンとしては一抹の寂しさを感じました。タイでは、スタンド・アローンとかシングル・スクリーンと呼ばれる映画館は消滅したという情報がネット上にありました。

東南アジア学会の会員で映画を研究されている方から、東南アジアの映画館に関するウエブサイトをご教示いただきましたが、暗い気持ちになるものばかりでした。シネマコンプレックス(シネコン)が悪いというわけではないのですが、個性がなく趣がないことは否めません。

私は、東南アジアに初めて足を踏み入れた1978年以来、あちこちで映画館に足を運びました。

印象的だったのは、タイでは本編上映の前に、プミポン国王の画像を映し出しながら国歌演奏があったことです。観客は起立しました。シンガポールでもたしか同じような儀式がありました。マレーシアはどうだったでしょう。

クアラルンプールで強く印象に残っているのはコリッセウム劇場。ここは経営が変わったけれども、まだがんばっています。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はここで観たと記憶しています。

ブルネイに初めて行ったのは1990年代に入ってからですが、当時首都バンダル・スリ・ブガワンの海岸沿いに劇場があって、「今天」(本日)とか、「五点」(五時)とか、映画のポスターに張り紙がしてありました。カンフー映画やアジア版ホラー映画が中心でした。2010年に行ったら閉館していました。ガドン地区にシネコンができたので、用済みとなったのでしょう。

実は、私が初めてシネコンなるものに入ったのは、インドネシアのバンドンのダゴ地区にできたシネマ21で、1982年3月のことでした。帰国後、日本にもできると思うよと言って知人に触れまわったものでした。

シネコンで観る映画は、タッパーウェア(商標ですが)でうな重を食べるような感じで、どうもしっくりきません。まして、パソコンのディスプレイで映画を観るなんて、カレーライスを箸で食べているような気がします。

地政学は復活するのか

2014年8月20日
佐藤丙午

2014年のウクライナ情勢を受け、国際社会では地政学(Geopolitics)は復活したのかどうか、という議論が出されています。
Foreign Affairs誌の2014年5/6月号では、ミード(Walter Russell Mead)とアイケンベリー(G. John Ikenberry)が、ロシアのウクライナ併合、中国の攻撃的な海洋進出、イランとシリアやヒズボラとの関係強化などが、リベラルな民主主義に基づく国際秩序対する挑戦なのかどうかについて議論をしています。ミードは冷戦では打ち砕かれなかった各国のハードパワーと、その地理が結び付く地政学の復活を指摘するのに対し、アイケンベリーはリベラル民主主義秩序の強靭さを主張します。アイケンベリーはロシア、中国、そしてイランは、秩序の妨害者以上の存在にはなれないとしています。

ただ、ロシアと西側諸国との関係が変化した原因を地政学の復活と見なすかどうかとは別に、大陸国の周縁で発生している政治的緊張関係が、過去の懸念を呼び覚ます効果あることは否定できないでしょう。

日本は、その近傍にロシアと中国の大陸国を持ち、その間に朝鮮半島と海洋という二つの緩衝帯を持っています。地政学の解釈の一つでは、大陸国はハートランド(ユーラシア大陸中心部)からリムランド(ハートランドの外縁部の海洋部)に影響を拡大するため、リムランドをハートランドに支配させないことが、米国の戦略であるべきとなります。

リムランド論を基本とする地政学では、ハートランドがリムランドに到達しないよう抑制することが重要でした。ロシアと中国はユーラシア大陸の東部で海洋に面しており、その勢力伸長の大部分は直接海洋部に向かうことになります。このため、地政学における大陸国と海洋国の対立関係を参考に、今日のアジア太平洋の戦略環境を考えると、海洋国は、海洋部におけるロシアと中国の行動をチェックし、その消耗を促す戦略が必要となります。A2ADに対するAir Sea Battle構想は、このロジックの下で成立しているように見えます。このように考えると、今日のアジア太平洋では地政学が復活しているように見えます。

ただ、「セキュリティ・ダイアモンド」構想や「平和と繁栄の弧」など、これまでも地政学の復活を思わせる構想はありました。とすれば、今日地政学の復活、と見える現象は、これまでも続けられてきた、地理を絡めた戦略的議論の一つ、とも解釈できます。知られている限り、日本は大和政権以来、地政学という言葉もない中で、大陸の情勢の変化に敏感に反応してきました。今日の状況が、その戦略の質的変化につながるのか、それとも「古いダンスを踊る」ことになるのか、注意深く見てゆく必要があります。

ウクライナ・ジョークがロシアのサイトで活況

2014年7月15日
名越健郎

ロシアによるウクライナ東部への干渉やクリミア併合は、ロシア人が得意とするアネクドート(小話)の世界でも大きな話題になっています。ロシアのジョークサイトから、いくつか拾ってみました。

ウクライナの犬がロシアに亡命した。犬は仲間に亡命の理由を説明した。

「経済がひどく、ろくな食事がなかった」

一週間後、犬はウクライナに戻ってきた。犬は仲間に理由を説明した。

「ロシアでは自由に吠えられなかった」

ウクライナがロシアより圧倒的に勝っているのは、民主化や言論の自由です。ロシア系住民の多い東部でロシア編入を望む意見が20%前後にとどまっているのも、ロシアが民主化されていないためかもしれません。

クレムリン報道官が、プーチン大統領とリュドミラ夫人の離婚が成立したと発表した。

報道官は、リュドミラ夫人は住宅と車を取得すると説明した。プーチン大統領は、クリミアとウクライナ東部を取得する。

プーチン大統領一家の動向は謎が多いですが、二女のエカテリーナさんが今年に入って二度訪日したと報じられました。

彼女は大学で日本語を専攻しましたが、現在は過激なアクロバチック・ロックンロールの普及に取り組んでいるようです。

プーチン大統領の支持率は、1月の60%から5月に85%に急上昇した。

豚肉の価格は、1月の60ルーブルから5月に100ルーブルに急上昇した。

欧米の対露制裁でロシア経済は株安、通貨安となり、物価が急上昇しています。上昇率は大統領支持率よりも高いことを皮肉っています。

メルケル独首相とプーチン大統領が電話会談した。

メルケル首相 クリミアで軍事パレードを行ったのは遺憾だ。

プーチン大統領 ではベルリンでまた軍事パレードをしようか。

第二次大戦でのソ連の死者は2700万人。独露間では歴史問題は封印されていますが、これはきついブラックジョークです。

オバマ米大統領がプーチン大統領に「ウクライナに干渉するなら、ロシアに新規融資を行わない」と警告した。

これを聞いた習近平国家主席がコメントした。「どうせわれわれが貸したカネを融資に回すのだろう」

クリミア併合でロシア全土がユーフォリア(陶酔)の状態ですが、ロシアの誇るアネクドートの世界では、冷静な風刺精神が健在のようです。

中国人客で賑わう台湾の「テレサ・テン記念文物館」

2014年7月1日
丹羽文生

先日、台湾出張の折、「テレサ・テン記念文物館」(高雄市)を見学しました。2010年4月にテレサの長兄・鄧長安氏がプロデュースし、倉庫を改造して建てられたもので、館内には、テレサが生前に使用したステージ衣装や装飾品、小物が展示されていました。さすがは「アジアの歌姫」です。没後20年が経とうとしていますが、その人気は衰えることなく、館内は大勢の人々で賑わい、特に中国人客の姿が多く見受けられました。

「空港」「つぐない」「時の流れに身をまかせ」と次々にヒット曲を生み出したテレサ。しかし、彼女は歌手としての歌唱力のみならず、中国の民主化運動への関わりという政治活動家としての側面が、さらに、その魅力を引き立てているように思えます。

台湾生まれの外省人であるテレサにとって故郷は2つ。それは自身が生まれた台湾と両親の故国・中国でした。中国が民主化される日を夢見ながら、テレサは中国共産党に「精神汚染」のレッテルを張られながらもチャイナドレスで歌い続けたのです。

1989年5月27日、天安門広場で民主化を求める若者たちを応援しようと、香港で開催された支援集会に突然、テレサが現れました。化粧もせず、「民主萬歳」と書かれた白い鉢巻を締めたサングラス姿のテレサの胸には、首から紐で下げたプラカードが掲げられており、そこには「反対軍管」とありました。その姿はアジアの人々に大きな衝撃を与えました。現代ならばツイッターやフェイスブックで瞬く間に全世界を駆け巡り、天安門事件の顛末をも大きく変えたかもしれません。

1995年5月8日、テレサは休暇で訪れていたタイのチェンマイで気管支喘息のため急死します。42歳という若さ、死亡した先が異国の地、しかも彼女の最期を看取ったのが14歳年下のフランス人の恋人ということもあり、暗殺説、麻薬中毒死説といった憶測を呼びましたが、何と言っても人々を驚かせたのは、死後の彼女に対する台湾当局の扱いでした。台湾では本省人初の総統となった李登輝氏のリーダーシップによって、着実に民主化が進められていたことを考慮しても、異例の篤い礼が尽くされたのでした。告別式は国葬並みのものとなり、棺は中華民国旗「青天白日満地紅旗」と国民党旗「青天白日旗」に包まれました。一民間人のセレモニーとしては空前絶後のものでしょう。

今、テレサは新北市にある金宝山墓園で眠っています。その一帯は「テレサ・テン記念公園」となっており、日本人、中国人客で溢れ返っています。テレサの生涯を芸能・文化ではなく、政治的視点を加味しながら見てみると、生理的な死を超えて、彼女の生涯そのものが、今も民主・自由・人権という普遍のメッセージを発し続けていると解釈することができのではないでしょうか。

最後の来日の時、テレサは「私のこれからの人生のテーマは中国と闘うことです」と明言しました。そんな中国では今、テレサ・テンブームに沸いています。ややもすると民主化運動の導火線になるかもしれません。

(新)「習近平政権とウイグル族の『戦争』のはじまり」

2014年6月16日
澁谷 司

2013年10月28日、普段から警備が厳重な天安門広場に、3人搭乗していた四輪駆動の車が歩道に突入しました。5人者が死亡、40人が負傷しています。ウイグル族夫婦とその母親が火をつけて車ごと燃やし「自爆テロ」を敢行したのです。

新疆ウイグル自治区では、長年、中国共産党によるウイグル族への弾圧で、多くのウイグル人が殺害されています。昨年6月にはトルファン地区ピチャン県で暴動が発生し、35人の死者が出ました。もしかすると、その「自爆テロ」は殺された自分の家族の恨みを晴らすためだったのかもしれません。

その約1ヶ月後、「トルキスタンイスラム党」が習近平政権に対し「聖戦」(=「ジハード」は本来“努力する”という意味です)を行ったとの犯行声明を出しました。この事件が、「トルキスタンイスラム党」による習近平政権に対する“戦いの狼煙”であったと思われます。

今年(2014年)に入り、3月1日(北京で政治協商会議や全国人民代表大会開催直前)、雲南省・昆明市で、ウイグル族8人の武装集団が昆明駅で刀を振り回し、29人が死亡、143人が負傷を負いました。

その後、4月27日~30日、習近平主席が治安当局を慰問するため、新疆・ウイグル自治区を訪問していました。ところが、同月30日、ウルムチ南駅で80人以上が死傷する爆発事件が発生したのです。翌月14日、地元警察当局が、現場で死亡した容疑者の男(39)の兄弟や妻ら7人を拘束したと伝えられています。

さらに、「アジア相互協力信頼醸成措置会議」第4回首脳会議が5月20日~21日に上海市で開催されました。その翌22日、ウルムチ市中心部の公園付近で、朝市会場に車2台が突っ込み、数回、爆発が起きました。31人が死亡、94人が負傷したと伝えられています。

さて、海外のウイグル族には、主に3つの流れがあると考えられます。①「世界ウイグル会議」(非暴力を唱え、原則的に新疆・ウイグルでの高度な自治獲得を目指す)、②「東トルキスタン共和国亡命政府」(米国ワシントンDCに存在。東トルキスタン共和国<1933年・1944年に建国>の流れを汲み、新疆・ウイグルからの完全独立を目指す)、③「トルキスタンイスラム党」(TIP。「東トルキスタンイスラム運動」<ETIM>を展開し、ウイグル族で最も過激な一派。ただし、実態は不明)。昨年10月以来、中国国内で発生している一連のテロは、このTIPによる事件と思われます。

最新チャイナジョーク3題

2014年6月1日
富坂 聰

中国の世相を理解する一つのアプローチとして、口コミで広がるジョークを知ることは重要でしょう。

例えば、格差問題です。中国における貧富の差は、ちょっと規格外だという話はよく耳にします。なかでも富裕層の金使いの荒さは有名で、その象徴がアメリカに暮らす中国人留学生のぜい沢な暮らしぶりです。

最近、アメリカの中国人留学生が相次いで高級車で事故を起こして話題となりました。

そこでこんなジョークが広がりました。設定は国際電話をかけてきた孫娘と電話を受けたおじいちゃんが会話するというものです。

孫娘 おじいちゃん、ベンツをありがとう。でも、ベンツで学校に通っているのは私一人なの。なんか恥ずかしくて……。

祖父 他の人は何で通っているんだい?

孫娘 地下鉄よ。

祖父 かわいい孫娘よ。これ以上私のメンツを潰さないでおくれ。明日にもお金を送る。だから、すぐに地下鉄を買いなさい!

中国語には同じ発音の漢字がたくさん存在します。そのため時にはそのことで大きな勘違いが起きることもあります。

次は現在の習近平、李克強体制がスタートした直後のジョークです。設定は農民二人の会話で、一人の農民が「今度の国家主席は習近平で、首相は李克強という人らしいよ」と話しかけると、もう一人の農民が、「すごい、じゃあ中国の未来は明るいに違ない」と大喜びするというものです。

理由を訊かれた農民はこう言います。「だって洗尽貧(習近平と同じ発音)と立刻強(李克強と同じ発音)でしょう?」

洗尽貧は貧困を一掃するという意味で立刻強はすぐに強くなるという意味です。やっぱり貧困問題が最も重い問題なのですね。

最後は世界がリーダーの交代期を迎え選挙が話題となった2012年のジョークです。設定は日本人、アメリカ人、中国人、北朝鮮人の四人が話をしているというものです。

アメリカ人 うちの国はすごい、午前中に選挙をすれば午後には大統領がわかるんだ。

中国人 何を言っているんだ。うちの国なんか五年前から誰が次のリーダーか分かっていたよ。

北朝鮮人 そんなことを言ったら、うちの国は生まれたときから分かっているよ。

日本人 うちはいま誰が総理大臣かわからないが……。

まあ、安倍政権ができる前ですが、日替わり総理と呼ばれた日本の政治の状況をよく理解していると思いませんか?

ウクライナ情勢より想うこと

2014年5月1日
遠藤哲也

新年度を迎えて桜の花のシーズンも過ぎ、新緑の関東地方は一年で最も気候が良いと言ってもよい時期を迎えています。拓殖大学でも学部・大学院の授業が始まって約一カ月が経ちました。

しかし、日本が穏やかな春/初夏を迎える中、世界各地では問題が噴出し、そのうちの幾つかは日本にも大きく関係しています。その一つである混迷のウクライナ情勢についても、ここまでの事態になると予想していた人は多くないはずです。九○年代のユーゴ紛争でも、その数年前まではセルビア人、クロアチア人の武力対立など同地の大半の国民さえ予想していなかったでしょう。日本人から見れば、両者の間には言語でも文化でも大きな差があるようには見えないのですが、それでも、二つの民族間には統合は起こらず、多文化併存状況には何らかのストレスが潜在していたようです。民族アイデンティティには、独自の公共性が付随しており、それは決して幻想などではなく実体的な意味のあるもので、何かのきっかけで敵・味方の境界線にさえなってしまうような危うい側面をも内包したものです。多文化主義が述べるような、一つの空間に複数公共性の併存はここでも達成されませんでした。

クリミアで、ウクライナ軍施設や地方政府施設などの要所を確保・占拠した武装部隊が、正規のロシア軍部隊/治安部隊であるか、地元の軍事訓練経験のある武装勢力であるのか、その両方なのか定かではありませんが、いずれにせよ、ウクライナ国民の中には、かなりの数でのロシアの介入への誘引・呼応者があったと思われます。

日本においては、「開国」論に代表されるグローバル=善、ナショナル=悪という、あまり深く考察されたとは言い難い単純イメージだけに基づく言説が増大していますが、近代国家が適切に機能しようとすれば、その内部は必ず「ナショナル」な公共性で統合されていなければなりません。紛争後の途上国で半ば強引に行われる選挙では、しばしば露呈してしまうように、ナショナルな公共性が成立していない国では、人々は自分の主たるアイデンティティである部族や民族の候補者に投票し、結果として部族・民族の人口比が概ねそのまま議席数比になります。このように国民がナショナルな公共性を最優先にせずに、国内のサブ集団である自民族・自部族のそれを最優先にして政治行動をとるようでは、近代国家は機能し得ません。まして、今回の事案のように、地方自治政府や一部市民・軍人が、外国の戦略意図と呼応関係を持つようなことがあれば、もはや国家の根本的基盤すら揺らいでしまいます。ですから、人のグローバル化などと言われても、ある国の市民になる人は、資本主義市場原理のみに基づいて移動・居住するのでなく、その国の公共性を最優先し、その国よりも出身国やその他の外国の利益・安全・政治的立場を優先させるようなことは無いということを最低限の義務として担ってくれる人でなければなりません。

国際人口移動の問題は、単に、税収不足とか、先進国水準とか、人のグローバル化とか、そのような大雑把な理屈や根拠薄弱なイメージ論だけで決められるような問題ではなく、こうした公共性及び政治・安全保障的な点からの慎重な熟考が必要であるということ、この点は政治家は無論、国民全体にもよく心得てほしい、そんなことを国家・国民分裂の憂き目を見ているウクライナを見ながら思いました。

韓国の反日

2014年2月1日
荒木和博

朴槿恵大統領の「告げ口外交」には辟易している日本人が少なくありません。韓国は官民挙げて反日に狂奔しているというイメージがすでに定着しています。かつての韓流ブームも鳴りを潜め、韓国への旅行者も激減していると言います。

もともとこれは、先代の李明博大統領が一昨年(2012年)8月に竹島に上陸し、その後天皇陛下について「韓国に来るなら独立運動家に謝罪をしなければならない」と発言したことがきっかけでした。日本では韓国への反感が一気に高まりました。

しかし、このとき日本人が怒っていたことは韓国にはほとんど伝わっていませんでした。韓国からすると、「いつもやっていることと大して変わらないのになぜ急に怒るのか。何か裏があるのではないか」という感じです。

このギャップには日韓の国民性の違いが大きく作用しています。キーワードで言えば「堪忍袋」。コリアンには「堪忍袋」という感覚がありません。何かあれば直ぐに反応します。感情表現の率直なのは葬儀などで泣き叫ぶ姿からも分かるでしょう。日本人の文化はできるだけ感情を表に出さないことが良しとされ、意に沿わないことでもとりあえず我慢しなければという意識が働きます。

もし韓国風の忠臣蔵(?)をつくるとすれば、四十七士は吉良上野介の屋敷の向かいに浅野内匠頭の銅像を建て、1週間に一度そこに集まり「吉良を打倒せよ!」とシュプレヒコールを挙げることになるでしょう。昔の東映ヤクザ映画の高倉健のように、理不尽な仕打ちに耐えて耐えて、最後に悪い親分のところに乗り込んで成敗するといった感覚はありません。韓国人の感性を表す言葉としてよく「恨(ハン)」という言葉が引き合いに出されますが、これは恨みを外に爆発させるのではなく、内部でいつまでも不完全燃焼を続けるというイメージです。日韓条約で解決ずみの問題を持ち出すのもこの不完全燃焼が原因のように思います。

韓国人は思ったことを直裁に表現する。しかし日本人は何も反論しないから自分たちの言っていることを認めているのだろうと受け取ります。日本人は「こいつら勝手なことばっかり言いやがって」とストレスが溜まり続け、最後は堪忍袋の緒が切れてしまうということです。

1980年代頃、私たち朝鮮半島研究者は「韓国も高度成長でゆとりができてきたから、もう反日も収まるだろう。根拠のないことを色々言っているが、相手にしないでおけば周囲の国からも批判されて言わなくなるだろう」と思っていました。しかし実際は逆で、ちゃんとこちらの主張をしてこなかったために日韓関係はここまでこじれてしまったと言っても過言ではありません。

かつて私の前任者である故・田中明先生が「謝罪すればするほど悪くなる日韓関係」と言われましたが、まさに現在の状況はそうなっています。今大事なことは目先の摩擦を恐れずに韓国に対して主張していくことでしょう。それは中国に対しても、あるいは米国に対しても同じことですが。

2013年を振り返って-「ケリーの年」

2013年12月21日

川上高司
海外事情研究所所長

アメリカのオバマ政権の2期目が1月にスタートしてほぼ1年が過ました。様々な出来事が起こりました、今年1年をアメリカ外交政策という観点から振り返ってみると、今年はまさに「ケリーの年」だったと言えるでしょう。

クリントン国務長官の後任として着任したケリーは、就任早々に「外交が優先」と宣言し活発な外交を展開しました。最初に訪問したのは関心の高いイスラエルで、その後ロシアのラブロフ外相と絶妙のコンビで、シリア問題からイラン問題まで解決へと導きました。

アメリカの外交政策は国務省と国防総省がしのぎを削るため、伝統的に長官同士は険悪になることが多い。かつてラムズフェルド国防長官とパウエル国務長官の不仲は有名でした。その流れを覆したのがクリントン長官とゲイツ国防長官。2人の仲は親密で、どんなに忙しくても週に1度はミーティングを持つほどでした。

そして今年のケリー国務長官とヘーゲル国防長官はさらに顕著で、それはオバマ大統領の「軍事力より外交優先」という姿勢を体現しています。ヘーゲルは「華やかな舞台はケリーに。私は裏方だ。『ヘーゲルの時代』ではなく、『オバマの時代』なのだ。私は政権の一部にすぎない」と地味な裏方に徹してケリー長官を支えました。

今年6月には深刻化するシリア内戦に取り組むシリア国際会議がジュネーブで開かれました。ケリーとロシアのラブロフ外相が主導しましたが、具体的な解決策は見つからず次回へと持ち越されました。アメリカの強硬派はシリア政府が化学兵器を使用したことを根拠に軍事攻撃を主張しオバマ大統領に圧力をかけていました。

オバマ政権内でもリベラル・ホークのライス大統領補佐官、パワー国連大使が声高に軍事攻撃を主張し、ケリーも強硬路線に転換しました。一方、ヘーゲルとディンプシー統合参謀本部議長は「戦争の前にできることがあるはずだ」と外交路線を主張し対立しました。オバマ大統領自身は軍事攻撃には消極的だったが、ネオコンや議会内の強硬派の圧力は強まる一方でした。

8月21日にシリア国内で化学兵器が使用され多数の犠牲者が出たことを受けて、英仏はシリア政府が使用したとして軍事介入を主張し始めオバマ大統領も証拠が出れば軍事攻撃をすると宣言しました。これに対してロシアのプーチン大統領が強硬に反対、米露の対立に発展しかねない緊迫した情勢となりました。鍵を握るのは米露関係でしたが、ラブロフ外相がシリアが学兵器を破棄することを条件に軍事攻撃の中止を提案、オバマ大統領がこれを受けて軍事攻撃は中止されました。まさに瀬戸際の外交交渉でした。

9月の国連総会ではイランのロハニ大統領とオバマ大統領の動向に世界が注目、電話会談で1979年以来初めて大統領同士の直接対話が実現しました。両国はイラン核問題に取り組んでいくことを約束し、6カ国協議が再開しました。このイランとアメリカの宥和路線は中東地域に大きな地殻変動をもたらしました。サウジアラビアは国連の非常任理事国の椅子を辞退して反発の意思を表明、イスラエルも反発しアメリカ議会へのロビー活動を活発化させて巻き返しを図りました。しかし、宥和路線の流れを止めることはできず、11月の6カ国協議ではケリー長官とラブロフ外相も参加して解決への道筋をつけ、イランとは核問題で合意に達し、イランは経済制裁の緩和を手に入れた。次に世界が期待するのはオバマ大統領のイラン訪問です。

ケリー長官は就任当初の演説で「外交を優先する」と述べたように、活発な外交を展開してシリア問題、イラン問題を解決に導きました。だがその功績はロシアのラブロフ外相というカウンターパートあってのことです。「ケリーの年」は同時に「ラブロフの年」ともいえます。今年は米露が見事に協調して「外交」が勝利した年でした。