コラム

マルクス生誕200年で「幽霊」が徘徊

2018年11月
名越健郎

丹羽文生氏のコラムによれば、今年5月4日は田中角栄生誕100周年だったそうですが、翌5月5日はカール・マルクス生誕200周年でした。

ユダヤ系ドイツ人のマルクスが1848年、30歳の時に盟友のフリードリヒ・エンゲルスと発表した『共産党宣言』は、史的唯物論の立場から、社会が資本主義、社会主義を経て共産主義に向かうという「歴史の法則」を予告し、階級闘争を呼び掛けたものでした。

しかし、ソ連・東欧型社会主義の破綻もあり、19世紀のマルクス思想は21世紀にはすっかり色褪せてしまいました。「万国の労働者よ、団結せよ」は『共産党宣言』の最も有名なフレーズですが、ソ連崩壊のころのモスクワでは、あの世のマルクスが地上に蘇り、ソ連国民を前に、「万国の労働者よ、私を許してくれ」と叫んだ-というアネクドート(小話)が流れていました。

もっとも、日本の老舗国立大学ではいまだにマルクス経済学が幅を効かせています。「マルクス経済学を専攻した学生が就職すると、組合活動ばかりやって困る」という苦情を企業幹部から聞いたことがありました。

一方で、英国の若手評論家、ユセフ・エルギンギー氏は英紙「インディペンデント」(5月8日)のコラムで、資本主義が冷戦後のグローバル化によって行き着く所まで暴走し、重大な転換点に到達しているとし、「世界は遂にマルクスを受容するかもしれない」と書いていました。

同氏によれば、現在、世界の最高富裕層8人の資産は、世界の人口の約半数に当たる貧困層約35億人の総資産とほぼ同じ。2010年は最富裕層300人、2016年は最富裕層60人の資産と35億人の資産がほぼ同じだったそうで、年々トップ富裕層への富の集中が進み、超格差社会が進行しています。

同氏は、「マルクス主義の評価は社会主義国の失敗によって地に落ちたが、歴史は共産主義が不可避ではないことをまだ証明できていない」と書いています。近年は、ウエブスターのオンライン百科事典で「社会主義」が最も多い検索用語の一つになっており、富の偏在に不満を持つ若者の間で社会主義への関心が高まっているそうです。

「社会主義市場経済」の中国もいまや空前の格差社会ですが、ロシア共産党を支持するロシア人学者はロシア革命100周年の昨年、プーチン大統領周辺の新興財閥への富の偏在を批判し、「ロシアは革命前夜だ」と皮肉っていました。

『共産党宣言』の冒頭に出てくる「共産主義という幽霊」が再び徘徊するかもしれません。

北朝鮮のタブー

2018年10月
荒木和博

金正恩・朝鮮労働党委員長の誕生日は公にされていません。祖父金日成の誕生日は1912(大正元)年4月15日、父金正日の誕生日は1941(昭和16)年2月16日です。ちなみに金正日の生年は公式には1942年になっていますが、これは父親と下一ケタを合わせたことによります。

金正恩の誕生日は1月8日のようですが、誕生年については1982(昭和57)年、83年、84年と諸説があります。誕生日がよく分からない指導者というのは世界中でもあまり聞いたことがありません。

誕生日を表に出せない最大の理由は母親が在日朝鮮人だからです。北朝鮮では在日出身者は差別の対象で、重要な役職に就くことは絶対にできません。金正恩の母親は高容姫と言い(高英姫との説もあり、カタカナで書けばどちらも「ヨンヒ」)大阪鶴橋出身の在日朝鮮人です。踊り子で、北朝鮮に行ったときに金正恩の父金正日が見初めて妻にしました。ちなみに高容姫の前の妻が女優だった成恵琳でその息子が昨年殺された金正男です。

「在日出身で踊り子だった女の息子なのか」という話が北朝鮮の中で伝わればカリスマは全くなくなります。さらに金正恩の祖父にあたる高容姫の父親高ギョンテクは戦前陸軍管理下で軍服を縫製していたと思われる廣田縫工所という軍需工場に勤務していたと言われています。11月号「月刊Hanada」に李英和・関西大教授が寄稿した論文「金正恩最大のタブー『母は在日朝鮮人』」はそのあたりのことを詳しく書いており非常に興味深い内容でした。こうなるととても血筋を公にできるものではありません。

金正恩の誕生日を祝おうとすれば当然「母親は誰だ」ということになります。かくて自分の誕生日すら明らかにできないのです。これまでも何度かストーリーを作って高容姫とその家族を聖家族化しようとの試みがあったようですが、さすがにそれは難しかったのでしょう。

米朝首脳会談とか南北首脳会談とか、もっともらしい顔で臨んでいる金正恩ですが、こんなアンバランスは決してファミリーの問題にとどまらず、国としての矛盾を象徴していると言わざるを得ません。北朝鮮の中は経済もさることながら人口の1パーセントが入れられているという政治犯収容所の存在とか、公開処刑などの人権侵害は何も改善されていません。その矛盾を一所懸命に「仲人口(なこうどぐち)」で取り繕っているのが韓国文在寅政権ですが、遠からずこの矛盾は破綻するでしょう。

「鎖国」の認識と評価

2018年9月
遠藤哲也

一時期、「鎖国」の語が歴史教科書から消えるという報道が流れた事がありました。「鎖国」の語は、17世紀当時は用いられておらず、維新前後からの使用であるし、また、日本は完全に対外的に閉鎖していた訳ではないという主旨からだったようです。時代の政治的都合による大きな歪曲が含まれているようなら修正も必要でしょうが、百%閉鎖していないから鎖国ではないというのは少し無理のある議論のようにも思えます。

また、反対意見には、今でさえ日本は閉鎖的なのに、過去の「鎖国」を無かった事にするなんて、といったものもあるようです。実は以前、「鎖国」という語に付着した否定的イメージが「島国根性」や「出遅れ」の発想の源となり、自分達は世界について無知で非常識であり、だから国際化せねばならないのだと思い込む「強迫」心理を日本人に与えて来た事を論じる一稿を著した事があります。実際には、西洋由来の国際儀礼は在っても、日本人が「外界の人々は皆知っている」と思い込んできたような公共性・共通常識など見当たらず、各国・各民族が自己本位の原理に基づいて、信じる価値や利益を、時に美辞麗句に包み、時に臆面もなく主張しあっているという方が世界の実相に近いでしょう。

今日でも、「第三の開国」などという言葉が政治的スローガンとして採用されるほどに、国内のメディアや各種の言説を通じて摺り込まれる歴史観は、「鎖国」=悪、「開国」=善のイメージであるようです。ですが、欧州列強による非欧州世界の植民地化が拡大した17~19世紀にかけて鎖国政策を採らずに、「おもてなし」の感覚で到来外国船を歓迎、自由居住・移動や、日本人の教化を放置していたら、植民地化はされないまでも、九州は大きく不安定化したに違いなく、後代に及ぶ不安定要素が生じたかもしれません。当時の政権としては、鎖国しないよりはする方が正しい判断だったと思います。鎖国・海禁は国家の対外政策の一選択肢であって、それ自体に善悪の価値は無いのですから。

日々是闘争でなく「調和」が基本的世界観である島国人は、寧ろ他民族に対して鷹揚で受容的な傾向があるようですが、日本においては源平以来、戦士階級政権が続き、太平の江戸期にも、闘争的緊張感を解する層が存続したことが、帝国主義の暴風を凌ぎ得た理由の一つだと思っています。鎖国で外界に無知だった江戸幕府は黒船到来で大慌て、というイメージがありますが実際にはそんな事はありません。幕府は、ペリー到来より以前から、清朝の対英戦争敗北も知って列強への警戒感を抱いていましたし、武士階級は元より庶民の間にさえこうした情報は需要されていました。到来したペリーは、実は開戦権限を米政府から与えられていなかったのですが、精一杯の強面で交渉に臨んだに違いない彼らと会談した幕府側には見抜かれ、「戦意が感じられない」と記録されています。こういう眼力~明敏な文学的洞察力の方が、他言語の流暢や、海外渡航の多回数よりも重要な国際対応力だとも言えます。また、上陸したペリー艦隊の海兵たちを前に、民衆が臆する所も媚びる所もなく、親切かつ対等に接する態度も記録に残っています。こうした態度を自然に持てる人が多いことも国際関係には大切です。

日本人の対外態度に、恐らく鎖国自体の影響はあまり無さそうです。ただ、今日の時代に鎖国の意味を、価値判断を前提せずに再考してみることはきっと無駄ではなかろうと思います。

オホーツク海の流氷と水産資源

2018年8月
鈴木祐二

オホーツク海は、地球表面の海の面積の0.4%にあたる約152.8㎢を有する「縁海」(大陸、半島、列島に囲まれた海域)です。平均水深は838mですが、中央部は1000~1600m、南部の千島列島や日本の国後・択捉両島の北側には千島海盆が広がり、最深部は3658mです。数字的には富士山の剣ヶ峰(標高3776m)に近い「深海」となっています。

新聞報道(2008/7/6)によると、日本・台湾・韓国・ロシア・米国・カナダ・中国・バヌアツの8カ国からなる北太平洋漁業委員会(NPFC)の年次会合で、北太平洋の公海部分におけるサンマ漁に関する漁獲規制(資源管理のため地域全体の総漁獲量に上限を設けようという日本提案)が、中国・バヌアツ(人口約25万人の南太平洋南西部の島嶼国家)両国の反対で見送られました。4分の3以上にあたる6カ国が賛成していますので、規制導入の条件は満たしていますが、全会一致による規制の実効性確保を重視するため、導入は先送りされました。気になるのは「中国の立場を支持する」というバヌアツの反対理由です。南太平洋から、反対要員として参加したに違いありません。

サンマの不漁は北海道東方沖の公海での中国や台湾による「先取り」の影響が大きいとの見方が有力で、特に中国はこの5年で漁獲量を20倍超に拡大し、台湾の水揚げ量は2013年以降日本を追い抜き1017年は10.7万tに達しています(なお、台湾は中国と違い今年の日本案に賛成票を投じました)。この年、日本は8.5万tで約50年ぶりの不漁に見舞われました。今年も同様に不漁が予想され、関連業界は痛手を覚悟しなくてはならないでしょう。

サンマ不漁の原因として幾つかの理由が挙げられますが、オホーツク海の流氷減少もそのひとつだと考えられます。気象庁によれば、1970年以降オホーツク海の海氷は10年毎に約4.4%ずつ減少しているそうです。別の資料では、北極海の氷も10年毎に約2.7%ずつ減少しているそうですが、オホーツク海は北極海以上のペースで、これに伴い流氷も減少しています。海水が凍るとき、塩分の大部分は海水中に排出され、海の中層に沈み込み、北太平洋の広範囲で循環します。

この中層域の重い海水は、光合成を行う植物プランクトンの栄養分となる鉄分やリン、窒素など様々な栄養素を運んで北太平洋へ流れ出て、表層にある海水と混ざり合います。鉄分に代表されるこれらの栄養分は大陸から川を通ってオホーツク海へと流れ出したものです。植物プランクトンはオキアミなどの動物プランクトンに補食され、動物プランクトンがサンマなどの餌になり、それを人が食べるという食物連鎖の土台を支えているのです。このオホーツク海の鉄分は2000㎞以上離れた北太平洋中部海域まで運ばれ、各種の水産資源を養っています。オホーツク海の海氷面積の減少により海洋生態系が変化し、結果的にサンマなど回遊魚の漁獲量が減るのです。

この問題でも中国の存在が目につきます。傍迷惑を無視して、常に自己利益追求を怠らない姿には、いつもながら辟易します。

議員立法の鬼

2018年7月
丹羽文生

今年5月4日、田中角栄生誕100年を迎えました。この日、新潟県柏崎市にある田中角栄記念館前では記念式典が盛大に行われ、併せて、生家の一般公開も始まりました。

絵に描いたような立身出世の王道を歩んだ田中は、まさに100年に1人出るか否かと言われるほどの不世出の人物でした。僅か15歳で上京して住み込みで働きながら、中央工学校に学び、その後、満州出征を経て田中土建工業を興し、28歳にして国政入り。39歳の若さで郵政大臣となり、大蔵大臣、通産大臣、自民党幹事長といった数々の要職を務め、54歳の時に戦後最年少、初の大正生まれの首相となりました。当時、世間は田中を「今太閤」と持ち上げ、内閣発足当初の支持率も70%前後という驚異的な数字を誇りました。

この間、大規模な財政出動で公共事業を推し進め、高速道路と新幹線をメインとする交通ネットワークを敷き、地方の工業化を促進し、外交面でも最大課題だった日中国交正常化を内閣発足から僅か2ヵ月足らずで処理してしまいました。

「コンピューター付きブルドーザー」と評されるように頭の回転と度胸は抜群で、同時に肌理細かな心配りと人情味で、高学歴の役人を手足のように操り、政敵をも虜にするほど人間的魅力に溢れていました。

最後はロッキード事件で失脚・・・。「金権腐敗の象徴」という見方もありますが、一方で、エリートとは言えない出自でありながら徒手空拳で権力の頂点を極めた「上り列車の英雄」として、未だ「角栄人気」の勢いは衰えません。今でも書店に行けば「角栄本」が山積みになっています。

田中と言えば、無名の新人議員だった頃、数多くの議員立法に取り組んだことは余り知られていません。公営住宅法、道路法、水資源開発法、電源開発促進法、国土総合開発法、高速道路連絡促進法、新幹線建設促進法・・・。実に33本もの議員立法を作っており、「議員立法の鬼」とまで評されました。

アメリカでは連邦議会議員のことを「ローメーカー(Lawmaker)」と呼びます。日本でも憲法第41条に国会は「国の唯一の立法機関である」と記されています。まさに、その国会を構成する国会議員の第一義的使命は「法律(ロー)」を「作る(メイク)」ことなのです。

ところが実際はどうでしょうか。国会に提出される法律案のうち、議員立法は全体の約3分の1程度で、霞が関によって作られた内閣提出の閣法が大半を占めています。成立する議員立法も僅か1~2割程度で、しかも議員立法であっても、その多くは役人のサポートに依拠している状態です。かつて、田中は若手議員に向かって、こう言い放ちました。

「自らの手で立法することにより、政治や政策の方向性を示すことこそ、政治家本来の姿だ。政策を作れんヤツは政治家を辞めた方がいい」

昨今の国会議員にとっては何とも耳の痛い指摘ではないでしょうか。

『我々の共通の将来を安全にするために:軍縮のアジェンダ(Securing Our Common Future: An Agenda for Disarmament)』について

2018年6月
佐藤丙午

5月24日にアントニオ・グテーレス国連事務総長は、国連軍縮部より軍縮を再強化することを目的とする新たな報告書(『我々の共通の将来を安全にするために:軍縮のアジェンダ(Securing Our Common Future: An Agenda for Disarmament)』)を発表しました。この報告書は、国際の平和と安定をめぐる環境が大きく変化し、新たな冷戦と呼べるような国家関係が生じていること、国内および地域的な紛争が頻発し、都市部での戦闘などによる文民の死傷者が増加していることなどを背景に、軍縮の役割を再強化する必要を強調しています。

報告書では、軍縮を通じて21世紀に非軍事化を通じた安全保障を実現する必要があるとしています。その上で、「人道性を救う軍縮」、「命を救う軍縮」、「将来の世代のための軍縮」そして「軍縮のパートナーの強化」に分けて提言しています。軍縮の政策手段の道具箱(toolbox)には、破棄、禁止、不拡散、規制、削減・制約、透明性・信頼醸成、修復などが存在します。国家間並びに国内存在する対立点が、軍事衝突に至らないよう、また不幸にして衝突に発展した場合でも、被害を最小にするよう軍事のレベルを下げることが重要です。報告書では、その上で先に挙げた四つのアジェンダの推進につき、具体的内容があげられています。

「人道性を救う軍縮」では、核兵器と生物化学兵器が取り上げられています。2017年は核兵器禁止条約交渉が成功したことで、国際社会は逆に核軍縮への展望が見え難くなってしまいました。報告書では、既存の核兵器に関連する国際条約の規範の意義の再確認を求めています。

「命を救う軍縮」では、近年多発している都市における戦闘を念頭に置き、IEDの規制や、武装ドローンなどの新技術の使用が既存の国際法の再解釈へと向かわないことの重要性を強調しています。同時に、小型武器の過剰蓄積や違法流通の問題に取り組む意義を主張しています。

「将来の世代のための軍縮」では、無人兵器システムなど、新たに出現する兵器が、既存の国際法の規範を損なわないよう、産業界などに責任ある開発を求めています。さらに、「軍縮のパートナーの強化」では、これまで軍縮分野で進められていた、市民社会との協力に加え、既存の地域機構や女性など多様なアクターとの連携を深めることを求めています。

報告書は、以上のアジェンダを進めることで、国際対話や交渉を再活性化し、新たな刺激を得ることで、軍縮に向けたモメンタムを創造する意義を強調しているのです。ここで述べられたアジェンダは、必ずしも革新的なものではありませんが、古典的な国際政治に戻りつつあるように見える国際社会において、国家間の協調の結果である軍縮を通じた平和の可能性を再確認することを求めている点に、重要な意義があるのです。

朝鮮半島で起きていること

2018年5月
武貞秀士

2月、北朝鮮がピョンチャン五輪に参加したあと、4月27日、南北首脳会談が開かれ朝鮮半島の流れが変わりました。2回の中朝首脳会談と5月の南北首脳会談のあと、6月の米朝首脳会談に向けて米朝が協議を続けています。昨年とは違って、いまは終戦宣言をどう行うか、休戦協定を平和協定に転換すること、体制保証の方法、北朝鮮が非核化をどう受け入れるかに注目が集まっています。

米国は米朝首脳会談の場所をシンガポールに決定して、北朝鮮問題で米国が主導権を握る姿勢を鮮明にしました。トランプ大統領が首脳会談のキャンセルを表明したのに対して、北朝鮮の対米政策責任者が間髪入れず会談の再調整を呼びかけました。北朝鮮も首脳会談実現を最優先にしています。

北朝鮮にとり非核化とは、米国の韓国に対する核の傘を撤廃することを意味するので、体制保証とは米国の韓国への軍事支援の解消を含むと解釈しています。ただ南北関係が急ピッチで改善されてきて米朝の違いは埋まりつつあります。北朝鮮は大陸間弾道ミサイルを保有すれば米国が軍事介入を諦めて、南北だけで半島統一ができると考えてきました。北朝鮮の体制を維持したまま、朝鮮半島統一に向けて南北が歩み始めると核兵器の使い道はなくなります。文在寅政権との首脳会談で「自主統一」をうたった宣言に署名したあと北朝鮮は、南北の市場統合を進めながら緊張緩和ムードが拡散して米国が韓国への防衛義務を段階的に縮小することになれば、核兵器の段階的放棄が可能になると判断したのでしょう。それは、「アメリカ・ファースト」を追求するトランプ大統領と対立するものではありません。

北朝鮮は2020年までの「国家経済発展5カ年戦略」に基づき、経済成長率3パーセント台から脱却した経済成長を求めて、外国の投資誘致策と外貨獲得策を強化しています。そのためにも対外関係の改善が不可避になっています。

この朝鮮半島情勢の急速な変化で日本には大きなチャンスが生まれました。強固な日米同盟を維持しつつ、日韓間の信頼を醸成し、日朝協議を実行することができるのです。北朝鮮との直接協議で拉致、核、ミサイルと国交正常化の交渉を進めることができるのです。

中朝接近

2018年4月
富坂 聡

3月末、北朝鮮の金正恩委員長が電撃的に中国を訪問したことは、朝鮮半島を取り囲む情勢を一変させました。

情報が明らかになり始めた26日、日本のメディアは「厳戒態勢」、「金正恩と検索してもできない」と大騒ぎでした。

中朝関係において相互の訪問は非公式が基本です。金正日時代にも中国政府はいつも、トップの乗った列車が鴨緑江を渡るころ、「訪問していた」と公表していました。

これが変わったのは、北朝鮮トップの訪中が中国のネチズンたちの攻撃対象になってからのことです。国内でのスケジュールが非公開とは「ふざけるな!」ということで、鉄道関係者や歓迎宴の準備をしているホテルの従業員が、ネットに情報を流し、ついには金正日委員長の姿が先回りしたメディアによってとらえられるまでになってしまったのです。

ですから今回も「金正恩」で検索してもほとんど情報には行き当たりません。正しくは「三代目のデブ」という三位の中国語、「三胖子」で入力しなければならないのです。

三胖子下午到北京――。

情報が世界を駆け巡って以降、日本には厳しい環境ができあがりつつあります。欧米メディアの多くは、安倍政権が「蚊帳の外」におかれたと報じました。

この期に及んで、「日米の圧力が効いたから北朝鮮が中国にすり寄った」という解説が聞かれるのはあまりに情けないと思いますが、内心では誰もが北朝鮮の外交能力をみとめたのではないでしょうか。

私は早くからお隣の文在寅大統領も外交巧者であると指摘してきましたが、朝鮮半島の人々はなかなか侮れません。

では、北朝鮮は再び中国に体重を預けたのでしょうか。

ありえないことです。

考えても見てください。北朝鮮、いや金正恩政権が国民に対し自らの成果を誇りたいと思えば、米軍の影響力を朝鮮半島から退け、統一に向けて筋道をつけることです。いずれも米国に接近した方が早道なことは明らかでしょう。

つまり、どういうことか。今回の訪中は、北朝鮮がもし思い切った対米シフトをしたとしても中国が妨害できないような環境をつくるためだったと考えられるのです。

訪中の直前、中国は米朝会談で蚊帳の外に置かれるとの危機感を抱いていました。そこに手を差し伸べたのが北朝鮮なのです。

私は今回の動きは、2014年とそっくりだと書いてきました。その経緯は拙著『中国は腹の底で日本をどう思っているのか』(PHP新書)を見ていただきたいのですが、その中で「突然の米朝国交正常化も視野に」と警告してきました。

バンコクのチャイナタウン、リノベで変身中

2018年4月
玉置充子

タイの首都バンコクの中央駅「フアランポーン」の西側には、世界でも有数規模のチャイナタウン「ヤワラー」があります。ヤワラーは、この地区を東西に走る大通りの名前です。ヤワラー地区は、18世紀末にバンコクが新たな王都となった頃から華人が集住し、かつてはバンコクの商業・経済の中心地でしたが、市街地が東に広がるにつれて開発から取り残され、商業地としての地位を徐々に失いました。今でも、ヤワラー通りには金を売る「金行」やフカヒレなどの中華料理レストランが立ち並び、観光地としては昼夜を問わず賑わっていますが、大通りをはずれて裏通りに入ると、古い建物が残る、時が止まったかのようなくすんだ街並みが現れます。建物の多くは、東南アジアのチャイナタウンによく見られるショップハウス(上層階が住居になっている店舗)で、古ぼけているとは言え、よく見ると凝った意匠のものも少なくありません。

このヤワラーに今、変化が生まれています。古い建物をリノベーションしたおしゃれなカフェやギャラリーが裏通りに次々とオープンし、新たな人気スポットとなっているのです。筆者が今年の2月に半年ぶりにヤワラーを訪れた時には、駅に近い通りの角にある3階建ての建物がコロニアル風のカフェになっていました。何度も通っていた場所にもかかわらず、以前どんな様子だったのか印象がなく、元々こんな立派な建物だったのかと驚きました。ほかにも、ショップハウスをレトロモダンにリノベーションしたゲストハウスもオープンしていて、今後ますますリノベ物件は増えそうです。

古い建物を商業施設や文化施設にリノベーションするのは、もちろんタイに限ったことではありません。日本でも古民家カフェが全国的に増えていますし、お隣の台湾では、日本時代の建物のリノベーション・ブームが起きています。こうしたブームの背景には、画一的な都市開発に対抗して、その土地の伝統や文化が持つ「物語」に目を向けようとする人々の意識の変化があるのでしょう。ヤワラーのリノベ物件のオーナーは外国人や海外留学帰りのタイ人が多いそうです。あるいは外からタイを見たからこそ、この街が持つ潜在的な魅力が発掘できたのかもしれません。

目下、バンコクの地下鉄は、終点のフアランポーン駅から西側に延伸工事中で、ヤワラーにも駅ができる予定です。地下鉄が開通すれば、再開発が進み街並みは変わることでしょう。願わくは、リノベーションが古い通りに新たな価値を生み出したように、この地区の特色を生かした開発であってほしいと思います。

「習近平思想」とは何か?

2018年3月
澁谷 司

今年(2018年)1月19日、第19期中央委員会第2回全体会議(2中全会)が閉幕しました。そして、その会議で「習近平思想」の憲法入りが決定されたのです。3月初旬の「両会」(全国人民代表大会と政治協商会議)で、それが承認されるでしょう。

はたして「習近平思想」は「毛沢東思想」と同格なのでしょうか。「習近平思想」は「鄧小平理論」を超越し、「毛沢東思想」に匹敵するといいます。ましてや、江沢民の「3つの代表」や胡錦濤の「科学的発展観」を凌駕するというのです。

しかし、「3つの代表」・「科学的発展観」・「習近平思想」は、すべて王滬寧(復旦大学教授。昨年10月に政治局常務委員入り)が考案したモノです。

したがって「3つの代表」・「科学的発展観」・「習近平思想」が同列ならばわかります。だが、なぜ「習近平思想」だけが突出しているのか不思議です。

元来「毛沢東思想」(例:農村から都市を包囲する)や「鄧小平理論」(例:白猫でも黒猫でも、ネズミを取る猫は良い猫だ)は毛沢東と鄧小平のオリジナルの思想・理論です。

前者は、毛沢東がマルクス主義の「都市が農村を包囲する」という理論を中国の実情に合わせてひっくり返し、見事、「中国社会主義革命」を成就させました。

後者は、“現実主義者”の鄧小平が、「4人組」の社会主義政策では、中国の未来はないとして、「改革・開放」を掲げて資本主義を導入しました。その後、中国の急速な経済発展は世界中を驚嘆させています。

繰り返しになりますが、「習近平思想」とは3代にわたり国家主席に仕えたブレーンの王滬寧による“創作”です。習近平主席が自らオリジナルな思想を創造したのではありません。

さて、この「習近平思想」とは、「(習近平)新時代の中国の特色ある社会主義」を指します。具体的には、「偉大なる中華民族の復興」を目指し、「2つの100周年」―2021年の中国共産党結党100周年と2049年の中華人民共和国建国100周年―を盛大に祝うのでしょう。

しかし、これらは“思想”とは名ばかりで、単なる“スローガン”に過ぎないのではないでしょうか。

そもそも、習近平主席に特別立派な業績があるのでしょうか。

以前から我達がたびたび主張しているように、「反腐敗運動」は、主に「上海閥」をターゲットにした“恣意的”な政治運動に過ぎません(重慶市トップだった薄熙来が行った政策の“全国版”)。超法規的な「双規」(共産党のルール)で政敵を追い落とします。これが、本当に習主席の業績と言えるのでしょうか。

ラクダ主は石油王よりお金持ち?

2018年2月
野村明史

2018年1月1日から2月1日まで、サウジアラビアでは「アブドゥルアズィーズ国王のラクダ・ビューティーコンテスト」が開かれています。このコンテストは、2000年から始まり、その名の通りラクダの美しさを競うコンテストやラクダレース、しつけ具合など様々な競技も同時に開かれ、サウジの一大イベントになっています。今年は国内外から30万人以上が来場しています。

日本ではあまり馴染みのないラクダですが、その美しさは目と鼻と唇の大きさ、耳の形、身長、こぶの形や位置、肉付きなどによって決まり、主な審査対象となります。アル=アラビーヤ紙によると、今年の優勝者にはなんと約35億円もの賞金が贈られ、そのほかの競技も合わせると、賞金総額は約62億円にも上ると伝えられています。

このような高額賞金を獲得するため、出場者の中にはラクダにボトックスの注入や、整形を施すなどの不正行為を行う者もいるようで、今回のコンテストではすでに12頭のラクダが失格となりました。しかし、参加したラクダは3万頭を越えており、今回の不正発覚も氷山の一角にすぎないでしょう。

一般的なラクダは一頭約170万円、血統付きのラクダだと一頭約3000万円は下らないといわれています。ラクダの高級化が進む中、コンテストではラクダ自慢がエスカレートし、所有者同士の部族自慢にまで飛び火することもあるようです。中には、部族の名誉を傷つけたと激高し、傷害事件にまで発展するなど社会問題にもなっています。

華やかな一方、ラクダは古くからアラブ社会で荷運びや移動手段、食料としても用いられ、アラブ社会の生活に密着した伝統的な一面を担っていました。一般庶民の間でラクダは今でも食用として親しまれています。ラクダのミルクは独特の味がしますが、整腸作用があるといわれ、薬として飲まれることもあります。ドバイなどではお土産用にラクダのミルク入りチョコレートなども売られています。また、ラクダ肉はコレステロールが低く健康食として重宝されています。ラクダの肉質は固いのでミンチにするか、強力な圧力鍋で6時間くらいかけてじっくり調理されます。そのため、一般家庭での調理は難しく、多くの人は専門のレストランなどにオーダーし、接待や集まりなど特別な時によく食べられます。

このように今でもアラブで親しまれているラクダですが、コンテストや観光客相手のラクダ遊覧など娯楽の対象へと変化し、争いの火種となりつつあることが懸念されています。度を越した現状にそろそろ歯止めをかけていかなければならないでしょう。

2018年のアメリカの外交政策は再び混迷

2018年元旦
川上高司

1月1日、ようやく混乱の2017年が過ぎ、新たな希望を持って新年を迎えたのもつかの間、トランプ大統領は早々に外交政策を混乱の闇に突き落としました。

トランプ大統領はツイッターで、パキスタンがアメリカのアフガニスタンでの対テロ政策に全く貢献していないばかりか「うそばかりつく」と非難し援助を打ち切ることを示唆し、「過去15年間に330億ドルを超える支援をしたのに、パキスタンはテロリストの天国を作り出しているだけ」とこきおろしました。

アメリカとパキスタンの関係はトランプ政権になってから険悪になっています。トランプ大統領はアフガニスタン情勢が一向に改善しない原因はパキスタンにあるとして、もっと犠牲を払うように圧力をかけてきました。パキスタンは、そもそもテロとの闘いを始めたのはアメリカであり、パキスタンはこれまで1230億ドルをつぎ込み6万人の殉職者を出してきた、これほどの多大な犠牲を払ってきてこれ以上なにをしろというのか、と不信感と怒りを募らせています。

パキスタンの不信感を払拭しようとテラーソン国務長官やマティス国防長官がパキスタンを訪問して、前向きな関係を確認したばかりだったその矢先のトランプ大統領の発言は、長年の同盟国との関係を損なうには十分だったようです。

アメリカは2億5500万ドルの支援を中止すると脅しをかけてきましたが、パキスタン側は援助の中止に対しては冷静です。アメリカが手を引いても経済的なダメージはそれほど大きくないと考えているからです。ここ近年、パキスタンは中国への経済依存が大きくなっています。中国からパキスタンのグワダールへと続くカラコルムハイウェイは中国の投資で整備され、物資の往来は盛んになっています。アメリカがいなくても、いまや中国が代わって支援してくれるので困ることはないのです。

実際、12月末には北京で中国、パキスタン、アフガニスタンの外相が集まり、会合を開きました。議題は現在の中国が行っているパキスタンへの経済支援をアフガニスタンまで伸ばすということでした。「地政学的にこれら3カ国は共通の利害をもち、トリプルウインで発展していく」と中国は本気です。

アメリカの外交政策は再び混乱の闇に陥りつつあり、アメリカの国益はますます損なわれつつあります。アメリカが脅しをかければ小国がひれ伏す時代はとうに終わっているのです。棍棒外交はいったい誰のための外交政策なのか、2018年を迎えるにあたり、ぜひトランプ大統領に尋ねてみたいものです。

 

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