コラム

歴史は繰り返す…コロナと金正恩と

2020年5月
荒木和博

20日間姿を隠していた金正恩が5月1日に順川燐肥料工場の竣工式に参席し、健在ぶりをアピールしました。その間死亡説、脳死説、重体説も出ており、1日に出てきた人物が影武者ではないかとの説も取りざたされています。

私には事実を確認できるほどの情報源はありません。どれが正しいのかは分かりませんが、最低限去年の秋以降、一時金正恩の体調が悪化し、権力の長期間にわたる掌握が難しいと判断されたことは間違いないでしょう。

この間の北朝鮮は異例なことずくめでした。まず昨年(2019年)11月末、金正恩からすれば叔父にあたる金平一が大使として赴任していたチェコから平壌に戻りました。金平一は金日成の最後の妻金聖愛の息子であり、金正日は金聖愛を追い落とすことで後継者の地位を獲得し、それを確実なものにするために金聖愛の親族を「脇枝」として隔離し、最も怖かった金平一を東欧の大使として事実上島流ししていました。

その金平一が帰国したというニュースには驚いたのですが、その年の12月には通常1日で終わる労働党中央委員会が4日間、大晦日まで行われ、翌日、つまり2020年の元旦に発表されるはずの金正恩新年辞が発表されませんでした。

さらに1月25日、金正恩の叔母金ギョンヒ(敬姫、あるいは慶喜)が旧正月の記念公演に参加したことが報じられました。金ギョンヒの夫張成沢は金正恩の指示によって銃殺されました。その報告に訪れた金正恩に対して金ギョンヒは拳銃を向けたと言われています。この人は既に死亡したとの説もあり、このとき出てきたのが本物だったのかには疑問も提起されています。

ちょうどその頃から北朝鮮は新型コロナウイルスの感染防止のため国境を封鎖しました。経済制裁の中貴重な収入源だった中国からの観光客を止めたわけですから打撃は並大抵のものではなかったはずです。今でも北朝鮮は公式的には感染者がいないと主張していますが。感染が拡大し、人民軍も一時期軍は活動をほとんど停止していました。すでに相当数が死亡し、隔離されている人は万単位という説もあります。こんな中で北朝鮮最大の祝日である金日成誕生日に出てこなかったのですから、金正恩の身辺に何か起きたと考えられて不思議ではありません。

今の朝鮮半島、特に北朝鮮は1世紀余り前と状況が似てきているように思います。即ち日清戦争・日露戦争はどちらも朝鮮半島をめぐる戦争だったのですが、当の朝鮮半島の人々はどちらにも脇役とすら言えない存在でした。その半世紀後の朝鮮戦争は北朝鮮が初めて韓国が受けた「内戦」だったのですが、米国が参戦し中国が参戦することで国際戦争化し、南北の政府は脇役になりました。

もはや金正恩が本物であるかどうかということに関係なく、米中が北朝鮮内部に介入して勢力争いをしているのではないか、私にはそう見えるのです。歴史は繰り返します。細かい情報を見ているより大きな流れで見た方が良く見えてくるような気がしています。

新型コロナウイルスが蔓延している陰で

2020年4月
野村明史

世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大しています。中東では、イランが最も深刻な事態に陥り、3月29日時点で感染者は38000人、死者は2600人を超えました。その次にトルコが約7400人、そしてイスラエルが約3800人の感染者を出し、中東でも新型コロナウイルスの感染が急速に拡大しています。

その一方で、コロナ危機に乗じて中東の二人の指導者が権力を手中に収めようとしています。その一人はイスラエルのネタニヤフ首相です。イスラエルでは、2019年4月と9月に議会総選挙を行いましたが、与党リクードと同党と同盟関係にある諸政党の議席が過半数に達しなかったため、20年3月に3度目のやり直し総選挙を行うという前代未聞の事態に陥っていました。またその間、ネタニヤフ首相は、汚職疑惑で起訴されるなど劣勢に立たされる状況が続き、3度目の総選挙後も組閣に向けた連立協議は難航していました。

しかし、新型コロナウイルスによる国家の危機を受けて、ライバルである最大野党の青と白のガンツ党首は、大連立に向けて協調する動きを見せています。コロナ危機は、思いがけずネタニヤフ首相の政治的延命を後押しすることになりました。

そして、もう一人はサウジのムハンマド・ビン・サルマーン(MbS)皇太子です。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、3月6日午前にサウジ当局がサルマーン国王の弟アハマド王子と甥のムハンマド・ビン・ナーイフ(MbN)前皇太子を拘束したと報道しました。両者とも王族の中で「スデイリーセブン」と呼ばれる有力一族出身で、王位継承の最有力候補としてたびたびメディアを沸かせていました。アハマド王子は、同母兄であるサルマーン国王と良好な関係と見られていましたが、最近のサルマーン国王一族による専制に不満を持っていたとも一部報道で伝えられていました。

今回のMbS皇太子の政敵排除が、新型コロナウイルスの騒動に紛れて行われたものか、それとも宮廷内の機を見て行われたのかは定かではありません。いずれにしても、この報道が事実であるならば、MbS皇太子の王位継承が大きく前進したことを意味します。

新型コロナウイルスで世界が恐怖に陥る中、二人の指導者は権力の掌握に向けて着実な一歩を踏み出しています。

ブルネイのイスラーム法

2020年3月
吉野文雄

イスラームを国教とするブルネイでは、昨年シャリーア(イスラーム法)が厳格に適用されるようになり、同性愛行為を行った者には去勢を行うことまでが罰則として適用されるようです。「ようです」というのは、実態がなかなかつかめないという意味です。

それ以外にも石打ちなどの刑罰が科される犯罪行為もあります。法律の条文は数年前に公表されていましたが、部分的にしか施行されていませんでした。それが完全な施行に至ったのです。

先日、ジュディ・ガーランドの生涯を描いた映画「ジュディ 虹の彼方に」を見ましたが、同性愛の男性カップルが、イギリスでは1967年まで同性愛行為は罰せられていたと語る場面がありました。

コンピュータを開発したアラン・チューリングの生涯を描いた映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」でも、ゲイの主人公が懲役かホルモン注射かを選ぶ場面がありました。

半世紀ほど前まで同性愛行為を禁じていた国々の人々が、今それを厳格に禁じるようになったということで、ブルネイを批判しています。人権NGOのホームページで、ブルネイに法施行の撤回を求める記述を読むと、少し複雑な気持ちになります。

学生にこの話をしたところ、ある学生は、ブルネイは世界人権宣言に署名しているはずだから、いかにイスラーム国とはいえ、同性愛行為を罰することはまかりならぬと話しました。

もう少し稚拙な見解ですが、今やLGBTの権利を認めることは世界の潮流だから、ブルネイもそれに従うべきであると話した学生もいました。

ブルネイがこのような挙に出た背景には景気の低迷があります。原油価格が低迷し、生活水準が上がらない中、イスラーム信徒の不満を抑え込むための人気取りです。イスラーム的な施策を進めると国王の人気が高まるというのです。

ブルネイに限らず、東南アジアではイスラームの影響力が強くなりつつあります。インドネシアでは、イスラームが国教ではないことをもどかしく思っている人々が多くいます。今後、さまざまな摩擦が生じる兆しが見えています。

このコラムは英語の情報をもとに書いたので、もしかすると訳として不適切な、または理解不足の箇所があるかもしれません。今年の夏にはブルネイに調査に赴こうと思っているので、そのさいに正確なところを学んでくるつもりです。

新型コロナウイルス

2020年2月
富坂 聰

2月4日、日本のメディアは一斉に「中国指導部が新型コロナウイルス対策での対応の不備を認めた」といった趣旨の報道をはじめました。「認めた」のは、他でもない習近平国家主席だというのです。

中国で謎の肺炎が流行っているとの話題が明らかになって以来、日本のメディアはずっと「SARSの教訓が活かされず、隠ぺい体質によって引き起こされた〝人災〟」としてこの問題を扱おうとしてきました。

その仮説を証明するための状況証拠は、すでにいくつか見つかっていました。しかし、いずれも決定打とはなりませんでした。そんなタイミングで降ってわいたニュースに、多くの人が膝を打ったことでしょう。

やっぱり、か――。

ですが、日本のメディアの「不備を認めた」との解釈には、ちょっと首を傾げざるを得ません。私自身も同じ記事を読んでいたのですが、そこから「習近平が不備を認めた」といったニュアンスをくみ取ることは、とてもできなかったからです。

元となった記事は2月3日に新華社が報じたもので、中央政治局常務委員会における習近平の重要講話です。文章は全部で3000文字を超えていて、「相変わらずこの人はよくしゃべるな」という印象と同時に読む労力にげんなりさせられたものです。

講話は、全体として前線で働く人や全人民に対し、「この感染症との戦いに負けるな」とげきを飛ばしたものか、或いははっぱをかける目的で出されたもので、とても謝罪とか認罪を目的として出されたものだとは思われません。

冒頭に、この問題を党中央が重視していることを強調し、その上で感染症を抑え込むためには党中央の下での統一行動が必要だと説き、現地医療の需要に応え、全組織が全力で対処法に取り組めと呼びかけ、それと同時に食品の安定確保や流通・移動手段の安定を保ち、さらに流言飛語を徹底して取り締まらなければならない、としているのです。表現は正確ではありませんが、こういう内容が延々と記されています。

その上でやっとそれらしき言葉になるのですが、まず前提として「この感染症は、われわれのガバナンス能力を試す一つの大きな試験である」との位置づけがあるのです。同じ講話をもとに書かれた『ウォールストリートジャーナル』の記事のタイトルも、「Coronavirus Outbreak a Major Test of China’s System, Says Xi Jinping」です。

これを受けて「この感染症への対処のなかで露呈した弱さと不足を補い、国家の緊急管理体系を整え、突発的な危機に対応する能力を高めなければならない」と続きます。「弱さと不足」を不備とすることは可能でしょうが、これはむしろ結果として感染が広がっている現実を指していると解釈すべきなのではないでしょうか。

少なくとも鬼の首を取る代物ではありません。

2020年はこうなる!

2020年1月
川上高司

2020年は未曾有の大転換期になるだろう。その台風の目になるのが、トランプ大統領であり、世界のゲーム・チェンジャーであり続けるのは間違いない。特に、2020年は大統領選挙の年であり再選を是が非でもトランプ氏は勝ち取らねばならない。大統領選挙に勝利をするためには、トランプ氏はアメリカの株高を継続させ景気を維持せねばならない。経済が悪化した状況で勝利をした大統領はいない。

現在、米経済は1854年に統計を取り始めて以来、史上最長の経済回復を謳歌している。その景気拡大は2009年に始まり12月で126ヶ月を迎える。好景気はトランプ大統領の再選には一番の追い風となる。そこで一番の不安定要因が米中貿易戦争である。

米中貿易戦争での双方の「殴り合い」は、米中の相互依存関係が相当に深化した状況で行われている。その結果、双方ともに「へたり」始め米国経済はすでに後退局面に入った兆候がある。一部投資家はアメリカの景気拡大が近く終焉するとの予測を出し、米中貿易政策をめぐる不確実性が景気に与える影響が次第に大きくなってきていると警告している。その状況を捉えて、民主党の大統領有力候補のバイデン元副大統領が米中経済戦争を大統領選挙の論点とした。激戦州のアイオワ州で「米国農家を崩壊させている」とトランプの対中政策を批判し始めた。対中貿易戦争を推し進めても明確な成果が得られなければ、トランプ大統領は苦境に陥る。それだけにトランプとしては大統領選挙の2020年11月までその景気を持たせねばならない。そのため、トランプは対中貿易戦争の手綱を緩めてくるだろう。

また、トランプ氏は「戦争は嫌いだ。経済に悪影響を及ぼすからだ」と述べ、「軍事力行使を行わない」という宣言をだしたため、米国はもはや「ペーパータイガー」(張り子の虎)となったと周辺諸国は受け取った。そのため米国の世界各国からの関与の低下はますます顕著となっている。特に、強硬派のボルトン補佐官を2019年10月にホワイトハウスから追い出したため、それを「米国の軍事力行使はない」とみた世界各国の「ならず者国家」がいっせいに行動を起こした。

まず、サウジアラビアに石油施設に対する攻撃である。米国はイランが行ったと断定しイランへの報復攻撃を行うかと思われたが、逆にトランプは国連総会でイランとの話し合いを模索した。その次はトルコがシリア北部のクルド人勢力を攻撃した。しかし、トランプはIS(イスラム国)の掃討に尽力したクルドを見捨てこれを放置した。その結果、クルドはロシアに庇護を求めシリア全土にロシアの勢力が広がった。さらに、北朝鮮が新型のSLBM「北極星3」の発射実験を「高角発射方式」で行ない脅威が増した。それにもかかわらず、トランプ大統領は北朝鮮との核協議を予定通り行った。

こういった、目まぐるしいスピードで起こるアメリカの世界からの関与が低下している。その結果として起こっている「力の空白」につけ込むパワーを巡る各国の熾烈なせめぎ合いが続いており、2020年もそれが進むであろう。そうした中、中国はロシアとの同盟関係を復活させる兆しもみせながら熾烈な争いを米国や日本に対し繰り広げるであろう。

その結果、極東地域での米中とのパワーバランスが次第に拮抗する危険性が見えてきている。そういった中、中国をしっかりと抑止し日本の安全保障を確保するためには日本独自では不可能である。日米同盟の絆を維持し強化することしか日本には選択肢はない。

中露同盟はあり得るか

2019年12月
名越健郎

ロシアのプーチン大統領は10月3日、ソチでの国際会議で、中露関係についてきかれ、「多面的な戦略パートナーシップが完全であるという点で、同盟関係だ」と述べました。

プーチン氏が中露関係を「同盟」と称したのは初めてで、ロシアでは中露同盟論が浮上しています。国際情勢は「米国対中露」の構図が強まっており、今後中露が同盟に突き進むかが一つの焦点となってきました。

中露両国は2001年に、戦略パートナー関係をうたった善隣友好協力条約を結びましたが、条約の期限は20年で2021年に期限切れとなります。現状では自動延長の可能性が強いものの、同盟に格上げされる可能性もあり、その場合、歴史的、地政学的に日本には最大級の脅威です。かつて、中国とソ連が1950年に結んだ中ソ同盟条約は、日本軍国主義を「中ソ共同の敵」とうたったこともありました。

欧米から孤立するロシア側に中露同盟論が強いようで、ロシアの外交官が中国との同盟に向けて根回ししているとの情報があります。外交官はプーチン発言を忖度して動くでしょう。

かつて、米国の地政学者、故ブレジンスキー元大統領補佐官は、「米国の安全保障にとって最大の脅威は、イデオロギーではなく、不満によって結びつく中露の大連合だ」と述べましたが、この警告が現実化しかねません。

しかし、中国にとって、ロシアとの同盟はメリットがなさそうです。同盟を結ぶと、ロシアが戦うウクライナ、シリアの2つの戦争に自動的に加担し、欧米との関係を決定的に悪化させます。中国経済にとって、米国、日本、欧州連合(EU)との経済関係が生命線です。

ロシア経済の規模は中国の10分の1程度で、資源を買って製品を売る一種の植民地簒奪貿易です。好戦的なロシアと同盟を結べば、中国のソフトパワーを傷つけるという配慮もあるようです。

ただ、中国のソフトパワーも香港問題などで相当凋落しており、双方が条約上の義務を負わない「準同盟」なら十分あり得るかもしれません。それだけでも世界には大きな衝撃で、日露平和条約交渉も最終的に吹き飛ぶでしょう。

欧米のメディアや専門家の間では、中露同盟への警戒論が台頭しており、これを防ぐため、ロシアへの制裁を緩和し、関係改善を図るべきだとの議論も出始めています。それこそ、プーチン大統領の思う壺かもしれません。

父親を否定した金正恩

2019年11月
荒木和博

10月23日付の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」に掲載された金正恩朝鮮労働党委員長の金剛山観光地区現地指導の記事は驚くべきものでした。何しろ父親である金正日労働党総書記を否定する内容だったからです。

金剛山は日本時代から朝鮮の代表的観光地で、当時すでに水力資源開発を兼ねて観光客を麓まで運ぶ私鉄が走っていました。2000年(平成12年)6月、金大中・金正日の初の南北首脳会談に始まる南北和解の象徴で、韓国政府は創業者鄭周永が北朝鮮出身であった現代グループを使って北朝鮮との合意の下に大規模開発しました。その投資だけでも日本円で数百億円と言われています。表に出ていない韓国政府からの資金とか現代グループからの裏金とか、合わせれば天文学的な数字でしょう。

「労働新聞」の記事の内容は、例えば「(敬愛する最高領導者同志におかれてはは)建築物が民族性などというものは全く探すことができず、ごちゃまぜであると、建物をどこかの被災地域の仮設テントや隔離病棟のように配置していると、建築美学的にひどく落伍しているだけでなく、それすら管理ができておらずボロボロの極致だとお話になった」というように、要は南が作ったものはダメだから潰して作り直せということです。

さらに南の関与そのものも否定しています。「金剛山があたかも北と南の共有物であるかのように、北南関係の象徴、縮図のようになっており、北南関係が発展しなければ金剛山観光もできないことになっているが、これは完全に誤ったことであり誤った認識だ」とまで言われては金大中も草葉の陰で泣いているのでは。

腹心中の腹心チョ・グク法相辞任・その妻逮捕に経済の不振でますます風当たりが厳しい文在寅大統領からすれば、あとすがるところは南北関係の改善(たとえ表面的でも)しかないのですが、金正恩からこんなことを言われては茫然自失でしょう。その前にサッカーW杯の予選で文在寅政権が南北和解の象徴にしたかった平壌開催の南北の試合を観客なし、中継なしでやらせたのも明らかに当てつけで、おそらく金正恩は「お前『トランプなんか簡単に制裁解除させられる』って言ってたじゃないか。この嘘つき野郎」とかいう感じなんでしょう。

しかし、この記事でさらに驚くのは「国力が弱い時に人に依存しようとした先任者たちの依存政策が余りにも失敗だったと深刻に批判された」といった部分です。前述のようにこの地域の観光開発をやるのを決めたのは父金正日であり、複数形でぼかしてありますが、明らかに父親に対する否定だからです。

金正恩自身がさすがに父親の名前を出して批判するのをはばかって「先任者たち」」としたのか、あるいは実際に金正恩が直接父親を批判したのを周りがまずいと思ってごまかしたのかは分かりませんが、「国力が弱い時に」というのは1990年代後半からの、大量餓死者を出した「苦難の行軍」の時期を指すのでしょうから、金正恩が金正日を否定したことは誰にでも分かります。

金正日自身、実質的には父金日成を殺したようなものですが、それでも父親の権威があってこその自分だとは分かっていましたから、父親を否定することは最後までありませんでした。金正恩もこれまでそれは控えていたのだと思いますが、ついにそれをやってしまったわけで、自らの足下を崩すことになるのか、あるいは新しい足場を築くのか、いずれにしても目が離せません。

危機管理・安全保障の始原としての城郭

2019年10月
遠藤哲也

近年、日本では城郭ブームがあるそうで、確かに書店にも城郭関連書籍のコーナーが置かれる所もあり、書籍の発刊自体も増えているような気がします。

既存の軍事社会学・軍事社会史、あるいは私自身が以前から提唱していた「安全保障史」というアプローチの中では、軍事への人的動員の考察が重要で、それらの思考の主たる出発点の一つは、ローマ市など古典古代の民主的城郭都市国家に求めざるをえませんでしたので、社会的防御施設としての城郭や城郭都市には長らく強い関心を持ってきました。

例えば、ユーラシア大陸の東西南北を巡って広がる交通要路沿いの地域のうち、北方遊牧世界以外のヨーロッパ、アラブ、ペルシャ、インド、チャイナなどの土地ではどこでも都市を城壁で囲いこんだ城郭都市文化というものが見られます。いつ異民族の襲来を受けるかわからず、敗戦すれば殺戮ないしは奴隷化という結末が寧ろ当たり前のように存在したユーラシア世界の安全保障環境では、今から数千年も前のある時期から、都市自体を防御施設化する危機管理・安全保障施策が営まれてきました。

日本においては、弥生時代に、堀や城柵で集落を防御した環濠集落は見られたものの、その後、城郭都市などの一般住民を守るような社会的防御施設はあまり普及せず、寧ろ、兵農分離が進んだ結果、戦争は戦士階級間限定のものとなり、民衆は手弁当で合戦見物をすることさえできた、といった認識のほうが一般的に普及しているものかもしれません。戦国期の兵卒による戦場周辺住民への各種狼藉は、知られるようになっていますし、戦国末には城下町まで土塁で囲う総構えが見られるようになったとはいえ、それらの事物が全体としてユーラシアの都市攻略戦ほどの凄惨さや構造性を示唆するものとは思い難く、城郭都市文化の不在は、文化や言語の同化や国家統一が進展し易い、適度に大陸から離れた島嶼国家の安全保障環境ならではのものであろうという理解はおよそ妥当であろうとは思われます。

さりながら、ある折に、中世欧州で十世紀頃から盛んに建設されるようになった封建領主の城郭は、周辺農民に安全を提供する機能も帯びていたという記述を目にして、中央秩序が瓦解して中世欧州同様の封建制度が敷衍されていた戦国期日本の城郭にも然様な機能があったのではないかと思い少々調べてみると、戦国史学の研究者にはさほど特別なことでもないらしい知識として、周辺農民が戦時に城郭の外郭に避難し、そこで守兵となることが見られたそうです。手弁当での戦見物というのんびりしたイメージは、少なくとも戦国期日本において普遍的な光景ではなかったか、あるいは、山地に退避した農民らの間にあった緊張感を見落としてしまった模写なのかもしれません。いずれにせよ、日本の戦国期の領民と封建権力の間にも、城郭を仲立ちとする共生関係、受益-貢献関係が存在した事例があるというのは興味深いと思われます。

さて、城郭ブームのおかげで、今、各地の地方自治体で城址の整備が盛んとなっているようです。史跡の良好な保存や、復元の為のより慎重な考証が行われるようになり、観光客も増えて、巷には世代性別を超えて歴史に関心を持つ層が増加するだけでなく、細部に関心を持てば伝統建築や防御思想の理解まで深まる、…というわけで、今後もこの流れが細く長く続くことを祈るとともに、日本の城郭研究も史学任せでなく、地理学、社会学、危機管理・安全保障論など諸方面からの関心が高まることを願う所です。

ホルムズ海峡のうねり

2019年9月
鈴木祐二

2019年6月13日は、日本の安倍総理とイラン最高指導者ハメネイ師の会談日でした。この日の朝、ペルシャ湾とアラビア海を結ぶ要衝ホルムズ海峡近くのオマーン湾で、タンカー2隻と米海軍無人偵察機MQ-9リーバーが何者かの攻撃を受けました。

当日の時間経過は以下のとおりです。ノルウェー船籍の石油タンカー「フロント・アルタイル」への攻撃(06:12)、米海軍偵察機攻撃(06:45)、日本の国華産業が運航するパナマ船籍「国華カイレイジ」1回目爆発(07:00)、2回目爆発(10:00)。この間に、イラン革命防衛隊海軍のヘンジャディン級巡視船と複数の高速戦闘艇や高速沿岸戦闘艇がノルウェー船籍タンカー近くで行動しているのを、米軍機が確認・撮影(08:09)。両タンカーは喫水線上に仕掛けられた吸着水雷(リムペットマイン)よる攻撃を受けたようです。同日、そのうちの吸着水雷不発弾一発を回収するイラン革命防衛隊海軍の巡視艇が、米中央軍ヘリコプターによって撮影されています(16:10)。

その後、イランは17日にバグダッド郊外の米軍駐留拠点付近に砲撃を加えました。それを受け、米国は1000人規模の米軍増派を発表。20日にはイラン革命防衛隊が米海軍無人偵察機(BAMS-D)を地対空ミサイルで撃墜しました。この時点で、ホルムズ海峡付近のうねりが高まりかけましたが、白い波頭が立つまでには至りませんでした。

こうした事態に際し、米国は有志連合による同海峡警備構想を提唱し、ロシアはそれに対してペルシャ湾集団安全保障構想を公表し、9月の国連安保理事会への決議案採択を提案しています。イランとロシアは合同軍事演習をホルムズ海峡周辺で年内にも実施する予定です。中国は米国案よりロシアの提案に賛同を示しています。欧州主要国は米国支持の英国を除いて、米ロ両国の提案とも慎重な姿勢です。さて、日本は、どのような姿勢で臨むのでしょうか。

8月7日、初来日した新任のマーク・エスパー米国防長官は防衛相との会談で「日米同盟はインド太平洋の平和と安全の基礎であり、米国のコミットメント(責任ある関与)は盤石だ」と述べ、その一環としての有志連合編成と日本の参加について言及しました。対する岩屋防衛相は、日本関係船舶の安全確保のために、どのような対応が効果的でかつ可能なのかについて①原油の安定供給確保、②同盟国・米国との関係、③イランとの永年(国交樹立90周年)の特別な友好関係等、さまざまな角度から総合的に判断したい旨を米国側に伝達しました。

日本に期待されているのは、米国や他の同盟国では果たし得ないイランとの対話の中継ぎ役を担うことでしょう。米国側にとっても、日本とイランとの特別な友好関係を利用するのは重要です。そう考えると、日本が無条件に有志連合に加わるのは考えものです。

一方で、ホルムズ海峡問題は日本独自の問題でもあります。日本が米国主導の有志連合とは連絡・調整の関係、付かず離れずの関係を維持しつつ、直接参加は見送り、周辺海域に旭日の自衛艦旗を翻した海上自衛隊「水上艦艇の存在」(Show the Flag!)を実現するのも一つの方策となりそうです。

特殊で非現実的な憲法解釈に束縛され、泥縄式に積み上げられた今日までの国内法上の各種論論法を、知恵を絞ってさらに練り上げる必要に迫られますが、その結果、日本の安全保障政策上の選択肢が少しでも広がることに期待します。

政治家の服装チェック

2019年8月
丹羽文生

今年で15年目を迎えたクールビズも、今や完全に定着したと言えるでしょう。学内でもノーネクタイで出勤する男性教職員の姿が目立ちます。

永田町では沖縄版アロハシャツとも言える「かりゆしウェア」が人気で、首相以下、全大臣が、かりゆしウェアを着て閣議に臨む毎年6月上旬の「かりゆし閣議」も夏の風物詩となりました。内閣府沖縄担当部局が主体となって、その普及に取り組み、毎年、クールビズ期間に合わせて、全ての中央省庁に「かりゆしウェア」の共同購入を勧めた結果、霞が関でも、かりゆしウェアがメジャーとなりました。

服装に煩い国会も、クールビズが登場して以降は毎年、議院運営委員会理事会において、「上着、ネクタイを着用しないことを可とする。その際、長袖又は半袖の襟付きシャツを着用する。(なお、ポロシャツ、Tシャツ、半ズボン等は不可)」といった内容の申し合わせが行われています。ただし、本会議場だけは、かりゆしウェア以外は「上着(半袖上着を含む)を着用する」ことが義務となっています。それでも昔から比べれば、随分と服装のルールは緩くなりました。

1991年11月、社会党の衆議院議員で、いわゆる「マドンナ議員」の1人だった長谷百合子は、トレードマークにしているベレー帽を被ったまま本会議場入り。世間を巻き込む大騒動になりました。衆議院規則第213条には「議場に入る者は、帽子、外とう、えり巻、かさ、つえの類を着用又は携帯してはならない。但し、病気その他の理由によって議長の許可を得たときは、この限りでない」とあり、参議院規則第209条にも似たようなルールがあったからです。

この時、彼女は1986年5月の来日時に国会を訪れたイギリスのダイアナ妃が帽子を着用したまま本会議場に入ったことを引き合いに反発し、ベレー帽の着用を認めるよう訴えました。しかし、ダイアナ妃は外国からの賓客であり、衆議院規則は適用されないとして、結局、議院運営委員会理事会は長谷の主張を退け、しぶしぶベレー帽を脱ぐこととなったのでした。

放送作家、ラジオパーソナリティ、俳優と、マルチタレントから参議院議員に転身した野末陳平は、初当選間もない頃、タートルネックのセーターにジャケットを羽織って本会議場へ。ところが、待ち受けていたのは激しい野次の嵐でした。これには、さすがの野末も委縮してします。

後日、野末の元にイヴ・サンローランの高級ネクタイが届きました。当時、参議院議長だった河野謙三からのプレゼントでした。河野の粋な計らいに感激した野末は、以来、常識的な服装に変えたのでした。

では、いつ頃から国会ではスーツ、ワイシャツ、ネクタイ着用が一般化していったのでしょうか。筆者が調べたところ、1923年12月に開かれた帝国議会にまで遡るようです。それ以前はフロックコートかモーニングコート、羽織袴といった礼服が当たり前でした。ところが、この年の9月1日、関東大震災が発生し、東京一帯は焼け野原に。議員たちの多くが礼服を焼失してしまいました。そこで、これ代わる正装として、スーツ、ワイシャツ、ネクタイ着用を取り入れたというわけです。戦時中、あるいは戦後間もなくの頃は、もんぺ、ジャンパーを着た作業着姿の議員もいました。

滑稽なのは、災害が起こった際に見受けられる防災服に身を包んだ議員たちの姿です。こちらは一種のパフォーマンスでしょう。防災服を着て現場に赴くならまだしも、筆者にはテレビ映りのために、このような格好をしているとしか思えません。もちろん、政治家は公人ですから、身嗜みに気を使うのは当然ですが、まずは服装よりも中身で勝負してもらいたいものです。

DFFT(データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト)とデータローカライゼーション

2019年7月
佐藤丙午

6月28―29日に大阪で開催されたG20で、米中首脳会談等の華やかな首脳外交の影で、密かに注目を集めていたものに、デジタル経済の問題があります。

G20大阪会議に先立ち、6月8―9日にはつくば市でG20貿易大臣およびデジタル経済大臣会合が開催され、閣僚声明が発表されました。この閣僚声明では、2019年1月に世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で安倍首相が表明した流通ルールを作るための交渉枠組みの創設を受ける形で、信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)の提唱、人間中心の人工知能、そしてガバナンスイノベーションやセキュリティなどで合意が得られました。この中で、G20のプロセスの中では、特にDFFTが注目を集めたのです。

G20大阪会合では、DFFTの重要性が確認されています。データ、情報、アイディアおよび知識の越境流通が、生産性の向上、イノベーションの増大、より良い持続的発展に貢献するのはいうまでもありません。プライバシーや知的財産の保護に一定の条件をつけた上で、その自由流通を促進することが重要とされているのです。欧州理事会も、2018年11月に「EU域内における非個人データの自由な流通のための枠組みに関する規則」を採択しています。

しかし、国際社会にはデータ・ローカリゼーションという、もう一つの動きがあります。商業および軍事上に活用可能なデータ等の情報は、国家およびGAFAのような一部の情報関連企業等の独占するものとなっています。それらに対する自由なアクセスは、デジタル民主主義や、一般商業活動の推進の立場から必要なものと考えられています。一部の企業の独占を排除することは、健全な民主主義のガバナンスの育成には必要とされます。この問題に対して、国連を中心に国際ルールを作ろうとする動きもあります。

同時に、各国の立場からは、自国内でGAFA等が収集したデータに対する権利を守るべきとする主張も出されています。欧州諸国は2018年にEUの「一般データ保護規則(GDPR:General Data Protection Regulation)」を発表し、情報の流通に対して一定の制約を課そうとしています。これは、EU域内の個人のプライバシーの保護を目的としたもので、EU域内で取得した「個人データ」を「処理」し、第三国に移転することに規制をかけるものです。

データ問題では、プライバシー、自国内の産業保護、安全保障、法執行/犯罪捜査を理由として、保護措置や規制措置が必要であるとの意見は根強く存在します。しかし、データの自由流通には大きな可能性があるのも事実です。この二つの立場をどのように調和するか、今後の国際社会の議論が待たれるところです。

北朝鮮問題と日本の役割

2019年6月
武貞秀士

昨年以降、北朝鮮は中国、韓国、米国、ロシアと首脳会談を重ねてきました。その過程で南北朝鮮は事実上の終戦宣言をしました。米国、中国、ロシアと北朝鮮は対話を通じて問題解決をすることで一致しました。しかし、北朝鮮が核兵器を放棄するまでには至っていません。核兵器の放棄への道があらためて険しいことが判明しました。

北朝鮮の核兵器放棄のプロセスと体制保証の中身について、各国の本音の違いが首脳会談を通じて明らかになってきました。北朝鮮は米国にとり朝鮮戦争を戦った相手です。米国が主導して問題解決を図りたいでしょう。北朝鮮主導で朝鮮半島が統一されることを避けたいのは、それが在韓米軍撤退、米韓同盟終焉を意味し、韓国にある米国資産の喪失につながり、中国、ロシアの影響力が増大するからです。

強いアメリカを甦らせたいトランプ大統領は、韓国防衛のために負担する経費を節約したいのも事実です。非核化が早期に実現しなくても米朝協議を続けるかかぎり、戦争を回避でき、韓国防衛のコスト削減ができます。トランプ大統領は、北朝鮮の非核化達成を対話のプロセスの出口に置きつつあります。

中国は北朝鮮の非核化を望んでいますが、戦争が勃発しないのであれば、北朝鮮が最も頼りにする国が中国であり続けるかぎり、非核化達成を先送りしても良いと考えています。中国が金正恩体制の経済再建を支援するのは、金正恩体制が崩壊するときは、朝鮮半島有事の可能性があるからです。有事により米国の軍事的役割が増大することには中国は反対です。それに中国が北朝鮮内に持つ資源開発に関する権益を保護するためにも朝鮮半島の急激な現状変更は阻止したいでしょう。

ロシアのプーチン大統領は、沿海州の経済発展にとり北朝鮮の羅津港や鉄道などの地政学的条件の活用が不可欠であると考えて、ウラジオストクでの東方経済フォーラムで強調してきました。ロシアは北朝鮮内の既得権益保護のために朝鮮半島の現状維持を望んでいます。

日本の北朝鮮政策は、このような関係諸国の同床異夢の現状を踏まえる必要があります。拉致、核、ミサイル、日朝国交正常化という課題を解決するために2002年9月の「日朝平壌宣言」の趣旨に基づいた交渉戦略が必要になっています。膠着状態の米朝協議、南北対話という事態を前にして、日朝首脳会談は開催のタイミングが重要になりつつあります。

鴻海(ホンハイ)会長が台湾総統選に出馬表明

2019年5月
玉置充子

2020年1月に迫った台湾の総統選挙で与野党ともに候補者選びが混迷するなか、4月17日に電子部品受託生産で世界最大手の「鴻海(ホンハイ)精密工業」の郭台銘会長が野党国民党から出馬すると表明しました。郭氏は一代で町工場を世界的な巨大企業に発展させ、その強引な手腕から「台湾のトランプ」とも呼ばれています。日本では、2016年に経営不振のシャープを買収したことが記憶に新しいでしょう。

郭氏は今回の出馬に際し、「媽祖のお告げがあった」と明言しました。媽祖とは台湾で最も厚く信仰される「道教(あるいは「民間宗教」)」の女神で、台湾には1000カ所近い媽祖廟があると言われます。郭氏の父親は外省人の警官で、渡台後に一家は台北の隣の新北市・板橋にある媽祖廟「慈恵宮」に間借りしていました。郭氏はそこで生まれて幼少期を過ごしており、今も折に触れて参拝を欠かさないそうです。台湾では政治家が媽祖廟等に詣でるのは珍しいことではありませんが、それでも、郭氏の発言は「媽祖を政治に利用している」といった反発も招いています。

郭氏の真意はともかく、媽祖の「政治的な利用」が問題視されたのは今回が初めてではありません。台湾と中国(特に南部)は共通する宗教文化を持ちます。媽祖も元来、台湾の対岸の福建省・湄洲を起源とする女神で、1980年代末に中台の往来が解禁されると同時に、媽祖信仰を通じた交流も復活しました。こうした中台間の宗教交流は、中国政府にとって対台湾政策に利用し得るもので、その後「媽祖外交」とも言うべき状況が現れました。1997年1月、湄洲の「祖廟」から媽祖像が初めて訪台した際には、100日以上かけて台湾全土の媽祖廟を巡回し、各地で熱狂的に迎えられる一方で、宗教が統一工作に利用されたとの批判が少なくなくありませんでした。

20年後の2017年9月、湄洲の媽祖は2回目の訪台を果たしました。この時、巨額を投じて媽祖を台湾に勧進した人物こそ、鴻海の郭会長です。当時、郭氏はすでに総統選出馬に意欲を示していたとも言われますが、皮肉なことに、慈恵宮における祭典を郭氏とともに「主祭」したのは、今回国民党の総統候補予備選を争う朱立倫・新北市長(当時)でした。

台湾で総統民選が始まって以来、企業家が総統候補に名乗りを上げたのは初めてのことです。中国政府に太いパイプを持つのみならず、米国への巨額投資を通じてトランプ大統領とも親交のある郭氏が果たして名実ともに「台湾のトランプ」となるのかは、まずは党内の予備選の結果を見なければいけませんが、今回の出馬表明が波乱含みの選挙情勢にさらなる波紋を起こしたことは間違いありません。

宗教弾圧に邁進する習近平政権

2019年4月
澁谷 司

今年(2019年)2月2日、習近平政権は河北省石家庄平山県の絶壁に彫刻された世界最大の「滴水観音像」を爆破しました。

高さ57.9メートルの立像は、5年の歳月と1700万元(約2億8000万円)を費やして岩肌に彫られています。その観音像は、多くの信者や観光客に崇められてきました。

しかし、今年1月、中国当局が観音像付近にやって来て、一般人が立ち入るのを禁じたのです。そして、観音像の頭部を爆破し、次に、胴体部分を爆破しました。

これは、習政権は、かつてタリバンが行った仏像破壊と同じ破壊行為です。

中国では「文化大革命」(1966年〜76年)の際、紅衛兵によって仏像が破壊されています。観音像破壊を見る限り、目下、中国では「文化“小”革命」が進行していると言っても過言ではありません。

他方、昨2018年、山東省淄博市九鼎蓮花山に鎮座していた観音菩薩像も中国当局によって撤去されています。

この観音像は、2009年、篤志家によって建立されました。高さは34メートルで建設費用が888万元(約1億4700万円)かかったと言います。その後、多くの仏教徒が、観音像へ参拝していました。

けれども、昨年6月、宗教事務局がその観音像の所有権を得たのです。そして、同年11月、観音像を撤去しました。

さて、習近平政権は新疆・ウイグル自治区に住むイスラム教徒のウイグル人100万人以上が「再教育キャンプ」へ強制収容され、洗脳教育が行われています。

実は、習近平政権の宗教締め付けは、イスラム教徒や仏教徒だけでなく、キリスト教徒にまで及んでいます。

近年、キリスト教会が北京の攻撃対象となりました。教会のシンボルの十字架が取り壊され、教会内には五星紅旗や習近平画像を掲げるよう強制されています。

昨年には、河南省が対象となりました。

例えば、同年8月29日、同省鄭州登封で、教会の十字架が撤去されています。同31日、同省平頂山汝州小屯にある教会の十字架が取り壊されました。

翌9月1日、やはり同省安陽県北郭豆の教会の十字架が撤去されています。同5日、同省南陽市唐河県の農村教会が“破壊”されました。

結局、昨年、中国では2000万人以上のキリスト教徒が迫害を受けたと言います。また、10万人を超える同教徒が逮捕されました。

中国共産党は一体、何を恐れているのでしょうか。今後も、習政権がこのような宗教弾圧を続ければ、ますます国内外にいる宗教関係者の反発は強くなるばかりではないでしょうか。

対米関係が生み出したサウジと中国の接近

2019年3月
野村明史

サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が、2月17日から22日にかけて、パキスタンとインド、中国を歴訪しました。最初の訪問地パキスタンでは、カーン首相の手厚い歓迎を受けて、ムハンマド皇太子は約2兆2000億円規模の経済支援を行うことを約束しました。

次の訪問地インドでは、モディー首相が自らムハンマド皇太子を空港で出迎え、サウジは今後2年間に約12兆円の投資を行う方針を明らかにしました。通常、インドの首相が外国要人を空港で出迎えることはほとんどありません。しかも、ムハンマド皇太子は国家元首ではなくナンバー2の地位ですので、モディー首相の出迎えは異例の歓迎であったと言えるでしょう。

そして最後の訪問地となった中国では、サウジアラムコと中国企業2社の合弁で遼寧省に石油化学コンビナートを建設することを発表し、一帯一路への強い支持を表明しました。また、この合弁会社へは約1兆1000億円の投資が見込まれ、中国最大の合弁会社になると期待されています。

ムハンマド皇太子は、昨年10月に起きたカショギ氏殺害指示の嫌疑をかけられ、サウジの国際的信用は大きく失墜しました。欧米企業はサウジへの投資に消極的になり、米国上院議会では、カショギ氏殺害とイエメン内戦介入の非難決議案が採択されました。さらに今年1月、EUはマネーロンダリングやテロ資金供与への対策が不十分な国のリストにサウジを追加して、サウジと欧米諸国との関係は急激に冷え込んでしまいました。今回のムハンマド皇太子のアジア歴訪には、このような国際的孤立からの脱却を図る狙いがあったと考えられます。

今までサウジは中国との関係や一帯一路への参加には慎重な姿勢を示していました。しかし、今回、中国との関係強化をアピールすることによって、パキスタンやモルディブでは思ったような成果を上げられていない一帯一路に救いの手を差し伸べ、イランなど他の中東諸国へ進出を図ろうとしている中国に影響力を強める狙いがあるのでしょう。そして何よりも、貿易戦争で米国と対立関係にある中国への接近は、サウジへの強硬な姿勢を見せる米政権への大きな警告を表しています。

このように中国との親密関係をアピールしているサウジですが、安全保障や経済面では未だ米国に大きく依存しており、中国へシフトチェンジしたとみるのは時期尚早です。今回の両国の接近はあくまで対米関係が生み出した結果であり、米国との関係に変化が生じれば、両国の接近も一時的なものに留まるかもしれません。

米中新冷戦の行方

2019年1月
川上高司

新年にはいり米中関係が悪化し国際情勢が厳しさをましています。株も乱高下し世界経済の行く末も暗雲が立ちこめています。

昨年10月4日のペンス副大統領のハドソン研究所でのスピーチは米中新冷戦を彷彿させるものでした。米国が中国に新冷戦を仕掛ける目的は、自らの覇権に挑戦する中国の台頭を抑えることにあります。かつて米国はソ連に対しあらゆる面で「封じ込め」冷戦を仕掛け、ソ連は崩壊し米国はつかの間ですが「歴史の終わり」を勝ち取りました。

しかし今回の米中新冷戦は米露冷戦とは異なっています。当時の米露は軍事力(核戦力含)ではほぼ拮抗していましたが、経済力では米国が有利でした。また、東西陣営にその経済圏がほぼ完全に別れており米露間で経済的相互依存関係は存在しませんでした。したがって、政治・軍事的対立は経済とは切り離せて戦えました。今回は、軍事力では圧倒的に米国が優位に立つものの経済力では中国が米国を凌駕する勢いです。しかも米中は「ヒト、モノ、カネ」が自由に往来する関係にある上、経済的相互依存関係が深化している。したがって、米中間で経済的紛争が激しくなればなるほど双方ともにダメージを受けることは間違いない。

問題は、米国がどこまで、いつまで、どの規模まで貿易戦争をやるのかというところにあります。現状は、米国の中国に対する対抗措置はトランプ大統領が一存で中国とディールをできない状況になっている。ワシントンの対中政策が構造的に変化をしました。

冷戦時代は“ヨーロッパ”が最前線となりましたが、米中新冷戦では“日本列島~南シナ海諸国”が最前線となり、ここで熾烈な米中間の争いが繰り広げられることとなるでしょう。

さらに、2020年の大統領選挙がスタートし、中間選挙で米議会は「ねじれ議会」となったため今後、下院でロシアンゲートに関する公聴会が開催される可能性もある。その場合、トランプ大統領は議会での窮地を避けるために米中新冷戦を激化させ国民の目をさらすでしょう。

「トゥキディデスの罠」を論じ、米中衝突の可能性に警鐘を鳴らしているグレアム・アリソンも現状を事実上の冷戦布告と評していまする。米中衝突の回避のためには、米中がリスクを真剣に受け取り、両国の首脳が定期的に頻繁に会し、政府間の作業部会を増設するなど、重層にわたる相互理解のメカニズムの創設が必要とされます。さらに、米中のリーダーや官僚のみならず一般国民の交流が不可欠でしょう。

現在、米中は相互依存関係が深化しているためMAED(相互確証経済破壊)の状況が生まれています。一歩間違えば世界恐慌に陥りかねないばかりでなく、米中の小競り合いから一気に米中の軍事的衝突にまでエスカレーションしかねません。

 

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