※本サイトに掲載された論文・コラムなどの記事の内容や意見は執筆者個人の見解であり、当研究所の見解を示すものではありません。

コラム

新年のご挨拶

2022年1月

新年、明けましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になり、研究所員一同心より御礼申し上げます。

本年も、国際情勢の分析と地球規模の諸課題の解決に向けてより一層充実した調査・研究活動に取り組んで参りますので、より一層のご支援、お引立てを賜りますようお願い申し上げます。

皆様のご健康とご多幸をお祈りし、新年のご挨拶とさせていただきます。

本年も宜しくお願い申し上げます。

所長事務取扱 小倉 克彦(常務理事)

 

朝鮮半島情勢に変化の兆し?

2021年12月
武貞秀士

北朝鮮動向で9月に重要な動きがありました。ひとつは軍事分野です。9月、北朝鮮は先端技術を活用した新型の巡航ミサイル、弾頭ミサイルを発射して、軍事技術が確実に向上したことを見せつけました。同じ9月、指導者の金正恩総書記の妹、金与正氏が国家の重要ポストである国務委員に就任して指導部の中心的存在であることが確認されました。金与正氏は「朝鮮戦争の終戦宣言や南北首脳会談など関係改善に向けた問題も建設的論議を経て早期に解決可能」と述べて韓国との対話の扉を開けていることを示唆しました。ミサイル発射と対話という硬軟両用策です。

これは北朝鮮内部でタカ派とハト派が対立している結果ではありません。指導者が軍部を統率していないからでもありません。この硬軟両用のスタイルは金日成時代から続いているものです。核兵器開発を続けながら米朝関係正常化を図り、在韓米軍撤退を促進し、北朝鮮の体制強化した状態で朝鮮半島統一に向けて進む方針です。米国の首都に届く弾道ミサイルを保有すれば、米国が朝鮮半島への軍事介入はリスクが高いことを知り、朝鮮半島への軍事介入をあきらめるという北朝鮮の計算は、金日成時代からの核戦略なのです。

しかし、北朝鮮主導の統一であるかぎり、どこかの段階で韓国と北朝鮮の軍事衝突が起きます。そのとき朝鮮戦争で3万3千人余りの戦死者を出した米国は「朝鮮半島のことは韓国と北朝鮮に任せる」というわけにはゆきません。自由主義国家である韓国が主導して統一が実現することを願い、それまでは紛争を抑止するために在韓米軍が駐留しているのです。

いま朝鮮半島では3つの変化が起きつつあります。一つ目は米国が「世界の警察官であることはやめた」と言い出したことです。アフガンから米軍は撤退しました。二つ目は文在寅政権を含む韓国の革新与党は「南北交流を通じて平和的な経済統合から政治統合に進む」との統一政策をとっています。三つ目は北朝鮮の政策を支持する中国は、北朝鮮の核兵器開発を放棄させることにあまり熱心ではありません。中国は米国を牽制しつつ、中韓経済関係と中朝政治関係を強化しています。

この3つの変化を北朝鮮はチャンスと考えています。北朝鮮は経済状態が悪く、食糧不足と電力不足に悩みながらも、ミサイルと対話という硬軟両用策をとるのは朝鮮半島の構図に変化ありと見ています。そして、文在寅大統領の国連演説と金与正氏の談話を契機に「朝鮮戦争の終戦宣言」に関心が集まってきました。

AUKUSの衝撃

2021年10月
佐藤丙午

2021年9月のバイデン大統領によるAUKUSの発表は、まさに世界を揺るがす12分間でした。

その前月の米軍のアフガニスタン撤退の衝撃が冷めない中、米国、英国、豪州による「三カ国同盟」の発表は、国際社会が新たな段階に入ったことを印象付けました。AUKUSの発表では、その目的が中国への対抗とは明言されていません。しかしそれを「新冷戦」と呼ぶ人もいると思います。発表の中心であった、豪州に対する米国の原子力潜水艦輸出の発表、さらには、グローバルな役割の回復を表明していた英国のインド太平洋への回帰を枠組み的に担保することが、意味するところは明確だと思います。

このように、AUKUSの発表の中核には、2016年に豪州がフランスと合意した通常動力型の潜水艦の契約を破棄し、米国の原子力推進型の潜水艦を輸入するとの決定があります。豪州のコリンズ級潜水艦の後継艦の入札では、日本も「そうりゅう」型の潜水艦の輸出を試みましたが、フランスに契約を奪われています。豪州は今回、フランスとの契約を破棄して米国の原子力潜水艦を選択したことになります。これにより、インド洋や南太平洋における豪州の作戦運用能力は将来的に大幅に向上することになります。

ただし、契約を破棄されたフランス側にすると、たとえ違約金を入手したとしても、怒りは収まらないのは理解できます。実は当初より豪州が想定していた潜水艦の作戦運用では、原子力潜水艦の導入が合理的であるとは指摘されていました。しかし、国内に原子力産業のない豪州にすると、原子力潜水艦の導入は壁が高く、なおかつ核不拡散の観点から、簡単に導入はできないと考えていたようです。フランス側も豪州の事情は理解しており、通常型潜水艦の輸出を進め、将来原子力動力への切り替え(数隻目以降)を示唆していました。今回の米豪の決定は、これら配慮に対する裏切りとも写っているようです。

かつて、アイゼンハワー政権期に米国が英国とのみ核技術の共有を進める決定をした際、フランスのシャルル・ドゴール大統領はこれを「アングロ・サクソン」による核能力の独占を目指すものとして反発し、独自の核兵器の開発の道に進みました。米豪の合意やAUKUSによる同盟強化は、本質的には中国に対する抑止や対処能力の向上に貢献するのでしょうが、フランスの反発により、欧州諸国が対中政策で英米と歩調を合わせなくなる可能性はあります。

したがって、AUKUSは新たな国際秩序の確立ではなく、この後、フランス、日本、ドイツ、インド、台湾など、同盟国や友好国を取り込んだ新たな枠組みを構築し、それを通じて地域の平和と安定を模索する必要があります。今後の展開に注目する必要があります。

「クビ切り」なのになぜ万歳?

2021年9月
丹羽文生

永田町に「解散風」が吹き始めました。今の衆議院議員は10月21日に任期満了を迎えます。支持率低迷と新型コロナウイルスの感染拡大により菅義偉首相は今、解散のタイミングを失いつつあります。ややもすれば戦後2例目となる「任期満了選挙」になるかもしれません。

憲法上、衆議院解散に関する条文としては第7条と第69条があります。このうち第69条には「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」と記されていますが、衆議院解散は全て第7条の「天皇の国事行為」として解散詔書を以て行われることになっています。

解散の手続きとしては、最初に内閣総理大臣が閣議を開き、全ての国務大臣から解散の同意を得て、内閣総務官が解散詔書の原案を皇居に持参します。これに天皇陛下が「御名御璽」、所謂「署名捺印」をして、内閣総務官が内閣官房に持ち帰り、首相の副署を経て解散詔書が完成となります。

続いて衆議院本会議が開かれて、あの「お馴染みの儀式」が行われます。まず議長席後方の扉から官房長官が紫色の袱紗に包まれた解散詔書を黒色の漆塗りの盆に乗せて本会議場に入り、それを事務総長に手渡します。この解散詔書は現物ではありません。「写し」、つまりコピーで、解散詔書そのものは内閣官房に保管されます。

事務総長が中身を確認、その上で議長が文面を朗読します。この紙切れ1枚で、数秒後には、この国から一時的に衆議院議員という存在が消えることになります。

「ただいま内閣総理大臣から、詔書が発せられた旨伝えられましたから、朗読いたします。日本国憲法第7条により、衆議院を解散する」

すると、衆議院議員という身分を失い「ただの人」になったばかりの全員が一斉に立ち上がり「万歳」の雄叫びを上げます。衆議院解散は彼らにとって言わば「クビ切り」です。何がそんなに嬉しいのでしょうか。

万歳をする習慣は、1897年12月25日、帝国議会の頃にまで遡ります。当時の会議録によると、解散詔書の朗読が終わったところで、「拍手起リ『万歳』ト叫ブ者アリ」とあります。衆議院解散が「天皇の国事行為」であると同時に、解散詔書に天皇陛下の御名御璽があることに対する敬意の意味で行われたのが始まりのようです。

一方、選挙に向けて士気を鼓舞するための「景気づけ説」も有力です。真相は分かりませんが、どうも筆者には単なるヤケッパチの絶叫にしか見えません。

プーチン政権長期化は、「KGBの復讐プロジェクト」?

2021年8月
名越健郎

ソ連邦が崩壊して今年で30年ですが、この間プーチン時代が21年と3分の2を占めています。憲法規定では、プーチン氏は2024年の次回大統領選にも出馬でき、最長で2036年までの続投が可能です。その場合、プーチン氏は36年間政権を担当し、30年弱のスターリンを抜いて、20世紀以降のロシア史で最長在任の指導者になります。

プーチン時代がこれほど長期化する理由は、大統領の一元支配が強固なこと、野党や反政府勢力が無力なこと、国民が1990年代の社会・経済混乱の復活を恐れていることなど多くの要因が指摘されています。

その中で、英紙『フィナンシャル・タイムズ』の元女性モスクワ特派員、キャサリン・ベルトン記者が2020年に出版した『Putin's People』( Farrar Straus & Giroux)は、プーチン政権の内幕を詳細に調査し、「KGB(旧ソ連国家保安委員会)のOBクラブがソ連崩壊後の国家機関と経済を密かに、かつ確実に牛耳った」と書いて、欧米の専門家の間で話題になっています。

642ページの分厚い同書は、邦訳はまだありませんが、プーチン氏が1980年代後半、KGB将校として旧東独のドレスデンに駐在し、西側の犯罪組織と接触してかく乱工作に従事したこと、90年代にサンクトペテルブルク副市長として、港湾の組織犯罪と連携して違法に資金を確保したこと、政権掌握後はKGBの同僚らを政権に招いて金融ネットワークを掌握したことなどを関係者への取材で浮き彫りにしています。

プーチン独裁に移行する決定的な転機は、2003年に反政府的な石油最大手、ユコスを一網打尽にして国有化したことで、それ以来、プーチン氏はまるで皇帝のようにロシアとその資源を支配し、友好的なオリガルヒ(新興財閥)と旧KGBの幹部に支えられている-とベルトン氏は書いています。

2002年10月に人質100人以上が死亡したチェチェン共和国独立派によるモスクワ劇場占拠事件についても、大統領側近のパトルシェフ連邦保安局長官が「プーチンの権威を高めるために仕組んだ」と告発しています。この事件では、側近のセチン・ロスネフチ社長がテロリストを気絶させるため致死性の化学ガスの使用を決めたという記述があり、ロスネフチ社は英裁判所に名誉棄損で著者を告訴しました。

クレムリンのカネと権力の謎を追った同書は、「冴えないKGBの中堅将校らが、富を集めるという資本主義の欲望と、ロシア帝国の復活というビジョンを結びつけた」としており、プーチン政権長期化は、「KGBの壮大な復讐プロジェクト」というのが結論のようです。

内政干渉

2021年7月
富坂 聡

日本と中国を長く見てきた経験から、昨今の日本の対中感情の悪化が心配です。日本が再び反中「病」を患い始めたからです。

中国と向き合う個人や団体、国はなぜか分断の末に社会が蝕まれます。日本版「パンダ・ハガー」対「ドラゴン・スレイヤー」なのか日本の政界にも古くから「親・反中」の対立があり、メディア界では「朝日新聞」と「産経新聞」の対立もあります。この根底にあるのは、中国恐怖症です。

過度に中国を意識すれば好悪や善悪に引きずられ、本来、国際社会で不可欠な「利害」の判断が揺らぐのです。特定の国への恐怖症が無意識のうちに視野狭窄を招くからです。

その結果、「予測」と「願望」の区別が失われます。日本の書店の国際政治欄に「中国崩壊本」が所狭しと並ぶのは典型的です。国際政治分析は占いではありませんが、なぜか予言は手を変え品を変え出続けます。とても不思議です。

ここ数年、トランプ大統領が中国という憂苦を吹き飛ばす「希望の星」でしたが、その過程では東アジアが火の海になり、日本も無事では済まないのは自明です。

昨今は香港とウイグル族の問題に夢中で、台湾問題にも口を挟む悪乗りも見られます。

人権や自由のために戦うのは当然――。そんな声が聞こえてきそうですが、国際社会はそんな甘い考えで動いているのでしょうか。

そもそも日米の思惑の一致も怪しいのです。アメリカが中国に攻勢をかければ、それなりに得られるものがあります。日本は違います。

中国が最大の貿易相手という手垢のついた話ではありません。例えば、日本が口実にする安全保障はどうでしょうか。

日本の視点で抜け落ちているのは、将来、米中が急接近する――かつてのニクソンショック――可能性や中国がアメリカを凌ぐパワーを身に着けアジアに君臨するという未来です。安全保障の基本はあらゆる変化を想定して最悪に備えることです。大丈夫でしょうか。

いま中国は、日本が香港・ウイグル問題に口を出すことを内政干渉だと非難します。それに対し日本には「人権問題だ」と撥ね付ける声が多いようです。しかし今後も隣国同士、関係が続けば攻守の逆転も考えるべきです。

例えば沖縄です。中国が肥大化し、人権を口実に沖縄への野心を剝き出しにしたとき、日本がかつて香港・ウイグル問題に口を出したことを逆手に取られるでしょう。未来の日本人には重い宿題となります。

しかも香港やウイグル族の人々がそんな日本に感謝し続けるとは限りません。政治の風向きは気まぐれです。かつて香港で起きた「反日デモ」の激しさを思い出せば明らかです。

さらに深刻なのは台湾問題です。

日本は中国との国交正常化に際し台湾と断交しました。「一つの中国」の原則のためですが、それをいま日本が無視すれば日中平和友好条約違反です。日本は今後中国の条約違反を問いたくてもできなくなりますが、問題はそれにとどまりません。中国の台湾統一の本気度を考えればその先には戦争もあるからです。日本にそんな覚悟があるでしょうか。

戦後の世界秩序は国連が中心です。そして日本はいまだ敵国条項を背負っています。戦前の軍国主義などを国連が敵視しているからです。その日本が対中侵略の象徴・台湾に口を出すことを中国が本気で問題視すれば、当然、「日本が再び野心を復活させた」と大宣伝を打ってくるでしょう。

日本に対する宣戦布告は国連憲章違反ではありませんから、将来、日本を攻める口実には十分です。このときロシアや北朝鮮はどう動くでしょうか。韓国は、どうでしょうか。

現状、アメリカという「重し」があればこそ頭の体操ですが、未来は分かりません。こんな危険な環境をわざわざ経済を犠牲にして作り出そうという日本とは何なんでしょうか。

大規模予防接種に関する情報の画一化―危機管理論の立場から

2021年6月
遠藤哲也

*昨年10月のコラム「危機対応にはリスク分析の考え方を」も合わせてお読みください。

先般、2月17日より日本でも「新型コロナウィルス感染症」の予防接種が始まりましたが、マスコミでは「いつ接種できるか」「接種時の服装は」といった全肯定で推進の報道ばかりが見られます。一方、厚労省は「同意がある場合に限り接種」と明示しており、マスコミとは少々トーンが違います。しかし多くの国民はマスコミ情報に依存しており、多様な情報に基づいて判断する事が難しいのが現状です。例えば、多くの人は接種すれば感染しも・させもしなくなると思っていますが、厚労省は「接種した方から他人への感染をどの程度予防できるかはまだ分かっていません」としています。

ネットや出版では、医学者、医師、その他の知識人による大規模接種への慎重論や若年者の接種への反対論は少なからず見られる一方、そうした異なる意見や観点に対してデマ、反ワクなどのラベリング用語で頭から決めつけが行われるなどの異論を許さぬ雰囲気も在ります。昨10月の記事で述べたように、危機政策はどうしても過剰に傾きがちですが、対策には負の影響としてのトレードオフ被害が伴う以上、可能な限り「適度」を目指すべきで、その為には対策過剰への批判意見も自由に語られねばなりません。この閉ざされた言語空間の下で進む大規模接種は本当に妥当なのでしょうか?

6月1日、厚労省発表の新型コロナによる日本での年代別死亡者数(累積)では70代以上が9639人で全体の9割を占め、60代784人、20代7人、10代0人です。世代別の死亡率では、高リスク群の80代以上でも大まかに0.063%、70代で0.016%です。つまり日本では1年5ヵ月を経て、どの世代であろうと99.93%以上の人は新型コロナで死亡しませんし、年間死者約15000人とされる受動喫煙(厚労省)など、より高リスクの死因は幾つもあります。

一方で厚労省が「予防接種の副反応による健康被害は極めて稀ですが、不可避的に生ずる」とするように、大規模接種をすれば必ず副反応のトレードオフ被害が出ます。また、予防接種用薬の開発には、普通は「早くても10年」ぐらいかかる(石井健教授・免疫学)とされ、今回は1年未満で開発されたものを日本政府が「特例承認」したものです。過去には「5~10年たった後に副作用が判明し、使用禁止になるもの」もあり(岡田正彦名誉教授・予防医療学)、厚労省も、新種の予防接種用薬のため「これまでに明らかになっていない症状が出る可能性があります」としています。実際、医療関係者による強い副反応の経験談はしばしば目にしますし、5月末の厚労省公表では副反応疑いでの死亡は85件とあり、別に重篤化846件(死亡含む)との資料もあります。個別例ですが、原田曜平信州大特任教授は、接種後に自宅で倒れて搬送され後日面会した父親について、両手が腫れ上がり、両足から体にかけて無数の赤い斑点、後頭部には多くの皮膚がめくれた跡、後ろの首筋はやけどのようなケロイド状…と痛々しい容体を記しています。海外についても、英国等での好成績の報道ばかりが目につきますが、感染数が極少だったのに2月の接種開始後から激増したカンボジアのように、予防接撞数と感染者数増が相関を見せた国・地域も複数あります。

もう一つ重要なのは、米CDCのファウチ所長が「少なくとも半年は持続」と発言しているように、コロナのように変異が激しいRNAウィルスに対する予防接種は効果の持続が期待し難い事です。そもそもコロナの被害が小さい日本で、その対策において、76年の米国で30人の副反応死者発生で中止された豚インフル予防接種の例等に鑑みても有意にトレードオフ・リスクが在り、効果の持続も覚束ないとなれば、性急に大規模接種を行う理由が見出せません。特に、死亡リスクが低い60代以下の層、大半が無症状・軽症の若年層に一定リスクを負わせて集団接種を行う有意性は見出し難いものがあります。過去に2万人にインフル接種を自ら行ってきたという上記の岡田名誉教授、ドイツ感染研究所の予防接種用薬開発室長やBMゲイツ財団勤務などを歴任し世界的な予防接種用薬の権威であるG・V・ボッシュ博士、ファイザー社の元副社長で呼吸器系研究者でもあるM・イェードン博士、エイズ・ウィルスの発見者でノーベル医学生理学賞受章者のL・モンタニエ博士などが今回の接種用薬のリスクについて強い警告を発してもいます。

この予防接種は70代以上の高リスク群を主眼に、公平で具体的な情報を与えた上で、それでも接種を望む人のみが受けるべきであり、事実上の接種強要が起こる職場・学校単位での集団接種を行うべきではありません。また、接種歴は機微の個人情報であり、非接種者への差別を許さぬ為に、雇用時や施設利用時などに接種歴を問うたり、スタッフの接種済を宣伝利用したりする事は明確に禁じられるべきでしょう。

追記:本稿脱稿後、6月9日に厚労省より発表された資料では、新型コロナの予防接種による副反応疑いでの死亡者の報告は6月4日までで計196件となった。また、5月30日迄の医療機関よりの副反応疑いでの重篤の報告、計1260件(死亡含む)との資料もある。

独立は一民族のものならず

2021年5月
丹羽文生

過日、東京プリンスホテルで開かれるセミナーに向かう途中、開会まで時間があったので、近くにある青松寺まで足を延ばしました。高輪の泉岳寺、台東区橋場の総泉寺と並ぶ曹洞宗の「江戸三箇寺」の1つに数えられる由緒ある寺院です。門を潜って境内左側に進んでいくと、そこにインドネシアの初代大統領であるスカルノから贈られた大きな石碑が建っています。

「市来龍夫君と吉住留五郎君へ 独立は一民族のものならず 全人類のものなり 一九五八年二月十五日 東京にて スカルノ」

17世紀頃、アジアの国々は悉く欧米列強の植民地にされ、インドネシアもオランダの植民地となりました。それは約3世紀半に亘って続き、この間、インドネシアはオランダによる圧迫、収奪、搾取に苦しめられました。

そんなオランダを駆逐したのが日本でした。第2次世界大戦中、インドネシアに上陸した日本は、僅か10日足らずでオランダを追い払って新たな軍政を布きます。インドネシアの人々は驚嘆と感謝を持って迎えました。日本は、将来のインドネシアの独立を見越し、オランダ語の使用禁止とインドネシア語の普及、郷土防衛義勇軍の設立と軍事教練の実施、インドネシア人の高級官吏への登用と、社会基盤の整備に努めました。

日本が戦争に敗れた2日後、大統領に就任したスカルノはインドネシアの独立宣言を行います。ところが、再びインドネシアを植民地支配すべくオランダがイギリスと一緒になってインドネシアに侵攻してきました。インドネシア独立戦争に始まりです。

しかし、3年半に及ぶ日本の軍政により、インドネシア人は、これまでのような「従順な羊」ではありませんでした。オランダに敢然と対峙したのです。

この時、残留日本兵の多くがインドネシアの独立のために戦いました。市来龍夫、吉住留五郎もそうです。

市来は熊本県人で22歳の時にインドネシアへ。「日蘭商業新聞」記者を経て、陸軍第16軍宣伝班員となり、オランダから危険人物としてマークされながらも、インドネシアの独立派と親交を温め、日本が敗戦した後も、そのままインドネシアに残り、オランダとの戦闘中に42歳で戦死しています。

吉住は山形県人で、市来と同じくインドネシアに渡り「日蘭商業新聞」記者となり、その際、市来と知り合いました。オランダからの独立を目指すインドネシアの人々と一緒になって独立運動に挺身し、途中、オランダからの拷問に苦しみながらも、敵地工作に当たり、同じくインドネシア独立戦争に身を投じて、37歳の若さで病死しました。オランダによる拷問が吉住の身体を蝕んでいたのです。

市来はアブドゥル・ラフマン、住吉はアリフというインドネシア名を持つほどインドネシアに溶け込んでいました。スカルノにとって2人は、まさにインドネシア独立戦争を一緒に戦った戦友だったのです。

残念ながら市来も住吉もインドネシアの完全な独立を目にすることはできませんでした。しかし、天国からインドネシアの行く末を見守っていることでしょう。インドネシアは親日国として知られています。しかし、その淵源には、私たちの先人の血と汗の努力が存在することも忘れてはなりません。

アラブの春から10年

2021年4月
野村明史

中東で民主化運動「アラブの春」が起こってから10年が過ぎました。

長期独裁政権と経済悪化に希望を失った若者の焼身自殺を契機にチュニジアから始まった「アラブの春」は瞬く間に周辺諸国へと広がりました。エジプトでは大規模デモによって約30年続いたムバーラク政権が退陣し、リビアでも反体制派が武力衝突を経て、40年近くに及んだカダフィー政権を打倒しました。

しかし、ムバーラク政権後、民主的な形で誕生したムルシー政権はクーデターによって倒され、エジプトでは再び軍主導の権威主義体制が敷かれました。リビアもカダフィー政権崩壊後、国内の勢力は2分化し、未だ内戦状態が続いています。また、シリアでも、親子2代にわたるアサド政権と反体制派の武力衝突が繰り広げられ、国土は荒廃し、多くの難民が発生しました。

「春」はすぐに厳しい「冬」へと変わりました。そのような現実を前に、他のアラブ諸国でも高まっていた「民主化」の声は、いつの間にか聞こえなくなりました。

振り返れば、フランスなどの欧米諸国でも民主化が達成されるまでには、様々な困難を伴いました。フランスでは、絶対王政に怒れる市民がバスティーユ牢獄を襲撃し、フランス革命へと転化しました。その後、革命は成功して絶対王政は倒れましたが、ナポレオンによる軍事独裁政権など様々な困難を経て、現在の民主主義へとたどり着きました。

日本も明治維新や2度の大戦など多くの苦難を経験して、現在の民主主義の形が定着しました。その間、多くの先人たちが耐えがたい犠牲を払ってきたことは言うまでもありません。

欧米を中心とする先進国はしばしばアラブ諸国の民主化について声を上げることがありますが、現在も部族社会やイスラーム文化が根強く残る同地域で、民主化を浸透させることは容易ではないでしょう。そして、何よりも、現在、多くのアラブの民衆は、そのような混乱が起こることを望んではいません。

3月に米アラスカで開かれた米中外交トップ会談で中国側の代表は「中国には中国式の民主主義がある」と述べ、アメリカの人権外交に苦言を呈しました。アラブにもアラブ式の民主主義があり、民主化に至るまでには多くの時間が必要となります。

先進国はアラブの「冬」となった現実を直視し、恣意的な「民主化」の押し付けを今一度見つめなおす必要があるでしょう。

米国で増加するアジア系へのヘイト

2021年3月
玉置充子

米国では、新型コロナウイルスの感染拡大が止まらないなか、アジア系住民に対するヘイトクライムと考えられる事件が増加しています。報道によると、2020年3月から12月までの間に2800件を超える事件が報告されたそうです。今年に入ってからも、カリフォルニア州オークランドのチャイナタウンで91歳の男性が背後から突然押し倒され、亡くなるという痛ましい事件が起きました。また、2月8日にはサンノゼの日本人街にある日系人記念碑にいたずら書きがされる事件が発生するなど、アジア系のコミュニティには不安が広がっています。

2020年に米国でアジア系住民に対するヘイトクライムが増加した背景には、トランプ前大統領が新型コロナウイルスを「チャイナウイルス」と呼んで、アジア系へのヘイトを煽るような発言を繰り返したことがあると指摘されています。それだけでなく、米中対立激化の影響や、19世紀の「黄禍論」から続くアジア系住民に対する根深い差別意識がコロナ禍で表面化したという見方もできるでしょう。

「アジア系」とひとくくりにされていますが、そこには当然さまざまなルーツの人々が含まれます。近年、米国のアジア系住民の数は増加を続けていて、近い将来、ヒスパニックの人口を超えると予測されています。現在、米国のアジア系人口は約2200万人で総人口の7%程度を占めます。そのうち中国系が500万人で最も多く、フィリピン系、インド系、韓国系、日系と続きます。アジア系住民は、米国の移民の中で最も経済的に成功し、教育水準が高いと言われています。また「勤勉で忍耐強く従順」な「モデル・マイノリティ」と呼ばれ、反撃などしてこないという印象を持たれてきました。このため、黒人差別と比べてアジア系に対する差別は見えづらく、BLM(Black Lives Matter)運動が世界中で盛り上がる中、自分たちへの差別問題がないがしろにされていると感じるアジア系住民は少なくないかもしれません。

それが、今回のような事件の多発を受けて、ハリウッドのアジア系俳優が抗議コメントを出すなど、社会的に影響力を持つ人々が声を上げ始めています。ハリウッドでアジア系と言えば、2018年に大ヒットした映画『クレイジー・リッチ』が思い起こされます。原題が“Crazy Rich Asians“である同作は、シンガポールの大富豪の御曹司とニューヨークの中国系キャリアウーマンの恋愛を描いたラブコメディーで、主要キャストとスタッフがアジア系で占められたハリウッド映画としては異例の作品ながら、米国だけでも興行収入1億5千万ドルを超えるヒットとなりました。同作の快挙は米国におけるアジア系住民の地位向上を反映したものであったはずですが、コロナ禍は再び人種間の分断を広げてしまったようです。

バイデン新大統領は就任直後の1月26日、アジア系住民へのヘイトクライムや人種差別に厳しい対応を取るよう連邦機関に求める大統領令にサインしました。政策的な取組みは始まったばかりで、差別解消は一朝一夕にはいかないでしょうが、今後ますます「従順なモデル・マイノリティ」からの抗議の声が高まり、政策を後押しすることになると思います。

一帯一路のあとさき

2021年2月
吉野文雄

一帯一路は中国が2013年に始めた中国から欧州、アフリカを対象とした構想である。地域経済の開発と連携を目指した構想だが、中国政府が用語を定義しないので、さまざまな期待が増幅したり、必要以上の脅威が拡散したりした。ここへきて、東南アジアでは実態に合わせて、期待や脅威が収束している。

インドネシアで2014年の第1次ジョコウィ政権発足後、日本の提案を退けて中国の高速鉄道敷設計画が採択された。ジャカルタとバンドンの間の140㎞である。2019年開業を目指して2016年1月に着工したが、5年を経ていまだ土地収用ができていない区間が残る。

タイでは、バンコクとナコンラチャッシマを結ぶ250㎞の区間の工事の契約が半年遅れて2020年10月に締結された。これはラオスを突っ切って昆明に伸びる高速鉄道の区間である。

鉄道だけではなく、東南アジアにおける一帯一路構想は多岐にわたっている。ミャンマーのチャオピューの港湾建設や、同じくミャンマー、カンボジアの火力発電所建設など、インフラ整備で中国の躍進が目立つ。しかし、ここで取り上げた2つの高速鉄道同様に、多くのプロジェクトが障害にぶつかっている。

最大の障害は新型コロナウイルス感染症で、これは一帯一路に限らず、あらゆるインフラ整備事業を遅滞させている。債務の罠に陥りたくないという東南アジア側の警戒姿勢もまた障害となっている。ラオスはすでに債務負担の軽減を中国に求めたと伝えられている。ミャンマーではチャオピュー港湾建設費用を73億米ドルから13億米ドルまで縮小した。

中国の計画の甘さも指摘されている。インドネシアの高速鉄道がその例であり、分権的な民主主義国における土地収用の困難を甘く見ていたようだ。

しかし、これで一帯一路構想が中途半端に終わるわけではなかろう。なによりもインフラ整備が主眼の構想であるから、債務が増えようが、障害があろうが、完工すればインフラは残る。そのときにまた新たな問題も起きそうである。

昆明とバンコクを結ぶ高速鉄道だが、ラオス国内の乗降客はどのくらいいるであろうか。瀬戸内海に橋を架けるとき、橋が通る島々の住民は人々が都会からやってくると見込んだようだが、完成した橋は島から若い人たちが都会に出ていくためのものとなった。

私は、5年ほど前に一帯一路構想の一環として建設が予定されているマレーシアの半島部東海岸高速鉄道の敷設予定地を車で回った。とても高速道路が求められているという趣ではなかった。公共輸送機関としてはすでにある高速バスで十分だし、なによりマレーシアの人々は自家用車での移動を好むからである。

建設したインフラが廃墟と化さないことを望みたい。

大統領の反乱

2021年1月
川上高司

バイデン新大統領は、米議会を襲撃させたトランプ大統領の処遇に頭を悩ませるであろう。

大統領就任式まで2週間あまりと迫った2月6日、トランプ大統領が扇動し、トランプの支持者が連邦議会議に突入し死者5名を出すという前代未聞の事態が発生した。当時、連邦議会議では11月の大統領選挙で勝利したバイデンの大統領当選を公式に確定させる上下両院合同会議が行われていたが、その最中に、トランプ大統領の支持者たちが議事堂に乱入したのである。会議は中断されて議員たちが避難し、侵入者たちは内部で略奪、破壊行為を行った。この暴動で、警官2人を含む合計5人が死亡。その後もトランプはツイッターで支持者を煽り議会へ再び突入させる可能性があったため、1月9日、ツイッター社はトランプのアカウントを永久停止した。

米連邦議会を襲撃され、議員達はトランプ大統領の弾劾訴追を行う。トランプの任期中に手続きが完了せずとも弾劾裁判で有罪となれば、トランプが2024年大統領選へ出馬できなくなる。

つまり、バイデンを正式に大統領と認めず暴動を起こすトランプ支持者が国民の40%近くいるという事実がある。FBIは内部文書で、トランプ氏が罷免された場合や就任式当日に、各州や連邦などの裁判所に「押し入る」よう呼びかけていると警告している。このようにアメリカでは分断が激化し、内乱状態に突入しかかっている、いやすでに内乱状態かもしれない。

共和党内でも公然とトランプを批判する共和党議員が出ており、トランプ派と、トランプの大統領継続に引導を渡したペンス副大統領の良識派にわかれ始めた。トランプは、上下両院合同会議で副議長のペンス副大統領に結果を覆すよう圧力をかけたが、ペンスは要求を拒否した。そのため、米議会に突入したトランプ支持は「ペンスを絞首刑にしろ」と口々に叫び絞首刑台まで準備した。それを聞いた共和党議員は「クーデターだ」と口々に叫んだ。そして、共和党はトランプ支持とトランプに愛想をつかした議員達に分裂した。

それでも、トランプ支持派の結束は固い。暴動後のロイター通信の調査で、トランプは大統領を辞任すべきとする民主党支持層は88%に対し、共和党支持層は24%しかいない。つまり、共和党支持者の大半はトランプ支持者の連邦議会乱入とそれを扇動したトランプは正しいと支持している。それは、今回の大統領選挙でトランプは7400万票も獲得し、過去最多であったオバマ前大統領(約6800万票)を上回ったことからもわかる。バイデンは8100万票であるそう大差をついていないことかも理解できる。

トランプに扇動されて連邦議会に突入した支持者の主犯格の一人であるチャンスリーは「Qシャーマン」の名で知られる。「Qアノン」は、アメリカは「ディープ・ステート」による支配され、コロナも「ディープ・ステート」が仕組んだトランプ大統領を追い落とすための陰謀だと主張する。Qアノンは、「隠れトランプ」であり、リバタリアン、白人至上主義者、ミリシアなどのグループを勢力圏にいれながら、今や全米中に数十万人はいるといわれる。

アメリカはコロナ渦の大統領選挙の結果、内乱状況に陥りバイデン新大統領がそれを克服できるかが問われている。

コロナ禍と大統領選挙

2020年12月
佐藤丙午

2020年11月3日に、米国の大統領選挙が実施されました。正式には、11月には選挙人選出の直接選挙が各州で実施され、その後12月14日に選出された選挙人による本選挙へと進み、2021年の1月6日に開票・選挙結果の確定、そして1月20日に大統領就任式が実施されます。トランプ大統領は、11月の選挙における不正を訴え、票の再集計を求めており、敗北を認めていません。選挙結果が確定するのは、少し先になりそうです。

民主主義の政治体制において、一番重要なのは選挙結果を受け入れること、つまり敗者が納得して敗北を受け入れることだと言われます。これは、トランプ大統領が今回共和党史上最高得票と獲得したとしても、動かすことができない手続きです。皮肉なことに、これを教えてくれたのは、2000年の大統領選挙で、やはり票の再集計を求め、選挙人選挙の直前まで法廷闘争を戦ったゴア副大統領でした。20年たって、共和党と民主党の立場が入れ代わって選挙結果にチャレンジする事態が起こるとは、想像もしていませんでした。

トランプ大統領が、2020年の選挙の結果を受け入れられないと粘る理由の一つとして、自身の進めた政策に対する自信があるように思います。実際、トランプ政権の国内政策及び外交安全保障政策に大きな失点はなく、政策単体で評価した場合、成功した大統領とすることは可能でしょう。しかし、トランプ大統領は、メキシコとの国境の壁の建設にこだわったこと、これまでの外交安全保障政策上の課題に一定の決断を下し、結果的に米国の国際的評価を下げたこと、そして大統領としての品位を汚す言動を繰り返したこと、など、米国民が受け入れがたい点があったのも事実です。

そして、コロナ問題を軽視したような態度で終始し、事態の悪化を招いたことが、選挙では致命傷になったように思います。一般的に国家が危機に直面するとき、現職の政治家は支持率を高めます。国家の最高指導者は、国民に安心感を与える役割が期待されており、実際多くの国で政府に対する支持は高まっています。その意味で、マスク等の予防策の徹底に消極的であったトランプ大統領は、米国民に安心感を与えることに失敗しています。これは、大統領選挙の時期までにはワクチン製造に成功するとした予想が、「ほぼ」正確であったことを差し引いても、大統領に向けられた不信感を払拭することは困難でした。

この結果、トランプ大統領が無意識のうちに実践していた、米国と国際社会の関係性の調整は、バイデン政権に委ねられることになります。2000年代初頭に「帝国」と形容された米国は、21世紀に入り、国際経済における相対的地位の低下、国際社会の集合的意思決定における主導的地位の喪失などにより、リベラル国際主義と市場民主主義の普遍化を牽引する歴史的役割が果たせなくなっていました。国際社会において、「普通の大国」として立ち回ることを余儀なくされるようになっていたのです。

この状況の中で、トランプ大統領は「米国第一主義」を掲げ、歴史的な調整局面において米国を「引き籠らせ」、国内での力の涵養を目指す政策を進めてきました。これは、米国の「例外主義」を信じる立場からは許しがたい背信と映ったと思います。なぜなら、その過程で国際社会は、米国の存在感に対して敬意を抱かなくなるためです。しかし、冷静に考えると、これは米国の国際的な地位と、国際的な意思決定の状態を見ると、理にかなった政策であったともいえます。

そして、2021年から始まるバイデン政権において、トランプ政権の政策を引き継ぐのか、それとも全く異なるイノベーティブな政策により、再び米国が国際社会で指導的地位を回復する軌道に向かうのか、注目されているのです。たしかに、バイデン政権を第3期オバマ政権と揶揄する人もいます。しかし、2020年の米国社会の大混乱を超えて、米国の政策がどのような方向に向かうのか、国際的な注目が集まっているのです。

中国軍の能力拡大を相殺する日本の「備え」

2020年11月
鈴木祐二

陸上自衛隊は日本の本格的有事に備える大規模演習実施を検討しています。陸自のほぼ全隊員(約14万人)を動員して機動展開を実施し、今後の検討課題を抽出する予定です。前回の演習は東西冷戦最中の1985年に、旧ソ連の対日侵攻を想定し北海道中心に実施されました。今回は、台湾有事を想定しているようですが、南西諸島防衛に関してはすでに、空自第9航空団新編(那覇、2016)、陸自与那国沿岸監視隊新編(2016)、空自南西航空警戒管制団新編(那覇、2017)、陸自水陸機動団を新編(相浦、2018)、陸自奄美警備隊新編(2019)、陸自宮古警備隊新編(2019)、陸自第7航射群移駐(宮古島、2020)、陸自第302地対艦ミサイル中隊新編(宮古島、2020)、空自警戒航空団新編(浜松、2020)等の部隊を追加配備・新編するなどして、対中防衛のための編制面での「備え」を着々整えつつあリます。

一方、台湾国防部は9月1日付で立法院に提出した非公開の年次報告書で、中国の軍事作戦遂行能力向上に警鐘を鳴らしています。広東省湛江に司令部を置く南海艦隊所属の遠洋航海部隊が年初に「第3列島線」に初めて接近し、第1・第2列島線を越えて遠海作戦を行う能力を対外的に誇示したと指摘しています。同日発表された米国防総省の中国軍事力に関する報告書では、中国は「戦略核の3本柱(TRIAD)」の運搬手段開発に傾注しており、潜水艦を含む中国の艦艇数が約350隻で、米海軍の239隻( 2020年初頭)を上回り「中国は世界最大の海軍を有する」(弾頭数や隻数だけの話との謂?: 括弧内は筆者解釈)との表現に留め、「第3列島線」という語は用いていません。

台湾の報告書にいう「第3列島線」という用語は、米国防総省が公表した報告書では言及されていませんが、一般にアリューシャン列島から南下してハワイ、南太平洋の米領サモアを経てニュージーランドへ至る線と理解されています。中国海軍遠航部隊は、米インド太平洋軍の司令部や基地群を巡航ミサイルで直接攻撃可能なハワイから約1200㎞の海域まで接近したとのことです。さらに中国空軍の轟6(H-6)爆撃機搭載の長距離対艦ミサイル鷹撃(YJ-100)を用いれば、第2列島線上の米軍グアム基地や洋上の空母打撃群を急襲できるので、日米豪軍による中国への「接近阻止・領域拒否」(A 2/AD)という作戦目的を達成できると、警戒しています。

また、もし原子力潜水艦を含む中国海軍艦艇がハワイの北側や東側へ進出すれば、現在開発中の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「巨浪(JL)2」をもって米本土東部への核攻撃も、能力的には可能になリます。ハワイ周辺海域では、中国海軍は2014年と2016年の2回、米海軍主催の環太平洋合同演習(RIMPAC)に参加した経験があリます。今年のリムパックでは日米豪海軍の合同演習を牽制するかのように、南シナ海や渤海湾と黄海を含む台湾周辺海域で軍事演習を実施しています。これらの海域(西太平洋)はいずれも、ハワイ州マウイ島に司令部を置くインド太平洋軍の責任分担地域(AOR)であり、その中で在日米軍と在日米軍基地への日本政府の積極的な支援が最重要な役割を担っています。

「自由で開かれたインド太平洋」構想は、結果的に、この地域での「中国の現状打破」を目指す動きに歯止めを掛けています。その中で特に日本の安全保障面で重要な役割を期待されているのが日・米・豪・印の4ヵ国協力で、軍事面で日本は,米豪印と物品役務相互提供協定(ACSA)を締結し、米国に続いて豪州軍に対する自衛隊の武器使用による防護実施へ向けた調整を開始しました。11月の日米印の海上共同訓練(マラバール)に豪州軍を初めて招待するなど日米同盟を中心に4ヵ国の連携は深まっています。

以上、日本の「備え(Hedge)」を概観して思うのは、憲法を中心とした国内法の整備がまだまだ十全でないという点です。現状打破をめざす中国に対する自衛隊の防衛能力を向上させ、日米同盟を強化し、日米豪印の相互協力を十全なものにするには、自衛隊の能力が宝の持ち腐れとならぬよう、その点に留意し、改善すべきです。

危機対応にはリスク分析の考え方を

2020年10月
遠藤哲也

危機管理の要諦はリスク分析にあると言えます。自然災害、疫病、武力攻撃、謀略…国・自治体が責を担う公共に対する危険はあまた存在しますが、一方で対処の為の資金等のリソースには限りがあるので、リソースの適正配分の為、それら複数のリスクを比較しつつ、相対的な危険性や対処の優先度を考える作業=リスク分析が重要になる訳です。基本的には個々の危機の発生確率と発生時被害度を考察して、リスクマップと呼ばれる図(下)を作る形で行います。

「新型コロナ」には、現在、国や自治体から莫大な予算が投入される一方、自粛~準自粛状態の継続により、日本は4-6月期の年率換算で実質GDPが28%減少する経済被害を蒙っています。死者数当たりの経済損失では主要国最大級かもしれません。しかし、こうした現在までの対策には、国防案件(GDP1%付近で予算の攻防が続いてきた)をはじめ、国や自治体が抱える他の様々なリスクに比して、ここまで最優先化し、少なからぬ国民の生活破綻を度外視した戦後未曾有の対価を払って対処すべきものかの精査が為されてきたでしょうか。

東アジア諸国では欧米に比べ「新型コロナ」の人口10万人当たり死者数は随分少ないのですが、日本における「新型コロナ」発生以来8カ月経っての死者は1600人台です。おそらくマスコミの連日の報道が無ければ、大半の人々は病気の存在を意識せず日常を過ごしていた数字でしょう(3月上旬の海外からの渡航制限措置が在る前提ですが)。大半の「検査陽性者」は不顕性(無症状)か軽症で、有症状者の大半は10日以内に治癒し、死者数は上記通りです。その為、現在の感染予防政策は、既往疾患のある人(多くは高齢者)の命を守る為だと頻繁に説明されていますが、毎年、季節型インフルエンザでは1万人、受動喫煙では1万5千人、交通事故では約3千5百人、餅や白飯による窒息では4千~5千人が亡くなります。しかし、インフルエンザや喫煙や餅、自家用車がここ迄の水準で問題視された事は皆無です。現在迄のデータで見る限り、新型コロナの脅威度はごく限定的である上、脅威の客体は人口の一部の層に偏っていますが、脆弱部の重点防御ではなく、全国民への均一的な対策要求により、多くの人々の仕事・生活、そして活き活きと暮らす自由、が奪われています。また、当の高齢者にも自宅蟄居による認知機能や歩行能力の急低下などの事例が出ています。病院での手術中止・延期や救急搬送遅延の問題も生じました。こうした危機対処策が引き起こす負荷を危機管理では「トレード・オフ」と呼び、施策実施前に入念に検討されるべき事です。

危機管理に関してゼロリスクという事はほとんど無い為、危険を指摘しておく方が安全で、危険が小さいとの意見は言い難いという問題もありますが、広範な危機対処にはトレード・オフが伴うので、全体を俯瞰し相対的リスクを判じた意見は重要です。「新型コロナ」についても百年前のスペイン風邪の例を引いて言われるような強毒化の可能性もゼロとは言えないのでしょうが、新興感染症の発生は今後もあり得るのに、根拠データが無い中、「可能性の存在」だけで、これ程の対策を採り続け、出口政策の提示もないまま、人々の生活や社会の自由、活き活きとした人生を奪って良いのか、リスクと対処政策の入念な再分析・再評価が求められるように思われます。

ポスト・コロナ時代の中国と朝鮮半島

2020年9月
武貞秀士

コロナウイルス感染は東アジアの国際環境に影響を及ぼしています。目立つのは中国と朝鮮半島の関係です。トランプ政権がコロナ対策、人種差別反対運動、大統領選挙で国内問題に忙殺されている間に、中国が朝鮮半島に対する影響力を強めつつあります。北朝鮮への支援、中朝首脳間の親書交換を繰り返しながら、並行して中韓の経済活動正常化を急いでいます。そして、これらのことは、中国、韓国、北朝鮮が短期的な対応策を講じている結果ではなくて、長期的な戦略に基づいていまの環境に対応しつつある結果、起きています。

8月1日、中国と韓国は中国・青島で中韓経済共同委員会を開催し、今後5年間にわたる「中韓経済協力共同計画」の策定を協議しました。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の年内署名を確認したあと、韓国はWTOの次期事務局長選挙で韓国の候補者への中国の支持を要請しました。その後、8月22日、中国と韓国の外交担当のトップ会談で習近平国家主席の早期訪韓を実現することで一致しました。韓国は北朝鮮との和解構想である「朝鮮半島平和プロセス」を説明して、中国は「平和定着に向けた協力の約束」で答えました。

中国にとり米中対決時代を迎えて韓国との政治と経済分野の関係強化が不可欠です。米韓同盟にクサビを打ち込むことになります。これに対して文在寅大統領は、米韓同盟を強化することよりも南北和解を強調する発言が目立ちます。8月15日、光復節(終戦記念日)にあたって文大統領は「南北間の協力が堅固になればなるほど、南と北の双方の安全保障がそれだけ堅固になり、それはまさに国際社会との協力の中で繁栄に向かって歩み出す力になるものと思われます」と述べました。米韓同盟強化には触れていません。

かつては中韓関係が改善されると中朝間に不協和音が生じました。しかし、最近は中国と北朝鮮の関係がコロナウイルス騒ぎの下で一貫して緊密になっています。中朝の首脳は、今年だけで数回、親書を交換して、中国は北朝鮮への食糧と医療支援を約束しました。6月は北朝鮮の『労働新聞』が習近平国家主席の国賓訪朝訪問一周を迎えて「朝中関係の特殊性を改めて誇示した歴史的出来事だった」と報道しました。

中韓、中朝関係が同時に改善されています。ポストコロナ時代、東アジアのキーワードはやはり「中国」です。

香港問題を考える

2020年8月
富坂 聰

香港で国家安全維持法(国安法)が動き始めました。8月11日、日本語を流暢にあやつる香港の民主活動家・周庭(アグネス・チョウ)さんが逮捕され、ワイドショーは騒然です。

「彼女まで逮捕するのか」というのが率直な感想です。恥ずかしながら黄之鋒(ジョシュア・ウォン)さんの逮捕は想定内でしたが、チヨウさんはギリギリ免れるのでは、と考えていました。チヨウさんも最近は明らかに自粛モードでしたから、本人も意外だったのでしょう。国安法施行後、香港に広がた若者の無力感は、今後さらに加速することでしょう。

北京は恐らく、国安法への批判や反発が内外から集中するいま一気呵成に問題を処理してしまおうと考えているのでしょう。そして1~2年後には「あんなに大騒ぎした国安法も、結局大した変化はなかったな」と香港の人々が思える状況を作り出す戦略です。そのための大規模な経済対策も進めています。

ベースにあるのは天安門事件後の経験です。

この法律のターゲットはデモの過激なリーダーと外国や、その外国とのつながりですが、デモのリーダーを香港市民から切り離し、孤立させることも重要な目的なのです。

ですから当初は「一部の人」だけに影響が及ぶ形で処理するはずです。しかし法律が定着した後、本当の効果が発揮され始めます。反政府の芽を「国家転覆」の名の下で早期に摘み取る効果です。

もはやイギリスが人工的に創り出した東洋の真珠の自由な空気――といっても政治的な権利は与えられませんでしたが――は残念ながら失われ、大陸化が進むことでしょう。

これを受けていま日本では、香港問題で「政府がきちんともの申せ」との声が高まっています。しかし私は、この問題への対応はむしろ慎重であるべきだと考えます。

理由は複数ありますが、まず国安法が香港基本法に照らして不備がないこと。そして香港自身の民意が定まっていない――およそ4割が北京を支持――こと。さらに民主化運動の熱狂の後に混乱が予測――アラブの春などの例など枚挙にいとまがない――されることなどがありますが、なかでも気になるのはデモの目的が曖昧である点です。言い換えれば、何を以って勝利とするのか、という問題です。

実は今回の国安法の強引な施行は、ある意味香港の活動家自身が「藪を突いて蛇を出す」結果だったからです。

北京が国安法導入を急いだのは、昨夏の反逃亡犯条例のデモがきっかけです。当時、民主活動家たちは「政治犯が北京に送られる」と危機を訴えましたが、北京がそれを求めていたとは思えません。条例など関係なくても引っ張っていっていたのですから。

不要な条例で黒幕にされ攻撃された北京はかねてから敵視していた「香港独立派」とその背後のアメリカと台湾に牙を剥いたのです。

そもそも北京は香港の「一国二制度」を大きく変更することを望んではいませんでした。西側先進国から中国に直接出せない技術を香港経由で入手できることや、何より香港の「一国二制度」の成功は台湾統一に貢献します。外国との無用な摩擦も避けたかったはずです。つまり国安法施行は北京にとってもメリットの薄いものだったのです。

事情は香港の人々も同じです。トランプ政権は香港のために制裁を発動しましたが、そのダメージは北京よりも香港経済を直撃し、人々の生活にも甚大な影響を及ぼします。

一方、得をしたのはアメリカです。国際社会に中国の異質さを宣伝できたのですから。

言論の自由、民主主義と聞けば反射的に声を上げたがる日本人ですが、例えばインドがカシミール地方の自治権はく奪や反政府の発信をするジャーリストを逮捕し続けるフィリピンやタイの行為には無反応です。ロヒンギャの労働者を違法に酷使しているとの疑惑がある水産物も輸入し続けています。より身近な問題では現代の奴隷と海外から批判された研修制度も放置してきた日本人がなぜ香港で積極的なのは、中国嫌いだからでしょう。

本当に香港を応援するのなら、こんな感情を廃し香港人がきちんと権利を獲得できるよう助言することではないでしょうか。

それは反逃犯条例デモを当初のように整然と抑制されたなかで行うことでした。非暴力は当然ですが、目的を条例撤回に絞り、決して香港独立や反中国に拡大しないよう助言することは最も効果的な応援になったはずです。

思い出されるのはビデオ出演したチヨウさんと共演したテレビ番組です。司会者が、デモが暴力的になった点を質すと、彼女は「われわれの声が届かないから仕方がない」と答えたのです。直後のCM中、解説者は「いま、武装闘争を肯定した? まずいな」と漏らし、スタジオは気まずい沈黙に包まれました。

地下鉄を止めたり空港を占拠したり道路を寸断し反対派の店を襲撃する暴力は、どんな理由があっても許されません。それさえ指摘できない自省の沈黙でした。

歴史の「もし」は無意味でしょうが、整然としたデモを続けていたら結果はちがっていたのではないでしょうか。事実、香港はこれまで何度も北京から譲歩を取り付けてきたのですから。

BRICSの凋落

2020年7月
名越健郎

米ジョンズ・ホプキンス大学が毎日公表する世界各国の新型コロナ感染者数を見ていると、BRICS諸国の急増が目につきます。6月25日現在で、米国に次ぐ2位がブラジル(118万人)、3位がロシア(60万人)、4位がインド(47万人)。南アフリカは11万人、中国は8万人です。

ブラジルでは、飲料水へのアクセスもない大都市の貧困地区で爆発的に感染が広がり、猖獗を極めているようです。実際の感染者数は公式発表の10倍以上とする説もあります。インドも同様で、衛生状態が劣悪な「3密」のスラム街を中心に爆発的に広がっています。

ロシアは富裕層がウイルスを北イタリアから持ち込んだだけに、エリート層の感染者が多く、首相以下閣僚や次官、知事らに感染が広がり、その後南部など全国の貧困層を直撃しました。

中国は感染を封じ込めたとはいえ、そもそも中国当局が初動で素早く武漢を完全封鎖し、情報を世界に発信していれば、1000万人に上るコロナ禍は防げたでしょう。
ブラジルのある医師は、「感染拡大の原因は社会的不公平にある」と指摘しましたが、BRICSが総崩れになった背景に、貧富の格差、衛生状態の不備、弱者の放置など脆弱な社会構造がありそうです。

「BRICs」という言葉は、米投資会社ゴールドマン・サックスが2001年に投資家向けレポートで打ち出し、後に南アフリカが加わって「BRICS」となりました。これに反応したロシアのプーチン大統領は、BRICSを米国の一極支配への対抗軸とすべく、「30億人の市場や巨大な天然資源を抱え、経済、技術の潜在力も高い未来の大国群」と形容しました。

2009年からはプーチン氏の音頭でBRICS首脳会議が毎年開催され、そのたびに共同声明が発表され、潜在力を誇示しました。

しかし、コロナ禍の経済的後遺症は先進国よりも新興国の方が大きく、資本逃避が顕著で、通貨が対米ドルで下落し、インフレ圧力が強まっています。経済封鎖で大量の失業者を出し、貧困層の生活苦が高まって社会不安を招きつつあります。

コロナ危機と並行して、BRICSの二大大国、中国とインドの国境地帯が緊張し、6月には両軍部隊の衝突で、インド兵20人が死亡、100人以上が負傷する事件が起きました。銃は使われなかったそうですが、歴史的な双方の不和が再燃しました。

今年はBRICS首脳会議はなさそうで、コロナ禍はBRICSの結束を弱め、「未来の大国群」の病巣を見せつけました。

キャンパスが消える日

2020年6月
丹羽文生

新型コロナウイルスの感染拡大を防止するための一環として、全国の大学でオンラインによる遠隔授業が始まりました。オンラインによる遠隔授業では、zoomやMicrosoft Teams、Webex、あるいは、以前より多くの大学で活用されてきた学習管理システムBlackboardといったコミュニケーションツールを利用します。拓殖大学も5月末にスタートしました。最初は何もかもが初めてのことで些か戸惑いましたが、今ではプライベートでも、こうしたツールを使っています。

オンライン授業の実施に当たって明らかになった最大の課題は大学生たちの学習環境でした。筆者が大学生の頃は、アルバイトで稼いだ「なけなしの貯金」を叩いてノートパソコンを買い、大学内の学生食堂や図書館、喫茶店でレポートの執筆に取り組むというのが流行りのファッションでした。筆者もアルバイトで貯めた全財産30万円を握り締めVAIOのノートパソコンを買い、どこへ行くにも肌身離さず持ち歩いたものです。

しかし、それは遠い昔のこと。大学生が自分専用のノートパソコンを持っている比率は30%を切るらしく、大半がスマートフォンで、授業の課題は家族共用のデスクトップパソコンか大学のコンピュータルームで済ませるようです。

大学構内への入構禁止措置が取られる中、パソコン画面の前に受講生を座らせるわけにはいきません。しかも、例えばZoomのようなツールはスマートフォンでも対応できますが、履修した授業数が多いとデータ通信量を超過し「ギガ不足」に陥ってしまいます。さらに非常勤講師を務める大学で筆者の授業を履修した受講生の中には、ルームシェアをしているため自分の部屋がなく、近所のカフェも休業しており、受講できる場所がないという人もいました。

もちろん、セキュリティ面におけるリスクもあります。受講生が一斉にアクセスしたことにより、サーバーがダウンしてしまうというトラブルも全国の大学で相次いでいます。授業中、何者かが不正に侵入して猥褻画像が流されるといった妨害行為が発生している大学もあるようです。

誰もが「日常」を失った新型コロナウイルスは、良くも悪くも私たち大学人の「当たり前」をも大きく変えました。確かに難問山積ですが、そう遠くないうちに「キャンパスのない大学」が現れ、わざわざ現地に行かなくても海外の大学に入学できる日が来るかもしれません。

歴史は繰り返す…コロナと金正恩と

2020年5月
荒木和博

20日間姿を隠していた金正恩が5月1日に順川燐肥料工場の竣工式に参席し、健在ぶりをアピールしました。その間死亡説、脳死説、重体説も出ており、1日に出てきた人物が影武者ではないかとの説も取りざたされています。

私には事実を確認できるほどの情報源はありません。どれが正しいのかは分かりませんが、最低限去年の秋以降、一時金正恩の体調が悪化し、権力の長期間にわたる掌握が難しいと判断されたことは間違いないでしょう。

この間の北朝鮮は異例なことずくめでした。まず昨年(2019年)11月末、金正恩からすれば叔父にあたる金平一が大使として赴任していたチェコから平壌に戻りました。金平一は金日成の最後の妻金聖愛の息子であり、金正日は金聖愛を追い落とすことで後継者の地位を獲得し、それを確実なものにするために金聖愛の親族を「脇枝」として隔離し、最も怖かった金平一を東欧の大使として事実上島流ししていました。

その金平一が帰国したというニュースには驚いたのですが、その年の12月には通常1日で終わる労働党中央委員会が4日間、大晦日まで行われ、翌日、つまり2020年の元旦に発表されるはずの金正恩新年辞が発表されませんでした。

さらに1月25日、金正恩の叔母金ギョンヒ(敬姫、あるいは慶喜)が旧正月の記念公演に参加したことが報じられました。金ギョンヒの夫張成沢は金正恩の指示によって銃殺されました。その報告に訪れた金正恩に対して金ギョンヒは拳銃を向けたと言われています。この人は既に死亡したとの説もあり、このとき出てきたのが本物だったのかには疑問も提起されています。

ちょうどその頃から北朝鮮は新型コロナウイルスの感染防止のため国境を封鎖しました。経済制裁の中貴重な収入源だった中国からの観光客を止めたわけですから打撃は並大抵のものではなかったはずです。今でも北朝鮮は公式的には感染者がいないと主張していますが。感染が拡大し、人民軍も一時期軍は活動をほとんど停止していました。すでに相当数が死亡し、隔離されている人は万単位という説もあります。こんな中で北朝鮮最大の祝日である金日成誕生日に出てこなかったのですから、金正恩の身辺に何か起きたと考えられて不思議ではありません。

今の朝鮮半島、特に北朝鮮は1世紀余り前と状況が似てきているように思います。即ち日清戦争・日露戦争はどちらも朝鮮半島をめぐる戦争だったのですが、当の朝鮮半島の人々はどちらにも脇役とすら言えない存在でした。その半世紀後の朝鮮戦争は北朝鮮が初めて韓国が受けた「内戦」だったのですが、米国が参戦し中国が参戦することで国際戦争化し、南北の政府は脇役になりました。

もはや金正恩が本物であるかどうかということに関係なく、米中が北朝鮮内部に介入して勢力争いをしているのではないか、私にはそう見えるのです。歴史は繰り返します。細かい情報を見ているより大きな流れで見た方が良く見えてくるような気がしています。

新型コロナウイルスが蔓延している陰で

2020年4月
野村明史

世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大しています。中東では、イランが最も深刻な事態に陥り、3月29日時点で感染者は38000人、死者は2600人を超えました。その次にトルコが約7400人、そしてイスラエルが約3800人の感染者を出し、中東でも新型コロナウイルスの感染が急速に拡大しています。

その一方で、コロナ危機に乗じて中東の二人の指導者が権力を手中に収めようとしています。その一人はイスラエルのネタニヤフ首相です。イスラエルでは、2019年4月と9月に議会総選挙を行いましたが、与党リクードと同党と同盟関係にある諸政党の議席が過半数に達しなかったため、20年3月に3度目のやり直し総選挙を行うという前代未聞の事態に陥っていました。またその間、ネタニヤフ首相は、汚職疑惑で起訴されるなど劣勢に立たされる状況が続き、3度目の総選挙後も組閣に向けた連立協議は難航していました。

しかし、新型コロナウイルスによる国家の危機を受けて、ライバルである最大野党の青と白のガンツ党首は、大連立に向けて協調する動きを見せています。コロナ危機は、思いがけずネタニヤフ首相の政治的延命を後押しすることになりました。

そして、もう一人はサウジのムハンマド・ビン・サルマーン(MbS)皇太子です。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、3月6日午前にサウジ当局がサルマーン国王の弟アハマド王子と甥のムハンマド・ビン・ナーイフ(MbN)前皇太子を拘束したと報道しました。両者とも王族の中で「スデイリーセブン」と呼ばれる有力一族出身で、王位継承の最有力候補としてたびたびメディアを沸かせていました。アハマド王子は、同母兄であるサルマーン国王と良好な関係と見られていましたが、最近のサルマーン国王一族による専制に不満を持っていたとも一部報道で伝えられていました。

今回のMbS皇太子の政敵排除が、新型コロナウイルスの騒動に紛れて行われたものか、それとも宮廷内の機を見て行われたのかは定かではありません。いずれにしても、この報道が事実であるならば、MbS皇太子の王位継承が大きく前進したことを意味します。

新型コロナウイルスで世界が恐怖に陥る中、二人の指導者は権力の掌握に向けて着実な一歩を踏み出しています。

ブルネイのイスラーム法

2020年3月
吉野文雄

イスラームを国教とするブルネイでは、昨年シャリーア(イスラーム法)が厳格に適用されるようになり、同性愛行為を行った者には去勢を行うことまでが罰則として適用されるようです。「ようです」というのは、実態がなかなかつかめないという意味です。

それ以外にも石打ちなどの刑罰が科される犯罪行為もあります。法律の条文は数年前に公表されていましたが、部分的にしか施行されていませんでした。それが完全な施行に至ったのです。

先日、ジュディ・ガーランドの生涯を描いた映画「ジュディ 虹の彼方に」を見ましたが、同性愛の男性カップルが、イギリスでは1967年まで同性愛行為は罰せられていたと語る場面がありました。

コンピュータを開発したアラン・チューリングの生涯を描いた映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」でも、ゲイの主人公が懲役かホルモン注射かを選ぶ場面がありました。

半世紀ほど前まで同性愛行為を禁じていた国々の人々が、今それを厳格に禁じるようになったということで、ブルネイを批判しています。人権NGOのホームページで、ブルネイに法施行の撤回を求める記述を読むと、少し複雑な気持ちになります。

学生にこの話をしたところ、ある学生は、ブルネイは世界人権宣言に署名しているはずだから、いかにイスラーム国とはいえ、同性愛行為を罰することはまかりならぬと話しました。

もう少し稚拙な見解ですが、今やLGBTの権利を認めることは世界の潮流だから、ブルネイもそれに従うべきであると話した学生もいました。

ブルネイがこのような挙に出た背景には景気の低迷があります。原油価格が低迷し、生活水準が上がらない中、イスラーム信徒の不満を抑え込むための人気取りです。イスラーム的な施策を進めると国王の人気が高まるというのです。

ブルネイに限らず、東南アジアではイスラームの影響力が強くなりつつあります。インドネシアでは、イスラームが国教ではないことをもどかしく思っている人々が多くいます。今後、さまざまな摩擦が生じる兆しが見えています。

このコラムは英語の情報をもとに書いたので、もしかすると訳として不適切な、または理解不足の箇所があるかもしれません。今年の夏にはブルネイに調査に赴こうと思っているので、そのさいに正確なところを学んでくるつもりです。

新型コロナウイルス

2020年2月
富坂 聰

2月4日、日本のメディアは一斉に「中国指導部が新型コロナウイルス対策での対応の不備を認めた」といった趣旨の報道をはじめました。「認めた」のは、他でもない習近平国家主席だというのです。

中国で謎の肺炎が流行っているとの話題が明らかになって以来、日本のメディアはずっと「SARSの教訓が活かされず、隠ぺい体質によって引き起こされた〝人災〟」としてこの問題を扱おうとしてきました。

その仮説を証明するための状況証拠は、すでにいくつか見つかっていました。しかし、いずれも決定打とはなりませんでした。そんなタイミングで降ってわいたニュースに、多くの人が膝を打ったことでしょう。

やっぱり、か――。

ですが、日本のメディアの「不備を認めた」との解釈には、ちょっと首を傾げざるを得ません。私自身も同じ記事を読んでいたのですが、そこから「習近平が不備を認めた」といったニュアンスをくみ取ることは、とてもできなかったからです。

元となった記事は2月3日に新華社が報じたもので、中央政治局常務委員会における習近平の重要講話です。文章は全部で3000文字を超えていて、「相変わらずこの人はよくしゃべるな」という印象と同時に読む労力にげんなりさせられたものです。

講話は、全体として前線で働く人や全人民に対し、「この感染症との戦いに負けるな」とげきを飛ばしたものか、或いははっぱをかける目的で出されたもので、とても謝罪とか認罪を目的として出されたものだとは思われません。

冒頭に、この問題を党中央が重視していることを強調し、その上で感染症を抑え込むためには党中央の下での統一行動が必要だと説き、現地医療の需要に応え、全組織が全力で対処法に取り組めと呼びかけ、それと同時に食品の安定確保や流通・移動手段の安定を保ち、さらに流言飛語を徹底して取り締まらなければならない、としているのです。表現は正確ではありませんが、こういう内容が延々と記されています。

その上でやっとそれらしき言葉になるのですが、まず前提として「この感染症は、われわれのガバナンス能力を試す一つの大きな試験である」との位置づけがあるのです。同じ講話をもとに書かれた『ウォールストリートジャーナル』の記事のタイトルも、「Coronavirus Outbreak a Major Test of China’s System, Says Xi Jinping」です。

これを受けて「この感染症への対処のなかで露呈した弱さと不足を補い、国家の緊急管理体系を整え、突発的な危機に対応する能力を高めなければならない」と続きます。「弱さと不足」を不備とすることは可能でしょうが、これはむしろ結果として感染が広がっている現実を指していると解釈すべきなのではないでしょうか。

少なくとも鬼の首を取る代物ではありません。

2020年はこうなる!

2020年1月
川上高司

2020年は未曾有の大転換期になるだろう。その台風の目になるのが、トランプ大統領であり、世界のゲーム・チェンジャーであり続けるのは間違いない。特に、2020年は大統領選挙の年であり再選を是が非でもトランプ氏は勝ち取らねばならない。大統領選挙に勝利をするためには、トランプ氏はアメリカの株高を継続させ景気を維持せねばならない。経済が悪化した状況で勝利をした大統領はいない。

現在、米経済は1854年に統計を取り始めて以来、史上最長の経済回復を謳歌している。その景気拡大は2009年に始まり12月で126ヶ月を迎える。好景気はトランプ大統領の再選には一番の追い風となる。そこで一番の不安定要因が米中貿易戦争である。

米中貿易戦争での双方の「殴り合い」は、米中の相互依存関係が相当に深化した状況で行われている。その結果、双方ともに「へたり」始め米国経済はすでに後退局面に入った兆候がある。一部投資家はアメリカの景気拡大が近く終焉するとの予測を出し、米中貿易政策をめぐる不確実性が景気に与える影響が次第に大きくなってきていると警告している。その状況を捉えて、民主党の大統領有力候補のバイデン元副大統領が米中経済戦争を大統領選挙の論点とした。激戦州のアイオワ州で「米国農家を崩壊させている」とトランプの対中政策を批判し始めた。対中貿易戦争を推し進めても明確な成果が得られなければ、トランプ大統領は苦境に陥る。それだけにトランプとしては大統領選挙の2020年11月までその景気を持たせねばならない。そのため、トランプは対中貿易戦争の手綱を緩めてくるだろう。

また、トランプ氏は「戦争は嫌いだ。経済に悪影響を及ぼすからだ」と述べ、「軍事力行使を行わない」という宣言をだしたため、米国はもはや「ペーパータイガー」(張り子の虎)となったと周辺諸国は受け取った。そのため米国の世界各国からの関与の低下はますます顕著となっている。特に、強硬派のボルトン補佐官を2019年10月にホワイトハウスから追い出したため、それを「米国の軍事力行使はない」とみた世界各国の「ならず者国家」がいっせいに行動を起こした。

まず、サウジアラビアに石油施設に対する攻撃である。米国はイランが行ったと断定しイランへの報復攻撃を行うかと思われたが、逆にトランプは国連総会でイランとの話し合いを模索した。その次はトルコがシリア北部のクルド人勢力を攻撃した。しかし、トランプはIS(イスラム国)の掃討に尽力したクルドを見捨てこれを放置した。その結果、クルドはロシアに庇護を求めシリア全土にロシアの勢力が広がった。さらに、北朝鮮が新型のSLBM「北極星3」の発射実験を「高角発射方式」で行ない脅威が増した。それにもかかわらず、トランプ大統領は北朝鮮との核協議を予定通り行った。

こういった、目まぐるしいスピードで起こるアメリカの世界からの関与が低下している。その結果として起こっている「力の空白」につけ込むパワーを巡る各国の熾烈なせめぎ合いが続いており、2020年もそれが進むであろう。そうした中、中国はロシアとの同盟関係を復活させる兆しもみせながら熾烈な争いを米国や日本に対し繰り広げるであろう。

その結果、極東地域での米中とのパワーバランスが次第に拮抗する危険性が見えてきている。そういった中、中国をしっかりと抑止し日本の安全保障を確保するためには日本独自では不可能である。日米同盟の絆を維持し強化することしか日本には選択肢はない。

中露同盟はあり得るか

2019年12月
名越健郎

ロシアのプーチン大統領は10月3日、ソチでの国際会議で、中露関係についてきかれ、「多面的な戦略パートナーシップが完全であるという点で、同盟関係だ」と述べました。

プーチン氏が中露関係を「同盟」と称したのは初めてで、ロシアでは中露同盟論が浮上しています。国際情勢は「米国対中露」の構図が強まっており、今後中露が同盟に突き進むかが一つの焦点となってきました。

中露両国は2001年に、戦略パートナー関係をうたった善隣友好協力条約を結びましたが、条約の期限は20年で2021年に期限切れとなります。現状では自動延長の可能性が強いものの、同盟に格上げされる可能性もあり、その場合、歴史的、地政学的に日本には最大級の脅威です。かつて、中国とソ連が1950年に結んだ中ソ同盟条約は、日本軍国主義を「中ソ共同の敵」とうたったこともありました。

欧米から孤立するロシア側に中露同盟論が強いようで、ロシアの外交官が中国との同盟に向けて根回ししているとの情報があります。外交官はプーチン発言を忖度して動くでしょう。

かつて、米国の地政学者、故ブレジンスキー元大統領補佐官は、「米国の安全保障にとって最大の脅威は、イデオロギーではなく、不満によって結びつく中露の大連合だ」と述べましたが、この警告が現実化しかねません。

しかし、中国にとって、ロシアとの同盟はメリットがなさそうです。同盟を結ぶと、ロシアが戦うウクライナ、シリアの2つの戦争に自動的に加担し、欧米との関係を決定的に悪化させます。中国経済にとって、米国、日本、欧州連合(EU)との経済関係が生命線です。

ロシア経済の規模は中国の10分の1程度で、資源を買って製品を売る一種の植民地簒奪貿易です。好戦的なロシアと同盟を結べば、中国のソフトパワーを傷つけるという配慮もあるようです。

ただ、中国のソフトパワーも香港問題などで相当凋落しており、双方が条約上の義務を負わない「準同盟」なら十分あり得るかもしれません。それだけでも世界には大きな衝撃で、日露平和条約交渉も最終的に吹き飛ぶでしょう。

欧米のメディアや専門家の間では、中露同盟への警戒論が台頭しており、これを防ぐため、ロシアへの制裁を緩和し、関係改善を図るべきだとの議論も出始めています。それこそ、プーチン大統領の思う壺かもしれません。

父親を否定した金正恩

2019年11月
荒木和博

10月23日付の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」に掲載された金正恩朝鮮労働党委員長の金剛山観光地区現地指導の記事は驚くべきものでした。何しろ父親である金正日労働党総書記を否定する内容だったからです。

金剛山は日本時代から朝鮮の代表的観光地で、当時すでに水力資源開発を兼ねて観光客を麓まで運ぶ私鉄が走っていました。2000年(平成12年)6月、金大中・金正日の初の南北首脳会談に始まる南北和解の象徴で、韓国政府は創業者鄭周永が北朝鮮出身であった現代グループを使って北朝鮮との合意の下に大規模開発しました。その投資だけでも日本円で数百億円と言われています。表に出ていない韓国政府からの資金とか現代グループからの裏金とか、合わせれば天文学的な数字でしょう。

「労働新聞」の記事の内容は、例えば「(敬愛する最高領導者同志におかれてはは)建築物が民族性などというものは全く探すことができず、ごちゃまぜであると、建物をどこかの被災地域の仮設テントや隔離病棟のように配置していると、建築美学的にひどく落伍しているだけでなく、それすら管理ができておらずボロボロの極致だとお話になった」というように、要は南が作ったものはダメだから潰して作り直せということです。

さらに南の関与そのものも否定しています。「金剛山があたかも北と南の共有物であるかのように、北南関係の象徴、縮図のようになっており、北南関係が発展しなければ金剛山観光もできないことになっているが、これは完全に誤ったことであり誤った認識だ」とまで言われては金大中も草葉の陰で泣いているのでは。

腹心中の腹心チョ・グク法相辞任・その妻逮捕に経済の不振でますます風当たりが厳しい文在寅大統領からすれば、あとすがるところは南北関係の改善(たとえ表面的でも)しかないのですが、金正恩からこんなことを言われては茫然自失でしょう。その前にサッカーW杯の予選で文在寅政権が南北和解の象徴にしたかった平壌開催の南北の試合を観客なし、中継なしでやらせたのも明らかに当てつけで、おそらく金正恩は「お前『トランプなんか簡単に制裁解除させられる』って言ってたじゃないか。この嘘つき野郎」とかいう感じなんでしょう。

しかし、この記事でさらに驚くのは「国力が弱い時に人に依存しようとした先任者たちの依存政策が余りにも失敗だったと深刻に批判された」といった部分です。前述のようにこの地域の観光開発をやるのを決めたのは父金正日であり、複数形でぼかしてありますが、明らかに父親に対する否定だからです。

金正恩自身がさすがに父親の名前を出して批判するのをはばかって「先任者たち」」としたのか、あるいは実際に金正恩が直接父親を批判したのを周りがまずいと思ってごまかしたのかは分かりませんが、「国力が弱い時に」というのは1990年代後半からの、大量餓死者を出した「苦難の行軍」の時期を指すのでしょうから、金正恩が金正日を否定したことは誰にでも分かります。

金正日自身、実質的には父金日成を殺したようなものですが、それでも父親の権威があってこその自分だとは分かっていましたから、父親を否定することは最後までありませんでした。金正恩もこれまでそれは控えていたのだと思いますが、ついにそれをやってしまったわけで、自らの足下を崩すことになるのか、あるいは新しい足場を築くのか、いずれにしても目が離せません。

危機管理・安全保障の始原としての城郭

2019年10月
遠藤哲也

近年、日本では城郭ブームがあるそうで、確かに書店にも城郭関連書籍のコーナーが置かれる所もあり、書籍の発刊自体も増えているような気がします。

既存の軍事社会学・軍事社会史、あるいは私自身が以前から提唱していた「安全保障史」というアプローチの中では、軍事への人的動員の考察が重要で、それらの思考の主たる出発点の一つは、ローマ市など古典古代の民主的城郭都市国家に求めざるをえませんでしたので、社会的防御施設としての城郭や城郭都市には長らく強い関心を持ってきました。

例えば、ユーラシア大陸の東西南北を巡って広がる交通要路沿いの地域のうち、北方遊牧世界以外のヨーロッパ、アラブ、ペルシャ、インド、チャイナなどの土地ではどこでも都市を城壁で囲いこんだ城郭都市文化というものが見られます。いつ異民族の襲来を受けるかわからず、敗戦すれば殺戮ないしは奴隷化という結末が寧ろ当たり前のように存在したユーラシア世界の安全保障環境では、今から数千年も前のある時期から、都市自体を防御施設化する危機管理・安全保障施策が営まれてきました。

日本においては、弥生時代に、堀や城柵で集落を防御した環濠集落は見られたものの、その後、城郭都市などの一般住民を守るような社会的防御施設はあまり普及せず、寧ろ、兵農分離が進んだ結果、戦争は戦士階級間限定のものとなり、民衆は手弁当で合戦見物をすることさえできた、といった認識のほうが一般的に普及しているものかもしれません。戦国期の兵卒による戦場周辺住民への各種狼藉は、知られるようになっていますし、戦国末には城下町まで土塁で囲う総構えが見られるようになったとはいえ、それらの事物が全体としてユーラシアの都市攻略戦ほどの凄惨さや構造性を示唆するものとは思い難く、城郭都市文化の不在は、文化や言語の同化や国家統一が進展し易い、適度に大陸から離れた島嶼国家の安全保障環境ならではのものであろうという理解はおよそ妥当であろうとは思われます。

さりながら、ある折に、中世欧州で十世紀頃から盛んに建設されるようになった封建領主の城郭は、周辺農民に安全を提供する機能も帯びていたという記述を目にして、中央秩序が瓦解して中世欧州同様の封建制度が敷衍されていた戦国期日本の城郭にも然様な機能があったのではないかと思い少々調べてみると、戦国史学の研究者にはさほど特別なことでもないらしい知識として、周辺農民が戦時に城郭の外郭に避難し、そこで守兵となることが見られたそうです。手弁当での戦見物というのんびりしたイメージは、少なくとも戦国期日本において普遍的な光景ではなかったか、あるいは、山地に退避した農民らの間にあった緊張感を見落としてしまった模写なのかもしれません。いずれにせよ、日本の戦国期の領民と封建権力の間にも、城郭を仲立ちとする共生関係、受益-貢献関係が存在した事例があるというのは興味深いと思われます。

さて、城郭ブームのおかげで、今、各地の地方自治体で城址の整備が盛んとなっているようです。史跡の良好な保存や、復元の為のより慎重な考証が行われるようになり、観光客も増えて、巷には世代性別を超えて歴史に関心を持つ層が増加するだけでなく、細部に関心を持てば伝統建築や防御思想の理解まで深まる、…というわけで、今後もこの流れが細く長く続くことを祈るとともに、日本の城郭研究も史学任せでなく、地理学、社会学、危機管理・安全保障論など諸方面からの関心が高まることを願う所です。

ホルムズ海峡のうねり

2019年9月
鈴木祐二

2019年6月13日は、日本の安倍総理とイラン最高指導者ハメネイ師の会談日でした。この日の朝、ペルシャ湾とアラビア海を結ぶ要衝ホルムズ海峡近くのオマーン湾で、タンカー2隻と米海軍無人偵察機MQ-9リーバーが何者かの攻撃を受けました。

当日の時間経過は以下のとおりです。ノルウェー船籍の石油タンカー「フロント・アルタイル」への攻撃(06:12)、米海軍偵察機攻撃(06:45)、日本の国華産業が運航するパナマ船籍「国華カイレイジ」1回目爆発(07:00)、2回目爆発(10:00)。この間に、イラン革命防衛隊海軍のヘンジャディン級巡視船と複数の高速戦闘艇や高速沿岸戦闘艇がノルウェー船籍タンカー近くで行動しているのを、米軍機が確認・撮影(08:09)。両タンカーは喫水線上に仕掛けられた吸着水雷(リムペットマイン)よる攻撃を受けたようです。同日、そのうちの吸着水雷不発弾一発を回収するイラン革命防衛隊海軍の巡視艇が、米中央軍ヘリコプターによって撮影されています(16:10)。

その後、イランは17日にバグダッド郊外の米軍駐留拠点付近に砲撃を加えました。それを受け、米国は1000人規模の米軍増派を発表。20日にはイラン革命防衛隊が米海軍無人偵察機(BAMS-D)を地対空ミサイルで撃墜しました。この時点で、ホルムズ海峡付近のうねりが高まりかけましたが、白い波頭が立つまでには至りませんでした。

こうした事態に際し、米国は有志連合による同海峡警備構想を提唱し、ロシアはそれに対してペルシャ湾集団安全保障構想を公表し、9月の国連安保理事会への決議案採択を提案しています。イランとロシアは合同軍事演習をホルムズ海峡周辺で年内にも実施する予定です。中国は米国案よりロシアの提案に賛同を示しています。欧州主要国は米国支持の英国を除いて、米ロ両国の提案とも慎重な姿勢です。さて、日本は、どのような姿勢で臨むのでしょうか。

8月7日、初来日した新任のマーク・エスパー米国防長官は防衛相との会談で「日米同盟はインド太平洋の平和と安全の基礎であり、米国のコミットメント(責任ある関与)は盤石だ」と述べ、その一環としての有志連合編成と日本の参加について言及しました。対する岩屋防衛相は、日本関係船舶の安全確保のために、どのような対応が効果的でかつ可能なのかについて①原油の安定供給確保、②同盟国・米国との関係、③イランとの永年(国交樹立90周年)の特別な友好関係等、さまざまな角度から総合的に判断したい旨を米国側に伝達しました。

日本に期待されているのは、米国や他の同盟国では果たし得ないイランとの対話の中継ぎ役を担うことでしょう。米国側にとっても、日本とイランとの特別な友好関係を利用するのは重要です。そう考えると、日本が無条件に有志連合に加わるのは考えものです。

一方で、ホルムズ海峡問題は日本独自の問題でもあります。日本が米国主導の有志連合とは連絡・調整の関係、付かず離れずの関係を維持しつつ、直接参加は見送り、周辺海域に旭日の自衛艦旗を翻した海上自衛隊「水上艦艇の存在」(Show the Flag!)を実現するのも一つの方策となりそうです。

特殊で非現実的な憲法解釈に束縛され、泥縄式に積み上げられた今日までの国内法上の各種論論法を、知恵を絞ってさらに練り上げる必要に迫られますが、その結果、日本の安全保障政策上の選択肢が少しでも広がることに期待します。

政治家の服装チェック

2019年8月
丹羽文生

今年で15年目を迎えたクールビズも、今や完全に定着したと言えるでしょう。学内でもノーネクタイで出勤する男性教職員の姿が目立ちます。

永田町では沖縄版アロハシャツとも言える「かりゆしウェア」が人気で、首相以下、全大臣が、かりゆしウェアを着て閣議に臨む毎年6月上旬の「かりゆし閣議」も夏の風物詩となりました。内閣府沖縄担当部局が主体となって、その普及に取り組み、毎年、クールビズ期間に合わせて、全ての中央省庁に「かりゆしウェア」の共同購入を勧めた結果、霞が関でも、かりゆしウェアがメジャーとなりました。

服装に煩い国会も、クールビズが登場して以降は毎年、議院運営委員会理事会において、「上着、ネクタイを着用しないことを可とする。その際、長袖又は半袖の襟付きシャツを着用する。(なお、ポロシャツ、Tシャツ、半ズボン等は不可)」といった内容の申し合わせが行われています。ただし、本会議場だけは、かりゆしウェア以外は「上着(半袖上着を含む)を着用する」ことが義務となっています。それでも昔から比べれば、随分と服装のルールは緩くなりました。

1991年11月、社会党の衆議院議員で、いわゆる「マドンナ議員」の1人だった長谷百合子は、トレードマークにしているベレー帽を被ったまま本会議場入り。世間を巻き込む大騒動になりました。衆議院規則第213条には「議場に入る者は、帽子、外とう、えり巻、かさ、つえの類を着用又は携帯してはならない。但し、病気その他の理由によって議長の許可を得たときは、この限りでない」とあり、参議院規則第209条にも似たようなルールがあったからです。

この時、彼女は1986年5月の来日時に国会を訪れたイギリスのダイアナ妃が帽子を着用したまま本会議場に入ったことを引き合いに反発し、ベレー帽の着用を認めるよう訴えました。しかし、ダイアナ妃は外国からの賓客であり、衆議院規則は適用されないとして、結局、議院運営委員会理事会は長谷の主張を退け、しぶしぶベレー帽を脱ぐこととなったのでした。

放送作家、ラジオパーソナリティ、俳優と、マルチタレントから参議院議員に転身した野末陳平は、初当選間もない頃、タートルネックのセーターにジャケットを羽織って本会議場へ。ところが、待ち受けていたのは激しい野次の嵐でした。これには、さすがの野末も委縮してします。

後日、野末の元にイヴ・サンローランの高級ネクタイが届きました。当時、参議院議長だった河野謙三からのプレゼントでした。河野の粋な計らいに感激した野末は、以来、常識的な服装に変えたのでした。

では、いつ頃から国会ではスーツ、ワイシャツ、ネクタイ着用が一般化していったのでしょうか。筆者が調べたところ、1923年12月に開かれた帝国議会にまで遡るようです。それ以前はフロックコートかモーニングコート、羽織袴といった礼服が当たり前でした。ところが、この年の9月1日、関東大震災が発生し、東京一帯は焼け野原に。議員たちの多くが礼服を焼失してしまいました。そこで、これ代わる正装として、スーツ、ワイシャツ、ネクタイ着用を取り入れたというわけです。戦時中、あるいは戦後間もなくの頃は、もんぺ、ジャンパーを着た作業着姿の議員もいました。

滑稽なのは、災害が起こった際に見受けられる防災服に身を包んだ議員たちの姿です。こちらは一種のパフォーマンスでしょう。防災服を着て現場に赴くならまだしも、筆者にはテレビ映りのために、このような格好をしているとしか思えません。もちろん、政治家は公人ですから、身嗜みに気を使うのは当然ですが、まずは服装よりも中身で勝負してもらいたいものです。

DFFT(データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト)とデータローカライゼーション

2019年7月
佐藤丙午

6月28―29日に大阪で開催されたG20で、米中首脳会談等の華やかな首脳外交の影で、密かに注目を集めていたものに、デジタル経済の問題があります。

G20大阪会議に先立ち、6月8―9日にはつくば市でG20貿易大臣およびデジタル経済大臣会合が開催され、閣僚声明が発表されました。この閣僚声明では、2019年1月に世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で安倍首相が表明した流通ルールを作るための交渉枠組みの創設を受ける形で、信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)の提唱、人間中心の人工知能、そしてガバナンスイノベーションやセキュリティなどで合意が得られました。この中で、G20のプロセスの中では、特にDFFTが注目を集めたのです。

G20大阪会合では、DFFTの重要性が確認されています。データ、情報、アイディアおよび知識の越境流通が、生産性の向上、イノベーションの増大、より良い持続的発展に貢献するのはいうまでもありません。プライバシーや知的財産の保護に一定の条件をつけた上で、その自由流通を促進することが重要とされているのです。欧州理事会も、2018年11月に「EU域内における非個人データの自由な流通のための枠組みに関する規則」を採択しています。

しかし、国際社会にはデータ・ローカリゼーションという、もう一つの動きがあります。商業および軍事上に活用可能なデータ等の情報は、国家およびGAFAのような一部の情報関連企業等の独占するものとなっています。それらに対する自由なアクセスは、デジタル民主主義や、一般商業活動の推進の立場から必要なものと考えられています。一部の企業の独占を排除することは、健全な民主主義のガバナンスの育成には必要とされます。この問題に対して、国連を中心に国際ルールを作ろうとする動きもあります。

同時に、各国の立場からは、自国内でGAFA等が収集したデータに対する権利を守るべきとする主張も出されています。欧州諸国は2018年にEUの「一般データ保護規則(GDPR:General Data Protection Regulation)」を発表し、情報の流通に対して一定の制約を課そうとしています。これは、EU域内の個人のプライバシーの保護を目的としたもので、EU域内で取得した「個人データ」を「処理」し、第三国に移転することに規制をかけるものです。

データ問題では、プライバシー、自国内の産業保護、安全保障、法執行/犯罪捜査を理由として、保護措置や規制措置が必要であるとの意見は根強く存在します。しかし、データの自由流通には大きな可能性があるのも事実です。この二つの立場をどのように調和するか、今後の国際社会の議論が待たれるところです。

北朝鮮問題と日本の役割

2019年6月
武貞秀士

昨年以降、北朝鮮は中国、韓国、米国、ロシアと首脳会談を重ねてきました。その過程で南北朝鮮は事実上の終戦宣言をしました。米国、中国、ロシアと北朝鮮は対話を通じて問題解決をすることで一致しました。しかし、北朝鮮が核兵器を放棄するまでには至っていません。核兵器の放棄への道があらためて険しいことが判明しました。

北朝鮮の核兵器放棄のプロセスと体制保証の中身について、各国の本音の違いが首脳会談を通じて明らかになってきました。北朝鮮は米国にとり朝鮮戦争を戦った相手です。米国が主導して問題解決を図りたいでしょう。北朝鮮主導で朝鮮半島が統一されることを避けたいのは、それが在韓米軍撤退、米韓同盟終焉を意味し、韓国にある米国資産の喪失につながり、中国、ロシアの影響力が増大するからです。

強いアメリカを甦らせたいトランプ大統領は、韓国防衛のために負担する経費を節約したいのも事実です。非核化が早期に実現しなくても米朝協議を続けるかかぎり、戦争を回避でき、韓国防衛のコスト削減ができます。トランプ大統領は、北朝鮮の非核化達成を対話のプロセスの出口に置きつつあります。

中国は北朝鮮の非核化を望んでいますが、戦争が勃発しないのであれば、北朝鮮が最も頼りにする国が中国であり続けるかぎり、非核化達成を先送りしても良いと考えています。中国が金正恩体制の経済再建を支援するのは、金正恩体制が崩壊するときは、朝鮮半島有事の可能性があるからです。有事により米国の軍事的役割が増大することには中国は反対です。それに中国が北朝鮮内に持つ資源開発に関する権益を保護するためにも朝鮮半島の急激な現状変更は阻止したいでしょう。

ロシアのプーチン大統領は、沿海州の経済発展にとり北朝鮮の羅津港や鉄道などの地政学的条件の活用が不可欠であると考えて、ウラジオストクでの東方経済フォーラムで強調してきました。ロシアは北朝鮮内の既得権益保護のために朝鮮半島の現状維持を望んでいます。

日本の北朝鮮政策は、このような関係諸国の同床異夢の現状を踏まえる必要があります。拉致、核、ミサイル、日朝国交正常化という課題を解決するために2002年9月の「日朝平壌宣言」の趣旨に基づいた交渉戦略が必要になっています。膠着状態の米朝協議、南北対話という事態を前にして、日朝首脳会談は開催のタイミングが重要になりつつあります。

鴻海(ホンハイ)会長が台湾総統選に出馬表明

2019年5月
玉置充子

2020年1月に迫った台湾の総統選挙で与野党ともに候補者選びが混迷するなか、4月17日に電子部品受託生産で世界最大手の「鴻海(ホンハイ)精密工業」の郭台銘会長が野党国民党から出馬すると表明しました。郭氏は一代で町工場を世界的な巨大企業に発展させ、その強引な手腕から「台湾のトランプ」とも呼ばれています。日本では、2016年に経営不振のシャープを買収したことが記憶に新しいでしょう。

郭氏は今回の出馬に際し、「媽祖のお告げがあった」と明言しました。媽祖とは台湾で最も厚く信仰される「道教(あるいは「民間宗教」)」の女神で、台湾には1000カ所近い媽祖廟があると言われます。郭氏の父親は外省人の警官で、渡台後に一家は台北の隣の新北市・板橋にある媽祖廟「慈恵宮」に間借りしていました。郭氏はそこで生まれて幼少期を過ごしており、今も折に触れて参拝を欠かさないそうです。台湾では政治家が媽祖廟等に詣でるのは珍しいことではありませんが、それでも、郭氏の発言は「媽祖を政治に利用している」といった反発も招いています。

郭氏の真意はともかく、媽祖の「政治的な利用」が問題視されたのは今回が初めてではありません。台湾と中国(特に南部)は共通する宗教文化を持ちます。媽祖も元来、台湾の対岸の福建省・湄洲を起源とする女神で、1980年代末に中台の往来が解禁されると同時に、媽祖信仰を通じた交流も復活しました。こうした中台間の宗教交流は、中国政府にとって対台湾政策に利用し得るもので、その後「媽祖外交」とも言うべき状況が現れました。1997年1月、湄洲の「祖廟」から媽祖像が初めて訪台した際には、100日以上かけて台湾全土の媽祖廟を巡回し、各地で熱狂的に迎えられる一方で、宗教が統一工作に利用されたとの批判が少なくなくありませんでした。

20年後の2017年9月、湄洲の媽祖は2回目の訪台を果たしました。この時、巨額を投じて媽祖を台湾に勧進した人物こそ、鴻海の郭会長です。当時、郭氏はすでに総統選出馬に意欲を示していたとも言われますが、皮肉なことに、慈恵宮における祭典を郭氏とともに「主祭」したのは、今回国民党の総統候補予備選を争う朱立倫・新北市長(当時)でした。

台湾で総統民選が始まって以来、企業家が総統候補に名乗りを上げたのは初めてのことです。中国政府に太いパイプを持つのみならず、米国への巨額投資を通じてトランプ大統領とも親交のある郭氏が果たして名実ともに「台湾のトランプ」となるのかは、まずは党内の予備選の結果を見なければいけませんが、今回の出馬表明が波乱含みの選挙情勢にさらなる波紋を起こしたことは間違いありません。

宗教弾圧に邁進する習近平政権

2019年4月
澁谷 司

今年(2019年)2月2日、習近平政権は河北省石家庄平山県の絶壁に彫刻された世界最大の「滴水観音像」を爆破しました。

高さ57.9メートルの立像は、5年の歳月と1700万元(約2億8000万円)を費やして岩肌に彫られています。その観音像は、多くの信者や観光客に崇められてきました。

しかし、今年1月、中国当局が観音像付近にやって来て、一般人が立ち入るのを禁じたのです。そして、観音像の頭部を爆破し、次に、胴体部分を爆破しました。

これは、習政権は、かつてタリバンが行った仏像破壊と同じ破壊行為です。

中国では「文化大革命」(1966年〜76年)の際、紅衛兵によって仏像が破壊されています。観音像破壊を見る限り、目下、中国では「文化“小”革命」が進行していると言っても過言ではありません。

他方、昨2018年、山東省淄博市九鼎蓮花山に鎮座していた観音菩薩像も中国当局によって撤去されています。

この観音像は、2009年、篤志家によって建立されました。高さは34メートルで建設費用が888万元(約1億4700万円)かかったと言います。その後、多くの仏教徒が、観音像へ参拝していました。

けれども、昨年6月、宗教事務局がその観音像の所有権を得たのです。そして、同年11月、観音像を撤去しました。

さて、習近平政権は新疆・ウイグル自治区に住むイスラム教徒のウイグル人100万人以上が「再教育キャンプ」へ強制収容され、洗脳教育が行われています。

実は、習近平政権の宗教締め付けは、イスラム教徒や仏教徒だけでなく、キリスト教徒にまで及んでいます。

近年、キリスト教会が北京の攻撃対象となりました。教会のシンボルの十字架が取り壊され、教会内には五星紅旗や習近平画像を掲げるよう強制されています。

昨年には、河南省が対象となりました。

例えば、同年8月29日、同省鄭州登封で、教会の十字架が撤去されています。同31日、同省平頂山汝州小屯にある教会の十字架が取り壊されました。

翌9月1日、やはり同省安陽県北郭豆の教会の十字架が撤去されています。同5日、同省南陽市唐河県の農村教会が“破壊”されました。

結局、昨年、中国では2000万人以上のキリスト教徒が迫害を受けたと言います。また、10万人を超える同教徒が逮捕されました。

中国共産党は一体、何を恐れているのでしょうか。今後も、習政権がこのような宗教弾圧を続ければ、ますます国内外にいる宗教関係者の反発は強くなるばかりではないでしょうか。

対米関係が生み出したサウジと中国の接近

2019年3月
野村明史

サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が、2月17日から22日にかけて、パキスタンとインド、中国を歴訪しました。最初の訪問地パキスタンでは、カーン首相の手厚い歓迎を受けて、ムハンマド皇太子は約2兆2000億円規模の経済支援を行うことを約束しました。

次の訪問地インドでは、モディー首相が自らムハンマド皇太子を空港で出迎え、サウジは今後2年間に約12兆円の投資を行う方針を明らかにしました。通常、インドの首相が外国要人を空港で出迎えることはほとんどありません。しかも、ムハンマド皇太子は国家元首ではなくナンバー2の地位ですので、モディー首相の出迎えは異例の歓迎であったと言えるでしょう。

そして最後の訪問地となった中国では、サウジアラムコと中国企業2社の合弁で遼寧省に石油化学コンビナートを建設することを発表し、一帯一路への強い支持を表明しました。また、この合弁会社へは約1兆1000億円の投資が見込まれ、中国最大の合弁会社になると期待されています。

ムハンマド皇太子は、昨年10月に起きたカショギ氏殺害指示の嫌疑をかけられ、サウジの国際的信用は大きく失墜しました。欧米企業はサウジへの投資に消極的になり、米国上院議会では、カショギ氏殺害とイエメン内戦介入の非難決議案が採択されました。さらに今年1月、EUはマネーロンダリングやテロ資金供与への対策が不十分な国のリストにサウジを追加して、サウジと欧米諸国との関係は急激に冷え込んでしまいました。今回のムハンマド皇太子のアジア歴訪には、このような国際的孤立からの脱却を図る狙いがあったと考えられます。

今までサウジは中国との関係や一帯一路への参加には慎重な姿勢を示していました。しかし、今回、中国との関係強化をアピールすることによって、パキスタンやモルディブでは思ったような成果を上げられていない一帯一路に救いの手を差し伸べ、イランなど他の中東諸国へ進出を図ろうとしている中国に影響力を強める狙いがあるのでしょう。そして何よりも、貿易戦争で米国と対立関係にある中国への接近は、サウジへの強硬な姿勢を見せる米政権への大きな警告を表しています。

このように中国との親密関係をアピールしているサウジですが、安全保障や経済面では未だ米国に大きく依存しており、中国へシフトチェンジしたとみるのは時期尚早です。今回の両国の接近はあくまで対米関係が生み出した結果であり、米国との関係に変化が生じれば、両国の接近も一時的なものに留まるかもしれません。

米中新冷戦の行方

2019年1月
川上高司

新年にはいり米中関係が悪化し国際情勢が厳しさをましています。株も乱高下し世界経済の行く末も暗雲が立ちこめています。

昨年10月4日のペンス副大統領のハドソン研究所でのスピーチは米中新冷戦を彷彿させるものでした。米国が中国に新冷戦を仕掛ける目的は、自らの覇権に挑戦する中国の台頭を抑えることにあります。かつて米国はソ連に対しあらゆる面で「封じ込め」冷戦を仕掛け、ソ連は崩壊し米国はつかの間ですが「歴史の終わり」を勝ち取りました。

しかし今回の米中新冷戦は米露冷戦とは異なっています。当時の米露は軍事力(核戦力含)ではほぼ拮抗していましたが、経済力では米国が有利でした。また、東西陣営にその経済圏がほぼ完全に別れており米露間で経済的相互依存関係は存在しませんでした。したがって、政治・軍事的対立は経済とは切り離せて戦えました。今回は、軍事力では圧倒的に米国が優位に立つものの経済力では中国が米国を凌駕する勢いです。しかも米中は「ヒト、モノ、カネ」が自由に往来する関係にある上、経済的相互依存関係が深化している。したがって、米中間で経済的紛争が激しくなればなるほど双方ともにダメージを受けることは間違いない。

問題は、米国がどこまで、いつまで、どの規模まで貿易戦争をやるのかというところにあります。現状は、米国の中国に対する対抗措置はトランプ大統領が一存で中国とディールをできない状況になっている。ワシントンの対中政策が構造的に変化をしました。

冷戦時代は“ヨーロッパ”が最前線となりましたが、米中新冷戦では“日本列島~南シナ海諸国”が最前線となり、ここで熾烈な米中間の争いが繰り広げられることとなるでしょう。

さらに、2020年の大統領選挙がスタートし、中間選挙で米議会は「ねじれ議会」となったため今後、下院でロシアンゲートに関する公聴会が開催される可能性もある。その場合、トランプ大統領は議会での窮地を避けるために米中新冷戦を激化させ国民の目をさらすでしょう。

「トゥキディデスの罠」を論じ、米中衝突の可能性に警鐘を鳴らしているグレアム・アリソンも現状を事実上の冷戦布告と評していまする。米中衝突の回避のためには、米中がリスクを真剣に受け取り、両国の首脳が定期的に頻繁に会し、政府間の作業部会を増設するなど、重層にわたる相互理解のメカニズムの創設が必要とされます。さらに、米中のリーダーや官僚のみならず一般国民の交流が不可欠でしょう。

現在、米中は相互依存関係が深化しているためMAED(相互確証経済破壊)の状況が生まれています。一歩間違えば世界恐慌に陥りかねないばかりでなく、米中の小競り合いから一気に米中の軍事的衝突にまでエスカレーションしかねません。

 

過去のコラムはこちら