コラム

SF小説『北京折叠』

2017年12月15日
澁谷 司

2012年に発表された郝景芳(当時、清華大学女子大学院生)のSF小説『北京折叠』(英語のタイトルは“Folding Beijing”)は興味深いと思われます。同作品は、昨2016年、第74回ヒューゴ・アワード(Hugo Award)中短編小説最優秀賞を受賞しました。

未来の北京六環路内には、3つの空間が存在し、2日48時間サイクルで回っています。特権階層500万人は、住みやすい第1空間で、48時間の半分の24時間(朝6時から翌朝6時まで)を享受できます。

そのあと、2500万人の中間層は、第2空間で16時間(次の日の朝6時から夜10時まで)16時間を使用できます。残りの5000万人の下層は、ごみごみした第3空間で、48時間中、たったの8時間しか持っていません。

第3空間に住む下層のうち、3000万人が洋服・食料品・燃料・保険等を販売し、残りの2000万人はゴミ作業員です。

刀という姓の主人公(48歳独身)は、第3空間のゴミ作業員でした(彼には幼い養女がいます)。刀は第2空間の大学院生である秦天のために、危険を冒して第1空間へ行こうとします。

各空間の異動は厳しく制限され、捕まると刑務所に入れられてしまいます。

第1空間には、秦天が、実習の際、偶然出会った3歳年上の女性、依言がいたのです。その時、依言は秦天に優しく接しています。そこで、秦天は彼女に恋をしました。

刀は、秦天のラブレターを届けようとして、第1空間にいる依言に会います。しかし、すでに依言は別の男性(呉聞)と結婚していました。秦天が依言と会った時には、依言は婚約していたのです。

依言は刀に対し、自分は秦天が好きだと伝え欲しいと言います。ただし、秦天には彼女が結婚していると言わないで、と頼みました。依言は秦天に嫌われたくなかったのです。

依言はバッグの中から、1万元(約17万円)札5枚を出しました。刀には見たこともないおカネです。刀は秦天に対し嘘をつきたくなかったので、渋っていると、依言は更に1万元札を5枚出しました。結局、刀はカネの魅力に負け、依言から秦天への伝言を預かりました。

刀は依言と別れてまもなく、第1空間の巡邏部隊に取り押さえられてしまいます。ところが、幸運にも、その中に第3空間から第1空間に這い上がった年長の人物(葛大平)がいて、刀を釈放してくれました。

刀が第2空間にいる秦天に会って、依言から預かった伝言を告げ、第3空間へ戻ります。

郝景芳はSFという手法を使って、現代の北京の状況をリアルに描写しているのではないでしょうか。

特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の政府専門家会合(GGE)について

2017年12月1日
佐藤丙午

特定通常兵器使用禁止制限条約の締約国会議(CCW)では、自律型致死性無人兵器システム(LAWS)について、2017年11月13-17日に政府専門家会合(GGE)、そしてその翌週に開催された締約国会議にGGEの報告書が提出されました。

GGEは、過去3回開催された非公式専門家会議の結果を受け、CCWでLAWSの規制を進める上で、政府専門家がその規制の是非と、その内容を検討するものです。GGEは2017年から3年間連続して開催される予定です。第1回GGEでは、各国政府の代表討論の後、技術、軍事、そして道徳と法の三つの観点から、各国の専門家による報告が行われています。

AIが搭載されるLAWSの危険性は、国際社会で広く認識されており、兵器の運用において、「human in/on the loop」をどのように担保するかが議論の焦点になっています。LAWSの議論では、兵器が攻撃をする瞬間の決定を常に人間が行うように規制すべき、という議論と、LAWSの開発自体を規制すべき、という議論が先行して話し合われてきました。しかし、後者の議論は、兵器開発自体に制約を課すもので、現実的ではないとの意見が強く、国際社会のコンセンサスを得ることは難しいのがわかってきました。前者の議論も、兵器が攻撃をする、という定義が明確にできず、尚且つ戦闘管理システムがAIによって制御されるようになると、どこからが攻撃なのかということも明確に規定できないことも明らかになりました。

このため、2017年のGGEでは、LAWSの特徴を再確認すると共に、AIを搭載した自律兵器の軍事的特質、そして、その法的及び道徳的な問題を、基本に立ち返って再検討したのです。その際には、非公式専門家会議で行われた、論点を包括的に提示して認識を共有するのではなく、最終的な「落としどころ」を模索しながら現実的な対話が行われました。同時に、参加国の中には、自国もしくは国家グループが必要と考える規制措置を提案した国もありました。その中には、フランスとドイツが提案した、LAWSの製造から使用までを、多国間機関に監視や査察を行わせる、兵器再検証プロセス(weapon review process)の設立を提案するものもあり、より具体的な議論が行われました。

CCWでの結論が、第6議定書になるのか、NPTのような軍備管理軍縮を目的とした多国間条約になるのか、それとも一部の市民社会団体が求めるような禁止条約になるのか、議論の行方は分かりません。しかし、次の世代の主要兵器になると予想されるLAWSが、人間社会の手に負えないものにならないようにどうするか、議論に注目する必要があります。

トランプ大統領のアジア歴訪

2017年11月15日
川上高司

トランプ大統領はアジアを10日間にわたり歴訪しました。アメリカの大統領がこれほど長期にわたりアジア各国を訪れるのは1991年末から1992年初めにかけてのジョージ・H・W・ブッシュ大統領による歴訪以来であした。トランプはハワイに立ち寄った後、日本(11/5-7)を皮切りに韓国(11/7-8)、中国(11/8-10)、ベトナム(11/1--12)、フィリピン(11/12-13) とアジアを回りました。

長期間にわたる米大統領のアジア歴訪だっただけに注目されました、そこでのメッセージは一貫して北朝鮮および中国に関するものでした。そのキーワードを拾ってみるならば、日本では朝鮮半島と中国を踏まえた「同盟の確認」、韓国では北朝鮮に対する強硬な「宣言」、中国では二国間の経済と北朝鮮問題をめぐる「交渉」、フィリピンとベトナムでは中国との「仲裁者」、ベトナムでは自由で開かれた「インド太平洋」と言えましょう。

トランプ政権下では「経済ナショナリズム」とも呼ばれるアメリカン・ファースト(米国第一主義)が闊歩していて、今回のトランプ大統領のアジア歴訪でもそれが全面に押し出されました。

トランプ大統領のアジア歴訪は北朝鮮包囲網を築くことを建前上の目的としながらも、その脅威に対抗するために日本と韓国には米国製の武器購入を確約させました。トランプ大統領のアジア歴訪の中でも最大の焦点はいうまでもなく中国であり、いかに「取引(ディール)」を行うかにあった。そして中国と取引を行うにあたっての「手段」として北朝鮮がありました。

さらに、トランプ大統領はアジア歴訪にあわせて米空母を3隻投入しました。空母3隻を朝鮮半島付近に派遣することは朝鮮戦争以来のことで軍事的には正に戦争前夜でした。これは、ローズベルト大統領が得意とした「棍棒外交」(棍棒を持って静かに話す)を展開したことになります。棍棒は3隻の空母であり北朝鮮に向かって振り上げましたが、話した相手は中国でした。

その結果、トランプ大統領は中国から2500億ドル(約28兆円)の商談を得、そして北朝鮮問題で中国との調整を行ったと考えられます。また、今回の米中取引の後、トランプ大統領はベトナムとフィリピンでは南シナ海における米国の関与に関しては極めて消極的であったことから、トランプ大統領は南シナ海問題についても中国と取引をした可能性があります。このように米中が取引を行った結果、中国のアジアにおける影響力が増すとすれならば日本は益々難しい舵取りを迫られることになるでしょう。

対話と圧力

2017年11月1日
武貞秀士

2017年春以降も北朝鮮のミサイル発射が続きました。8月と9月、日本上空を通過したミサイル「火星12型」は日本社会を震撼させました。北朝鮮が9月3日の核実験を水爆実験だったと発表したあと、国際社会は北朝鮮への圧力を強化し、11月はトランプ大統領が日本、韓国、中国を歴訪して対北圧力を要請しました。

米国は軍事的解決という選択肢を排除していませんが、それは日本、米国、韓国の足並みが揃うことが前提です。10月末、文在寅政権は中国に対して米国のミサイル防衛には組み込まれないこと、日米韓関係は同盟関係にはならないことを約束しました。日米韓の安保分野の協力体制は余談を許しません。経済的に苦境にある韓国が米国、中国の間でバランス外交を鮮明にしつつあるからです。韓国経済にとり最大の貿易相手国である中国との関係修復は死活問題ですが、トランプ政権は韓国が米韓同盟を薄めてでも中韓関係修復に向かうことに対し、不満を抱いています。

中国とロシアも日米が主導する北朝鮮に対する圧力主体の政策に距離を置いています。国連制裁のもとでロシアと中国は北朝鮮経済を支えてきました。北朝鮮の羅津港を活用しシベリア鉄道と朝鮮半島鉄道を連結することで沿海州経済を建て直そうとするプーチン政権にとっては、北朝鮮核問題解決は二の次です。北朝鮮の地下資源が中国の工場に必要だとする中国は、北朝鮮に対する制裁を続けることができるのかどうか疑問です。

北朝鮮の政策は核戦略に基づいています。すなわち、統一に際して米国の軍事介入を阻止するために、米国の首都を破壊することができる大陸間弾道ミサイルを完成する。非対称的な核戦力であっても、相互に確実に首都を破壊できる能力をもてば、米国が朝鮮半島の警察官の役割を放棄すると見ているのです。「核開発は最終段階に到達した」という北朝鮮の次の一手は米朝関係正常化提案でしょう。最近の北朝鮮の沈黙、米朝間の水面下のやりとり、トランプ大統領が北朝鮮に送る「秋波」は、北朝鮮の核戦略と関係がありそうです。日本の北朝鮮政策の原則は、圧力だけではなく「対話と圧力」であったことを思い出しました。

プーチン大統領の意外な4選戦略

2017年10月15日
名越健郎

来年3月18日に実施されるロシアの大統領選で、本命のプーチン大統領が近く4選に向け出馬表明する見通しです。当選は確実で、2000年に就任した大統領が6年間勤めるなら、計24年の長期政権となります。20世紀以降のロシアの歴史では、スターリンに次ぐ長期政権。戦後の主要国でも異例の長さとなります。

反政府活動家で若者の人気が高いアレクセイ・ナバリニー氏が10月7日の大統領の65歳の誕生日に反政府デモを呼び掛け、80都市で集会が行われましたが、あまり盛り上がらなかったようです。現状では、選挙は大統領への信任投票となりそうです。

ロシア紙「ガゼータ」(9月18日)によれば、プーチン陣営は4選戦略として、医療改革、教育、年金、給与増、汚職対策などを目玉とする方針で、関係機関と諸提案を検討中です。安全保障や外交も再選戦略に含まれますが、国民の関心が高い民生分野を中核に据えるとのことです。

しかし、医療、教育、年金なら、どこかの国の政治家と変わりません。プーチン大統領の真骨頂はなんといっても、地政学的な野望や愛国主義的外交であり、ウクライナ領クリミアを併合したり、シリアの反政府勢力を空爆して国際社会を驚かせ、国民の愛国主義を高めてきました。

国際秩序に挑戦し、米国を出し抜くマッチョな戦略が国民に受け、米誌フォーブスから4年連続で「世界で最も影響力ある人物」に認定されています。それが、医療や年金重視では並みの「三流政治家」にすぎません。

もっとも、ロシア経済はそれほど追い詰められているようです。昨年まで2年間マイナス成長で、国民消費も5年連続で低下しました。国内総生産(GDP)に占める国防予算は4・7%まで上昇し、遂に今年から国防費を減額しました。閉塞感に国民の不満が高まりつつあるようで、プーチン大統領も「苦手」の教育・医療・年金に取り組まざるを得ないようです。

プーチン大統領にとって、最後の6年は茨の道になるかもしれません。米国のシェール石油生産や世界的な省エネの進化で、原油価格がかつてのように上昇するとは思えません。次の6年も欧米の厳しい経済制裁が継続され、ロシアは世界的に孤立しそうです。国民の関心が財布の中身にあることは古今東西同じことで、プーチン大統領の真価が問われるのはむしろこれからかもしれません。

どうにもとまらない若大将

2017年10月1日
荒木和博

山本リンダの「どうにもとまらない」、大ヒットした歌ですが、ご存じの方は歳が分かります。その歌詞の中にこんな部分があります。

うわさを信じちゃいけないよ 私の心はうぶなのさ
いつでも楽しい夢を見て 生きているのが好きなのさ

今の北朝鮮の状況を見ていると、彼の地の若大将が一番やりたいのは米国と直接交渉して体制の存続を認めさせることでしょう。本当に攻撃するなんて「うわさを信じちゃいけないよ」と思っているかも知れません(うぶなのかどうかはなんとも言えませんが)。あるいは核やミサイル開発は国内を押さえるために強い姿勢でいなければならないという理由もあるのかも知れません。

しかし「いつでも楽しい夢を見て 生きているのが好きなのさ」ということになると核大国として米中と渡り合うという夢を見ているのかも知れません。少なくとも国民にはそう宣伝しています。山本リンダが45年前に北朝鮮がこうなると思って隠喩を込めて歌ったとは思えませんが、それなりに意味深です。

ついでに言えばこの歌には「はじけた花火にあおられて 恋する気分が燃えてくる」なんて一節もあります。花火大会で使う四尺玉という一番大きい花火を1発打ち上げるのに260万円位かかるそうです。20発打てば花火でも5000万円余り。弾道ミサイルでいくらにかかるのでしょう。これだけ乱発しておいて、今から「米国と恋する気分で撃っていた」では収まりません。行き着くところまで行くのでしょう。

この下に掲示されている富坂教授のコラムでは中朝関係が非常に厳しい状態になっていることが分かります。「もうどうにもとまらない」で、歌の終わりが見えてきたようです。

北京アラート

2017年9月15日
富坂 聡

怯えたり、慌てたりしないでください。土曜日に防空警報の訓練を行います。もし三種類のアラートを耳にしても、怖がらないように――。

上海出張中の9月11日、私のスマートフォンが突然、物騒なお知らせメールを受信しました。発信者は『鳳凰新聞(フェニックスニュース)』で、信頼できる情報源です。

私は、すぐに北京の友人に電話をかけました。中国の首都でコンサルタント業を営むその友人は、「こんなことは滅多にあることじゃない。さすがにみな緊張している」と驚いていました。

そりゃ、そうでしょう。防空警報が出される――たとえ訓練でも――など、若者には記憶が無く、中年以上の人々には文化大革命期以来の体験です。

中国がこの時期、警報を鳴らす目的は一つだけです。北朝鮮を意識した行動であり、金正恩政権からの予測不可能なプレッシャーにさらされ、ある種の緊張状態に入ったサインです。すなわち、中国から見た北朝鮮が、もはや未知の段階に突入したということです。

どうやら朝鮮半島の「危機」は、新たなフェーズを迎えたようです。

従来、朝鮮半島の危機といえば一義的にアメリカと北朝鮮の武力衝突を意味しました。しかし、ここに来て中国と北朝鮮の間で何らかの深刻な問題が発生する可能性が指摘されるのです。
国連の制裁など、北朝鮮の核開発問題では中国の出方が世界の注目を集めてきました。一方、北朝鮮は中国が問題解決のキャスティングボードを握るような状況を愉快に思っていませんでした。

その不満がいま、アメリカにも増して中国を敵視するまでに高まったようなのです。少なくとも中国は、独自で喫緊のシグナルを発しなければならないほど切迫した事態を意識したはずです。

中国がなぜ、そんな危機感を抱くのでしょう。それは中国にはもう金正恩政権の意図がまったく読めないからです。北朝鮮が中国に向ける、「そこまでアメリカにすり寄るのか」という怒りが、予測不可能な反応にエスカレートすることを懸念しているとすれば事態は深刻です。

中国は北朝鮮に国際社会との協調を促す目的でアメリカに寄り添い制裁を強めてきていました。そして金正男殺害後には、中国の太い対北朝鮮窓口であった党中央対外連絡部(中連部)のルートも閉じました。いま、こうしたことがボディブローのように2国間に作用しているのです。互いの意図を誤解したままブレーキが効かなくなる状況は、決して非現実的なものではないのです。

死文化した法律

2017年9月1日
丹羽文生

日本には一体、何本の法律があるか知っていますか。アメリカでは連邦議会議員のことを「ローメーカー(Lawmaker)」と呼びます。日本でも憲法第41条に「国の唯一の立法機関である」と記されている通り、法律を制定できるのは国会に限られており、それを構成する国会議員は、「法律(ロー)」を「作る(メイク)」ことこそが第1義的任務なのです。しかし、国会議員であっても、法律数を答えられる人は、そうはいないと思います。

国会図書館の「日本法令牽引」データベースに登載されている法律数は最高法規たる憲法を含め、8月1日現在で2,238本です。条約や政令といったものも加えると現行法令は2万7,696本にも上ります。

ただし、役目を果たして死文化してしまったものも数多く存在しています。少し古くなりますが、今から3年前に出された「いわゆる『実効性を喪失』していると考えられる法律は何本あるか」との質問主意書に対し、国は答弁書の中で「法務省の集計」として、2014年2月28日現在で「実効性を喪失した法律の件数は155件である」と回答しています。代表的な法律としては「昭和天皇の大喪の礼の行われる日を休日とする法律」が挙げられるでしょう。

中には帝国議会の頃に設けられた法律もあります。例えば大日本帝国憲法が公布された年の1889年12月にできた全6条足らずの「決闘罪ニ関スル件」という法律です。そこには、決闘すれば2年以上5年以下の重禁錮、20円以上200円以下の罰金を科すといったことが定められています。明治の半ばにできた法律が今でも生きているのです。

用済みとなった法律を精査する大規模な法令整理は、過去に2回実施されました。1回目は1954年5月、「法令整備本部」を設置して、いらなくなったものを洗い出し、400本近い法律を廃止しました。

2回目は28年後の1982年7月で、「行政事務の簡素合理化に伴う関係法律の整理及び適用対象の消滅等による法律の廃止に関する法律」という何とも長ったらしい法律を新たに設けて300本ほどの法律を廃止しています。その中には戦前の名残から「満州」や「樺太」、「台湾」といった名称を冠したものもありました。

ただ、法律を廃止するのは、そう簡単なことではありません。法律を廃止するための法律を新たに設けなければならず、相当な時間とマンパワーが必要なのです。自民党では今から10年ほど前に行財政改革の一環として党内に「法律廃止検討委員会」(仮称)を設置する動きが見られました。国政選挙における「政権公約」にまで明記されたのですが、結局、かけ声倒れに終わっています。

現段階では、法令整理に関する動きは全く見られません。しかし、このまま放っておけば増殖する一方です。法令整理は、行政のスリム化、経費削減にもなります。2回目の法令整理から35年が経過しました。そろそろ3回目の大鉈を振るう時機が来ているのではないでしょうか。

設立50周年を祝うASEAN

2017年8月15日
吉野文雄

この8月8日、東南アジア諸国連合(ASEAN)は、設立50周年を迎えました。ASEANは、1967年8月8日に、バンコク宣言を発して設立されたのです。

当日はネットで祝賀式典の模様が中継され、参席した人々だけでなく、視聴したわれわれもなにか晴れ晴れとした気分を味わえました。また、ASEAN事務局のウエブサイト上には、祝賀行事に関連するリソースがいくつもアップロードされており、祝賀ムードはいやがおうにも高まりました。

しかし、ジャーナリズムの中には辛口のコメントもありました。毎度のことですが、「同床異夢」というのです。とくに、加盟10カ国の中国との距離の取り方が異なっていることから、足並みが乱れているのです。カンボジアやラオスはもっとも中国に近く、インドネシアは距離をとろうとしているようです。

私にとって、ASEANを一言で表す四字熟語は、「美辞麗句」、「自画自賛」といったものです。

祝賀式典に先立って開催された閣僚会議の共同声明は、2015年に設立されたものの、2025年を目標としてその実を挙げようとしているASEAN共同体が中心的なアジェンダとなっていました。段落数を数えると、全部で217段落のうち、88段落がASEAN共同体に関する内容です。

さらにその内訳を見ると、政治安保共同体に関するものが31段落(全体の14%)、経済共同体に関するものが16段落(同じく7%)、社会文化共同体に関するものが41段落(同じく19%)でした。

この内訳がASEANの置かれている状況を象徴しているように思われます。政治安保共同体については、人権を含むし対中関係も関わるので、重要ではあるが触れにくいところがあります。経済共同体については、ASEAN自由貿易地域という目に見えた成果をあげているがさらなる統合には大きな障害があり、具体的には触れにくいのです。社会文化共同体は保健や教育と幅が広く、優先順位さえつけがたいのですべてのアジェンダを並べてみたというところでしょう。

ASEANが統合を進めるにあたって課題は山積していますし、求心力も強くありません。ただ、幸いにして域外国はさまざまな思惑からASEANには好意的です。その好意を統合に活用できるかどうかはASEAN自体にかかっているといってよいでしょう。

南極大陸の現状と権利「放棄国」日本

2017年8月1日
鈴木祐二

英国スウォンジー大学研究チームは、南極半島北側にある「ラーセンC」棚氷の一部が7月10~12日に約5800㎢にわたって分離し、三重県や茨城県に匹敵する広さの氷山(厚さ200m以上)になったと発表しました。棚氷(ice shelf)とは、南極大陸上の氷河や氷床が海に押し出され、それが陸上の氷と連結したまま海上にあるものです。氷山形成の原因は、棚氷融解のいつも通りのメカニズムで、海面が直ちに上昇する恐れはありません。

大西洋に面した北を上に「象の横顔」を想像した時、大きな耳の部分にあたるのが東南極大陸、目や口や鼻が西南極大陸です。南極横断山脈(約3000㎞)によって東西に二分されています。今回分離したラーセンCは長い鼻(南極半島)中央部付近の上側(北側)にあり、ここの棚氷が分離し、平たいテーブル型の氷山となったのです。南極大陸は他の大陸から切り離され独立した唯一の大陸で、最高峰ビンソン・マシフ山は海抜4897mです。大陸の約95%が氷の下にあり、その氷の全体積は約3000万㎦で、地球上にある氷全体の約90%を占めています。この氷がすべて溶ければ海面が少なくとも57.5m上昇すると予測されています。

南極大陸には、12ヵ国によって採択され1961年に発効した「南極条約」という特殊な条約(南緯60度以南に適用)があります。現在の締約国は53ヵ国で①平和利用に限定(軍事基地の建設、軍事演習の実施等の禁止)、②領土権主張の凍結、などを決めています。日本は原締約国で、南極条約協議国(29ヵ国)の一員として責務を果たしています。同条約第1条の平和利用は今のところ遵守されていますが、第4条の領土権主張の凍結については原署名国の中で意見の相違があります。自国の領土権を主張しているクレイマント7ヵ国(イギリス、フランス、オーストラリア、チリ、アルゼンチン、ノルウエー、ニュージーランド)と、自国の領土権を主張せず、他国の主張も否認するノン・クレイマント5ヵ国(日本、ベルギー、ドイツ、デンマーク、オランダ)があり、アメリカとロシアは一応、後者の立場をとりつつも、過去の活動を特別の権益として領土権を留保しています。

国連海洋法条約に基づく排他的経済水域や大陸棚等が、南緯60度以南の南極条約地域に適用されるか否かについては専門家の間で意見が別れ「法的真空状態」です。南極大陸には豊富な資源が埋蔵されています。平均約2000mの氷に覆われているため採掘が難しいのですが、技術的に可能になれば領有権を主張し続けることに重要な意味が出てきます。アルゼンチンは民間人を越冬させ、現地で出生させるなど既成事実づくりに熱心です。旅客機を国内線として運航するオーストラリアが領土権を主張している地域内に、中国は長城基地と中山基地(滑走路つき)を有し、海抜約4000mの内陸部に崑崙基地を新たに設営しました。南極大陸での資源争奪戦に備えた布石でしょう。

日本は、明治時代の白瀬隊の実績により米露同様「特別の権益」を有しますが、サンフランシスコでの対日平和条約第2条(e)項によって南極の領土に関する一切の権原・権利を放棄させられた「放棄国」という独特の地位です。将来の資源開発競争において不利な立場を余儀なくされます。特殊な原締約国としての発言力をより高めるため、何らかの手を打つべきだと思います。

人格としての母語、道具としての外国語

2017年7月15日
遠藤哲也

以前、『海外事情』誌上で、日本人全体が長らく「国際化強迫」に捉われてきたと書きました。「ことば」についての国内での言説にも同様のものを感じます。「ことば」そのものの言語学的意味や人間にとっての重要性に注意が向けられることは少なく、国語と外国語を同列に置いて語るような教育論も見られるようです。

「第一言語」という言葉がありますが、多くの日本人にとって、日本語は「第一」「第二」と並べるようなものではないでしょう。通常、「母語」とそれ以外の言葉は決定的に異なるからです。母語とはそれを使う人間の人格の重要な一部です。人間はことばが無くては、思考したり、抽象的な事柄を認識したりできず、通常、人の思考は母語に圧倒的に依存しています。

言葉には、その言葉が直接表す意味(語義)以外に、その語が纏う言外のイメージ、それを使うに適正な文脈、また、文脈による語義変化などの要素がありますが、辞書はその語の代表的語義を示してくれるだけです。人間は、母語に関するこうした複雑な知識を、能動的な学習によってでなく、乳幼児期からの生活の中で、ごく自然に身に付けていく驚異的な力があります。ですから「私が」と「私は」の違いを述べよ、と言われても多くの人は言語化することができません。そして、このような自然な言語習得能力は小学高学年頃から低下してしまうようです。

一方、人間が能動的に学習する非母語・外国語は全く意味が異なり、それは基本的に「道具」でしかありません。そして、母語の語彙と外国語での対応翻訳語は普通、イコールではないので、無数にある語彙について、母語との差異を把握しつつ、語義の多重性、言外イメージなどの正確な語法・語感までを完全に習得するなどということは、母語を媒介にした能動学習によってでは、およそ不可能と思えます。初歩の記号論を学んで、言葉に伴うこうした事実に意識が向いたなら、慎重で非楽天的な性格の人は、外国語の使用に逐語的に戸惑いを覚えてしまうかもしれません。

ただ、道具は道具に過ぎません。毎日、のこぎりが必要な人もいますが、一生、使わない人も居ます。また、弓の達人だが、刀槍はからっきしという武士が居たであろうように、人間には適性というものもあります。聴解力に関しては、通常の知識と論理の学習と異なり、耳と脳による音声認識の問題ですから、通常の勉強の学力が高い者が、これも得意とは限らないのは、高学歴の人なら歌唱や聴音も得意だとは言えないのと同様でしょう。つまり、努力して一定の時間をかけて勉強すれば、誰でも外国語が流暢に「話せる」と思うのは神話と言うべきです。そして言語学習は多大な時間と労力のコストを伴うので、当然に費用対効果の斟酌も行われるべきです。道具は必要な人、適性のある人が使えばよく、皆に同種の道具に熟達させようとするのは、個々の才を伸ばし活かす機会を奪います。

しかも、本来、人間の言語能力において、「読み書き」と「聞く・話す」のどちらがより知的な営みに通じているかは、「識字率」という語の存在を想起すればわかることですが、なぜか日本では、正書法に基づく「読み書き」を劣位視して、実用英語力の低さを嘆いてみせるような言説が繰り返されてきました。日本はその間も一貫して世界中とちゃんと取引して、繁栄をし続けてきましたし、ネットによる輸入や交信が一般化した今時では、寧ろ読み書きの方が実用的ではないかとも思うのですが。

前記のように、一般的には、能動学習による他言語の完全な習得はまず不可能なものですから、母語で九割程度は口頭表現できる事柄でも、非母語で語れば多くの人は、より低い精度で語ることになります。これは話者本人に認識が無くても、時に大きな不利・不利益であり、母語の使用の可不可がしばしば民族対立の遠因になる所以でもあります。まして学問などある種の社会分野では、そもそも平易ではない論理を最高精度の言葉で表現することが要されますから、非母語への変換は相当高度な能力を要すものとなり、そう安直に為し得るものではありません。何となく通じればいいというのは旅行会話の話です。

前述のように外国語の会話力は音感と同様、かなり適性や生育環境に依存したものなのですが、道具としての外国語を高みに置いて格付けの指標にするのは、旧植民地諸国の一部エリートが宗主国言語に関して見せるような態度で「言語帝国主義」と呼ばれます。今日の日本でもそれに類した言説が時折見られるほか、「コンプライアンス」など、日本語で平易に言えることをわざわざ難しい外国語で述べて見せるような母語の蔑ろ化も官民で見られるようです。初歩の言語学・記号論を、高等教育の中で必修化すべきであろうと常々思う所です。

王家の慣例を覆したサウジ国王

2017年7月1日
野村明史

6月21日、サウジアラビアのサルマーン国王がムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子の全職務を解き、新たに息子のムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子を皇太子へ昇格させました。あまりにも突然の交代とそのような予兆もなかったことから、当初はフェイクニュースではないかと疑われるほどでした。

これで、サルマーン国王在位中に皇太子が2度も交代となりました。前回は、2015年、ムクリン元皇太子(サルマーン国王の異母弟)が、ナーイフ元皇太子(サルマーン国王同母兄、国王即位前に死去)の息子でサルマーン国王にとって甥にあたるムハンマド・ビン・ナーイフに皇太子位を譲るという形での交代でした。しかし、今回のムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子の更迭は、特段の理由のない突然の解任劇であったため、自身の息子に王位を継承させるためではないかという憶測が流れました。そのためか、内務大臣を筆頭にその他のポストも初代国王から数えて第4世代を中心とする若き王族へと人事の入れ替えが続き、政権の若返りを強く印象付けました。

しかし、今回の人事刷新で注目すべきことは単なる自身の息子への王位継承準備や政権の若返りだけではありません。サルマーン国王は長年のサウード家の慣習を大きく覆したのです。これまで、王位は初代国王の息子である第2世代が年齢順に継承してきました。時の流れとともに、第2世代の高齢化が進み、アブドッラー前国王(サルマーン国王異母兄)の在位中には2度も皇太子が死去しました。そのような背景から、サルマーン国王が2015年に即位した時、初めて第3世代から内務大臣を務めるムハンマド・ビン・ナーイフが副皇太子に選出されました。その後、前述のようにムクリンから皇太子位を譲られ、これまでの彼の実績と年齢も57歳ということから妥当な後継者とみなされていました。しかし、今回の更迭でさらに若い31歳のムハンマド・ビン・サルマーンが第1王位継承者となったことは、これまで「年齢」を重視していたサウード家の慣習を大きく覆すこととなりました。

この力任せともいえる継承と王家の慣習の打破が、これから保守的なサウジにどのような影響を与えていくのでしょうか。

2006年に設立された次期国王を選定する忠誠委員会において、34人中31人が今回の交代を支持したと発表されました。全会一致でなかったので、政権の不安定さを危惧する声も聞こえましたが、このような一定の反対派の容認と公表は独裁政権のイメージが強いサウジアラビアにとって、新たな門出を演出する良い材料ともなりうるかもしれません。

今後も新しいサウジの出発に注目が集まることでしょう。

低迷する中国経済と「一帯一路」国際サミット

2017年6月15日
澁谷 司

今年(2017年)1月17日、遼寧省長が、2011年~14年まで、同省のGDPは20%以上、水増しされていたと初めて公表しました。

さらに、同省長は、昨2016年1月~9月までの遼寧省のGDPはマイナス2.2%だったことを明らかにしたのです。

これから類推すると、中国経済の厳しい現状が垣間見られます。

昨年、中国のGDPは6.7%で、6.6%のインドを抜き、世界1の経済成長を達成したと中国政府は主張しています。けれども、これはブラックジョークに過ぎないのではないでしょうか。

中国政府が公表した①発電量の推移、②貨物輸送量の推移、③固定資産投資、④中国の輸出入の推移等を見れば、2015年と16年の両年、中国経済が2008年の「リーマン・ショック」時よりも悪いことは火を見るより明らかです。

また、「中国一辺倒」を掲げる馬英九政権の下、中国経済の悪影響を受けた台湾のGDPが一時マイナスになりました。他方、中国富裕層に依存するマカオ経済(GDPの約60%がカジノが占める)が激しく落ち込んだりしました。これらも中国経済低迷の傍証となるのではないでしょうか。

北京政府としては、財政出動をするのが景気回復には1番効果的です。けれども、中央の財政赤字が大きく(最低でもGDPの150%程度と言われています)、それも難しくなっています。

そこで、習近平政権は、どうしても(高速鉄道以外の)外需を求める必要があります。

今年5月14、15日、北京で「一帯一路」国際サミットが華々しく開催されました。ロシアのプーチン大統領をはじめ、29の国家元首・首脳、約130ヶ国の政府官員および世界の富豪やビジネスマン約1500人以上が参加しています。

実は、2013年に「一帯一路」構想が持ち上がって以来、すでに5兆人民元(約75兆円)あまりが投じられています。けれども、過去3年来、「一帯一路」では、全部で5つのプロジェクトしか完成していません。①サウジアラビアの石油精錬所、②バングラデシュの橋、③パキスタンの道路、④トルコで埠頭を購入、⑤中国国内で、天然ガスダクトの補修だけです。

おそらく北京政府は、「一帯一路」で国内の過剰生産を消費し、中国経済の衰退危機やリスクを転嫁しようとしているのではないでしょうか。また、対外投資によって、国内企業、とりわけ国有企業の発展を促すつもりではないでしょうか。

一方、習近平政権は、中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)の活用を促す狙いがあると思われます。

トランプ政権の国防予算

2017年6月1日
佐藤丙午

トランプ政権は、政権発足100日を過ぎたものの、各行政機構の主要なポストに空席が目立ち、政策の方向性を展望するには不十分な状況にあります。ポストが未確定なのは、国務省や国防総省も同じ状況にありますが、その中で2018年連邦年度(2017年10月より)の政府要求が5月23日に発表されました。米国の予算は議会(立法府)が授権法と歳出法で決定する仕組みで、行政府は議会に予算を要求する立場になります。

政権の予算要求の内容は、オバマ政権の2016年度の予算と比較して約10%の増加の5745億ドルで、2011年予算管理法の下で議会が2017年度に規定した額よりも約9%の増加になります。国防予算としては、イラクとアフガニスタンでの作戦継続のために646億ドル要求されています。トランプ大統領は、選挙中に軍備増強方針を表明しており、今回の予算要求もその方針に沿ったものになっていますが、要求内容を精査すると、少なくとも来年度は抑制されたものになっています。

たとえば、空軍ではF-35、F/A-18、KC-46などの要求数はオバマ政権で予定された通りでしたし、海軍でも、トランプ大統領がかねてより主張してきた350隻体制が、2018年予算で実現するようにはなっていません。2018年の予算要求では、各軍の教育訓練、装備の維持整備及び更新(イラクとアフガニスタンで使用した武器弾薬や装備の補充)に重点がおかれ、いわゆる新たな兵器システムの調達計画が明確に打ち出されていません。トランプ大統領が主張していた、兵員の待遇改善(給与)も重視されていますが、全体的にみると、オバマ政権が提示してた2018年度予算と比較しても、約3%(約190億ドル)の上昇になっているにすぎません。

この予算については、国防タカ派からは「失望」が表明され、そしてこの予算が国務省の対外援助計画や国内政策の予算を転用することを想定していることなどから、国際派からは「反発」が、そしてこの予算自体を「悪夢」と呼ぶ議員も現れました。もちろん、トランプ政権は、単年度での予算大幅増額を意図しておらず、数年間にわたるプロセスを想定しているし、予算の決定権限は議会にあるので、政権の要求通り認可される保証はないので、現時点での評価は妥当ではないかもしれません。今回の予算要求では見送られた重点領域も、今後明確になってくるでしょう。

ただし、トランプ政権の下で、今後国防費の上昇が予見される段階にあることは明らかですし、その増加は単なる兵器の数に留まるものではなく、米国の戦略に構造的な変化をもたらし、その影響が長期に及ぶ可能性が高いことも考えておく必要があります。2017年G7直後にドイツのメルケル首相が欧州の独自路線の追求に言及するなど、米欧関係に軋轢が生じたこともあり、米国の国防予算の上昇が米国の世界戦略や同盟政策にどのような影響を与えるか、慎重に見据えていく必要があるのです。

漂流するアメリカ-トランプ政権の100日を問う-

2017年5月15日
川上高司

トランプ政権が発足し100日ほどが経ちましたが話題が大きい割にはその成果はそれほどなく、進歩よりも停滞がみられる今日この頃です。トランプ大統領は政権発足時から矢継ぎ早に大統領令を出しオバマケアを廃止、TPPの不参加といったオバマ大統領の政策を否定しトランプらしさを強調しました。しかし実際には議会や国民の反対にあい実行はできず、支持率は低迷しています。

そんな中、5月10日、突然コーミーFBI長官をトランプは解任しました。あまりにも唐突な解任だったため、さまざまな憶測が流れました。

ホワイトハウス報道官とセッションズ長官は、コーミー長官の解任はローゼンスタイン司法副長官の進言によると発表しました。解任までの流れを追ってみます。3月20日、コーミー長官は議会の公聴会でFBIは昨年の大統領選挙へのロシアへの関与を調査していると証言しました。

5月8日、トランプ大統領はセッションズ司法長官とローゼンスタイン副長官と会合を持ち、そこではセッションズ長官とローゼンスタイン副長官はFBIのロシア疑惑の調査報告を行い、コーミーの解任を進言したと推測されます。そして報道発表です。

ところが11日、トランプ大統領はコーミーの解任は進言以前から決めていたことであり自分の判断だとコメントしました。大統領によるとコーミーは目立ちたがり屋でそのためFBIは大混乱に陥っている、その責任を取らせたということです。

この解任は政府の干渉である、売られた喧嘩は買ってやるとばかりに同日開かれた公聴会でマックケイブFBI長官代行は「コーミー氏のFBI当局内の職員の支持は厚かった。誰もが、もちろん私も彼へは絶大な信頼と尊敬を寄せていた」と真っ向からトランプ大統領に反論しました。そしてロシア疑惑の調査は継続しその報告はホワイトハウスには今後上げることはしないと宣言しました。

コーミーは2013年オバマ大統領によって指名されFBI長官に就任しました。長官の任期は10年です。大統領には解任の権限があるので今回の解任は違法ではありません。しかしFBIは独立した捜査機関であり、その長官が任期途中で解任されるのは権力による捜査機関への干渉ととらえられかねません。そのため歴代大統領は解任には慎重でしたがトランプ大統領は型破りで前例にとらわれないようです。

コーミーの解任の真相はどこにあるのでしょうか。コーミーを就任させたのがオバマであったことが最も大きな動機だったのではないでしょうか。オバマ時代をあまねく否定することがトランプ大統領の思考の大きな柱だとしたらこの政権はどこへ向かうのでしょうか。アメリカ大統領が世界に与える影響は計り知れません。トランプ大統領の思考の行き先を慎重に考察していく必要があります。

緊張する朝鮮半島

2017年5月1日
武貞秀士

軍事圧力で説得

朝鮮半島が緊張しています。米国の空母打撃群が東シナ海に到着し、トマホークミサイルを装備した原子力潜水艦が釜山の岸壁に着きました。軍事力を背景に北朝鮮の核実験、ミサイル発射を阻止する構えです。これに反発する北朝鮮は大規模火力演習を公開しました。1994年の核危機以降では最大の危機です。

米国の当面の目標は何でしょうか。4月26日、ティラーソン国務長官、マティス国防長官、ダンフォード統合参謀本部議長らが出席して、北朝鮮情勢について上院議員全員にブリーフィングを行いました。「トランプ大統領の北朝鮮問題に対するアプローチは、経済制裁の強化と同盟国・域内パートナーとの外交的措置であり、北朝鮮が核・ミサイルを解体するよう圧力を加えるのが目標」と伝えました。軍事圧力を加えながら交渉で解決をめざすという意味です。

北朝鮮は4月15日の軍事パレードで大陸間弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイル、特殊部隊を行進させて、軍事力を誇示しましたが、パレードには多数の外国メディアを前にして金正恩委員長が背広姿で登場して世界を驚かせました。

ロシアの役割

北朝鮮を説得する上で中国の役割は大きいのですが、ロシアの役割も小さくありません。プーチン大統領は沿海州経済の発展と北朝鮮の地理的条件を結びつけたいと考えて、2014年には北朝鮮の対ロ債務を大幅軽減しました。ロシアは北朝鮮の鉄道改修事業、送電線の設置、天然ガスパイプライン敷設構想などに深く関わっています。羅津港の第3埠頭はロシアが49年間、租借しています。「万景峰92」を定期船としてウラジオストクと羅津港間で運行する話がまとまりました。ロシアは金正恩体制が存続してロシアとの契約を履行してほしいと考えているでしょう。ロシアは北朝鮮に影響力を持っています。

5月以降の展開は

5月以降、朝鮮半島はどうなるでしょうか。北朝鮮は核兵器開発が最終段階に入り、核実験とミサイル発射を続けるでしょう。トランプ政権は核実験を阻止する構えですから、緊張状態が続きます。昨年は米韓軍事演習が4月末に終わり、5月中旬、朝鮮人民軍が支援をする「春期田植え戦闘」が始まりました。人民軍が農業支援をしなければ、北朝鮮の稲作は成り立ちません。昨年とは違い、ワシントンにはトランプ政権、北朝鮮の核開発は最終段階ですが、5月、米朝双方はどう動くのでしょうか。

トランプ大統領の「核の不安」

2017年4月15日
名越健郎

核戦争の危険度に継承を鳴らす米科学雑誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」が1月末、地球最後の日を示す「終末時計」を30秒進めて残り2分半とし、時計の針は冷戦終結後、最も「終末」に近づきました。

同誌は針を進めた理由として、トランプ米大統領の核に関する不穏な発言、米露の核軍拡、北朝鮮の核・ミサイル実験などを挙げていますが、確かに核のボタンを握るトランプ大統領の対応はヒヤヒヤさせられます。

2月に安倍晋三首相とフロリダ州の別荘でゴルフをした際、「フットボール」と呼ばれるブラックボックスが別荘内に無造作に置かれ、運搬役の武官も別荘内のレストランで一般客と写真を撮っていたことが、SNSに投稿されました。

1月末にプーチン大統領が電話協議で、新戦略兵器削減条約(START)の更新問題をただしたのに対し、トランプ大統領は新STARTを知らずに動揺し、側近に尋ねた後、「オバマによる悪い条約だ」と答えたそうです。

選挙戦中、米軍が日韓防衛への関与を減らす代わりに、両国の核武装を容認すると述べ、日本にショックを与えました。過激派組織「イスラム国」による対米攻撃には「核で反撃する」と発言したり、外交顧問に「核があるのになぜ使わないのか」と質問したこともあります。

共和党候補による討論会で、「戦略核三本柱」について尋ねられた際、これを知らずに動揺し、支離滅裂な発言をしたことがあります。就任前、核軍縮を唱えながら、就任後は一転して国防予算大幅増や核戦力近代化を指示しました。

公職や軍務の経験がなく、核兵器の認識に乏しい最高司令官が核のボタンを握ることはやはり不安です。

米議会でもそうした不安が強いようで、大統領の核先制使用を制限する法案が1月末、上下両院に提出されました。提案者の1人、エドワード・マーキー上院議員(民主)は、「トランプ大統領はテロ組織に対して核攻撃の検討を示唆している」と述べ、議会の同意なしに大統領には核兵器を使用させないと説明しました。

米国による北朝鮮への先制攻撃説も流れる中、北の若大将と同様、こちらの大将も危うい限りです。(了)

選挙予測

2017年4月1日
荒木和博

朴槿恵大統領の解任によって5月9日に大統領選挙が行われることになった韓国。現時点では第1野党「共に民主党」の文在寅候補が最有力とされています。

私の選挙予測はほとんど当たったことがないのですが、現状では保守系は適当な候補すらいない状態で、当選するのは少し左か、左か、もっと左かという程度の差になる可能性が高いでしょう。

ところで私がもっとも見事に選挙予測をはずしたのは盧武鉉の当選した2002年12月の大統領選挙でした。盧武鉉は金大中政権の与党の中でもダークホースで、大統領どころか候補者にすらなれないだろうと思われていました。私は「絶対に盧武鉉が当選することはない」と言い続けていました。実際当時は野党だったハンナラ党の李會昌候補が圧倒的に強いとみられていました。韓国ウォッチャーでもその見方が有力でした(負け惜しみになりますが)。

盧武鉉が勝ったのは、後付けの理由ですが例えばこんなことではなかったかと思います。

①圧倒的優勢と言われた李會昌はもともと検事で、頭を下げるのが苦手であり、反感を買うことが少なくなかった。息子の兵役逃れ疑惑もマイナスに作用した。
②盧武鉉はダークホースで、派閥を作らない一匹狼の政治家だった。クリーンなイメージがあり圧倒的に強いとみられていた李會昌陣営からすると非対称戦のようになってしまい攻撃しにくかった(この点は昨年の米国大統領選挙と似た構図です)。
③この年6月13日、在韓米軍の装甲車が交通事故を起こし女子中学生2人が死亡した。盧武鉉支持派は反米運動と相まってこれを最大限利用した。選挙も大詰めの11月20日から22日、米軍の軍事法廷で起訴されていた2人に無罪判決が言い渡されると運動はさらに熱を帯び、盧武鉉当選の原動力となった。

私はこのとき「米国は反米の盧武鉉を当選させて、韓国の世論を理由に在韓米軍の撤退を図るのではないか」とすら思ったものです。何はともあれそのような流れの中、僅差で盧武鉉は当選し、金大中・盧武鉉の左翼政権10年で親北勢力は力を付けました。今回の朴槿恵弾劾→罷免に至る流れもそれがあったからこそできたことです。

「北朝鮮の脅威」も昔なら選挙のとき一定の歯止めになったのですが、朝鮮戦争の記憶を持たない世代が大部分になった今の韓国ではほとんど効果がありません(大多数の国民は北朝鮮に関心すら持っていません)。現時点でも保守の集会は中高年、左翼の集会は若者が中心ですから、このままで行けばやはり野党の勝利は濃厚でしょう。

と、やはり選挙予測をしてしまいました。このときの盧武鉉にあたる候補者が与党側で出てくれば意外に面白い闘いになるかもしれませんが、現状では時間切れといった感じです。

それでも、やはり何が起きるかわからない。例えば北朝鮮が武力挑発するとか、米国が業を煮やして「斬首作戦」をやるとかすれば状況はまた一変します。そう言っておけばまあどうにでもとれるかなと思っているのですが。

以上、「晴れときどき曇り、ところによって雨か雪でしょう」的な選挙予測でした。

日中外交

2017年3月15日
富坂 聰

全国人民代表大会の真っ最中である3月8日、記者会見に応じた王毅外相は、今年が日中国交正常化45周年に当たることを訊かれると、歴史認識問題で日本に釘を刺し、「日本には歴史の逆行をたくらむ者もいる。我々は日本と関係改善したいが、日本はまず自らの心の病を治す必要がある」と発現し、記者を驚かせました。

心の病――。

発言の意味は、日本が中国の発展をどうしても受け入れられないことを指したものだといわれます。

王毅外相といえば、とにかく日本に対する態度が厳しいことで知られる人物です。

中国の外交官の中でもジャパンスクールと呼ばれる人々の特徴は、日中関係が悪化した時に、とにかく先頭に立って日本を非難することで自分を守らなければならないというものがあります。日本でもそうですが、中国と日常的に接していればチャイナスクールとレッテルを貼られ、「中国寄り」との誹りを受けてしまいます。ときにはスパイ扱いなのですから、仕事をする気はなくなるでしょう。

その体質が染みついたという以上に利用して出世したのが王毅という人です。

外交という意味では中国が圧倒的に重視するのは米国です。それに比べて対日外交など豆粒のような存在です。しかし、その日本語グループから外相が続いたのですから驚くべきことでしょう。

まさに王毅が出世して、日中外交は最悪になったという状況です。

しかし、それは日本も同じことです。中国に足を運び苦労して人脈を築き、中国を分析しても、自分が気に入らない結論であればスパイとレッテルを貼られてしまうのです。それよりもネットで集めた情報で、「中国が大変だ」と書いた本が売れるのですから、真面目な人ほどやる気をなくしています。

気が付けば日本には中国の上層部とまともに話すことができるルートがなくなり、情報も全く入らなくなっています。

2月13日、北朝鮮が発射したミサイルの情報は米軍も十分に把握できていなかったようです。これを受けて日本の永田町では中国の存在がクローブアップされる動きがありましたが、そのルートは全くないのです。

その一人は、今後、北朝鮮問題において米中が2国しか知らない情報を共有して日本には伝えてこないことが起きるかもしれないと心配していました。

心の病と日本を貶す王毅の人間の小ささは笑うしかありませんが、経済における日中の本格的な逆転は避けられないのは確かです。おそらく日本の技術を「中国がパクる」という言葉は今年を境に無くなるでしょう。その現実を1秒でも早く直視することが、本来であれば日本再生の最も重要な道なのでしょう。

台湾にある世界遺産の候補地

2017年3月1日
丹羽文生

アメリカのグランド・キャニオン国立公園、中国の万里の長城、日本の原爆ドーム・・・。世界には1000ヵ所を超える遺跡や自然環境が「世界遺産」として登録されています。

ところが、「顕著な普遍的価値」がある美しい自然景観、歴史的価値の高い文化史跡を数多く有しながら、台湾からは1ヵ所も登録がありません。中国による妨害でユネスコ(国連教育科学文化機関)から門前払いを食らわされているためです。ユネスコに加盟しているのは2017年1月1日段階で195ヵ国、準加盟地域10地域で、このうち、1972年11月に採択された世界遺産条約の締結国数は192ヵ国に及びます。

1971年10月、中国大陸にある「中華人民共和国」の加盟により、台湾にある「中華民国」は国連から脱退してしまいました。これにより、ユネスコだけでなく、国連と連携関係にある「専門機関」からも中国の圧力で追い出されてしまいます。世界遺産条約には「顕著な普遍的価値を有する文化及び自然の遺産を共同で保護するための効果的な体制を確立」し、「無類のかけがえのない物件を保護することが世界のすべての国民のために重要である」と謳われています。

したがって、政治的ファクターが介入してはならないことが原則であることは言うまでもありません。もし、介入すれば、それこそ世界遺産そのものの価値が薄らいでしまいます。

台湾文化部文化資産局ではユネスコの登録基準に従いながら審査をした上で、世界遺産の候補地として太魯閣国家公園、棲蘭山ヒノキ林、卑南遺跡及び都蘭山、阿里山森林鉄道、金門の戦地文化、馬祖の戦地文化、大屯火山群、蘭嶼島の集落及びその自然景観、淡水紅毛城及び周辺の歴史建築群、金瓜石集落、澎湖玄武岩自然保護区、台湾鉄道旧山線、玉山国家公園、楽生療養院、桃園台地の埤塘、烏山頭ダム及び嘉南大用水路、屏東パイワン族の石板屋集落、澎湖石滬群の全18ヵ所を挙げています。しかも、そのうち半分の9ヵ所が日本と深い係りがあります。

もちろん、台湾のユネスコへの加盟は容易なことではありません。しかし、パレスチナのように国連に未加盟ながら、例外的にユネスコに加盟し、2件の世界遺産への登録が実現した例もあります。純粋に世界遺産に相応しい候補地が政治的妨害によって無視され続けている状況を見過ごすことはできません。

東日本大震災、昨年4月の熊本地震で台湾の人々は、「親日」という言葉だけでは言い尽くせないほどの深い友情、絆を示してくれました。登録に向けて、少しでも前進するよう応援していくことが日本としての恩返しにもなるのではないでしょうか。

東南アジアは親日か

2017年2月15日
吉野文雄

膨張する中国は南シナ海で東南アジア諸国と対峙、東シナ海では日本に対して領土を要求しています。日本と東南アジアは共通の敵に対しているわけで、日本では東南アジアを盟友とみなす雰囲気が醸成されているようです。しかし、ほんとうに敵の敵は味方でしょうか。

昨年夏マレー半島を這うように旅したことは前回書かせていただきました。そのさい、プラチュアップキリカンという長い名前のタイ南部の町に1泊しました。そこにはウィング・ファイブというタイ空軍の基地がありました。空軍基地といってものどかなもので、基地内に海水浴場があり、誰でも入ってのんびりできます。

基地の歴史などを示す博物館があって、その前に大きな石碑が建っていました。かなりの人数がレリーフのように描かれています。その場にいた軍人さんにきくと、1941年にその地に上陸した日本軍のようすだということです。日本軍はパールハーバーを奇襲する前後にマレー半島に上陸したのです。

日本の軍人が地元住民を抑圧し、その日本軍をタイ国軍が追い詰めるような図柄でした。日本人としてあまり愉快ではありませんでしたが、抑制の効いたタッチで冷静に史実を活写しているように見えました。

このような日本軍の遺産は東南アジアのあちこちにあります。インドネシアの西の果てウェー島にはいまだにインド洋に向かって日本軍の残した大砲がありますし、各地の華僑・華人が抗日闘争を記憶に残す碑を建てています。

東南アジアで、町行く人に「日本は好きですか?」と問うと、多くの人が「大好きです。トヨタ、パナソニック、ナルト。日本製品がなければ暮らしが成り立ちません。」というような答えが返ってくるでしょう。しかし、同じ質問を中国人や韓国人が発するとどうでしょうか。おそらく「祖父は日本軍に殺されました。あまりよくは思いません。」というような回答も出てくるでしょう。

東南アジアの人々はしたたかです。それが証拠に、インドネシアの高速鉄道プロジェクトでは日本は中国を前に辛酸をなめました。ミャンマーでも日本は8000億円に及ぶ債務を放棄しましたが、携帯電話網を受注できませんでした。

日本は中国などと天秤にかけられているのであり、日中関係が冷え切っているのは東南アジアにとって願ってもない状況なのです。日本人には、これといった根拠もないのに東南アジアは親日だなどと思い込まず、現実と歴史を直視してほしいものです。

中国:  南シナ海の戦略的地位

2017年2月1日
鈴木祐二

中国人民解放軍の「南部戦区」司令員に海軍北海艦隊司令員だった袁誉柏提督が就任しました。戦区クラスの司令員に陸軍出身者以外が就くのは初めてです。南海艦隊(南シナ海での海洋主権やシーレーン確保が主要任務)指令員だった沈金竜提督が海軍司令員に昇格し、その後任に海軍副司令員の王海提督が就任しました。同提督は空母・遼寧を率いる空母部隊司令員だったことから、初の国産空母の南シナ海配備を見据えた人事で、これで北海・東海・南海の3艦隊司令員全員が入れ替わりました。

習政権は今年末までに兵力30万人削減の方針を掲げていますが、海軍については逆に増員するとの見方が強まっています。2016年2月1日、陸軍中心の七大軍区制を廃止、東・西・南・北・中部の五大戦区へと改編し、陸・海・空・ロケットの4軍を統合的に運用する体制としました。他にも従来の四総部を廃止し、中央軍事委員会隷下15の職能部門へと大規模な改革がなされました。中国は中央軍事委員会(習近平主席)による集中的で統一的な統制を可能にし、同主席による直接指導体制の強化を目指しているようです。

こうした人民解放軍内の体制改革と海軍重視の傾向に、中国にとっての南シナ海の戦略的地位が高まりつつあるのを感じます。日米の戦略的計算をより複雑なものにし、自らの戦略的選択肢を増やすことを目指す考え方は、「諸力の相関関係(corelation of forces)」を重視した冷戦時代のソ連邦の戦略思考を彷彿とさせます。

南シナ海における中国の領有権と資源に関する主張(海外事情HP 2016年8月1日参照)を、ハーグの仲裁裁判所は2016年7月、国連海洋法条約に基づく権利を超えて行使する法的根拠はないと全面的に斥けました。南沙諸島における7つの地物(人工島)建設は、海洋環境保護義務に違反するが、今のところ軍事活動には当たらないとしつつ、ミスチーフ礁など3カ所を「低潮高地」、ファイアリークロス礁など4カ所を岩だとしました。海洋法条約の加盟国である中国はこの判断に従う義務があるが、仲裁裁判の法的拘束力を無視するとして、逆に東シナ海を含めた南シナ海周辺海域での海軍艦艇や海警局の公船による活動を活発化させ、空母・遼寧の訓練航海に象徴的意味を持たせています。

米国防総省『中国の軍事・安全保障の進展に関する年次報告書(2016)』によれば、南沙諸島7つの地物埋め立ては2015年末までに3200エーカー超に達したとされ、これは東京都豊島区の面積に匹敵する広さです。7つのうち3つの地物には3000m級の滑走路を建設し、フィリピンの米軍基地に近いスカボロー礁への地物建造を匂わせています。これが完成すれば東シナ海同様に中国は南シナ海にも防空識別区の設定が可能となります。南シナ海北部海域を核の報復力(第二撃能力)たる戦略原潜(SLBM/SSBN)の海洋要塞とし、さらに南沙諸島周辺海域では、日米の重要なシーレーンを扼する態勢も採れます。とはいえ日・米・豪の海上兵力との全面衝突となれば、双方の戦力比から判断して、中国の海軍力と7つの地物(不沈空母)を即座に無力化することはそれほど難しくありません。

マハンの地政学にいう「現存艦隊(fleet in being)」主義を採って構えるよりも、公海自由の原則(自由海論)の恩恵を受ける方が、中国の国際政治上の地位向上のためには賢明な選択です。しかし、全国人民代表大会開催を控える習近平共産党政権にとっては、むしろ国内政治上の観点の方がより重要なのかも知れません。

歴史の言説の中の脱落箇所

2017年1月15日
遠藤哲也

年が変わって二〇一七年となり、日華事変の開始から八〇周年となる年を迎えました。この年月を経ても巷で語られる戦争のストーリーの中で、最も要所というべき事柄がぽっかりと脱落して述べられていることが時折あるようです。

例えば、第二次上海事変は最たるものでしょう。一九三〇年代の対華関係の資料や年表などで、この出来事が見事に無視されていることは少なくありません。一九三七年七月七日に発生した盧溝橋事件で、日本軍と小競り合いを行った相手は、蒋介石と対立して度々、交戦し、中原大戦でついに敗れて引退した軍閥・馮玉祥配下で、かつて「五虎将」の一人と言われ、塘沽協定で定められた非武装地帯内に出来た半自治政権である冀察政務委員会の長であった、宋哲元の軍隊(言わば、蒋政権に半従している地方軍閥軍)との間のものであり、発生の四日後には現地で停戦協定が成立しました。これ以降、色々の目論見を持った人々が拡大あるいは不拡大のための様々の動きを続けていましたが、盧溝橋事件から一ヵ月以上を経た第二次上海事変で初めて、上海国際共同租界の日本人地区を包囲した蒋介石直率の国民革命軍中央軍と日本海軍陸戦隊とが本格戦闘に入りました。この直後に国民党政府は全国総動員令を発し、戦争指揮のための大本営を設立したのですから、外形的に見てもこの時が日本と中華民国の戦争の始まりと考えるべきであり、この出来事を無視して、日中間の戦争を語るなど有り得ないはずなのですが。

もう一つの例として一九一八年からのドイツ革命が挙げられます。NSDAP(ナチス党)政権の登場について一般的に知られるストーリーとは、第一次大戦敗戦後、フランスらによる過酷な対独制裁や世界恐慌などによる経済悪化に苦しんだドイツ人の間に極右ナショナリズムが広がり、そこから勃興したナチスが政権獲得、といったものでしょうが、それは事実の一部であるとともに、「ナショナリズム=全体主義」という価値観を導いているストーリーであるとも言えます。

第一次大戦終戦の前年にロシア革命が起きて世界初の共産主義国家ソ連が誕生しました。当然、欧州の共産主義者達は勢いづきました。一九世紀の戦争のように数カ月で終わると思われていた一次戦は大量死を引き起こしながら四年が経ち、ドイツ国内も物資不足に喘いでいたことは労働者や下級軍人を急進左派に誘う環境となったでしょう。出撃拒否した海兵が起こしたキール暴動をきっかけとして蜂起は拡大し、北ドイツ各都市に急進左派のソビエト(レーテ)政府が樹立されました。この状況の中でドイツ皇帝は退位を強いられ、ドイツは敗戦しますが、以後も、急進左派の暴動は継続しました。中道左派政権のワイマール政府の依頼により、この革命運動を鎮定したのが、戦場からの帰還軍人達による義勇兵団(フライコーア)でした。しかし、同政府がヴェルサイユ条約において、連合国側によるドイツ国軍の大幅縮小要求を受け入れたことは、復員軍人達の不満や憤りを高め、更にフライコーアが非合法化されたことで、その中の少なからぬ者は反政府性を持つ急進右派的な政治運動団体に参加していきました。その中から現れた政党の一つがNSDAPです。ドイツでは、少なくとも1923年まで、コミンテルンの支援による共産主義革命を目指す暴動が発生しており、急進右派勢力は、上記のような左派暴動による国内の無秩序化無くして登場し得なかったはずですが、そのことが語られることはあまり多く無いようです。

*当・海外事情研究所では、毎月、月刊『海外事情』誌を発行しています。世界情勢を知るための各種の論稿が掲載されていますので、是非、そちらの掲載論文、コラム、後記にも目をお通し下さい。

今年の7大国際紛争予想

2017年1月1日
野村明史

新年を迎え、2016年を振り返るとオバマ大統領の外交政策に代表されるように、世界情勢はまさに中東地域に踊らされた1年だったと言えるでしょう。シリア内戦、それに伴う大量の難民、ISによる世界規模でのテロ活動、ロシアのシリアへの関与など、今年も中東地域は安定どころかさらに混迷が深まっていきそうです。

そのような先行き不透明な中、アルアラビーヤ紙はアメリカのシンクタンク外交問題評議会が発表した2017年に起きる世界7大紛争の予想を報じました。

1つ目はロシア、イランによる武力介入など、紛争当事者への外部支援の増加によるシリア内戦の深刻化です。2つ目は国内または海外からによるテロ活動の継続、3つ目はトルコまたはトルコ周辺地域においてトルコとクルド人武装勢力による衝突の激化、そして4つ目はロシアの東欧における行動からロシアとNATO加盟国の間で意図的または意図しない軍事対立の勃発です。これら4つは国際社会に多大な影響を及ぼすと予想しています。

また、5つ目は北朝鮮の核弾道ミサイル実験と大量破壊兵器所有による危機の深刻化、6つ目はアメリカのインフラへのサイバー攻撃、そして最後にアフガニスタンでの混乱と不安定さの激化が挙げられています。これら3つは国際社会に中規模の影響を及ぼすと予想しています。これら紛争の予想の多くは中東に起因していると言えるでしょう。

さらに同紙は、昨年の外交問題評議会の予想にあったシリアからの大量の難民流入によるEU諸国の政治的不安定、ISや宗派対立によるイラクの崩壊、パレスチナとイスラエルの対立の激化、リビアの政治的崩壊危機の4つが影を潜め、今年度予想されるこれらの紛争はシリア内戦について謳っているにもかかわらず昨年のシリア内戦などと比べ、アメリカの国益にあまり影響を及ぼすことはないだろうと結論付けています。トランプ次期大統領のロシアへの急接近や石油禁輸政策実行の可能性を見越しているのかもしれません。

しかし、中東の不安定要因はこれだけではありません。サウジとイランの断絶、湾岸諸国とエジプトの不和、解決の糸口が見えないサウジを主力とするイエメンのフーシー派との戦争など中東地域の懸念材料は山積しています。これらの政治的不安定や力の空洞はさらなる紛争やテロを誘発するでしょう。そのような中、トランプ次期大統領はイスラエルと急接近し、またイランとの核合意破棄を宣言しています。中東地域は安定どころかさらなる不安定化が加速しそうです。

元日未明、トルコのイスタンブールでは何者かによる銃乱射によって39人を殺害するテロが発生しました。今年の暗雲立ち込める中東不安定化の序章なのでしょうか。ますます中東から目が離せない1年になりそうです。

 

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